3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『500ページの夢の束』

 スタートレックが大好きなウェンディ(ダコタ・ファニング)はスタートレックの脚本コンテストが開催されることを知り、大作を書き上げる。しかし郵送では間に合わないと気付き、パラマウント・ピクチャーズまで自分で届けることを決意。しかし自閉症を抱えている彼女は、生活の範囲はごく限られており一人で遠出をしたことなどなかった。はたして数百キロ離れたハリウッドに辿りつけるのか。監督はベン・リューイン。
 邦題はダサいが(原題は『Please Stand By』)良作。リューイン監督は『セッションズ』(2013)が「人と違う(故に大多数の中では不自由である)」ということに対して誠実な向き合い方をしていると感じさせる作品だったのだが、本作も同様。冒頭、ウェンディの毎日の生活を通し、彼女が何に対して困難を抱えており、それをクリアするためにどういう工夫が(本人からもケアする人からも)なされているのかをさらっと見せている。説明的になりすぎないがわかりやすく、見せ方が上手い。ウェンディのケアをしている施設の職員スコッティ(トニ・コレット)の振る舞いがとてもいい。適度な愛情がありつつプロとして一線を守っている感じ。
 ウェンディは何も出来ないというわけではなく、ルーティンがはっきりと決まっていれば仕事だって出来る。ただ、1人で遠出をしたことはないから長距離バスの乗り方や切符の買い方はわからないし、額面通りに受け取るコミュニケーションの癖は危なっかしくてハラハラする。リアルに考えるとかなり怖いシーンがあると思う。
 ウェンディは他人の感情に疎いし感情表現に乏しいが、感情がないわけではない。スター・トレックの登場人物の1人スポックと同様に、感情を理解しようとしている。彼女も他人と、ことに家族とコミュニケーションを取りたいし、側にいたいのだ。そういう感情や愛、そしてなぜ自分はそれを上手く表せないのか、本当はどのように伝えたいのかということも含め、彼女は脚本という形で表現する。彼女にとってスター・トレックは自分を代弁し補完するもの、自分の一部なのだ。人間がなぜ物語を愛するのか、物語が人をどのように支え、変え得るのかとてもよく伝わる作品。

セッションズ [Blu-ray]
ジョン・ホークス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-11-12


ブリグズビー・ベア ブルーレイ & DVDセット [Blu-ray]
カイル・ムーニー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2018-10-03


『冬の炎』

グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳
 軍を除隊し、故郷で求職中のバン・ショウに、祖父の友人だったウィラードが頼みごとをしてくる。恋人と共に山荘に出かけたきり戻らない姪のエラナを探してほしいというのだ。雪山へ出向いたバンは、若い男女の死体を発見する。死体の損傷は激しく、男性がエラナを射殺し自殺したように見えたが。
 『眠る狼』に続くシリーズ第2作。バンが事件を追っていく経緯と、過去の出来事とが交互に語られるのは前作通り。ただ、現在の事件の追い方がちょっとでこぼこというか、強引なように思った。ちょっと後出しジャンケンぽいかな・・・。とはいえ、戦地で傷を負ったバンのトラウマは、本作の方がよりはっきりと描かれているように思う。バンの部下だった元レンジャーのレオが登場するが、彼もまた精神的なダメージを負っている。バンの前に現れた時の、当たりはやわらかだがどこか落ち着きがなく、不安定さが垣間見える所作が印象に残った。隣家の犬と触れあうくだりはちょっと可愛いのだが痛ましくもある。人間相手だと安心できないということだから。傷を理解し合う者としてのバンとレオのバディ感も良い。ただ、バンと恋人ルースとの関係は反比例で危うくなる。バンが過去の自分を追い物騒なものに惹かれ続ける(本作でもわざわざ自分で事態を面倒くさくしたり相手を無駄に挑発する傾向あり)限り、ルースは彼と生きていくことはできない。3作目(日本では未訳)ではどうなっているのか気になる。

