1999年から2003年にかけて製作された、前3部作のドキュメンタリー映画。3部あわせると実に9時間近くになる。日本占領下の満州・奉天に設立され、後に一大重工業地帯となった瀋陽の鉄西区。しかし20世紀末からの解放経済の波に乗れず、国営工場は次々に廃止され、労働者たちは仕事も家も失っていく。第一部・工場では鉄西区の3つの工場を記録。第二部・街ではこの土地で生まれ育った若者たちにスポットをあてる。第三部・鉄路では、鉄西区の交通網である鉄道の乗務員たち、そして線路沿いに住む一家が記録される。監督は王兵(ワン・ビン)。
 さすがに9時間近く続けて見るのはきついので、3回にわけて鑑賞した。それぞれ、独立した作品として見ることができるが、3部あわせて見るとやはり圧巻。よくこんなもの撮ったな!と唸る。全くの赤の他人、自分とはあまり縁のない世界を撮っているのに、カメラがその場に溶け込んでおり、撮影対象の人たちも、カメラを気にしている様子がない。カメラ目線だったり、カメラ(監督)に向かって話をしたりするが、ごく自然な振る舞いだ。風呂上りに裸で出てくる人もいる。自宅の中等、非常にプライベートな空間にまでカメラは入っており、どうやって交渉したのか気になった。ドキュメンタリー作家はそもそも人柄が誠実で信頼を得られる人じゃないとなれないのではないだろうか。
 20世紀が終わり、21世紀が始まる頃の期間が撮影されているが、新しい時代が来る晴れやかさみたいなものは皆無だ。特に第一部、第二部では、工場閉鎖の噂は絶えず、住民の立ち退きも決まり、不安な空気が濃厚だ。仕事量が圧倒的に減少しているというのは、第一部で暇を持て余した工員達が麻雀やトランプに興じる様子(誘い方が強引!パワハラか!)、そもそも自宅待機を命じられて出勤もしていない様子からも察せられる。また、第二部では鉄西区の街に住む若者達が登場するが、就職先の目星もつかず、皆雑貨店にたむろっている。本当かどうかわからないが、失職してから10年という人も。どうやって今まで生活してきたんだ・・・。ここは本当に21世紀になるのか?と呆然とするような、前時代的な光景も見られる。特に工場や一般家屋の古さ、汚さは衝撃だった。特に室内の暗さには気がめいる。時代がある地点から止まってしまったような印象を受ける。
 中国経済が急成長した、世界を圧巻する勢いがあるとは言っても、それは中国国内の一部のことであって、その影には本作で記録されたような地域が多々あるのだろう。「取り残された」感がひしひしと伝わってくるのだ。本作はひとつの時代の終わりのタイミングを捉えているのだろうが、人々にとっては、「終わり」などなく、生活は続いていく。一緒に終わることが出来た方が、ある意味楽なんだろうけどそうもできない。明日があるって場合によってはきついよなぁと思った。特に、明日どうすればいいのかもよくわからない、第二部に登場する若者達にとっては。
 見ていてなかなか気分の重くなる作品だが、重さ一辺倒ではない。クビになるんじゃないかと嘆きつつも、工員たちは仕事に励み、ちょっとでも黒字を出そうと社員一丸となって頑張っている会社もある。職場によって雰囲気が雑だったり和やかだったり、休憩室の整い方にも結構差異があるところが面白い(女性が多い職場の方が和やかだし部屋もきれいだった。業種の違いも大きいんだろうけど)。また、第三部で映される鉄道員たちは、詰め所で一緒に食事を作ったりするのだが、結構和気藹々としている。物資、人双方にとっての交通網である鉄道は“現役”感が他の工場などと比べて強いのだろう。