17世紀の喜劇作家モリエールの、駆け出し時代を描いた作品。伝記には書かれていない期間のことだそうなので、ほぼフィクションと考えていいだろう。監督はローラン・ティラール。モリエールの喜劇を読んでいなくても、彼の作品がどういう形でこの映画のモチーフになっているのか、最後に一望できるというところは親切だ。本作をきっかけにモリエール作品を手にとってみるのもいいかも。
 1644年、22歳のモリエール(ロマン・デュリス)は劇団を結成するが、債務を抱えて破産寸前。とうとう投獄された彼の前に、彼を雇いたいという裕福な商人ジュルダン(ファブリス・ルキーニ)が現れる。彼は社交界の花形でサロンの主であるセリメーヌ夫人(リュディヴィーヌ・サニエ)の心を自作の演劇で掴もうとしており、モリエールに指導を頼んできたのだ。子供の家庭教師のふりをしてジュルダン家の世話になるモリエールだが、ジュルダンの妻エルミール(ラウラ・モランテ)には早々に疑念を抱かれてしまう。
 コスチュームプレイ、時代物には勝手に重厚なイメージを持ってしまっていたのだが、本作は軽やかで楽しい。喜劇作家が主人公ということで映画もコメディタッチにしてある。若きモリエールの冒険、という趣もあって、青春劇としても見られると思う。といっても、モリエールは最初から喜劇作家を目指していたわけではない。本当は悲劇をやりたいのだが彼が悲劇を演じても全くうけず、即興で演じた喜劇の方がウケてしまう。やりたいことと得意なことが一致していないというのがおかしくもあり(モリエールにとっては)かなしくもある。
 そんな彼の才能を見抜いたエルミールは、喜劇をやって有名になれ、有名になれば好きなことが出来ると道を指し示す。エルミールの知的かつどこか茶目っ気のあるキャラクターが好ましかった。演じるモランテの目じりのしわがかえって魅力的で、すごくいい雰囲気の「年上の女」だ。色気よりは知性の魅力。
 登場人物の造形は、全員どこかコミカル。人によっては狡猾だったり意地悪だったりもするが、それを笑いの方向に転換している。モリエールは(悲劇だけではなく)喜劇の中にも人間の真実がある、と気づくわけだが、この映画もそれを踏まえている。モリエールとエルミールの関係など、一歩間違えるとどろどろしたものになりそうな状況なのだが、あくまでコメディとして描かれる。そのほうが、しかめっつらしい悲劇よりも却って、人生の機微が感じられるのかもしれない。道化役のジュルダンがついに切り返すシーンではぐっときた。彼の切り替えしには、高みから他人をこき下ろすことで生まれる笑いなど真の喜劇ではない、という喜劇を作るうえでの矜持もこめられているように思う。