前作『カジノ・ロワイヤル』の数時間後という設定の007新作。前作のストーリーおよびキャラクターに対する説明は全く行われないので、前作を見ておかないと何が何だかということになるだろう。未見の方は合わせてどうぞ。今回の監督は『チョコレート』『ネバーランド』等のマーク・フォスター。脚本には前作から引き続き、ポール・ハギスが参加している。安定した手腕を発揮する2人が手がけているためか、手堅い娯楽作となっている。個人的には主題歌がジャック・ホワイト&アリシア・キーズなのがうれしい。タイトルロールもあいかわらずいいです。
 愛した女ヴェスパーを失ったボンド(ダニエル・クレイグ)は、彼女を裏で操っていたミスター・ホワイトを尋問する。しかしホワイトが所属する組織は、MI6内にも手を伸ばしていた。捜査の為ハイチへ飛んだボンドは、組織の幹部グリーン(マチュー・アマルリック)に、同じく彼の組織を探っていた女カミーユ(オルガ・チュリレンコ)の手を借りて接近する。
 ダニエル・クレイグ演じる地味(笑)だがアクションのキレがいいボンドが、今回もかっこいい。クレイグは、顔つきにしろ体型にしろスマートではないのだが、そんな彼だからこそ生身のアクションの面白さが出てくる。今回、アクション比率が他のシリーズ作品よりも高いらしい(そして9割スタントなしとか)が、確かにアクションをさせたくなる俳優なのかもしれない(前作でアクションがかなりできるということを証明してしまったからかもしれないが)。不死身じゃなさそうだからこそドキドキするし、ボンドを応援したくなるという面もあるのでは。フォスター監督がアクション映画を撮るというのは正直意外だったが、やや性急すぎて緩急に欠けるきらいがあったものの、タイトにまとまっている。アクションシーンと、全く関係ないシーン(お祭とかオペラとか)とを交互に切り替えつつ並行して描くという編集が反復され、最後のボンドとカミーユそれぞれの戦いの描き方につながっていくのが面白い。
 クレイグ版ボンドはストイックなのが特徴だが、今回はそれがカミーユとの関係にも及んでいる。ボンドガールとベッドインしないボンドというのはシリーズ内でも非常に珍しいのでは(前作ではヴェスパーが恋人だったが)。ボンドとカミーユとの関係は、男女というよりもむしろ保護者と被保護者のようにも見える。敵の本拠地に突撃する前に、カミーユにボンドが「人を殺したことは?」と尋ねるシーンは、先輩と後輩のようでもあった。こういう、黒とも白とも言い切れない淡い人間関係をすっと挿入してくるところは、フォスター監督らしいなと思った。ボンドと旧友マティスの奇妙な友情にしろ、CIAのフェリックスとの仁義にしろ、提示されるものはわずかだが、奥行を感じさせる見せ方だった。
 またボンドの周囲の人間関係で言うと、今回はM(ジュディ・デンチ)の占める部分がいつになく大きい。この2人の上司と部下としての関係を結構見せているのだ。ボンドがMのことを「ちょっと母親のような存在」と言及するというのも、今までのシリーズ作品では考えられなかったのでは。それにしても今回は、ジョディ・デンチがデンチ史上最高といってもいいくらいのかっこよさを見せていて痺れた。こんな上司のためならがんばるよな。 
 さて、前作から旧来のシリーズとは路線が大きく変わった007。ボンドカーから秘密兵器が出てくることはないし(そもそもボンドカーという概念がないよな)、カクテルの名前も出てこない。今までのファンを失うリスクがあるの方向転換したのは、これまでの007のお約束を厳守すると、新規のファンは入ってきにくいからではないだろうか。また、だんだんファンタジックなギミックとシリアスなドラマとのすり合わせが難しくなってきたからだろう。観客が映画に対する「ツッコミ」を覚えてしまったのも、お約束にそった設定を難しくしているように思う。もし、旧来のようなノリで派手なボンドカーを投入したら「おバカ映画」と見られかねないし、そういう設定を成立させるには、アメコミ原作映画のような世界設定を作らないと、一見さんの観客は納得してくれないのではないだろうか。今、笑いを誘わずに堂々とスパイアクションをやるには、リアル路線に徹するしかないのかもしれない。今回、敵となる組織が営利を目的とする企業(それこそ「世界征服より金だ!」という方向性)なのも、その反映では。グリーンが妙に小物じみているのも頷ける。彼は組織の中では取り換えのきく駒にすぎない。フィクションの中でも絶対的な「悪の組織」は今や成立しにくいのか。