1972年、あさま山荘事件へいたるまでの連合赤軍のメンバーを追った若松孝二監督の力作。多分、今年の映画雑誌各誌の日本映画年間ベスト10には、軒並み上位ノミネートされるだろう。公開当初からすごいすごいという話は聞いていたが、確かにすごい。3時間を越える超大作だが、密度が濃く、実際の上映時間ほどの長さを感じなかった。
 本作が盛り上がってくるのは、中盤、山岳ベースでの山ごもりが始まってからなのだが、一種の集団密室劇のような怖さがあった。ご存知のとおり「自己批判」「総括」の名を借りたリンチが行われるのだが、彼らが特殊だったから起きた事件ではなく、密閉状態に10数人適当に突っ込んどいたらこうなるんじゃない?的な嫌な普遍性を感じた。山岳ベース内の感じが何かに似ていると思って見ていたのだが、はたと思い当たった。小学校の学級会だ。下校する前に今日1日の反省会をやって「~君がなんたらしたのがいけなかったとおもいまーす!」って言う、あれ。委員長(森)と副委員長(永田)が筆頭になって調子こいてる生徒をいじめるわけです。
 それは冗談としても、彼らの言動がやたらと幼いのは気になった。確かにむずかしい単語をいっぱい使っているが、無理して使っている感じなのだ。特に森の言葉の上滑り感は、見ていていたたまれなくなった。言葉に実態がないというか、自分の言葉でしゃべっている感じがしないのだ。おそらく遺書なのであろう、映画の最後に出てくる書簡まで一貫して空疎だった。本当にこんな感じだったとすれば、何故周囲が付いてきたのか謎である。何か、カリスマみたいなものがあったのだろうか。若松監督は「森にも永田にも特にカリスマはない」と確信的に描いているように思うが。普通の、ちょっと頭いいくらいの若者たちがとんでもないことをしたという点が怖ろしく、また、この事件が今日性を持つ点でもあるのだろう。多分今後もこういった形の事件は起こるのではないかと思わせるのだ。
 リンチ映像は生々しくどシリアスではあるのだが、それと同時に一歩間違えばコメディのようでもあった。前述した通り、メンバーの言動が未成熟すぎるのが最大の要因だろう。「水筒忘れたことを自己批判しろ!」というくだりには吹きそうになった。本作を見ている間、私の並びの席に座っていた若いカップルが頻繁に笑いをかみ殺していたのだが、無理はない。客観的に見るとおかしいが、当人たちはいたって真面目というのが、おかしいと同時に怖ろしいのだ。
 それにしても永田の造形が、シリアスなドラマ的にもコメディ的にも大変面白かった。女性メンバーへの攻撃は女性としてのコンプレックス故というのが定説になっているようだが(私、あまり詳しくないんですが)、その辺は本作でも踏襲されている。踏襲されすぎていて笑いそうになった。女性メンバーの不用意な言動を見聞きしたときの顔が「キラーン」と効果音加えたくなるような見事な顔なのだ。加えて、妙な委員長気質・仕切り屋系優等生気質が発露されている知ったような口ぶりは、「あーいたいたこういう小学生女子!」と大変イタい気持ちにさせてくれる。
 もう1人スポットのあたる女性として遠藤がいるが、彼女は何で連合赤軍に参加しているのか不思議なくらい普通の女性として描かれている。活動を続けていたのは重信(彼女だけ扱いが別格で、人間のしょうもない側面が見えないのは釈然としない)への友情と憧れからだったように見える。そして、このへんが上手いなぁと思ったのだが、ルックスがすごくいいというわけではなく中の上がいいところなのだ。この人もどちらかというと、同性に対してコンプレックスを抱える側の女性ではないかと思えるのだ。