海沿いのレストランでマネージャーをしているシルヴィア(シャリーズ・セロン)は同僚のシェフと不倫しつつ、行きずりの男性との関係も重ねていた。ある日彼女の前に、少女を連れたメキシコ人男性が現れる。監督・脚本は『21g』『バベル』の脚本家、ギジェルモ・アリアガ。これまでの作品と同様、複数の時間、複数の場所がランダムに描かれる。鍵になるのは3人の女性だ。
 『21g』にしろ『バベル』にしろ、人の心の地獄に踏み込んでいくような作品だが、本作にはまさに、1人の女性の心のなかの地獄が中心にある。時系列がシャッフルされており、徐々にパズルのピースが埋まるという構造になっているので、その地獄がなぜ生まれたのかに迫っていくミステリ的な側面もある。彼女のあのときの行動の理由、言葉の裏側にあった意図など、ぱっと見とは違うということがだんだん見えてくるのだ。彼女が何をやったのか、ということはなんとなく最初から見当がつくのだが、隙間の部分をじわじわと埋めていく、結構ねちこい描き方がスリリングで、最後まで引き込まれた。構成に無駄がなくて、『21g』や『バベル』よりタイト。脚本家としての意図を、脚本家であるアリアガ自身が監督することで、存分に活かせたのではないかと思う。また、過去のメキシコの風景と、現在のポートランドの風景が対象的で印象に残った。特にポートランドの寒々とした風景は、シルヴィアの内面と呼応している。
 シルヴィアの母親ジーナ(キム・ベイシンガー)は、妻子を持つ男性と不倫しており、相手と2人でいる時に命を落とした。シルヴィアは母親のやったことを許せず、しかし自分も母親と同じようなことをしつつ、同時に自分自身を許せずにいる。2人とも決して模範的な母・妻とは言えない。しかしそこで彼女らを「ダメ」とするのではなく、彼女らをそういった行動に駆り立てる苦しみをきちんと描いている。特にジーナは、娘や夫、不倫相手の家族からしたら許せない存在だろうし、シルヴィアの怒りもわかる。しかし、ジーナにとっては自分を保つ手段はそれしかなかったんだろうなと思える。これはキム・ベイシンガーの演技のうまさもあるのだろうが、夫とのちょっとしたやりとりなどから、そこに至るまでの経緯がうかがえるのだ。
 彼女らの選択に正解を出さず、ラストもどちらに転ぶかわからないもの。シルヴィアはどちらにしろ自分を責め続けるだろうし、彼女の「罪」が償われるわけでもないだろう。しかしほのかに希望が見えて、後味は悪くない。