ひょんなことから落ちこぼれ高校生たちに社交ダンスを教えることになったダンス教師ピエール・デュレイン(アントニオ・バンデラス)。生徒たちは「社交ダンスなんてダサい」と全然やる気がなかったが、徐々にその魅力に目覚め始める。
 新任教師が落ちこぼれ生徒を更正させるという王道ストーリーで、意外性はないのだが楽しい学園映画だった。正直言って、ストーリーはちょっと大雑把でご都合主義な所がある。ピエールが校長に社交ダンスを教えたいと申し出るのが唐突だし、生徒たちが不良とされる割には素直にレッスンに応じちゃうのもご愛嬌。そもそもそんなに短期間でダンスが上達するのか?という突っ込み所があるが、それをいちいち指摘するのは野暮というものだろう。学園ドラマの「お約束」と思えば気にならない。映画の中心である社交ダンスシーンが楽しいこと、映像と音楽のテンポがしっかり合っていて(タイトルロールのカットの繋ぎ方がいい!監督のリズ・フリードランダーはミュージックビデオ出身でこれが長編初監督だそうだ。なるほど。)気持ちがいいことで十分楽しめた。最後のダンスフロアジャックはちょっとやりすぎかしらと思ったが、やっぱり楽しい。また、月並みな映画だったら単なる敵役になりそうなブロンド美人ダンサーが言い放つ「私はプロよ」という言葉も、彼女には彼女の矜持があることを示していて、目配りがうれしかった。それぞれのキャラクターが生き生きしていた。
 ピエールは校長や他の教師に、生徒たちが学校で学ぶのは生活の為だ、社交ダンスで生活ができるわけではないと反発される。ピエールはそういった反発に対して、いやそういうことじゃないんだ!と憤慨する。確かに社交ダンスで生活できる人はごくわずかだろう。しかし生徒たちが学んだのはダンスだけではなく、パートナーへの礼儀や思いやり、他人への信頼も得られたはずだ。ピエールは生徒に「人の善意を信じろ」と言う。生徒はそんなもの信じられるかと言うが、やはりどこかで他人を信じたいと思っているから、彼の尽力に応えるようになったのだろう。人生において生活の術はもちろん必要だが、人間それだけで生きているわけではない。善意を信じなくても生きてはいけるだろうが、そういう生は苦しいのではないだろうか。実は、この映画は実話が元になっている。ピエールは実在のダンス教師で、アメリカの高校では実際に社交ダンスをカリキュラムに取り入れているところもあるそうだ。一見実益のなさそうなものの中にもちゃんと得るものがあり、それが人生を豊かにするのかもしれない。
 舞台となるのは生徒は黒人とヒスパニックが殆どを占める公立高校。経済的にはあまり恵まれていない生徒が多く、校長が「そのバッグ盗まれないように隠しといて!」と言うくらい盗難等のトラブルが多いらしい。校長室には校長が就任してから(喧嘩などのトラブルで)死亡したの写真の写真がかけてあったり(校長はこれを見て自分の仕事を肝に銘じるのだ)する。人種差別は少なくなったとは言え、やっぱり人種別に住み分け、階層分けされているというのがアメリカの現実なのだろうか。そんな中で社交ダンスというのはかなり突飛な発想ではあるかな。あと社交ダンスってやっぱりアメリカでも高校生にとっては「ダサい」ものなのね。