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2018-05-17





眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2017-04-06

『新しい名字 ナポリの物語2』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 1960年代ナポリ。若く美しいリラは裕福な商人と結婚したが、結婚生活は決して愉快なものではなかった。一方“私”エレナは高校に通い続け進学も考えるが、家計は厳しく将来は見えず、やはり苦しい毎日を過ごしていた。療養をかねて海辺に滞在することになったリラは、強引にエレナを同行させる。2人の女性の人生を描く世界的ベストセラーの2作目。
 前作『リラと私』では2人の子供時代が描かれたが、本作ではリラの結婚以降、2人の10代後半から20代を描く。リラの早すぎた結婚のその後の展開には、全読者があーやっぱりね!と思うだろう。リラの誇り高さや苛烈さを夫が理解していたとは全く思えないのだ。おそらくリラ自身もわかっていなかったのだろう。この時代、この地域で結婚するということが女性にとってどういうものなのか、痛感させられる部分が多々出てくる。夫の、家の所有物でしかないのだ。
 リラは何でも器用にこなし、店の経営もお手の物なのだが、このくらいじゃ収まらないんじゃないかという予感を感じさせる。エレナはそんなリナを時にもどかしく思い、時に自分の方が今は物を知っている、賢いのだと密かに優越感を抱く。しかし勉学や世の中の動きに興味を失っていたはずのリナは、時に非常に鋭い洞察を見せエレナを打ちのめす。また、大学進学後の地域的なカルチャーギャップや元々文化的資産のある家庭に育った学生たちとの格差など、彼女のコンプレックスが刺激されっぱなしで辛い。しかし彼女にもある転機が訪れる。エレナとリナの人生は、エレナが思っていたほどには隣接していないのかもしれない。リナはエレナにとってどんどん未知の人になっていくようだ。

新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17


『リンドグレーンと少女サラ 秘密の往復書簡』

アストリッド・リンドグレーン、サラ・シュワルト著、石井登志子訳
 『長くつ下のピッピ』や『やかまし村のこどもたち』等、世界中で愛される作品を生み、20世紀を代表する児童文学作家であるリンドグレーン。彼女の元には多くのファンレターが寄せられるが、その内の1人、サラ・シュワルトとは文通が続いていた。サラが13歳の頃から成人するまで、80通を超える手紙をまとめた往復書簡集。
 リンドグレーンは基本的にファンとの手紙のやりとりはしない(きりがないものね)方針だったそうだが、サラとは他の読者には秘密という条件で文通が続いていた。当時のサラは家庭や学校で問題を多々抱えていた。支配的な父親とそれに全く反抗できない母親への怒りと苛立ちが痛々しい。リンドグレーンは彼女の文章力や聡明さに興味を持ったというだけではなく、放っておけなかったのかもしれない。最初は感情だだ漏れという感じだったサラの手紙がどんどん知的な(最初からかなり知的ではあるのだが)ものになり、深い思考を表現するようになる。彼女の成長のスピードが手に取るようにわかってとても面白い。そして、サラに対しあくまで対等に、危なっかしさを懸念しつつも絶対に否定はしないリンドグレーンの一貫した態度にも唸った。お説教めいたこと(流石に時代を感じる内容もある)を書く時には、サラの自尊心を傷つけないよう非常に気を付けた表現をしているし、自分は同意しかねるということにも、はっきりとダメ出しはしない。大人としての分別と対等な友達としての誠実さのバランスがとれている。2人は実際に会うことはなかったそうだが、こういう形の友情もあるのだ。

リンドグレーンと少女サラ――秘密の往復書簡
アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
2015-03-19


リンドグレーンの戦争日記 1939-1945
アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
2017-11-18




『ローズ・アンダーファイア』

エリザベス・ウェイン著、吉澤康子訳
 1944年9月、イギリス補助航空部隊の飛行士ローズは、輸送の途中でドイツ軍に捕えられ、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られる。そこでの生活は、飢えや寒さの中労働を強いられ、いつ処刑されるかもわからないというものだった。彼女を支えたのは同じ収容者仲間の女性達だった。彼女らの多くは「ウサギ」と呼ばれる非人道的な人体実験の被験者だった。
 『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編で、前作に登場した人たちもちらほら姿を見せる。最初は色々な人からの手紙や手記、そしてローズの手による本編という構成。ローズが手記を書こうとしていることから、彼女が生き延びたということは最初からわかっている。しかし緊張が途切れなかった。ホローコーストからの生存者にインタビューしたドキュメンタリー『ショア』(クロード・ランズマン監督)を思い出した。収容所の中で行われていることがあまりに残酷で、人間は歯止めがなければいくらでもひどいことを出来るのだと慄然とする(人体実験がとにかくひどい)。人間の尊厳(と生命)を剥奪する実験のようだ。その一方で、心身ともにぎりぎりの状態の中で他人を助け「人間らしさ」を維持しようとする人たちがいる。人間のおぞましい部分と崇高な部分とか同じ場所で展開されているのだ。ローズが詩によって自分を、そして仲間の心を支え続ける様には目頭熱くなった。書くこと、語る事が前作に引き続き大きなファクターになっている。それは死んでいった仲間の記憶を留め伝えることなのだ。
 収容所内での描写もきついのだが、一番はっとしたのは、ローズが助かったにも関わらず母には会えない、会いたくないと思うという所だ。収容所の生活で変わり果てた姿になってしまったからというのもあるが、内面が変わってしまった、もう母の知っている自分ではなくなってしまったからだ。説明しえない、言葉に出来ない体験というものがあるのだ。しかし彼女は「私たちのことを知らせて」という仲間の願いを忘れない。終盤、もう一人「バラ」の名前を持つ収容所仲間のローザの振る舞いの理由にローズがはたと気づく所も痛切。

