多和田葉子著
 現代版ゲオルク伝説とでも言うべき小説を翻訳する為、一人バナナ農園のある島に滞在している「わたし」。しかし翻訳は遅々として進まない。翻訳すればするほど原文の本質からとおのいていくのではないかという怖れを抱きつつ、原文に忠実であろうとする翻訳のジレンマ。言語の齟齬が身体、そして日常生活に対する齟齬へと波及していく。言葉のずれの気持ち悪さがどんどん拡張されていく感じで、不穏だ。翻訳している物語と「わたし」が主人公である物語とは何もリンクしないという所が面白い。こういう設定だと、うっかり2つの物語を関連付けたくなりそうだが、そうはしないところに「そんなに都合のいいものじゃないよ」とでもいうような、翻訳という行為に対する著者の誠実さを感じた。