小料理店を開いて5年になる貴也(阿部サダヲ)と妻の里子(松たか子)。しかし店で火事が起き、全てをなくしてしまう。里子はラーメン屋でのバイトで生活を支えるが、かつての修行先に再就職した貴也は、板前としてのプライドが仇となりすぐ辞めてしまう。酒びたりの貴也は、かつての常連客だった玲子(鈴木砂羽)が泥酔している所に出くわし、そのまま一夜を共にしてしまう。その経緯を知った里子は、結婚詐欺で店を再開する資金を稼ごうと思いつく。監督は西川美和。
 西川監督の作品は『ゆれる』にしろ『ディア・ドクター』にしろ、外枠が決まっていてその中をみっしりと埋めていくような感じの作りだなと思ったのだが、本作は話が転がり続けてどこに着地するのかわからない動的かつ不安定(マイナス要素という意味ではなく)な感じがして新鮮だった。映画の作り方がちょっと変わってきているんじゃないかなと思った。
 貴也と里子の関係が徐々に変化していく様が、非常にスリリング。最初はさっさとバイトを始めたしっかりものの里子に、ひがみっぽく愚痴る貴也。結婚詐欺も計画を立てて指導するのは里子だ。彼女が「脚本」をどんどん手渡すシーンには笑ってしまう。しかし、重量上げ選手のルックスに言及した里子に対して貴也が本気で怒るあたりから、貴也が一人で走り出し、里子側の鬱屈が増していく。重量上げ選手にしろ、ハローワーク職員にしろ、里子にはないもの(才能とか、この仕事で独り立ちしているというようなもの)を持っている。貴也にもそれがあるので騙す相手ながら、彼女らへの共感があるのだ。そこに里子の嫉妬が深まっていく。
 阿部サダヲと松たか子が夫婦役で、しかも阿部サダヲが結婚詐欺師って大丈夫なのか?どんな映画になるんだ?と思っていたが、本編見て納得。むしろ阿部演じる貴也の結婚詐欺師としてのヒット率の高さにも納得だった。この納得感は、貴也の造形だけでなく、貴也に惚れてしまう女性たちの造形の巧みさによるところが大きい。こういう女性たちだったら、たしかに貴也みたいな男性(正確には、貴也のような振る舞いをする男性)に惹かれてころっと騙されるかもしれないなという、双方の組み合わせに対する説得力がある。 不本意ながら、騙される女性たちの心情が身に染みてしまってかなり凹んだ。すごく不幸というわけでもないが不安でちょっとした拠り所がほしい、肯定してほしいという気持ちが切実だった。特に、重量上げ選手の、普通の幸せは諦めてたはずなのにその可能性が見えるとすごく揺れてしまう所とか、見ていて身を切られるようでしたね・・・。