ローズ・アンダーファイア (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2018-08-30


コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2017-03-18


『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』

 端正な風貌と冷静沈着なプレイスタイルから、「氷の男」と呼ばれたテニスプレイヤーのビヨン・ボルグ(スベリグ・グドナソン)。20歳でウィンブルドン選手権で初優勝し、以来4連覇という偉業を成し遂げた。前人未到の5連覇に挑む彼の前に立ちはだかるのは、アメリカのジョン・マッケンロー(シャイア・ラブーフ)。苛立ちや怒りを隠さず審判に噛みつき悪態をつく彼は「悪童」と揶揄されていた。1980年のウィンブルドン選手権でついに2人は対戦する。監督はヤヌス・メッツ。
 テニス全般に非常に疎い私でも、クライマックスである決勝戦には手に汗握った。実際にあった話でどういう試合結果になるのかはわかっているのに、息をつかせぬ緊張感が続く。ボルグとマッケンローの集中と高揚がビシビシ伝わるのだ。試合シーンの見せ方はとても上手いのではないかと思う。主演2人のプレー演技の良さもあるけど、撮影・編集が冴えていた(当時のスポーツ中継ぽいレトロ感もありつつ現代的なシャープさがある)ように思う。
 少年時代のボルグの振る舞いと、マッケンローの今現在の振る舞いが似通っているところが面白い。氷と炎という対称的な存在と見なされている2人だが、資質としては近いものがあるのではと思わせるのだ。選手としてのボルグは佇まいもプレースタイルも非常に冷静でコントロールされている。しかしテニスを始めた少年時代は癇癪持ちでラフプレーも目立ち、怒りや悔しさのコントロールが出来ていなかった。その怒りや苛立ちを発散する様は、マッケンローとよく似ているのだ。少年時代のマッケンローはむしろ大人しそうな少年で得意科目は数学というあたりが意外。少年時代のボルグとはこれまた対称的で、2人が入れ替わったような不思議さがあった。ボルグは極端にルール決めした生活で、マッケンローは罵倒や毒舌で極度のプレッシャーと闘っていることがわかってくる。
 ボルグのファインプレーに感化されるようにマッケンローもファインプレーを見せていくが、作中、2人が決勝戦前に交流するシーンは一切ない。決勝戦の途中でボルグがマッケンローに言葉をかけるが、これが引き金になったというよりも、良いプレーが良いプレーを誘発していく、スポ根漫画のお約束である対戦によって語り合う感に満ちていてぐっときた。ある域に達した人にしかわからないプレッシャーや喜びが2人の間で共感を生んでいると思える。エンドロール前の「その後」のエピソードで更にぐっとくる。強敵(ライバル)と書いて友と呼ぶ、を地で行くような話。


