レンブラント・ファン・レイン(1606~1669)。言わずと知れた17世紀を代表するオランダの画家で、自画像を多く製作したことでも知られる。彼の代表作と言えば「夜警」だが、この作品を発表した後、レンブラントに対する注文は激減、経済的には困窮したまま世を去った。果たして彼の周囲で何があったのか。
 ちょっと見レンブラントの伝記的映画のようだし、「夜警」には何が隠されているのかというミステリ仕立ての要素もあるが、いわゆるミステリ映画や美術史映画を期待して見ると肩透かしを食うだろう。何せピーター・グリーナウェイ監督作品だ。久々の新作となる。様式美(といっても俺様式なんだけど・・・)の強い作品を撮ってきた監督だが、本作は舞台演劇のスタイルを踏襲しているように思える。カメラを低い位置に固定したシーンが多く、客席から舞台を見るような視線となる。また、画面の奥行きが狭く高さがあり、これも舞台っぽい。大きな天蓋付きのベッドや書割のようなバルコニーなども、作り物めいた雰囲気を増幅している。
 さて、レンブラントの時代の肖像画は、払った料金に応じて人物(絵の依頼人)の大きさや露出を決めるのが一般的だった。集団の肖像画で全員一律でお金を払ったのなら、全員平等に露出するように描くわけだ。しかしレンブラントはこの決まりを無視し、「夜警」では人物の大きさも露出もまちまち、しかも一部の人物が滑稽に見えるように(と映画の中では言われている)描いた。彼は人物を記録する為の肖像画ではなく、人物(依頼人たち)を使って自分が見せたいドラマを読み取れるような絵画を作った。対象は画家の手駒でしかない。当然絵の依頼人たちは憤慨し彼を非難する。しかし絵画としては、普通の肖像画よりは圧倒的にドラマチックで面白く、印象に残る。そして実際、生きている間は不遇だったが、レンブラントは巨匠として後世に名を残した。画家が旧来のジャンルから踏み出し新しい表現を獲得していく過程とも見える。
 本作の中でレンブラントの絵画は「人間の肖像を描くのではなく芝居させている」と非難される。しかし社会の中で芝居していない人間などいるのだろうか。彼らは自分に課された身分、職業を演じる。それまでの肖像画だって、「それらしく」見えるように対象を演技させたものとも言える。そして前述したようにこの映画自体が演劇的。絵の中の演技、絵の外の演技、そして絵のモデル・作家を演じる役者たち、という入れ子のような「演技する人」を感じさせる作品だった。