3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『パティ・ケイク$』

 ニュージャージーに住む23歳のパティ(ダニエル・マクドナルド)はバーテンダーで生計を立てつつ、音楽で成功することを夢見てライムに磨きをかけていた。フリースタイルバトルで相手を喝破し仲間とCDも作るが、母と祖母を抱えた生活は厳しい。そんなある日、パティの元にオーディションに出場するチャンスが舞い込む。監督・脚本はジェレミー・ジャスパー。
 パティは自分の容姿をバカにされ、母親のこともバカにされるが、自身のライムで這い上がっていく。ホワイトトラッシュの話、加えて関係性に問題がある母娘の話ということで先日見た『アイ、トーニャ』を思い出しもしたが、本作の方が(完全にフィクションだし)希望がある。最大の違いは、パティには自分を肯定してくれる存在、祖母がいるということだ。「お前はもう(自分にとっては)スターだよ」と祖母だけは言ってくれるし、彼女がやっていることも、彼女の友人たちのこともバカにしない。おそらくパティは、理由もなく殴られたら自分が悪いとは考えないだろう。自身に対する基本的な肯定感があるのとないのとだと、人生大分違ってくる気がする。
 パティの母親は昔はセクシーで大層モテたんだろうなという雰囲気の人だが、その頃の自己イメージから抜け出せていないように見える。自分の夢を諦めざるを得なかったという後悔、こんなはずではなかったという思いから酒浸りになっており、それを嫌がるパティとの仲も険悪だ。こんな母親嫌だ、母親のようにだけはなりたくないという一方、バーの男性客たちに母親をバカにされるのは耐えられないというパティのうらはらな気持ちが痛切だった。それを踏まえているので、オーディションでパティが披露するステージには胸が熱くなる。彼女は自分を肯定すると同時に、母親の夢も救い上げるのだ。
 なお、パティとバンドメンバーでもある親友ジェリ(シッダルタ・ダナンジェイ)、バスタード(ママドゥ・アティエ)との関係の描写がとてもいい。男女の間にも友情はあるし、カップルの関係はフェアだ。このあたりは非常に現代的だなと思った。最近見たキスシーンの中では一番きゅんとくるものがある。そういえば、二輪車二人乗りシーンのある映画は打率が高いという自論を持っているのだが、本作でもそれが証明された。

8Mile [DVD]
エミネム
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
2003-09-26


『偽りの銃弾』

ハーラン・コーベン著、田口俊樹・大谷瑠璃子訳
 元特殊部隊パイロットのマヤは、銃撃事件より夫を失った。友人からの勧めで、幼い娘の安全の為に隠しカメラを居間に取り付けるが、カメラの画像に映っていたのは死んだはずの夫だった。ジョーは本当に死んだのか。謎を追ううち、マヤは4か月前に殺された実姉クレアの死と、ジョーの事件との関連性に気付く。
 これは事前情報なしで一気に読んでほしいやつ!訳文の読みやすさも手伝い、ラストまで息をつかせず読ませる。マヤは非常に有能な軍人だったが、ある事件により深いトラウマを負っており、周囲からはジョーの映像は彼女の妄想ではとも疑われる。しかしマヤは迷いはするもののブレない。彼女のブレのなさの根拠は何なのかと言う所も含め、一転また一転と言う感じなので先を予想せず読んだ方が楽しめるだろう。マヤは母親であり(元)妻であるわけだが、それ以上にアイデンティティが一貫して軍人であり、軍人としての考え方、行動の仕方だというところも好みは分かれそうだが(つまりマヤを好きでない人もいるだろうなと)面白かった。優秀な軍人だったにしてはその行動間が抜けていない?という部分もちゃんと理由がある。

偽りの銃弾 (小学館文庫)
ハーラン コーベン
小学館
2018-05-08

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)
ハーラン・コーベン
ヴィレッジブックス
2013-09-20