ウィンブルドン (創元推理文庫)
ラッセル・ブラッドン
東京創元社
2014-10-31


『寝ても覚めても』

 大阪で暮らす朝子(唐田えりか)は麦(東出昌大)と出会い恋に落ちる。しかしある日、麦は姿を消した。2年後、東京へ引っ越した朝子は麦とそっくりな亮平(東出昌大2役)と出会う。麦のことを忘れられない朝子は激しく動揺するが、亮平は朝子に好意を抱いていく。原作は柴崎友香の同名小説。監督は濱口竜介。
 朝子と麦が初めて出会い向き合うシーン、ザ・運命の出会い!もう恋に落ちる以外ありえない!的演出で、あっこれを堂々とやるのか!と逆に新鮮だった。一方、亮平との出会いでは、二人が向き合うまでの時間、助走の部分がある。最初から麦と亮平は違ったわけだ。劇的な出会いだったから想いが持続するというわけでもないだろうが、朝子は同じ容姿という部分に引っ張られてしまう(と自分で思い込んでいる)。
 朝子のある種のバカ正直さとでもいうか、自分に対する誠実さ、嘘のなさが面白い。彼女は周囲にもそうした誠実さで接しようとするが、それは相手を傷つけたり周囲をかき回したりすることにもなる。「それ言って幸せになる人いないよ」と言われても、自分にとって事実であるなら、嘘はつけない。世間の人は多少自分を押さえて場をとりなすようなことをできるものだろうが、彼女にはそういう面が希薄だ。逆に亮平はそういった場のとりなし、雰囲気の作り方が大変上手く、気遣いの人であることがよくわかる。朝子の友人である春代(伊藤沙莉)やマヤ(山下リオ)も同様で、押しなべて良識的。社会性が高いとも言える。朝子は自身でも言うように「自分のことばかり」なのだ。それが悪いというのではなく、自分に忠実であろうとするところが彼女のいい所だと思うのだが、時に自分と「彼」に集中しすぎて世界から断絶されているように見える。
 幽霊譚のような、ちょっとホラーめいた怖さも感じた。過去の一点がずっと追ってきて離れない。終盤の亮平にとっての朝子もまた、そういう存在になっているのかもしれない。麦の人間ではない何かであるような立ち居振る舞いもまた不気味だった。東出が二役を演じているが、同じ顔だが違う人に見えるし、何だったら同じ顔に見えないようにも思った。
 登場人物それぞれの「その人」としての佇まいや動作の手応えが素晴らしい。台詞や分かりやすい顔の表情がなくても、振舞い方でエモーショナルな部分、この人はどういう人かという部分が伝わってくる。とにかく行動設計が上手いなという印象。どの俳優もとても良かったのだが、亮平の同僚である串橋役の瀬戸泰史があるシーン以降とても良くて、こんなに出来る人でしたか!とびっくりした。これは監督の演技指導の腕でもあるのだろうか。


寝ても覚めても: 増補新版 (河出文庫)
柴崎友香
河出書房新社
2018-06-05


『タリーと私の秘密の時間』

 2人の子供に加え、3人目が生まれたマーロ(シャリーズ・セロン)は家事と育児で疲れ果てていた。見かねた兄が夜だけベビーシッターを雇い、マーロの元に若い女性タリー(マッケンジー・デイビス)がやってきた。若いながらも彼女の仕事は完璧。久しぶりにぐっすりと眠り、また自由奔放なタリーとの交流で、マーロは生き生きとした表情を取り戻していく。監督はジェイソン・ライトマン。
 赤ん坊が生まれてからの、授乳、オムツ替え、寝かしつけ、泣く、授乳、オムツ替え・・・というエンドレス早回しにめまいがした。子供が生まれるってつまりこういうことなんだなと。脚本は『JUNOジュノ』『ヤング≒アダルト』でもライトマンとタッグを組んだのディアブロ・コーディなので、素直に「いい話」ってわけではないんだろうと思っていたけど、予想ほどには捻っていない。しかしこの話の場合、捻っていないからこそしんどいんじゃないだろうか。マーロと似た状況のが見たらどう思うのか(確かに強く共感するであろう、あるある!的要素は満載なんだろうけど)ちょっと分かりかねる。傷をえぐらないか心配よ・・・。マーロの、若くて自由なタリーに対する羨望と自分に対する後悔、それに対してタリーが平凡な1日を続けていくことがすごいんだ、と説得する様は、マーロの自分内での葛藤をそのまま再現しているよう。なんてことない1日のありがたさなんて、彼女は当然わかっているだろう。わかっていても、持っていたものを捨てていかなければならなかったことはやはり苦しいのだ。
 マーロの夫は好人物で子供たちは手はかかるが可愛い。元々共働き(マーロが休職中だという台詞がある)すごく金持ちというわけではないが経済的に逼迫しているわけでもない。客観的にはそこそこ幸せに見えるだろう。子育ては大変だが、「とは言え子供はかわいいでしょ」みたいに、大変さが見る側にとって無効化されやすい、当事者が大変さの中に取り残されがちなのかもしれないなとふと思った。いい母親、いい妻、素敵な家庭を成立させるために、どれくらいしんどい思いをしているのかなと。マーロの兄の家はゴージャスで、妻はおしゃれで小奇麗、子供たちもごきげんだが、それはお金の力で家事育児をアウトソーシングできているからだよな・・・。一人でやれることには限界がある。
 マーロがぎりぎりであることが、夫には今一つ伝わっていない。いい人だし世間一般的にはいい夫なのだろうが、当事者としての意識が今一つ希薄。彼は寝る前にTVゲームをするのが習慣なのだが、ヘッドフォンをして音声を外に漏らさないという気づかいはしても、コントローラーの音やTV画面の光が寝る時に邪魔なんじゃないかという所までは気が回らない。まあ話し合いの上での処置なのかもしれないけど・・・。とりあえず、食洗機とルンバを買ったらどうかな(食洗機はあったかも)。

