ヘニング・マンケル著、柳沢由実子訳
夏休みを楽しみにするヴァランダー警部。しかし、菜の花畑で少女が焼身自殺をするというショッキングな現場を目の当たりにする。更に、クセ者と知られた元法務大臣が斧で背中を割られて殺される事件が起きた。夏休み返上で捜査にあたるヴァランダー警部と捜査員たち。スウェーデン警察小説の金字塔と言われる本シリーズだが、ミステリであると同時に、スウェーデン社会が抱える問題についても毎回ある側面が描かれており、世相が垣間見えて面白い。本作では、警察組織の縮小と警備会社への業務一部委託のうわさが署内で囁かれる。合理化・経費削減ゆえなのだろうが、これはちょっと(警察も国民も)不安なんじゃないかなーと思った。事件の背景や犯人像は、まあ想像できる範疇だし真相も早い段階で読者にはわかるのだが、ヴァランダーたちがそこにたどり着くまで、ひとつひとつ手順を踏んでいく捜査過程に持ち味がある。これを面白いと思うかまだるっこしと思うかは別れそうだが。また、ヴァランダーという1人の人間が変化していく過程も、数作通して読み取れる。本作で彼は、父親の老いに直面する。病名は明記されていないがおそらくアルツハイマーだろう。父親が自分の知っている父親ではなくなるのではという恐れや、父親の弱弱しさを目の当たりにしてしまう悲しみが痛切。他人事とは思えなかった。ヴァランダーは決して父親との仲が良好というわけでもなく、わだかまりもある。それを消化していくラストには希望があった。殺人事件そのものは救いのないものなのだが、ヴァランダー個人の問題には、ひとつの決着がついたように思う。