里山で「きこり」をしている克彦(役所広司)は、無職の息子(高良健吾)と2人暮らし。ある日、映画の撮影で山に来ていた青年・幸一(小栗旬)と出合う。なりゆきで映画スタッフをロケ地候補に案内したり、エキストラになったりと巻き込まれていく克彦だが、まんざらでもない。一方、実は映画監督である幸一は、撮影に行き詰まり、東京への逃亡を図るまでになっていた。監督は『南極料理人』の沖田修一。
 構成はあまり上手くなく、少々間延びしたような印象なのだが(もうちょっと短くできると思うし)、『南極料理人』同様、ちょっとした生活感のディティールの出し方が丁寧なので見てしまう。克彦が自炊している食事の内容(わりと大雑把だが意外とバランスとれている感じ)とか、仕事仲間との食事で「おやつ」を分けているところとか、食事シーンの生活感がすごくよかった。美術面にしろ演出にしろ、日常生活の感覚の掴み方がいいんじゃないかと思う。雨の中帰ってきた克彦が、息子が洗濯物を取り込んでいないことを知ってマジ切れするところなど、おかしいのだがすごくわかるその気持ち!本っ当に腹立たしいんですよねあれは!そういう、細かいくすぐりの盛り込み方は上手い。
 映画など全然知らなかった克彦が、映画作りにのめり込んでいく。「ゾンビって何?」という会話の流れには、そういえば、改めてゾンビって何かと問われると一般人は正確に説明できないかも、出来るのは限られた人だよなとおかしくなってしまった。素人が口出し手出しすることで作られる映画が面白くなっていく流れは、ウディ・アレン監督『ブロードウェイと銃弾』を思い起こした。ただ、本作の方がもっとほのぼのしていて、人に対して優しい。毒がないのだ。実際に克彦みたいな人がいたらうっとおしいかもしれない。実際最初は幸一はうっとおしがっているのだが、克彦の映画に対する率直な興味や世話焼きが、彼の助けになっていく。幸一は人を動かす、人に物言うのが苦手という、監督としてはちょっと困った人なのだが、克彦がそのへんをどんどん(勝手に)采配していくのだ。彼の映画ズレしてなさが幸一を救うのだ。変に「業界ルール」みたいなものに縛られていない人の方が事態を打開できるというのは、まあありそうな話かなー。
 同時に、克彦と幸一の間には、疑似父子的な雰囲気も漂う。克彦は実の息子との間が上手くいっていない。それを挽回するかのように幸一の世話を焼く。その中で、自分の息子の姿も改めて見えてくる。幸一も、父親との間に蟠りがある。が、親の心情を克彦から聞き、親についてまた違った側面があるのでは、と気付くのだ。2人の男が影響を与えあい変わって行く様と、映画撮影が進んでいく様が並行し、気持ちのいいクライマックスへと至る。
 小栗が、ダメオーラをばんばん漂わせていて、彼のキャリアの中ではちょっと珍しい役柄だった。体格いい人なのに、本作の中では妙に小動物的でちまっこく見える。追いこまれている感に、妙に説得力があった。靴下を履くときに幻聴が聞こえるシーンなど、笑えるのだがちょっと怖い。また、役所はいつもの役所で堅実安定なのだが、野太く自由にやっている雰囲気がいい。卵焼きを作るシーンが個人的にベスト。