ヤング≒アダルト [DVD]
シャーリーズ・セロン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2013-02-08


JUNO/ジュノ [Blu-ray]
エレン・ペイジ
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2013-10-02



『おばあちゃんのごめんねリスト』

フレドリック・バックマン著、坂本あおい訳
 7歳の少女エルサは大好きなおばあちゃんを亡くす。おばあちゃんは、変わり者で学校でも浮いているエルザの絶対的な味方だった。エルザはおばあちゃんの遺言に従い、様々な人に手紙を配達する。手紙の内容はおばあちゃんからの謝罪だった。
 もうすぐ8歳になるエルサは頭がよく好奇心旺盛だが、その好奇心と様々な疑問への自制がきかず、拘りが強い、大人から見たらやっかいな子、同級生から見たら「ウザい」子と言えるだろう。そんな彼女にとって、彼女同様やっかいな人であったおばあちゃんはヒーローだった。そのヒーローを失ったことでエルサは傷つく。更に、おばあちゃんのヒーローではない顔、自分のおばあちゃんではない顔を手紙を届ける過程で垣間見ていくことで、複雑な気持ちになり怒りさえ覚える。大好きな人の見たことがない、おそらく本人が見せたくなかった面や好ましくない面を見るのは大人でもちょっと気が重いから、子供だとなおさらだろう。エルサは年齢のわりには大人だが、こういった人間の複雑さを呑みこめるほどには大人ではないのだ。おばあちゃんがエルサにファンタジー物語を語るが、それが何を意味していたのかわかっていく過程は、少々苦くもある。それでも、エルサはおばあちゃん(以外の人たちも)はこういう風に語らざるを得なかったし、そういう生き方をせざるをえない人だったと納得していくのだ。そもそもおばあちゃんの物語が誰の為だったかということが明らかになると、この人たちの不器用さとままならなさがやるせない。起こってしまったことはやりなおせないが、エルサの奮闘により補修は出来たのかなと思えるのだ。


おばあちゃんのごめんねリスト
フレドリック バックマン
早川書房
2018-03-20


幸せなひとりぼっち (ハヤカワ文庫NV)
フレドリック バックマン
早川書房
2016-10-21



『SPL 狼たちの処刑台』

 香港の警察官リー(ルイス・クー)は、娘ウィンチーがタイのパタヤで失踪したと知らされる。タイに向かったリーは、現地の警察官チュイ8ウー・ユエ)に捜査に同行したいと頼み込む。ウィンチーは臓器密売組織に攫われ、政治家や警察も関与しているとわかってくる。監督はウィルソン・イップ。
シリーズ前作『ドラゴン・マッハ!』(シリーズ間のストーリー上の関連はなく、それぞれ独立したお話ですが)では、アクションシークエンスが頭おかしいんじゃいかというレベルの凄さで圧倒された。 それをベースに期待しすぎてしまったのか、本作は自分の中であまり盛り上がらなかった。本作もアクションシーンに見応えはある。ただ、基本的にカメラはクロースでほぼ1対1の格闘で、というわりとオーソドックスなもの。すごく痛そうではあるが、さほど新鮮味を感じなかった。古き良き時代の香港アクションを更に強化していったという印象。クラシカルと言えばいいのだろうか。
 ストーリーもリーの娘探しを中心とした割とコンパクトなもので、全体的に小粒で枠からはみ出てこない。本作にそういう印象を持ってしまうくらい、前作が異形だったということかもしれないけど・・・。リーと娘の関係を中心にしたストーリーの掘り下げと、アクションの乱れ打ちとが足を引っ張り合っている印象も受けた。ウィンチーがタイを訪れた理由は、リーからしてみたらやりきれないものがあるだろう。父親と言う存在に対して、あまりにも希望がない。リーは一貫して悲壮感をまとっているのだが(そしてルイス・クーはこういう痛々しさが良く合うのだが)、そりゃあ、ああいうラストにならざるを得ないだろうと思った。
 なお、トニー・ジャーが共演しているものの、出番が少ない!客演扱いだったにせよこれだけ?!その点でもちょっとがっかりだった。


