弁護士のエミリア(ナタリー・ポートマン)は事務所の上司で既婚者のジャック(スコット・コーエン)と恋に落ち、晴れて結婚・出産。しかし生まれたばかりの娘イザベルは突然死し、傷は癒えないままだ。更にジャックの連れ子で8歳のウィリアム(チャーリー・ターハーン)とは衝突ばかりだった。監督はドン・ルース。
 エミリアとジャックがあっさり不倫してあっさり離婚・再婚という流れや、ウィリアムの送り迎えを離婚後も今日はパパ、今日はママと当番制になっているところに、アメリカっぽいな~と妙に関心した。元妻からジャックを奪ったアメリアが(元妻に対しては)罪悪感を持ったりしていないのも割り切れていていい。これはお国柄というよりもアメリア個人の性格によるところが大きいのだと思うが。
 アメリアにしろジャックにしろウィリアムにしろ、ちょっとした部分の言い方で失敗して、相手を傷つけてしまう。悪気はないが言い方を間違えてしまうのだ。特にエミリアとウィリアムは本来はそんなに相性が悪いわけではない様子が窺えるだけに、「うっかり」感が強まる。そしてぽろっと出た言葉の方に本音が出る(ないしは相手に本音と思われる)ことが往々にしてあるので始末が悪い。私もこの手のうっかり発言はよくやるのでひやっとした。あ~その言い方はダメ~!言わなきゃいいのに~とハラハラ。言葉を使うのはほんと難しい。
 エミリアはジャックから「君は愛する人に厳しい(日本語としてもあまりしっくりこない表現なので、原語がどうだったのか気になる)」と言われるのだが、見ていてそんな感じはしなかった。むしろ強く感じたのは、死者を悼む気持ち・悲しみの共有できなさだ。そのギャップが「厳しい」と思えるのかもしれない。家庭内の死によってバラバラだった家族が再び絆を取り戻す、というパターンの物語は多いし、もちろんそれは間違ってはいない。しかし、全員が同じように、同じ度合いで悲しむのかと言うと、そうではない。エミリアは自分の娘を亡くしたことを悲しみ自責の念に駆られている。ジャックももちろん悲しんではいるのだが、彼にはウィリアムという子供もおり、ウィリアムの心配もしなくてはならない。ウィリアムにいたっては妹ができたという実感も薄く、具体的な悲しみだって沸きようがないだろう。
 エミリアにとっては、ジャックは冷たいと思えるのだろうが、ジャックにしてみればエミリアはもう立ち直ってもいいのに(確かにエミリアは過去の感情を引きずりやすいタイプみたいなのだが)・・・となる。悲しみの深さ・速さは人それぞれで、分かち合うことは実は難しいのだ。また、エミリアは友人に誘われて、亡くなった赤ちゃんの追悼ウォーキングに参加するが、分かち難さのことを思うと非常に皮肉だ。案の定(子供のことが直接の原因ではないが)エミリアは怒りを爆発させて企画は台無しになってしまう。
 人と人とが関わりを深めていくことの困難さをさらっと描いている作品だと思う。わりとドライで、しめっぽくヘヴィーになりすぎないところがよかった。ただ、エミリアの娘の死に関する事情については、明らかにしすぎで惜しい。曖昧な状態、ないしは逃げようのない状態でそれをどう消化していくのかと言うことの方が物語にとって大事だったんじゃないかと思う。