『灰とダイヤモンド』のアンジェイ・ワイダ監督待望の新作。ポーランドでは長らくタブーとされていた、カティンの森事件を扱ったもの。製作は2007年だがなかなか日本での配給が決まらなくてやきもきしていた。無事公開されてよかった。
 1929年9月のポーランド。東部からソ連が侵攻し、従軍していたアンジェイ大尉は捕虜となる。彼を探しに西側からやってきた妻アンナと幼い娘に再会するが、軍人たちは収容所へと移送された。やがてドイツとソ連が戦い始める。アンナは夫を待つが、1943年、カティンの森で大勢のポーランド人将校たちの死体が発見される。アンジェイもそのうちの一人とされたが、アンナは信じられずにいた。
 ソ連軍がポーランド人将校たちを虐殺し、カティンの森に死体を埋めたという実際の歴史に基づき、更に監督の実体験が素材となっている。名前からわかるように、アンジェイ大尉は監督の父親であり、アンナは母親だ。映画の中では娘として描かれているが、これは監督本人だろう。自分の家族の物語であるので、当然本作への思い入れは強いと思う。怨念といってもいいかもしれない。そのくらい、深い怒りを感じる。
 監督の思い入れが強すぎて、映画のバランスが妙なことになっている。アンジェイとアンナを中心として最後まで引っ張った方が映画としての収まりは良かったのだろうが、アンジェイが所属した部隊の隊長の妻子や、アンジェイの戦友、またかつて対ドイツ軍のレジスタンスに加わった女性や戦後校長となったその姉、アンナの甥の青年など、どんどん登場人物の数が増え、エピソードも増えていく。いつのまにやら群像劇になっているのだ。この為、特に後半は少々詰め込みすぎな印象を受けた。しかし、バランスを欠いてでもこれらの人々を描きたかったのだろう。映画の完成度が二の次になっているところに、逆に凄みを感じた。
 ポーランドは、第二次大戦中はドイツの支配下にあり、戦後はソ連の支配下にあった。どちらにしろ支配されていることには変わりはない。戦後、学校長の女性の「ポーランドが完全に独立するなんてありえない」というセリフ(うろ覚えだが)に、ポーランド国民の諦念が感じられた。その妹は反ソ連的な活動をしたとしてソ連軍に拘束される。彼女は亡き兄弟の墓碑に「カティンの森で死んだ」と記したのだ。カティンの森事件は、最初ドイツがソ連を非難するためのプロパガンダとして利用され、後にはソ連がドイツを非難するためのプロパガンダとして利用された。死者だけでなくその遺族も。スピーチを強要されたときの隊長夫人の態度が痛切だった。見ていて、怒りがぐわっと伝わってくる感じがする。