ドラゴンxマッハ! [Blu-ray]
トニー・ジャー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-06-07

96時間 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16


『きみの鳥はうたえる』

 函館郊外の書店でアルバイトをしている「僕」(柄本佑)は、失業中の静雄(染谷将太)と同居している。「僕」が同僚の佐和子(石橋静河)と付き合い始めたことで、3人で遊ぶようになる。ビリヤードやダーツに興じ、クラブに通い、夜通し酒を飲む。しかし3人の心地よい関係にも変化が生じ始める。原作は佐藤泰志の同名小説。監督は三宅唱。
 作品全体にリズム感がある。劇伴としての音楽の量はそれほど多くはない、むしろ無駄な音楽は使っていない印象なのだが、映画全体が音楽的とでも言えばいいのか、編集が的確なのか、一定のリズムで流れ進行していく感じがして気持ちいい。劇伴、音声、生活音等、音全般の扱い方が上手い作品だ。ボイスオーバーを多用しているのだが、声の大きさや聞こえる方向の変化で、画面に映っている人との距離感が何となく変わってくるように感じられた。
 また、3人がクラブでライブを見るシーンがあるのだが、最近見た日本映画に出てくるクラブの中では一番ちゃんとクラブっぽく、佐藤泰志作品の映像化作品の中でも突出して「今」を感じさせる。地方都市の小さいハコでちょっといいパフォーマンス見て気分が上がってふわふわしている感じがすごくよく出ていた。佐和子の踊る姿には、ごく普通の人が音楽と体を動かすこととのシンプルな楽しさが滲む。なお佐和子がカラオケで熱唱するシーンもあるのだが、歌が上手い!石橋は演技以外の表現力も豊かであることが窺える。
 「僕」と静雄、佐和子の関係は、いわゆる三角関係とはちょっと違う印象を受ける。「僕」は佐和子に静雄と付き合うように勧め、お互いに束縛しないでいようというスタンスだ。3人でじゃれあっていること、佐和子と気楽にセックスすることが楽しいのだ。彼のスタンスは無責任と言えば無責任なのだがそれ故軽やかで気楽。佐和子はそこに惹かれたのだろう。
 とは言え、2人のスタンスがいつまでも一致しているわけではない。「僕」は軽やかで自由に見えるが、その生き方からは「今この時」しか感じられない。「今」より先が見えないのだ。「先」を見始めた、あるいは見ざるを得ない静雄や佐和子とは自然とずれていく。佐和子や静雄には軽やかになりきれないしがらみがあることが提示されるが、「僕」にそれはない。最後の「僕」の行動は、彼が自分のスタンスを曲げて一歩踏み出した、ルートを変えたかのように見える。佐和子たちに追いつくのかはわからないけれども。

