ロッカー目指してなぜか寿司屋でバイトする基一(市原隼人)。双子の弟・喜一の身代わりとして大学のゼミに出た彼は、担当教授(石田ゆり子)から不登校の天才学生・穂瑞沙羅華(ホミズサラカ・谷村美月)を引っ張り出して来いと言いつけられる。彼女の自宅を訪ねた基一だが、話はさっぱりかみ合わない。しかし彼女は、基一が思いつきで口にした「宇宙は作れるのか?」という疑問に興味を示す。原作は機本伸司の同名小説、監督は三池崇史。エグセクティブ・プロデューサーは角川春樹。
 公開前から「三池と春樹が組んだらとんでもないことになるんじゃね?」とトンデモ映画最右翼とみなされていたらしい(『僕の彼女はサイボーグ』のインパクトの前に霞んでしまいましたが)本作。しかし、三池監督にしてはわりと普通寄りの映画になったのではないかと思う。主人公を「秀才の双子の弟がいる凡人」というややこしい設定(多分原作では、主人公も学生なんでしょうね)にして説明セリフを使いやすいように(主人公に対してまず説明しないとならないから)したり、田んぼでのアルバイトを挿入してミクロとマクロを対比させてみたり、谷村美月がジャージ+タンクトップ姿の僕っ娘となって半乳をこれでもかと披露してみたり(多分これが本作最大のキャッチーさであろう)、SF初心者や宇宙に興味のない人に対しても間口を広げようという努力の跡が見受けられる。実際、基一がセミでやっとこさやってのける宇宙誕生解説は、私はこの手のことにとんと疎いもので「ヘー」となかなか面白く見ることができた。映画見る面白さとはちょっと違うかもしれないが。
 ただ、ストーリーが破綻しているという批判は免れないだろう。というか、よく考えるとストーリーらしいストーリーがないんだよな・・・。宇宙誕生に関する解説と三池テイストの小ネタで構成されているといえばそうだし。また、何の為に出してきたのかわからない登場人物やら設定やらも多く、置くだけ置いてあと放りっぱなしな印象は否めなかった。特に沙羅華に批判的な先輩は、何で批判的なのか、そしてクライマックスで何の為にある行動に出るのかさっぱりわからなかった。さらに、宇宙作りが途中からどうでもよくなっている(笑)。
 ただ、割とそこが抜けた映画ではあるが、あまり悪い印象は受けなかった。青春映画としてのテイストはなんとなく保たれているのが好印象だったのかもしれない。三池はおそらく、SFではなく青春映画として撮っている。だから「宇宙作れなくても大丈夫!」というところに着地するのだろうし、それで正解だったと思う。あと、主演の市原の力も大きい。演技が特に上手いとは思わないが、オーバーアクションを臆せずやるキレと生きの良さがあって、青春一直線なアホの子役を好演していたと思う。それだけに、基一と沙羅華の関係を通り一遍に描いてしまったのは残念。ボーイミーツガールというより、似た背景を持つ(2人とも親からの承認が不確かで不安。このあたりをもっと突っ込んでも良かったのにと思う)2人の友情未満の感情といった淡さが悪くなかった。