金井美恵子著
洋裁店を営んでいた母と伯母、ふらりと家を出て行った父。幼いころの思い出と映画や小説、そして作家となった現在の「私」の作品が入り混じり、記憶のタペストリーを織りなす。「私」がどこにいるのか、何歳くらいなのか、家族構成はどのようなものなのか、最初は見えてこない。記憶のピースは、ひとつが取り出されるとそれからの連想で全く違う時・場所のピースに繋がっていく。つらつらと続く文章は途切れなく、そして脈絡なく続いていく記憶のよみがえりそのもののようだ。段々、現在なのか過去なのか、「私」が誰で彼女がどの女なのかも曖昧に、どうでもよくなっていくようでもある。「私」はいなくなった父親のようでもあるし、彼女は父親の愛人とも重なっていく。ディティールがすごく具体的なのに、読んでいると何もかも曖昧で渾然一体となるような酩酊感がある。