『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』

 トーニャ・ハーディング(マーゴット・ロビー)は幼い頃からスケートの才能を見せ、フィギュアスケーターとして全米トップ選手に上り詰めていく。1992年アルベールビルオリンピックに続き、94年のリレハンメルオリンピックへの出場も狙うが、1992年、元夫のジェフ・ギルーリー(セバスチャン・スタン)が、トーニャのライバル選手ナンシー・ケリガンを襲撃したという疑惑が浮上する。監督はクレイグ・ギレスピー。
 アメリカ人女子フィギュアスケート選手として初めてトリプルアクセルに成功したトーニャ・ハーディングの人生を映画化。しかし、本作はいわゆる「実話に基づいた」物語としては、見せ方がかなり捻っている。インタビュー形式の場面が随所に挿入されており、基本的に「彼女/彼が言うには」というスタンスが貫かれている上、ドラマ内のトーニャがふいにスクリーンのこちら側を見て「これが本当のことよ!」等と語りかけてくる。登場人物全員が自分に都合のいい話を語る、信用できない語り手たちのよるストーリーテリングなのだ。更に、ここはさすがにフィクションとしてキャラを盛っているんだろうなと思っていた部分が、エンドロール前のご本人映像を見ると正に作中そのままの発言をしていて本当にとんでもなかったりする。虚実のバランスがかなり不思議なことになっており、そもそも全部虚かもしれないという「実話に基づいた」話なのだ。
 トーニャの周囲は基本的にろくでなしばかりで、よくまあこれだけ集まってくるよなといっそ感心するのだが、トーニャの母ラヴォナ(アリソン・シャネイ)が特に強烈。娘を厳しく育てるがいわゆるステージママ的な接し方ではなく、DVすれすれの暴言とプレッシャーによりコントロールする。ラヴォナは「トーニャは怒っている方がいい演技をする」からあえてけなして怒らせているのだとうそぶくが、目的が何であれ(言葉の)暴力は暴力だ。褒められることなく自己肯定感が薄いまま育ってしまったことで、トーニャは自分を殴るジェフとの縁を切れず、観客の声援を過剰に求めるようになってしまったのだろう。トーニャ本人も相当強烈でしぶといキャラクターなので、そんな彼女が「殴られるのは自分が悪いんだと思った」というのにはえっと思ってしまうのだ。彼女がどんなに頑張っても、その育ちや家族が足を引っ張る。
 また、フィギュアスケートという競技のいびつさを垣間見た感もある。トーニャは非常に身体能力が高くスケートの才能は明らかにあるのだが、なかなか評価に結び付かない。思い余った彼女が審査員を問い詰めると、彼は「観客は理想の家族を見たいんだ」と答える。貧しく無教養な家庭で育ち洗練されていないトーニャは、アメリカの理想の女性ではないと言うのだ。競技上の評価基準としては大分おかしいだろう。そういうものを吹っ飛ばすのがスポーツの面白さではないのかよと。更に、その言葉を受けてのトーニャの行動には、何だか胸が詰まった。それでも家族を求めるのか・・・。

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2016-07-06


アニマル・キングダム [DVD]
ジェームズ・フレッシュヴィル
トランスフォーマー
2012-09-07


『君の名前で僕を呼んで』

アンドレ・アシマン著、高岡香訳
 17歳の夏、両親と過ごす北イタリアの家で、エリオは24歳のオリヴァーと知り合う。オリヴァーは大学教授である父が招いたアメリカ人研究者だった。エリオはオリヴァーから目を離せなくなり、話をすれば幸せに、目をそらされるとひどく傷つくようになっていく。
 本作を原作にした同名映画を見た後、原作も気になって読んでみた。映画を見た段階では、てっきり中短篇くらいのボリュームかと思っていたら、結構な長編小説。あの人と話したい、触れたい、セックスしたいというのみの内容でこの文字数を費やす、しかも美しくきらきらとしている所が、正に青春のまぶしさと高揚感という感じ。エリオの思いと言葉が迸り、前のめりになっているような勢いがある文章。映画ではいまひとつニュアンスがつかみにくかったオリヴァーの「あとで!」という言い回しや、半熟卵の食べ方が下手な件など、小説では文字数を費やしており、こういうことかと腑に落ちた。そして研究者であるオリヴァーはもちろん、エリオも目茶目茶教養あるよな・・・。
 映画との最大の違いは、2人のその後だろう。小説の方が「それでも人生は続く」的な方向で、映画の方が「今、ここ」の思いが凝縮されている。ただどちらにおいてもエリオにとってのオリヴァー、オリバーにとってのエリオは消えない痣のように自身の中に焼き付けられた存在なのだとわかる。

