1971年、イタリアのトスカーナ地方に暮らす10歳の少年ミルコは、事故で視力を失い、全寮制の盲学校へ転入した。なれない環境の中ミルコが見つけたのは、テープレコーダーで色々な音を録音し、物語を作るという遊びだった。
 実話を元にした作品である。主人公の「ミルコ」のモデルは、イタリア映画界の名音響編集者ミルコ・メンカッシ。作中の主人公のミルコも映画が大好きな少年で、寮を抜け出して映画館に行ったりする。まず驚いたのが、当時のイタリアの法律では、視覚障害者は健常者と同じ学校には通えなかったといおうことだ。盲学校では生徒に一般的な教育の他、生活の為の職業技能を教える。それ自体は彼らが自立していく為にはもちろん必要なことだし、「規律が子供達を守る」という校長の主張にも正しい所はあるだろう。しかし、それだけを教えることは、彼らに大人になることを強制することにはならないか。いつまでも子供というのは困りものだが、無理矢理大人にならざるを得ないというのも不幸なことなのではないかと思う。やはり視覚障害を持っており、ミルコたちの学校の先輩に当たる青年が出てくる。彼は盲学校を卒業して大学に進学することも出来、今は製鉄所で働いている。物語の流れ上、彼の存在はそう必要じゃないんじゃないかと思ったが、最後、彼がミルコたちのお芝居を「聞いて」見せる表情で、何か腑に落ちた。彼がミルコたちの中に見ていたのは、あったかもしれない自分の子供時代なのだろう。そしてミルコたちにとっては青年が、もしかしたらありえるかもしれない自分の将来の姿なのではないか。青年はしっかり生活しているし恋人もいて、それなりに幸せそうではある。が、子供時代というのは、それとはまた別に換えられないものなのではないかと思う。
 健常者・障害者ということを越え、子供が自分の世界を発見していく過程の喜びがぐわっと伝わってくる。映像が美しいというのもあるのだが、子供達が楽しそうなんですねやっぱり。ミルコがやっていることは、彼が大人になって生活していくうえでは不要なことかもしれない(実在のミルコ少年は音響技師になったわけだが、物語としてはそうとも限らない)。しかしその経験は、彼が生きていく上で彼を支えるものにはなり得るのだ。ミルコの興味と才能を理解してくれる神父は、「君が持っているものを大切にしなければいけないよ、それで勉強もしてくれると嬉しいな」と言う。子供にとって、どういう大人とめぐり合うかというのも、人生を決定付けるものだなとしみじみ思った。