教師の森口(松たか子)の一人娘、愛美が学校のプールで遺体となって発見されるという事件が起きた。終業式の日のホームルームで、森口はこれは殺人であり、犯人は彼女が担任である1年B組の中の2人だと断定し、ある方法で彼らに復讐する。森口は教職を辞し、1年B組はそのまま2年B組になった。そして犯人Aはいじめの対象となり、犯人Bはひきこもりになっていた。
 原作は湊かなえの同題名作品。今やベストセラーとなっているが、私は残念ながら未読だ。しかしおそらく、本作は原作をとても的確に解釈・再構築しているのではないかと思う。原作ものの映画が面白いと、じゃあ原作も読んでみようかなと思うことはあるが、本作の場合は映画が面白すぎて原作を読む必要を感じなかった。監督は中島哲也。
 映画にしろ小説にしろ、読者・観客が共感しやすい作品の方が一般的に間口が広くウケが良いように思う。しかし本作は中学生の犯罪、それに対する教師の復讐という、ショッキングだと言われそうな内容だ。登場人物の言動に不快感を感じる人もいるだろう。登場人物の誰にもあまり感情移入したくない話だと思う。そういう話を娯楽作としてヒットさせるのは至難の業だが、共感しなくていいという方向に持っていっており呻った。
 本作の登場人物は(原作はどうだか分からないが)、意図的にステレオタイプの薄っぺらい造形にしてある。いわゆる「リアル」な人間味のある造形ではない。リアルさは森口が雨の中うめくシーンのように、ごく短い、共感しても差し支えないような部分でのみ発揮される。人物造形だけではなく、映像も極端に人工的なものだ。元々過剰に加工したきらびやかな(時に毒々しい)映像が中島監督の特徴ではあったが、今回は色彩は押さえ、冷たい人工的な雰囲気になっている。「作り物」感を強化することで、観客にとっての他人事度を上げ、「復讐エンターテイメント」として仕上げられていると思う。正直なところ、本作を見ても命の尊厳がどうこうとかいう方向にはあまり考えが向かわない。原作自体がおそらく極端なところのある作品なのだと思うが、その極端さをより強めたのが映画版なのでは。
 森口はウェルテル(岡田将生)のような熱血教師ではなく、生徒に対しても敬語だ。彼女は復讐相手が中学生であるということを利用してはいるが(彼女のやり方は不確定要素が多いが、相手の無知さや浅はかさを利用して、転がり始めればどうとでも応用がきくというタイプのもの)、中学生だからといって舐めてはいない。最後まで一個人として復讐を敢行する。少年犯罪がどうとか教育がどうとかいうことは、本作の本筋ではないのだろう。あくまで女の復讐譚。もっとも、教職を捨てた彼女が奇しくも彼らに「教える」ことになってしまう構図が皮肉だ。