君の名前で僕を呼んで (マグノリアブックス)
アンドレ・アシマン
オークラ出版
2018-04-20



『生か、死か(上、下)』

マイケル・ロボサム著、越前敏弥訳
 死者4人を出した現金輸送車襲撃事件の共犯として、10年の刑に服していたオーディ・パーマー。盗まれた700万ドルの行方を知る人物と見なされていた彼は、獄中で散々脅されたが、情報を漏らすことはなかった。そして刑期満了の前夜、彼は突然脱獄する。明日、合法的に出所する予定の男がなぜ脱獄を図ったのか?
 オーディはなぜこのタイミングで脱獄したのか、オーディと同房だったモスにオーディ追跡を命じたのは誰なのか、そして襲撃事件の真相は。いくつもの謎が平行して解き明かされていく過程は、正にノンストップで抜群の面白さ。オーディが守ろうとしているものは何なのか、果たして逃げ切れるのか、ハラハラドキドキが止まらない。オーディの人物造形がとてもいい。勇気がある、頭がいい、優しい、あるいは腕っぷしが強い主人公は多々いるが、高潔さ・公正さで魅了する主人公はなかなか最近見ない所だった。終盤(本当に最後の最後のあたり)オーディがある人物と再会するシーンで、彼の高潔さが自分だけでなく周囲にも厳しい状況の中で自分を保つ勇気を与え、支えたのだとわかるシーンがあり、作中最もぐっときた。

生か、死か (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイケル ロボサム
早川書房
2018-03-06


容疑者〈上〉 (集英社文庫)
マイケル ロボサム
集英社
2006-10-01


『サバービコン 仮面を被った街』

 アメリカンドリームを絵に描いたような、美しい郊外住宅地サバービコン。そこにガードナー(マット・デイモン)と足の不自由なローズ(ジュリアン・ムーア)夫婦のロッジ家の生活は、強盗に入られたことで一変した。一家の幼い息子ニッキー(ノア・ジュプ)の世話を、ローズの姉マーガレット(ジュリアン・ムーア)がすることになる。同じころ、ロッジ家の隣に黒人一家が引っ越してきた。街の住人達は黒人一家の転入に猛反発する。監督はジョージ・クルーニー。脚本はクルーニー&コーエン兄弟。
 1950年代に実際に起きた人種差別暴動が背景にあるが、主軸となるのはロッジ家内で起きるある事件。2つの出来事は関係ないようではあるが、黒人排斥運動に見られる異物(そもそも異物と見るのがおかしいわけだけど・・・)に対する排他性も、ロッジ家の事件のような、一見理想的な家庭の中でも実際は何が起きているかわからないという部分も、サバービアの特性と言えるのかもしれない。そういう面では直球のサバービア映画。
 というよりも、サバービア映画のパロディと言った方がいいのか。サバービコンがテーマパーク的な、作りものっぽい整えられ方をしているのも、絵にかいたような「豊かで幸せな生活」なのも、多分にパロディ的で誇張されている。今更このネタをやるの?(郊外の憂鬱と欺瞞を描いた作品は多々あるし、そもそも今では郊外という概念が廃れつつあるのではないかと思う)と思ったけれど、パロディとしてのサバービアを背景にしたぽんこつ犯罪映画として見ると、なんだか味が出てくる。犯罪の出来がとにかく悪くて脇が甘い(関係者全員の頭が悪すぎる!)のも、ここまでくると却って新鮮だった。そもそもなぜその犯罪、成功すると思ったんだ!と問い詰めたくなる。申告な社会問題が目の前にあるのに、それとは別物のしょぼい犯罪が二転三転していくところが実にコーエン兄弟っぽい。背景は大きいが前景はちっちゃいのだ。
 それにしても、黒人一家に対するヘイトがどんどんエスカレートしていく様が気持ち悪くてならなかった。街全体でプレッシャーをかけていくんだから始末が悪いし、それまずいんじゃない?というG人が誰もいない所も怖い。でも差別をしているという意識は、住民たちには多分ないんだよなぁ。「差別意識はないわ、でも白人だけの街だと聞いたから越してきたのに」というような言葉が出てくるのだ。





