塚本晋也監督によるシリーズ2作目。他人の悪夢に入り、それを取り除く「悪夢探偵」こと影宮京一(松田龍平)。彼の元に女子高生・雪絵(三浦由衣)が訪れる。同級生の菊川が毎回夢に現れる、そして同じく菊川の夢を見た友人が突然死んだというのだ。極端に怖がりだったという菊川に母親と同じものを感じた京一は依頼を引き受ける。
 前作はわりとスタンダードなサスペンスでありヒーロー(にしてはやる気ないのだが)ものだった。しかし今回はだいぶ雰囲気が違う。他人の夢をめぐる物語ではなく、京一自身の物語になっている。京一は幼いころ、母親に殺されかけ、そのせいで悪夢に悩まされ続けている。そんな彼が、母親の記憶をたどり、彼女のことを理解しようとするのだ。彼が今回救うのは、子供のころの自分だと言ってもいい。実際に京一は子供時代にさかのぼり、自分が母親に嫌われていたわけではないこと、母親にとっても幸せだった時間は存在したことに気づく。そこに悪夢から抜け出す糸口があるのだ。
 また、恐怖の在り方も前作とは異なっている。前作の恐怖は外部から脅かしに来るものだったが、本作の恐怖は、自分の中からやってくるのだ。はっきりとした対象があるのではなく、京一の母がとにかく怖がっていたように、何かのスイッチが入ったとたんに何もかもが恐ろしいというような、コントロールも目視も難しいものだ。また、自分の中からやってくる、自分にしかわからない恐怖は他人と共有することができず、自分の恐怖の感情を理解してもらうこともできない。実はそれが最大の恐怖なのかもしれない。
 登場人物それぞれが抱える恐怖により近づく為か、カメラは対象に極端に近付き、また対象である人物の心の動きに合わせるように盛んに動く。動きすぎ、近すぎな上に画面が暗く、何が映されているのか、何が起こっているのかわからないところもある。しかしその「何が起こっているのか分からない」という部分が恐怖の感情とリンクしていたように思う。登場人物の主観に近い撮影を意図したのではないだろうか。