『ハッシュ!』から6年ぶりとなる橋口亮輔監督の新作。法廷画家のカナオ(リリー・フランキー)と出版社に勤める翔子(木村多江)夫婦。翔子は初めて生んだ子供の死がきっかけで、精神のバランスを崩していく。
 1990年代初頭から2000年代へと、大きく変化してきた日本の社会を背景に、1組の夫婦の歩みを描く。ナカオの職業が法廷画家であることで、大きな事件には必ず言及することができ、これは上手い設定を考え付いたなと思った。また、裁判の場にはいるが傍観者であり、しかし1人の人間としては完全に傍観者と割り切ることは難しい(ナカオはある法廷の後、新聞記者に「こんなの(読者は)見たくないっすよ」と洩らす)というバランスがよかった。現代日本の10年史といった側面もありつつ、焦点はあくまでカナオと翔子という夫婦の生活にあたっている。
 この「傍観者である」という設定がカナオのキャラクターの一面を象徴していた。世間でやりきれない事件が起きる一方で、より小さな世界では、妻が鬱で苦しんでいる。カナオはどちらに対しても泣いたりわめいたり、感情を露わにすることはない。特に翔子が鬱を発病するまでは、翔子に対してもどこか踏み込まない部分があった。基本的には(経済的にも性格的にも)頼りない男なのだ(実際、翔子の家族はナカオとの結婚を快く思っていない)。しかし翔子が行動が危うさを増してくると、逆にナカオの懐の深さが際立ってくる。それが法廷画家として修羅場を目の当たりにしてきた経験からなのかどうなのかはともかく、明らかに冒頭のナカオとは変わってきている。抱擁力が上がっているというか、妻と一緒にいる覚悟ができたというか。パニックを起こす翔子を抱きしめ、鼻水だらけだ・・・とぼやくシーンはユーモラスだが実に美しい。演じるリリー・フランキーが初主演ながらも非常によかった。この人の持ち味のよさを、監督が引き出した感じがする。私、リリー・フランキーは男性としてまったく好みではないのだが、何故モテるのかがよーくわかった(笑)。すごくセクシーですね。そりゃもてるわ。
 一方、翔子役の木村多江は、元々薄幸そうな顔立ちなのに役柄としても色々痛めつけられている。まじめすぎて追い詰められてしまう人を熱演していた。これは、演じる側も相当きつかったのではないかと思う。き真面目で几帳面な努力家であることがエピソードの随所からわかるだけに、「ちゃんとしたいのにできない」という言葉が胸を打つ。また余談だが、兄嫁に「精神科にかかっている人が身内にいると息子の幼稚園受験に不利」とあっさり言われてしまうシーンが少々ショックだった。そうか、あの当時は(今でもかもしれないけど)そういう扱われ方なのか・・・。心療内科という言葉も定着してなかったんだもんな。
 カナオと翔子はある種対照的な夫婦なのだが、ぶつかり合いと支えあいによってなんとか問題を乗り切っていく。しみじみと、人は人との関係の中でしか回復し得ないのではと思った。夫婦のきつさ、そして醍醐味は維持していくというところにあるのかなとも。また、カナオ・翔子夫婦だけでなく翔子の家族の姿から、人間と人間が関わっていくこと、変化していくことの可能性に対して、橋口監督は前作よりも一歩踏み込んだなという印象を受けた。
 脇役の配置とキャスティングも非常にいい。特に裁判所職員役の柄本明が、なぜか見ていてなきそうになるくらいによかった。なお、裁判の被告役の俳優らが全員熱演していて異様な迫力があった。特に幼女誘拐殺人犯(劇中の役名は変えられているが、要するに宮崎勤)役の加瀬亮がえらいことになっている。背筋凍った。