『あるノルウェーの大工の日記』

オーレ・トシュテンセン著、牧尾晴喜、リセ・スコウ、中村冬美訳
 ノルウェーで個人請負の大工業を営む著者が、ある屋根裏改築依頼の経緯を綴る「日記」エッセイ。
 見積もりから施主への引き渡しまで、本当に大工の仕事日記で専門用語、業界用語もぽんぽん出てくる。一応、著者による図解も掲載されているのだが、それでもこの用語はどの部分を指すのか、具体的にどのような構造になっているのか言葉による説明だけではわかりにくい所も。でも一つの仕事がどのように進んでいくかと言うレポートとして、またノルウェーの建設業界で生きる著者の生活や、ノルウェー社会のある側面を映し出すものとして、とても面白かった。やっぱり見積もりって大事だよなー!とか、顧客とどんな協力関係を築けるかで仕事のモチベーション(と現実的な作業量)が全然違うよなー!とか、他所の業界から見ても共感できるところは多々ある。何より、著者の真面目で誠実な人柄と仕事ぶりが窺えて、ユーモアのある語り口も好ましい。ノルウェーでも建設業界は厳しいらしく、人件費・材料費の削られ方は深刻な様子。低価格には低価格の理由が、それなりのお値段にはそれなりの理由があるのだという著者の主張はもっとも。とは言えイケアの家具を全否定しているわけではなく、適材適所と安全性との兼ね合いなのだ。労働の価格が安すぎるのは、やっぱり(労働者にとっても施主にとっても)危険なのね。

あるノルウェーの大工の日記
オーレ・トシュテンセン
エクスナレッジ
2017-09-29




街と山のあいだ
若菜晃子
アノニマ・スタジオ
2017-09-22





『お前らの墓につばを吐いてやる』

ボリス・ヴィアン著、鈴木創士訳
 青年リーは兄の知人から本屋の仕事を紹介され、店に出入りする若者らと乱痴気騒ぎを繰り返すようになる。しかし彼にはある目的があった。白い肌の黒人である彼は、白人に殺された弟、虐げられる兄の復讐をしようとしていたのだ。彼は裕福な白人の姉妹に目を付ける。
 著者がアメリカ人を偽装して執筆、出版しベストセラーになった(訳者解説を読むと炎上商法ぽいな・・・)ものの発禁処分になった作品。過激な性描写(さすがに11,12歳の子供とセックスするのは糾弾されるだろう)が発禁の理由だったのだろうが、黒人が復讐の為に白人を殺すという内容が物議をかもしたという面もあったのだろう。その物議は、著者を本作執筆に駆り立てた差別への怒りと並行しているものだ。リーは軽妙で人あしらいが上手いが、その愛想の良さの下には、肌の色で他人を分別する者たちへの怒りと侮蔑が渦巻いている。お前ら間に入り込み、裏をかき、全て奪ってやるという意気込みと冷酷があり、罪悪感などは見せずに突き進む。疾走感のある悪漢小説として読める所もベストセラーになった一因か。

