主人公は天才料理人、ヒロインはその料理に見せられた人妻。料理が絡む関係ではあるが、実の所、料理そのものはさほど大きなウェイトは占めていない。そもそもコーラとチョコレートのソースなんて実現可能なの?
 エデン(シャルロット・ロシュ)はグレゴア(ヨーゼフ・オステンドルフ)の料理が食べたくて彼に近づく(そして最後まで彼の料理を絶賛する)が、いくら料理が美味しくても、虫の好かない奴の所へ毎週のようには通わないだろう。料理はあくまでとっかかりであり、彼女は彼の人柄に好感を持った。彼と一緒にいるのが楽しかったからこそ、彼に会い続けたし、彼女と夫の関係が好転したのも、美食の賜物と言うよりも、グレゴアと会うことで、変な言い方だが夫との関係の煮詰まり度が下がったからではないかと思う(他に友達いなさそうだったし)。
 一方、グレゴアにとって料理は一人で高みを目指すものだった。しかしいわゆる高級食材を使った美食というだけではなく、食べる人のことを考えて作るというのも料理の一つの要素だと気付いていく。どんなに美味しい料理を作れても、食べる人の姿が見えないと空しい。それが彼の最後の選択に繋がるわけだが、このオチはよかったんじゃないかしらと思う。彼が一人で作っていた料理より、こっちの方が食べてみたいと思った。
 さて、グレゴアとエデンにとって不幸だったのは、彼女の彼に対する好意と、彼の彼女に対する好意の種類が違ったことだ。彼は彼女に恋していたが、彼女は彼に友情を求めた。男性からしてみたら好意に付け込むひどい女ということになるのかもしれない。確かに、エデンはグレゴアの感情や周囲の目に対して無頓着すぎるし、2人を襲うトラブルも、彼女のうかつな行動が引き起こした側面が大きいだろう。しかし、異性に友情を求めるのは(たとえ相手が自分に恋愛感情を持っていたとしても)そんなにいかんことなのか、と釈然としないところもある。少なくとも、夫にぎゃんぎゃん責められる筋合いはないと思うのだが・・・。そのね、恋愛とか夫婦関係以外の関係もほしいわけです。そのへんわかってよーという気もする。また、夫がもっと妻子のことを考えて行動していれば、エデンとグレゴアの関係が深まることもなかったんじゃないかと思う。
 そうそう、エデンの夫がグレゴアに嫉妬する様は大変見苦しい。女の嫉妬は怖いかもしれんが男の嫉妬の方がみっともないかもしれない。相手に突出した才能があるからまた拍車がかかっちゃってるあたりも、こいつ器が小さいなぁと。相手がグレゴア以外の一般人だったら、確実に訴えられてるよ。まあこの場合、訴えられたほうがダメージ少なかったかもしれんが・・・
 予告編ではほのぼのした、ハートウォーミングな雰囲気だったが、むしろ苦い作品だった。あと、妙なユーモアがあって、深刻になりすぎないところはよかったと思う。エデンの夫もその友達も下衆な奴ですが、描き方におかしみがある。