毛沢東による文革の嵐が吹き荒れる前、1960年の中国。中国西部、ゴビ砂漠にある収容所に右派とみなされた人々が連行・強制労働させられていた。過酷な自然環境、劣悪な住環境や食糧事情により、彼らは次々と倒れていく。監督は『鉄西区』等のドキュメンタリーで高い評価を受けているワン・ビン。本作が初の劇映画となる。ヤン・シエンホイの小説『告別夾辺溝』と当時を生き延びた人々の証言を元に作られた。実際に砂漠にセット(というか穴)を作って撮影したそうで、かなり過酷な環境下の撮影だったのではないかと思う。映像の生々しさ、説得力がただ事ではないのだが、実際の収容施設の過酷さはこんなものではなかったとか。
 本作の背景にあるのは、文革の前に起こった「反右派闘争」。ただ「反右派」といってもその基準は非常に曖昧だったようで、作中でもいわゆる文化人、インテリ、ブルジョア層の他、「当局に協力していたつもりなのに反右派扱いされた」と話している人も出てくる。なんでこんなことに、という強烈な思いが全編を貫いているように思った。
 まず風景の厳しさに愕然とする。一目で生命の危機を感じるレベルな見渡す限りの不毛の大地で、この土地を人力だけで開墾するなど到底無理に思える。しかも、住居は文字通りの穴倉(半地下に塹壕のようなものを掘って住居にしている)で、布団も泥まみれ、当然風呂などなさそう。ろくに暖房もなく、真冬の寒さは想像するだに恐ろしい。そして食糧も極端に少なく、得体のしれない液体のようなもの(粥なんですが)を食べている。日中は厳しい労働に従事しているのに、こんな状況で体を壊さない方がおかしい。収容されている人たちの多くは、体は前屈みでよたよたと歩くのだが、体が痛むし体力は落ちるしでそうなってきてしまうんだとわかってくる。収容者を生きて帰す気があんまりないような施設だ。実際、毎日毎日人が死んでいく。
 人間の尊厳など、過酷過ぎる状況ではあっという間に失われる。衣食住足りてこそ人として振る舞えるし相手を人として扱えるのだ。収容者の間では他人食糧や衣服を盗む行為も。空腹のあまり、死んだ人間を食べて生き残ろうとするようにもなる。墓は即あばかれ布団(遺体を布団で巻いて埋葬する)は奪われ太ももや尻の肉は切り取られる。一線越えてしまった世界のようだが、餓えれば自分もこのくらいのことはするかもと思ってしまう。収容所に入れられている人の多くはインテリで、いわゆる「人間の尊厳」へのリテラシーがある人たちだろう。だからこそ、より見ているのが辛い。自分の属性であったものをどんどんはく奪されてしまっているように思えるのだ。