お前らの墓につばを吐いてやる (河出文庫)
ボリス ヴィアン
河出書房新社
2018-05-08


白いカラス Dual Edition [DVD]
ニコール・キッドマン
ハピネット・ピクチャーズ
2004-11-05


『君の名前で僕を呼んで』

 1980年代、北イタリアの避暑地。両親と別荘にやってきた17歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)は、大学教授である父親が招いた24歳の大学院生オリヴァー(アーミー・ハマー)と知り合う。一緒に過ごすうち、エリオはオリヴァーに強く惹かれていく。原作はアンドレ・アシマンの小説。監督はルカ・クァダニーノ。脚本はジェームズ・アイボリー。
 隅から隅まで美しくてびっくりする。特に夏の日差しを感じさせる光のコントロールが徹底しているように思う。また、かなりこれみよがしな音楽の使い方なのだが、それが鼻につかずぴったりとはまる、ぎりぎりの線を狙っている。あとちょっと分量が増えると鼻について我慢できなかっただろう。
 オリヴァーの動きの優雅「ではない」所が強く印象に残り惹きつけられた。ドアの開け閉めの雑さや、妙にもたつくダンスなど。その一方でエリオの父親とのやりとりは聡明で機知に富むもので、そこには速さ、軽やかさを感じる。またエリオを翻弄するような思わせぶりな言動やきまぐれさも、フィジカルの重さとはちぐはぐ。そのちぐはぐさが彼の魅力、というか何となく意識にひっかかる部分であったと思う。自由であると同時に不自由そうだ。オリヴァーの言動は一見自由奔放で軽やかだが、実際の所は(主に社会的に)様々なしがらみがあることが垣間見られる。自分では不自由なつもりかもしれないが実際は相当自由なエリオと対称的だ。エリオは、オリヴァーがユダヤ人であるということを自身のアイデンティティーにはっきりと組み込んでいることに憧れた様子だが、オリヴァーにとっては自分を構成するものであると同時に縛り付けるものでもある。エリオにはその相反する要素がよくわかっていないのかもしれないが。ハマーはどちらかというともったりとした「重い」俳優だと思うのだが、本作ではその重さがうまくはまっていた。
 恋愛の「今、ここ」しかない感が強く刻み込まれていて、きらきら感満載、陶酔感があふれ出ている。自分と相手との間に深く通じるもの、一体感が瞬間的にであれ成立するという、得難い時間を描く。しかしオリヴァーの「重さ」、彼の背後に見え隠れするものが、「今、ここ」の終わりを予感させ切ない。終わりの予感を含めて美しい恋愛映画であり、夏休み映画だと思う。舞台が夏でなかったら、こんなに浮き立った感じにはならないだろう。
 シャラメが17歳にしてもどちらかというと華奢な体格で、ハマーが24歳には見えない(実年齢考えたらしょうがないんだけど・・・)ので、シチュエーション的にかなりきわどく見える所もある。倫理的にどうなのともやもやしたことは否めない。が、予想していたほどのもやもやではなかった。エリオとオリヴァー、更にエリオの父親が、1人の人の別の時代を表しているように見えたからだ。壮年であるエリオの父親はエリオとオリヴァーの関係をかけがえのないもの、しかし自分は得られなかったものだと言う。青年であるオリヴァーはエリオの中に自分にもあったかもしれない可能性を見る。大人時代から過去に遡りこうであったら、という人生をやり直したいという願いにも思えた。「君の名前で僕を呼んで」とはそういう意味でもあったのではないか。
 エリオの両親の、理知的で子供を個人として尊重している態度が素晴らしい。また、エリオのガールフレンドの振る舞いが清々しい。このあたりが、本作を「今」の映画にしているなと思った。エリオは、父親やオリヴァーが選べなかった道を選ぶことができるのだ。



胸騒ぎのシチリア [Blu-ray]
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2017-06-02



『あるフィルムの背景:ミステリ短篇傑作選』

結城晶治著
 検事の笹田は、わいせつ図画販売の証拠物件のフィルムを目にする。そこに映っていた素人風の女性は自分の妻そっくりだった。笹田は他人の空似と笑い飛ばそうとし妻にもその写真を見せるが。表題作を含む全13篇。
 ラストの着地に技がきいた、職人の仕事という感じの短篇集。苦境におかれた女性の遍歴や墜落を扱った作品が多いのは著者の趣味なのか、編者(日下三蔵)の趣味なのか。この点も含めさすがに古さは否めない。いわゆる「忘れられた作家」になってしまっていたのは、このあたりにも原因があるのでは。女性の扱いだけでなく、「孤独なカラス」で描かれる子供の不気味さ等、現代からしてみると既に陳腐だろう。レイプされた女性が周囲からさらに追い詰められていく様は現代になってもろくに変わっておらず、(作品ではなく世の中に対して)ため息が出る。とは言え、ミステリの構成、短編小説としての構成は手堅い。表題作や「温情判事」で情念や運命の残酷さ・取り返しのつかなさが描かれる一方で、「葬式紳士」のようなブラックユーモア的な乾いた作品もあるあたり、作風の幅の広さが窺える。








