ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の没後30年を記念した特集上映「ファスビンダーと美しきヒロインたち」にて鑑賞。本作は1975年の作品。30代の女性マルタ(マルギット・カルテンセン)は父親とイタリア旅行をしていたが、父親は旅先で急死。悲しみに暮れるマルタは、大使館で偶然会ったヘルムートと帰国後に再会、結婚する。しかしヘルムートは彼女を束縛し、精神的にも痛めつけていく。
 これは怖かった~。今回のファスビンダー特集で見たほかの2本『マリア・ブラウンの結婚』『ローラ』は強くしたたかな女性が主人公だったが、本作の主人公であるマルタは、あまり強くない。冒頭の様子では結構気が強そうなのだが、夫に対しては反抗ができないのだ。
 夫となるヘルムートは、一見きちんとした、誠実そうな男性。しかし、肉体的にも精神的にもマルタを苛む。セックスが手荒なだけでなく、何かと彼女を貶め、自信を無くさせていくのだ。更にマルタの職場に勝手に退職届を出したり、家から出るなと言ったり、彼女と社会との接点を奪っていく。じわじわ首を絞められるようでとても怖かった。何より怖いのは、マルタ自身が理不尽を理不尽と思わなくなる、反抗心をなくしていくところだ。夫を愛してるからこそかと思うと、そこまで愛しているという感じでもない。この男を逃したらもう結婚できないぞ、という彼女に対する圧力みたいなものが感じられて、ちょっと辛かった。「男性に求められている自分」を維持する必要があるというか。
 その状況は絶対におかしい!と傍から見てれば思うのだが、彼女はその変さを感じてはいても言語化できない、他人に説明して助けを求めることができない。このへんがとてももどかしかったが、こういうことって往々にしてありそうだなと思った。
 マルタの痩せすぎの体は拒食症を思わせるし、父親に対する愛着と父親からの拒否、また母親との関係の険悪さや夫との関係など、ユングやフロイト(主にフロイトですかね)が食いつきそうな話だと思う。