マイケル・シェイボン著、黒原敏行訳
2007年、シトカ特別区は2ヵ月後にアメリカへの返還を控え、居住しているユダヤ人たちは揺れていた。警察も業務引継ぎにおわれる折、安ホテルでヤク中の男の遺体が発見された。同じホテルに住んでいた刑事ランツマンは、現場に残されていたチェス盤上の棋譜に興味を引かれて調査を開始する。本作はヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を受賞しているが、これは本作が歴史改変ミステリだからだろう。当然、シトカ特別区なるものは実在しない。ユダヤ人が自治権を持った居住区が実在したら、という「もしも」設定の上に作られた作品だ。普通の警察ミステリとして読むとかなり戸惑うだろう。物語のベースにあるのはユダヤ民族文化、ユダヤ民族小説としての姿なのだ。一種の特殊ルール下ミステリと言ってもいい。事件解決の決め手となる推理部分は本格ミステリらしくロジカルなのだが、それがとってつけたように見えてしまう、不思議な雰囲気。文章もかなりクセがあり、饒舌かつまどろっこしい。翻訳には苦労したのでは。ユダヤ民族の悲哀(そして傍から見ると不条理にも見えるルール)と、主人公の悲哀が相まって陰鬱な空気。主人公と元妻の関係が壊れた原因が、ふいに明らかになるところが切ない。