きみの鳥はうたえる (河出文庫)
佐藤 泰志
河出書房新社
2011-05-07


海炭市叙景 (通常版) [DVD]
加瀬亮
ブロードウェイ
2011-11-03


『SHOCK WAVE 爆弾処理班』

 香港警察の爆弾物処理局捜査官チョン・チョイサン(アンディ・ラウ)は、おとり捜査官として犯罪組織に潜入。組織の摘発に成功するが、組織のボス・ホン(チアン・ウー)は取り逃がしてしまう。7年後、ホンが香港に現れた。海底トンネルを占拠し爆弾を仕掛けた上、通行中だった数百人の人質を取ったホンは、服役中の弟の身柄と莫大な身代金を要求してきた。チョンは現場に向かうが、ホンはチョンに強い恨みを抱いていた。監督・撮影・脚本はハーマン・ヤウ。
 チョンは爆発物処理のプロフェッショナルだが、なぜか冒頭では潜入捜査をしている。潜入捜査って他部署の人がやっても大丈夫なの・・・?爆発物処理局所属だとわかってびっくりしたよ!チョンとホンの因縁を作る為の設定なのだろうが、見ていていきなりひっかかってしまった。これに限らず、本作、面白いことは面白いし、盛り上がるシーンは要所要所にあるのだがストーリーや設定が大分大味。あるエピソードを入れるためにその前の展開を無理矢理作っているようなふしが見受けられる。エンターテイメント大作っぽいたてつけなのに、いまひとつB級感が拭えないのは、そのあたりが原因か。ストーリーに枝葉が多すぎて全体的に飽きてしまうのが辛かった。
 作中の経過時間の配分も妙な感じだった。トンネル占拠事件は3日間の出来事という設定なのだが、計画のボリュームとしては24時間程度が丁度良かったんじゃないかなという気がしてならない。日をまたいでだと犯人側も疲れてきちゃうし人員交代しないとならないし、成功の可能性下がるのでは・・・。事件経過中、捜査員がいちいち本庁に帰っているのも気になった。帰らないということはないのだろうが、そのタイミングで?と思ってしまう。何か色々横やりが入って、話の腰をいちいち折ってくる。何とも奇妙な味わい。
 チョンの恋人が、最近の映画では珍しいくらいに記号的な「恋人」なのは残念。これだったら出てこなくてもいいくらい。一方、ホンが妙に執念深いというか、ねちっこい人物として描かれている。一度自分のものだと見なした人間に対してやたらと執着する。キャラクター造形の濃淡がまちまちで統一感がないように思った。

グレート・アドベンチャー ブルーレイ & DVDセット [Blu-ray]
アンディ・ラウ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2018-08-08


ハート・ロッカー Blu-ray
ジェレミー・レナー
ポニーキャニオン
2016-03-16


『スターリンの葬送狂騒曲』

 1953年、粛清により国を支配していたソ連の独裁者スターリンが急死。次期最高権力者の座を狙い、側近だった政治委員フルシチョフ(スティーブ・ブシェミ)や副首相ベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)らは熾烈な争いを繰り広げる。監督はアーマンド・イヌアッチ。
 ソ連が舞台なのだが、全編英語作品。まさかブシェーミがフルシチョフを演じるとは・・・。本作、製作はイギリス。スターリンが英語で話し始めた時点でカクっと力が抜ける。映画ではよくあることだから別にいいのだが、妙にコントっぽい。しかしこのコントっぽさが本作の持ち味だろう。スターリンにしろその側近たちにしろばんばん粛清して国民を殺しまくっていたわけだし、本作中でも相当数の人が死ぬという大変深刻な状況なのだが、悲壮感がない。惨劇もいきすぎるとギャグに見えてくるという薄黒い笑いがある。
 独裁者がマイルールで国をがんじがらめにする、基本的なルールがめちゃくちゃになっているという現実がそもそもコントみたいな状況だから、それを更にコント化している感じだ。序盤のスターリンと側近たちのやりとりのノリは、ボス的先輩のいる体育会系部活の悪ノリっぽい感じもして実にバカバカしい。その腹の(物理的な)ぶつけ合いは何なんだよ!また、会議で忖度に忖度を重ねるので、最早会議ではない。空気の読みあいである。どこかの国でもよく見る光景、でもこういうやり方で国の行く末決められちゃたまらんよな!
 権力争いは激化し誰が誰をけり落としていくのか?という展開(と言っても映画見ている側は歴史として知っているわけだが)で、彼ら、少なくともフルシチョフとベリヤはスターリンが死んでラッキーと思っている。そんな中でも、スターリンの遺志や彼の思想は正しいという主張がちょくちょく出てくるあたりが面白い。一応同志は同志なのか。

