父親の意向によりエンジニアになる為、超難関の理系大抱くICEへ入学したファルハーンは、型破りな天才ランチョー、苦学生ラージューと出会う。自由人なランチョーに徐々に感化され、ファルハーンとラージューも成績を競っていい企業に就職しろという大学の方針に疑問をもっていく。監督はラージクマール・ヒラニ。
 インドの娯楽大作映画、いわゆる“ボリウッド”作品で、本国では大変なヒットをしたそうだ。歌あり踊りありでとても華やかで楽しい。かといってインド国内向けに特化しているというわけでもなく、間口は広い。インドの学歴主義(作中では誇張されているものの、いい大学を卒業=いい就職先で間違いないらしい)や、学力そのものよりもいわゆる点数が取れる勉強を強いる大学教育への疑問も呈されている。
ただ、楽しい部分は色々とあるのだが、私にとっては気分が乗り切れない作品だった。ひとつには、音楽(歌曲ではなく、劇奏の部分で)の量が多すぎ、効果音入れすぎで煩く、気分がそがれたこと。俳優のリアクションのひとつひとつに効果音がつくのがつらかった。
 そして何より、笑い所であろう部分で全く笑えなかったこと。本作では、「嫌な奴」設定されている人物が2人出てくる。学長と、点取り虫の同級生だ。彼らは2人とも頭が固く、権威主義的で、イヤミだ。自由奔放なランチョーをいつも目の仇にしている。まあ確かに嫌な奴ではある。ただ、嫌な奴であっても、その人格を貶めるようなおちょくり方をするのは、逆にいじめているみたいでいい気がしない。彼らは嫌な奴らではあるが、決して不真面目にやっているわけではない。彼らには彼らの理がある。式典のスピーチでのいたずらなど、そこまでやらなくてもいいのにと不愉快だった。他人をいじって笑いをとるのは比較的簡単だが、笑いの取り方としては志が低い。ランチョーが一貫して悪気がない風で安全圏にいる(自分の身を切って笑いをとるようなことはしない)ので余計にそう思った。
 また、大学の方針に反旗を翻して自分らしく生きる、というテーマがあるものの、本作の主人公である3人は結局、世間で言うところの“勝ち組”で、既存社会の中で成功している人たちだ。社会的に成功しなければいけない、という前提自体は変わっていないので、今までのあれこれは何だったんだろうという徒労感に襲われた。「自分らしく」というなら、もっと違った幸せの価値基準を見出すべきなのではないか。