会社員の夫(山本剛史)と2人暮らしのユカコ(篠原友希子)。夫と5歳の娘と暮らすサエコ(杉野希妃)。東京近郊のアパートで隣室の彼女らは、2011年3月11日の震災を体験する。地震後、福島原発の事故と被害を知ったサエコは、娘を放射能汚染から守る為必死だが、幼稚園のママ友たちからは白眼視される。一方ユカコも、放射能汚染の影響に不安を感じていた。監督は内田伸輝。主演の杉野はプロデューサーも兼ねている。なお、日本・アメリカ合作だからか英語字幕付での鑑賞だった。アドバイザーとしてアミール・ナデリ監督の名が入っていて驚いた。
 東日本大震災直後の東京で、こういうことがあちらこちらであったのではないか、と思える。当時の日常を丁寧に再現している。だから見ていてどきりとするし、警報音や当時の報道などが映り込むと平常心ではいられない。ただ、あの時の再現度が高いから平常心じゃなくなるのであって、普段はそういうことは忘れてそれこそ「おだやかな日常」を生きている。この忘れ方、風化の速さは何なんだろうと、疑問を呈する作品でもあると思う。
 ユカコもサエコも、福島とは遠く離れた自分達が安全だとは思えずにいる。特に幼い子供のいるサエコは、強く心配し、見ようによってはヒステリックでもある。実際彼女の行為は、幼稚園のママ友や職員たちからは「神経質すぎ」「おかしい」と揶揄され、強い反感を生む。心配する行為が反感を生むのは、反発する人たちも実際は心配で不安である、しかし色々な事情でそんなに強くは実感しなかったり、心配を表には出せなかったりするからかもしれない。彼らはサエコの行為をカルトめいていると批判するが、彼らの方も、「安全」「大丈夫」というカルトにはまっているようにも見えるのだ。本作は、サエコもママ友たちも、どちらも否定しない。
 何をどう心配するか、また心配・不安の度合いというのは人それぞれで、深い共感を得るのは難しいのかもしれない。ただ、そこに寄り添おうとする、相手の不安を許容することは出来る。ユカコの夫の変化は、そういうことではないだろうか。