個人識別システムが発達した未来。個人の位置・生体反応がすべて管理されており、暗殺は不可能になっていた。そこで犯罪組織はタイムマシンを使って30年前の2044年にターゲットを送り、ルーパーと呼ばれる処刑人に暗殺させていた。ある日、ルーパーのジョー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の元に、未来の自分(ブルース・ウィリス)が送られてくる。老ジョーは若ジョーの隙を突いて逃亡。組織は老ジョーを追うが、彼にはある目的があった。監督・脚本はライアン・ジョンソン。主演のゴードン=レヴィットとはデビュー作『ブリック』以来のタッグとなる。
 タイムリープ、タイムパラドックスSFとしてはそれほど目新しくないし、タイムパラドックスの設定もよくよく考えるとちょっと微妙。SFとしては多分(私は詳しくないので)設定はユルい方だろう。ただ、この設定を利用したある拷問のやり方、メッセージの伝え方と、その「見え方」には、この手があったか!(よく考えると理論的におかしい気もしなくはないんだが・・・)と感心した。ロジックよりもインパクト重視なのはこの作品にとっては正解だろう。
 本作は一応SF、しかもちょっと昔のB級SF風のルックスだし、実際、物語前半に関してはどのジャンル?と問われればSF、と答えられる。が、後半は前半の雰囲気、また予告編から受けた印象とは雰囲気が異なる。SFというよりも、古典的な西部劇に近いように思った。サトウキビ畑に囲まれた人里離れた一軒やに、若い母子が2人きりで住んでいる、というビジュアルイメージもなのだが、ジョーが最後にたどり着く境地が、なんだか昔の西部劇の主人公みたいだなと思ったのだ。
 ジョンソン監督は『ブリック』で、昔ながらのハードボイルドのフォーマット(探偵がいて、街の顔役がいて、ギャングがいて、ファム・ファタールがいて、というような)を使って学園ドラマを作っていたが、本作も、あるジャンル映画のフォーマットを使って別ジャンルのドラマを展開する試みが好きなんだろうか。本作のキモはタイムパラドックスよりも、自分本位だった若ジョーが、誰かの為に何かをやる(奇しくも老ジョーが決意していたように)境地にたどり着くというところにあったように思う。その行為で未来が本当に変わったかどうかは分からない。が、彼がそれをやろうと思えるようになったというところが重要なんじゃないだろうか。
 ちなみに本作、タイムパラドックス設定といい女性の名前といい、ターミネーターシリーズへのオマージュかなとちらっと思った。だとすると、ジョーの決断にも納得。