吉田修一著
1人の女性が殺され1人の男が犯人と見なされた、という事実が最初に提示される。しかし、殺人事件が絡んでいるがいわゆるミステリ的な「誰がやったか」「どうやってやったか」が焦点なのではなく、彼/彼女はどんな人物だったか、どんな生活をおくっていたのかを描いてく。さらに言うなら、「なんで殺した/殺されたか」もさほど重点は置かれておらず、どういう経緯でそうなったか、というところが複数の視点から描かれる。本人はこう思っているけどAさんはこう見ていて、Bさんからはこう見えた、という差異が面白いのだが、AさんBさんの視線はひややかで残酷でもある。特に貧しさの表現が鋭すぎて、時々いたたまれなくなった。貧しいといっても経済的に逼迫しているというのではなく、金銭的にも精神的にも何か満たされないという貧しさに近い気がする。センチメンタルさが一切ない寂しさというか、殺伐としている。また、本著の題名は「悪人」なのだが、犯行にいたるまでの経緯、そしてその後の経緯を読んでいくと、世間一般で「悪人」扱いされるであろう犯人は、果たして「悪人」という記号にあてはまるのか?と疑問がわいてくる。むしろ、事件にちょっとだけ絡む破目になった学生や、事件とはなんら関係のない悪徳商法業者の方がいかにも「悪人」だ。割り切れないしやりきれない気分になる。それにしても、30代独身女性って田舎ではこういう扱いか・・・とわかっちゃいたけど軽くショックだった。