パリのアパルトマンに暮らす老夫婦ジョルジュ(ジャン・ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)。ある日アンヌの体に異変が起き、緊急入院することに。退院したアンヌは右半身が麻痺していた。ジョルジュは自宅でアンヌを介護するが、病状は悪化する一方だった。監督はミヒャエル・ハネケ。
 ハネケの作品は人間の醜い面、あまり見たくない面を「あなたや私の姿でもあるんですよ」と突きつけてくるいやらしさ、少々露悪的な部分が苦手だったのだが、本作にはそういう部分を殆ど感じない。確かにある問題を突きつけてくる。しかし、「老い」という身近かつ絶対に避けられない問題だからか、厳しくはあるがどこかに思いやりがあるというか、突き放しきらない部分があるように思った。描かれている状況はすごく厳しくて見ていて心が折れそうになるが、それでも美しい。本作のキャッチコピー「人生はかくも長く、美しい」は見方によっては皮肉なのだが、見方によっては文字通りの意味合いで通る。
 お国柄もあるのかもしれないが、ジョルジュとアンヌは「カップル」として描かれている。夫がパーティ帰りに「今夜の君はきれいだったよ」と普段から言うような夫婦なのだ。もちろん、いくらフランスであってもどこの夫婦もこんなだとは思わないが、多分日本よりはこういう年配夫婦は多いんだろうなぁ・・・。
 ただ、深く繋がった夫婦であればあるほど、夫婦間で介護するという状況は精神的に(体力的にももちろん)辛いのではないかと思う。ある程度、男女を超えた家族、ないしは全くの他人である方がまだ気分的に楽なのではないか。ジョルジュはアンヌを入院させることも、やがてはヘルパーを雇うことも拒否する。入院拒否はアンヌが事前に頼んでいたことだからだけど、ジョルジュにとってはヘルパーの仕事が雑に見えてしまうのは、彼がアンヌに対してあまりに親身だからだろう。当然、2人の世界はどんどん閉ざされ、冒頭で示唆された出来事が起こる。
 ジョルジュの選択が正しかったのかどうかは分からない。ただ少なくとも、2人にとってはこれ以外の道はなく、2人が愛し合っていたのも確かだろうとは思える。彼がある選択をするまで、そして選択してからの流れを、丁寧にじっくりと追っていくことで、見ている側の気持ちもジョルジュに沿ったものになっていくのだ。ハネケ作品の中では数少ない、登場人物の気持ちに沿える作品ではないかと思う。