アメリカに実在する高校での実話を元にした作品。主演のヒラリー・スワンクは製作総指揮も兼ねており、渾身の1作と言えるだろう。私、スワンクはさほど好きな女優ではなかったのだが、本作の彼女はよかったです。垢ぬけなさとタフそうな容貌がプラスに働いていた。監督はリチャード・ラグラヴェネーズ。
 ロス暴動後、1994年のアメリカ・ロサンゼルス。新任国語教師エリン(ヒラリー・スワンク)がウィルソン高校に赴任してきた。教育者としての理想に燃えるエリンだが、生徒たちは全く授業を聞こうとしない。生徒たちが抱える問題を目の当たりにしたエリンは、自腹で彼らにノートを買い与え、「何を書いてもいい、提出しなくてもいい」という条件で日記を書かせる。
 規格外の熱血教師がすさんだ子供達とぶつかり合い教育現場を変えていく、というあらすじの作品は、邦画洋画問わずたくさんある。最近ではやはり実話を元にしたアントニオ・バンデラス主演『レッスン!』が面白かった。ただ、生徒のキャラ立てをかなり意識していてコミックぽさがあった『レッスン!』に比べると、本作はもっとリアル志向でシリアス。何より、本作はロス暴動後ということで空気がピリピリしている。人種間の関係も現代より溝が深く一触即発な状態だ。「外は戦争よ!」という生徒の言葉は極端すぎるとも思ったが、実際に路上で銃撃戦などざらな状況だから的外れでもないわけだ。そして生徒たちの物(というかいわゆる学校教育で得る知識)の知らなさ加減も結構極端だ。度肝を抜かれたのは、彼らがホロコーストを知らなかったこと。マジですか。エリンも愕然とし、普通に授業をしてもダメだと決意する。
 エリンは捨て身で生徒たちと関わりあおうとするが、彼女がやるのはいきなり家庭環境を変えようとか成績を上げようとかいうことではなく、まず生徒の意識を変えること、世の中に対する関心を起こさせることだ。エリンは自腹で彼らをホロコースト博物館に連れて行ったり、ホテルで食事をさせたりする。生徒の方も、自分から徐々に日記を見せるようになってくる。やっぱり言いたいことがいっぱいあるのだ。彼らが置かれた環境が変わるわけではないし、エリンが変えるわけでもないが、書くことで彼らは変わっていく。やっぱり言いたいこといっぱいあるよね。
 非常に印象的だったのが、生徒の中でも特にスポットの当てられているエバという少女が、『アンネの日記』を読んでいく過程だ。エバは本の続きが気になってエリンに「どうなるの?」と度々聞く(読書に慣れていないので読むのに時間がかかる)。そして最後まで読むと、「アンネが死んじゃった!どうしてくれるの!」とエリンに詰め寄るのだ。こういう、主人公=自分となる、夢中で没入するような読書の仕方があったんだよなぁと懐かしく、少々切ない気持ちになった。この子は読書の面白さというのを初めて知ったんだろう(怒る彼女にクラスメイトが「でもアンネはすごいぜ。今でも皆が彼女のことを知ってる」とフォローするところもいい)。そういう、自分の周囲とはまた違った(しかし自分とどこかで繋がっている)外の世界を知ることは大切だと思うが、それを伝えるのが教育なのではないか。自分とその周囲だけだと、どうしても息苦しくて却って生き辛くなるんじゃないかと思う。
 さて、熱血教師が子供達と切磋琢磨していく美しい話ではあるのだが、なかなかシビアな面もきちんと、というと言い過ぎだがそれなりに示しているところは冷静だ。エリンは授業に夢中で家庭でも生徒たちの話ばかりし、夫はとうとう家を出て行く(エリンがファザコン気味というのも上手い)。彼女の夫は建築家志望だったがもう意欲は薄れている。しかしエリンには夢を諦めるということがわからない。夢を持てない人、または夢らしきものを持っていてもエリンほどにはひたむきに追えない人にとって、彼女の態度は残酷だ。エリンは「私を支えてほしいの」と夫に訴えるが、そういうことではないのよね。
 また、学校教育の一環として考えると、エリンを疎ましく思う学科長の考えにも一理ある。生徒に対してあまりにも全力なエリンのやり方では、毎年入学してくる生徒に同じようなカリキュラムを与えられるとは限らない(エリン自身もそれを認めている)。入学・卒業が繰り返される以上、ある程度ルーティン化していないと成り立たないだろう。
 ともあれ、こういう先生にめぐり合えた生徒は幸せだろうとは思う。ここまで捨て身で向き合ってくれる人はそうそういないだろう。無茶そうなことでも実現しちゃうんだもん。一見無茶なやり方で本気で世界を変えようとする人が往々にして出てくるところが、アメリカという国の面白いところ(美質と言ってもいい)なのかもしれない。