日本語タイトルはちょっとやりすぎ感があるが、的は得ている。ジョニー・トー監督待望の新作・・・なのだがなぜ『文雀』は日本でロードショーしてくれないんですか・・・(と思ったら邦題「スリ」でDVD出てた。アマゾンのリンク貼っておきます。ちょうおすすめ!)!パリでレストランを経営しているコステロ(ジョニー・アリディ)は、単身マカオへ赴く。マカオ在住の娘一家が何者かに襲われ、娘の夫と孫は死に、娘は瀕死の重態となったのだ。偶然殺し屋と出くわしたコステロは彼らを追い、犯人探しを依頼する。
 前作『エグザイル 絆』とやっていることはあまり変わらないのだが、本作の方がより軽やか。ブロック転がしにしろ、過剰すぎる血しぶきにしろ、一歩間違うとギャグ(というか見ていて心の中で笑っちゃうんですが)になってしまう銃撃戦なのだが、それをシリアスに切なく見せてしまう力技がすごい。様式美を極めたからこそできる業だろう。任侠というか浪花節というか、クサいが痺れる。「子供の前では殺さない」「あいつが忘れても俺達が覚えている」等、ツボをつかれまくりだった。このナルシズムに乗れるか否かで本作(というかジョニー・トー作品全般)に対する態度が変わってくるように思う。
 男達の約束と復讐にのみ集中していく姿勢が、一種のユートピア的な、世俗と切り離された(復讐は非常に世俗的ではあるのに)世界を生み出している。男子のみの世界でいつまでも遊んでいたい・・・が、当然外部の要素がどんどん入ってくるので、ユートピアを延命させ、完結するために、彼らは客観的には破滅的な道を選ぶ。そもそも彼らは生き残ることは考えていないように見える。生き残ることは彼らにとって、幸せではないのだろう。それは遊びをやめたくない、日常に戻りたくないという子供の姿にも見える。
 大人の男達が活躍する男の仁義映画ではあるが、稚気を感じさせる。遊戯を感じさせるシーンが多いので、特にそう思ったのかもしれない。空に投げた皿を打ち落としたり、自転車を狙い撃ちして走らせたり、ブロックで攻防したり。コステロ最後の勝負も、その手助けとなるのは子供がよくやるいたずらだ。
 笑いを誘うシーンも多々あり、特にラム・シュが全く持っていつものラム・シュで、「香港映画に出てくるデブ」のお手本のような行動を、言葉少なに演じている。言葉といえば、セリフが全般的に少ない。コステロと殺し屋達の共通言語が、あまり達者ではない英語だというのも一因なのだが。セリフが少なくても状況がしっかりと分かるのはさすが。