『勝手にふるえてろ』

綿矢りさ著
 26歳の江藤良香は経理担当の会社員。中学校の同級生(だが卒業以来会ったことがない)イチに延々と片思いを続け、恋愛経験はない。会社の同僚に熱烈なアプローチをされて付き合い始めるが、イチのことが忘れられない。良香は理想の恋と現実の恋との間で右往左往する。
 映画化されたものがとても面白かったのだが、原作はこういう感じだったのか!「映像化するとこうなるのか!」じゃなくて「文字化するとこうなるのか!」という本来とは逆の面白さを味わってしまった。とは言え良香の一人称で、彼女の妄想と現実に読んでいる側も振り回されていく所は同じ。小説の方が映画よりも客観的な感じがするのは、映画を見るより小説を読むほうが没入感が薄い(私にとっては)からかな。題名でもある「勝手にふるえてろ」という言葉の使い方が映画とは全然違うところも面白かった。そしてニがニでなく呼ばれる瞬間にはっとする。2人の関係がはっきり変わったことがわかるのだ。

勝手にふるえてろ (文春文庫)
綿矢 りさ
文藝春秋
2012-08-03


勝手にふるえてろ [DVD]
松岡茉優
Sony Music Marketing inc. (JDS) = DVD =
2018-06-06


『羊と鋼の森』

宮下奈都著
 山で育った外村は、高校生の時に学校のピアノの調律を目の当たりにし、自身も調律師を目指す。専門学校を卒業し、調律師として江藤楽器店に就職した外村は、先輩調律師の柳や、調律を目指すきっかけとなったベテラン調律師の板鳥と働くようになる。2016年、第13回本屋大賞受賞作。
 外村は山で育ち、世間知らずと言えば世間知らずで自分の世界が狭い。しかし彼は山のイメージ、森のイメージを生活の中でもピアノの音に対しても持ち続けており、そういう面では世界に広がりがある。・・・というふうに描きたかったのかもしれないが、どうにも浅いし薄い。どういう音を目指しているのか、ここでどういう音楽が流れているのかという説得力が希薄。双子の少女の演奏に対する姿勢もやたらとあっさりとしており表層的に思えた。どろどろしていればいいってものではないが、薄味すぎでは。ふわふわとしたイメージの断片を繋げただけで、軸となるものが弱い気がする。調律の専門学校ではどういう勉強をするのか、調律作業がどういう手順で行われるのかという具体的な部分は悪くないが。

羊と鋼の森 (文春文庫)
宮下 奈都
文藝春秋
2018-02-09






『陸軍中野学校』

 昭和13年10月、三好次郎(市川雷蔵)ら18名の陸軍少尉が、九段の靖国神社に集合した。彼らは草薙中佐(加東大介)が極秘裏に設立した日本初の秘密諜報機関員養成学校、陸軍中野学校の第一期生として集められたのだ。入学する者は外部との連絡を一切絶ち、戸籍もなくし、今後偽名で通さなければならない。三好には母と婚約者の雪子(小川真由美)がいたが、彼女らには行き先不明の任務と告げたきりだった。監督は増村保造。
 スパイもの、というよりスパイ学校ものなのだが、スパイに必要な技能を生真面目に学ぶ様が妙に面白い。刑務所から金庫破りのプロを召喚して錠前の開け方を学んだりするのだ。他にも各種機械の組み立て修理や毒薬の扱い、暗号解読、拷問等色々な授業があるのだが、教師はどこから連れてきたのかとか、教師に対する口止めはどのようにしていたのかとか、色々気になってしまった。
 草薙中佐の中野学校にかける思いは熱く、当時の「頭の固い」軍では育てられない人材を作り出そうという意欲に満ちている。しかし、学校が訓練機関として機能していくと共に、従来の軍隊の体質とさして変わっていない面が露呈していくのがなかなかきつい。その場の盛り上がり、空気の読みあいで物事が決定してしまう薄気味悪さがある。このあたり、当時はどういう風に見られていたのだろうか。草薙は「去りたい者は去っていい」「俺を恨むか」と問うが、仮に当人にその気はなくても、異論は封殺される空気が醸し出されちゃってるんだよなぁ・・・。草薙も、それを見越したうえで熱血パフォーマンスをしているようにも見えるのだ。切腹の件など、あー日本って!とげんなりする。この前近代感!
 三好と雪子との期せずしてのすれちがいの悲劇は、メロドラマ性が高くてスパイ要素とはまた違った面白さがある。淡泊な三好に対し雪子が意外と情熱的で情念をにじませており、悲劇が際立っていた。なお、昭和13年が舞台で、戦争の為に調味料などが不足しているという描写があるのだが、雪子やバーの女性達の服装は結構おしゃれ。映画的な演出なのかもしれないが、洋服のデザインに凝る余裕はまだあったということなのかな。

