クウェンティン・タランティーノ監督待望の新作。しかし今回も趣味に走りすぎであります!本作では、60~70年代にアメリカで隆盛を極めた低予算インディーズ映画「グラインドハウス」の雰囲気を再現しようと試みており、ご丁寧にフィルムには傷加工をし色合いも古臭く、フェイク予告編までセットになっている。ちなみに、グラインドハウスは数本立てなのが通常だったそうで(現代日本で言ったらテレ東・昼間の映画枠と木曜洋画劇場を続けて見る感じだろうか)、本作もロバート・ロドリゲス監督作品『プラネット・テラー』とセットになっている。一部劇場ではセット上映された(つまり本来の姿で上映された)のだが、私には都合3時間強に耐える程の愛はないの・・・ごめんタランティーノ。
 女の子たちが元カースタントマンの殺人鬼(カート・ラッセル)に追われるというアクション&サスペンス映画であるはずなのだが、肝心のカーチェイスにたどり着くまでが長い!カーチェイスが始まると俄然ワクワクして、カースタントのアナログ加減も滅法面白いもんで、これができるなら早くやらんかい!って思った。で、それまで代わりに何をしているかというと、女の子たちが延々とダベるわけです。タランティーノ映画の登場人物達は男女関係なくよくダラダラとおしゃべりをするが、本作では特にそれが顕著だった。タランティーノは女性のおしゃべりには脈絡が無い(そして延々と続く)ということをよくわかってんなー。会話の内容は結構えがつないし、そもそも殆ど意味を成していない。でもその意味なさがガールズトークっぽくてよかった。会話がとりとめもないんだけど、意外に飽きないのね。タランティーノがガールズムービーを撮ると本作になるのかもしれない。女の子たちが、皆ほどよく下品でどちらかというとダサいのもかわいかった。
 さて、この映画の殺人鬼はけっこうひどいことをやる(まあ殺人鬼だから)し、それに対して起死回生をはかる女の子たちがやることも結構ひどい。お子さんには見せられない殴打に次ぐ殴打なのだが、見ているうちに爽快になってくるのはなんでなんだろう。暴力苦手なのに、鉄パイプ持ってボコる気満々になってきちゃうよ。エンターテイメントとしての暴力てのはどういうことなんだろうなーとつらつら考えたりもした(『キルビル』の時も思ったのですが。タランティーノの映画の暴力描写はちゃんと痛そうなのに笑っちゃうんだよね)。
 ところで、この映画には女の子がいっぱい出てくるが、タランティーノはおっぱいではなくお尻と脚の人だということがよくわかった。意味なくチアガールの恰好している(一応、撮影中のモデルという設定なんですが)子がいるのには笑った。脚だけ延々と撮ったり、下からの舐めるようなショットが結構あったり、まごうことなくお尻&脚映画。これでロドリゲス監督の『プラネット・テラー』がおっぱい映画だったらバランスがとれていていいんじゃないかと思う(けど、ロドリゲスもおっぱいの人じゃないと思うんだよな・・・)。