ピュリッツァー賞受賞作家であるコーマック・マッカシーの『血と暴力の国』を、『ファーゴ』『オー!ブラザー』のコーエン兄弟が映画化。第80回(2008年)アカデミー賞の作品賞、監督賞、助演男優賞を受賞。受賞も納得の傑作だと思う。シークエンスの一つ一つが冷ややかでぞわぞわした。エンドロールで流れる音楽も不穏でいい。
 メキシコ国境近くで、数体の死体と大量のヘロイン、そして現金200万ドルを発見したモス(ジョシュ・ブローリン)は、現金をネコババ。その金を奪回する為に殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)が追う。モスの危機を察した老保安官ベル(トミー・リー・ジョーンズ)も彼を探すが。
 原作小説と監督の作風がマッチしており、小説の映画化としてはかなり成功した部類ではないかと思う。マッカシーの小説は目線がひいている文体だと思うのだが、その距離感がコーエン兄弟の冷めたタッチと相性がよかったのでは。個人的には、『ブラッド・シンプル ザ・スリラー』『ファーゴ』のような、冷たいコーエン兄弟の作風をまた見ることが出来て嬉しい限り。大変私好みな映画だった。ただ、映画に共感や強くエモーショナルなものを求める人にはさっぱり面白くないだろうが。
 さて、あらすじだけ書くとサスペンス映画のようだが(予告編もサスペンス映画としての側面を強調していたが)、これはいわゆるサスペンス映画とはちょっと言えない。エンターテイメントとしてのハラハラドキドキは殆どない。ストーリーの流れはむしろ緩慢だとさえ言える。しかし退屈なのかというとそんなことはない。サスペンス映画のようにドキドキ感が盛り上がるのではないが、全編通して一定の緊張感が張り詰めているという感じなのだ。
 殺し屋シガーはやたらめったら強く、ほぼ無敵だ。情け容赦なく標的を追っていく。しかしそのシガーでさえ、運・不運からは逃れられない。シガーは対峙する相手にしばしばコインの裏表を当てさせる賭けをする。彼は運が人間の人生を決めると信じており、自分も運に従っている。怪物のように見えるシガーではあるが、彼もまた運に翻弄される人間である。本作において最も怪物的で傍若無人なのは「時の運」という、いかんともし難いものなのだ。ベルの独白やラストの会話で明らかになるように、アメリカという国が持ち続ける暴力性についての物語ではあるのだが、それと同時に、人間には変えようのないレベルの暴力(運とか天災とか)が支配する物語であったように思う。
 舞台がアメリカ西部であることも、この作品の性質を決定付けている。この点に関しては小説よりも映画の方が効果が際立っていた。風景が暴力的にがらんとしているのだ。人間が立ち入る隙がないというか、人の生き死にとは全く関係なく続いているような突き放した感じがする。