第12回東京フィルメックスにて鑑賞。監督は『ワイルドサイドを歩け』のハン・ジェ。ジャ・ジャンクーがプロデューサーを務めている。鉱山のある村に住み、自動車修理工場の作業員をしている青年シュウ(ワン・バオチャン)。しかし目を傷めてクビになってしまう。学習塾を経営している旧友を頼りに、近隣の都市で雑用係として働くようになるが、マッサージ店で働くシャオメイに一目ぼれし、結婚を申し込む。
 中国の地方の村が舞台だが、急速な都市開発の為、村全体が移住を促されている。またシュウの友人達は経済発展の波に乗り、そこそこ成功しているらしい。シュウはその流れから取り残されている。経済の急成長と同時に経済格差が広がっていく様子が窺えるが、これが他人事に思えず、ヒリヒリする。
 同時に、そもそもシュウは仲間内でも微妙に浮いた、なじみきれない存在である様子だ。シュウの行動には、兄の死が大きく影響しているらしい。彼の兄は警察のやっかいになったことで父親の怒りをかい、父親に木に吊るされたのだが、事故で木から落ちて死んだのだ。その父親も今はいない。シュウは徐々に兄や父の幻影を見るようになり、どんどんあちら側にひっぱられる。ひっぱられすぎて預言者扱いされてしまうのがおかしいのだが、どんどん目の前のものを見なくなっていくのだ。彼が目の事故で失職し、社会からはぐれていくというのがまた象徴的だ。
 シュウの名前は中国語では「樹」。彼のあり方を象徴する名前だ。樹木は自分では動けず、環境の影響をもろに受け揺れ、最終的には倒れる。彼の右手はいつも所在なさげに動かされている。動き方が心もとない。人の手を強く握る癖があるらしいのは、自分が倒されそうで不安だからかもしれない。彼の姿はどうにも痛々しい。彼のうまくいかなさ、間の悪さといったものが、経済的な状況と合わせて、自分のことのようでいたたまれなくなる。
 映画上映後に監督へのQ&Aがあったのだが、これに本作の理解をかなり助けられた。中国の地方がおかれた状況や文化背景に詳しくないとわかりにくいかもしれない作品だ。シュウの兄は欧米文化が急速に流入し開放的な雰囲気になった、80年代に青春を謳歌している。しかしそこには陰もあり、上の世代とのギャップは深刻なものがあったようだ。兄が父親の怒りをかった原因は、自由な恋愛に関わる問題。父と兄の間の断絶を見たシュウは、双方に引っ張られ葛藤しているのだろう。そして、シュウの弟は90年代に育っており、そういったギャップを目の当たりにしていない為屈託がないと。父子の問題に、中国のジェネレーションギャップが反映されているそうだ。