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市川雷蔵
角川書店
2012-06-29



『ある殺し屋』

 大映男優祭にて鑑賞。森一生監督、1967年作品。表の顔は小料理屋の主人、裏の顔は腕利きの殺し屋である塩沢(市川雷蔵)は、木村組の依頼で対抗組織である大和田組のボスをしとめる。彼の腕前を見た木村組の前田(成田三樹矢)は、塩沢においしい話があると持ちかける。大和田組が扱う麻薬を横取りしようというのだ。原作は藤原審爾の『前夜』。
 市川雷蔵といえば時代劇での超絶美形っぷりのイメージが強いので、素顔だとこんなに地味なのか!とまずびっくりする。これはすれ違ってもわからないだろうなぁ・・・。しかしその地味さ、はっきりとした特徴のなさが、本作の殺し屋という役柄には合っていた。どこにでもいるようでいて、立っているだけで妙な圧を出してくる。得体のしれなさが漂っている。あえてそういう雰囲気を出す演技をしているという風でもないのだが、不思議な俳優だよなー。
 冒頭から、この人(達)は何をしようとしているのか、どういう関係なのかをストレートには説明しない。新しい登場人物が登場するとちょっと時間を戻して、この人とはどういう関係なのか見せ、また現在進行している事態に戻って、というような時間をいったりきたりする構成だ。この構成、ぎこちなくもあるのだが、一体何が起きているのかという見ている側の興味を引っ張っていく。ちょっとフィルムノワールの小品ぽいざらついた雰囲気があって悪くない。主な舞台が湾岸(多分羽田近辺)なのだが、当時の埋め立て地帯ってこんなに何もなかったのかという、時代を垣間見る面白さもあった。

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角川書店
2012-11-16





『アンロック 陰謀のコード』

 CIAの尋問官だったアリス・ラシーン(ノオミ・ラパス)は、尋問相手から情報を引き出せずテロ犠牲者を出してしまったことに責任を感じ、ロンドン支局へ移動。ケースワーカーとして移民の就労支援をしつつ、ロンドン支局担当者に提供する情報を探っていた。ある日CIAに呼び戻され、ある尋問を依頼されるが、それはCIAを装った偽物だった。監督はマイケル・アプテッド。
 ラシーンの元上司ラッシュ役がマイケル・ダグラス、CIAヨーロッパ部門部長ハンター役がジョン・マルコビッチ、ロンドン支局長ノウルズ役がトニ・コレットと、脇役が妙に豪華かつ渋い。そしてラシーンと行動を共にするようになる男オルコット役がオーランド・ブルーム。ハリウッド映画でよく見る俳優をちりばめているが作品の雰囲気はあまりハリウッドぽくなく、小粒で地味な印象。事件の真相が二転三転していくが、脚本が精緻というよりは、スピード感でなんとか乗り切っているという感じ。スピード重視で余計な説明を省いていくあたりは良かったが、複雑なように見えて、結構雑というか脇のあまりストーリー展開だ。CIAの対応が意外とずさんなあたり、妙なリアリティがあると言えばあるのかもしれないが・・・。
 ラシーンは過去のテロ事件の際、尋問が上手くいかなかったことに強い自責の念を持っている。その為、今回は絶対に失敗できない、犠牲者は絶対に出さないという気負いがある。対して彼女の上司、元上司たちにはそういった気負いはあまり感じられない。もちろん彼らもテロ防止にやっきになってはいるが、彼らにとって被害の規模は数字上のものだ。ラシーンにとっては具体的な個人であり、ケースワーカーとして接したうちの誰かがテロリスト予備軍であり被害者予備軍であるかもしれない。ラシーンの表向きの職業をケースワーカーとしたのは、ストーリーの動線上の都合で深い意図はないのかもしれないが、現場感の差異みたいなものを出す効果はあったんじゃないかと思う。

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