酒びたりの母親に代わって、生まれてまもない弟の世話をするニックと弟。しかし2人が目を離した間に赤ん坊は死んでしまう。そして10数年後、母親の葬儀で兄弟は何年かぶりに顔を合わせる。ニック(ヤコブ・セーダーグレン)は暴力事件で服役後、行き場ない人向けのシェルターで暮らしていた。ニックの弟(ペーター・プラウボー)は妻に先立たれ、幼稚園に通う息子マーティンを一人で育てていた。監督はトマス・ヴィンターベア。
 舞台は冬のコペンハーゲン。空はうす曇でどんよりとした風景が続き寒々しい。しかし透明感がある。色彩のトーンが映画の内容をそのまま反映しているように思った。冒頭、子供時代の兄弟のエピソードが終わってからは、ニックのパートと弟のパート、2部に別れている。徐々に、2人がこれまでどうしていたのか、いつ母親が死んで葬儀がいつあったのか、お互いの時間軸がかみ合い全体が見えてくる。死んだ赤ん坊の記憶が2人の枷になっているのだ。弟に電話をかけたニックが、子供の声を電話越しに聞いて電話を切ってしまい、その後何度も電話機を殴りつける(弟側がどういう状況だったのか後でわかるところが上手い作りだなと思った)。赤ん坊を思い出しての悲しみ、弟への嫉妬(あんなことがあったのになぜお前だけ)もあるだろう。対して弟は、息子に対してよき父であろうとする。赤ん坊をなくした悲しみから、今度こそ完璧な保護者であろうとするが、それは彼には荷が重い。ニックも弟も、赤ん坊を亡くしたことがずっと瑕になっており、その表出の仕方が対照的だ。
 ニックも弟も、あり方はそれぞれだが、基本的にやさしい、善良な人間だ。息子をかわいがる弟のやさしさは一目瞭然だし、一見ぶっきらぼうなニックも、友人のイワン(モーテン・ローセン)をそれとなく助けたりする。しかし、強い人間でも器用な人間でもない。ニックはアルコール依存症らしいし、弟は薬物依存症で生活費にことかく状態だ。そして、彼らは他人の為に動いて更に困った状況になってしまう。ニックが友人を守ろうとするやり方はあまりに愚直(そもそも彼が良かれと思って悲劇を引き起こしてしまった側面もある)だし、弟が息子の為に始めた商売はまさに泥沼への第一歩だ。2人とも、誰かの為にと思ったやったことに足を引っ張られてしまう、そしてその行為に耐えきれるほど強くない感じがするところがやりきれない。
 ただ、ヴィンターベア監督は、兄弟の善良さを一貫して肯定し続けている、「君は悪くない」と言い続けているように見える。彼らが酒やドラッグに溺れるのは、全面的に誰かのせいということにはならないだろう。しかし赤ん坊だった弟の死、彼らの友人の不幸は、彼らのせいではない。優しくて弱いということを否定的には描いていないと思う。
 ところで、ニックは名前で呼ばれるが、弟は、「ニックの弟」か「マーティンの父親」として登場し、固有名詞がない。誰かに所属する存在として登場するのだ。だから息子を取り上げられた彼には戻る場所がなくなってしまう。また、ニックが怪我した手を放置しているのが不自然だなーと思っていたのだが、まさかそんな伏線に使われるとは・・・。これは結構強引だったと思う。