牡牛座  レーニンの肖像 [DVD]
レオニード・モズゴヴォイ
紀伊國屋書店
2011-12-22


『追想』

 1962年、新婚旅行でドーセット州のチェジル・ビーチにあるホテルを訪れたフローレンス(シアーシャ・ローナン)とエドワード(ビリー・ハウル)。海辺を散策してからホテルの部屋に戻ったものの、初夜を迎える興奮や不安で会話は続かず、気まずい空気になってしまう。ついにフローレンスは部屋を飛び出してしまい、エドワードは追いかけるが。原作はイアン・マキューアンの小説『初夜』、監督はドミニク・クック。
 エドワードとフローレンスのどちらかに非があるというわけではない。2人の中のタイミングのちょっとしたずれが、修正されないまま物事が進んでしまったのだ。そしてどたんばで修正するには、2人はまだ若すぎたのだろう。更に、この時代、この土地柄でなければまた違った展開があったのではないかと思わせられる。人生の殆どは運とタイミングで決まるのではなかろうか。
 人生の一つの可能性が失われる様は哀感漂うのだが、あくまで可能性の一つでしかない。それで2人の人生がダメになるわけではないし、悪い方に進んだと言えるわけでもない。一つの分岐を迎えただけだというクールなタッチで描かれている。本作、脚本を原作者であるマキューアンが手がけているのだが、「その後」の描写には、マキューアンちょっと丸くなったかな?とも思わされた。ほろ苦いがそれほど辛辣ではない。作家本人が年齢を重ねたせいかもしれない。若い頃に感じたこの世の終わりだ!みたいな痛切さって、後から振り返るとそこまで深刻ではなかったりする。その時は大層辛くても、とりあえず人生は進行していってしまう。そこが救いでもあり物悲しさでもある。
 フローレンスとエドワードのくい違いはセックスそのものというよりも、生まれ育った環境や階級(フローレンスの両親があからさまに嫌な顔をする・・・)、関心を持っているものの相違が積もり積もって爆発したと言った方がいいのだろう。音楽の好みの違いがわかりやすく(分かりやすすぎるくらい)その差異を象徴している。しかし一方で、2人の気持ちがぴたりと重なっていた瞬間、深く理解しあった瞬間もたくさんあることがわかるので、切なさが増す。愛は確かにあったのだ。フローレンスがエドワードの家を訪問するエピソードは本当に美しい。エドワードの母親への対応を見て、彼が泣いてしまうのもよくわかる。上手くいく可能性も当然あったんだよな。それでもタイミングがずれるとすれ違ってしまう。

初夜 (新潮クレスト・ブックス)
イアン・マキューアン
新潮社
2009-11-27


愛の続き (新潮文庫)
イアン マキューアン
新潮社
2005-09


『オーシャンズ8』

 名の知れた詐欺師ダニー・オーシャンの妹デビー・オーシャン(サンドラ・ブロック)が仮釈放された。出所したデビーは元相棒のルー(ケイト・ブランシェット)を始め7人の女性を声をかけ、5年越しで計画したヤマを実行に移す。世界的ファッションイベント「メットガラ」の会場で、カルティエ秘蔵の1億5000万ドルのダイヤモンドのネックレスを盗み出そうというのだ。監督はゲイリー・ロス。
 計画犯罪ものとしてはわりと雑というかおおらかで、脚本が緻密というわけではない(むしろ犯罪計画に穴が多くてハラハラしてしまう)のだが、愉快で楽しい。特に女性にとってはセクハラ要素や性役割に関する先入観、テンプレ的な描写がほぼないので、ストレスが少ないのでは。いわゆる女性性が強調されるのはドレス姿くらいで(メンバーの中に、自分はドレスアップは性に合わなくて嫌だという人がいても面白かったと思うけど)、あとはかなりニュートラル。女性のみのグループ、しかも仕事目的で集まったグループの話だと、逆に性別にまつわる要素って出てこないし出す必要がないものな。「女同士って人間関係が怖いんでしょ?」みたいな言説とは無縁で、目的がはっきりしているから人間関係でゴタゴタしないというあたりがいい。全員、プロとして集まっておりお互い深入りしない、友達同士というわけではないクールさもストレス軽減に役立っていた。
 ストレスの少なさは、作中、男女問わず概ねどの人物に対してもいじわるな視線や、誰かをバカにしていじる類の笑いがないあたりにも起因する。いわゆるドジっ子とかおミソキャラ的なポジションがないので、話の腰を折られない。「彼」だけには辛辣だが、これは「彼」が人をコケにして裏切ったからその仕返しということで、まあ止む無しだろう。
 すごく面白い!密度が高い!というわけではないのだが、ほどほどの面白さ、気楽さに徹した作りが逆にプロの仕事という印象。あえてのユルさであるように思った。なお、ファッションは大変楽しい。キャラクターそれぞれが、自分らしい服装でサマになっている。特に、公開前から評判だったが、ケイト・ウィンスレットが素晴らしくかっこよかった。スカジャンの着こなし方とか、ジャケットにじゃらじゃらアクセサリーつけているのとか、もう最高。あの恰好でバイクを乗りこなしているあたりがまた素敵すぎる。

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