香港への出張から帰ってきたベス・エムホフ(グウィネス・パルトロウ)がミネソタの自宅で発作を起こして死亡。幼い息子も同じ症状で死亡した。生き残ったベスの夫ミッチ(マット・デイモン)は隔離される。一方で、世界中で同様の症状の死亡者が発生していた。世界保健機構(WHO)や疾病予防管理センター(CDC)は新種のウイルスと見て調査に乗り出す。監督はスティーブン・ソダーバーグ。
 ここ数年のソダーバーグ監督作品の中では突出してキレがいい。『トラフィック』よりも更にタイトな群像劇になっている。様々な人・場所が次々に出てくるのだが、見ていて混乱することはなかった。エピソードの動線がしっかり管理されている感じ。ウイルスの移動の可能性を印象付ける為に、何かに「触る」シーンがそれとなく強調されているところなど、うまいなあと思った。そして上映時間は106分と短い。しかし中身はぎゅっと凝縮されている。
 パンデミックを題材にした作品だが、実際にこういう事態になったら国、企業、個人はどう動くか?というシミュレーションとしてすごく面白い。近年の新型インフルエンザの世界的な流行等でも実感したが、交通手段が発達し人の移動・物流がスムーズになるということは、ウイルスの蔓延速度・範囲が広まるということなのね~。そして防ごうとする側にとっては完全に後追い、多分にして負け戦になる。本作でもWHOとCDC職員たちが奮闘するが、被害は広がる一方で発生源の特定さえも難しい。ケイト・ウィンスレット扮するWHO職員が職業人として、恐怖を感じつつも任務を全うしようとする姿がすごくよかった。本作、1人で看板背負えるようなスター俳優が多数出演しているのだが、いわゆるスター!という見せ方ではなく、さりげない。個々の役柄のポジションの人としてしっくりはまっている。
 ウイルス自体の伝染はもちろん恐ろしいのだが、人々のパニックも同じくらい恐ろしい。ブログで独自の報道をし続けるフリージャーナリスト(ジュード・ロウ)は、特ダネを掴む一方で、世間の不安を煽ったり、根拠のない情報で逆にウイルス感染に拍車をかけてしまったりという弊害もある。彼にはジャーナリストとして名を上げたいという色気があり、ジャーナリストとしての使命感を口にはするものの、本気なのかどうか良く分からない。この人が本作内で唯一、嫌らしい人(笑)なのだが、とりあえず注目されたいという欲望が見えすぎているからだろうか。
 後半のパニックに陥る町の様子等は、今の日本で見るとまた違った感想が出てきそうだ。アメリカでは、こういう状況なら絶対に暴動(それもかなり暴力的な)が起きるよな、という共通認識があるのがよくわかる。暴動が起きるタイミングが案外早いのが怖い。生存本能が強いといえば強いのかもしれないが・・・。