3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』

(若干ネタバレです)
 サノス(ジョシュ・ブローリン)により人類の半分を失った地球。キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンズ)、アイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr)らアベンジャーズは、失った仲間を、人類を取り戻す為に再集結し、史上最大の闘いに挑む。監督はアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟。
 マーベル・シネマティック・ユニバースがようやく一旦完結!良く頑張った!おつかれ!打ち上げに行こう!以上!で終わらせたくなってしまう。これまでのシリーズ前作をふまえ、諸々のキャラクターへのフォローもし、もちろん前作からのどう見ても無理目!なピンチから脱出するという大仕事が終わったと言うことへの感慨が先に立ち、面白さとか感動とかが自分の中で後手後手になってしまう。もちろんとても面白かったし感動したけど、ストーリーへの感動というよりも監督をはじめ本作、本シリーズをなんとかかんとか完成させた人たちへの感心の方が先に来ちゃうんだよね・・・。
 正直なところ、タイムパラドックス問題や、どこまでを「指パッチン」被害の範疇とみなすのか等、細かいところでの矛盾や突っ込み所は結構多いし、シリーズ見てきた人には気になるところだと思う。とは言え、10年もやっていたらそりゃ色々矛盾するところは出てくるだろうな、大目に見るかという気持ちもある。個人的にはようやくホークアイ(ジェレミー・レバー)のまともな活躍を見られたので十分かなぁ。
 本作中、個人的に一番印象深くぐっときたのは、ナターシャ(スカーレット・ヨハンソン)とスティーブのやりとりだ。世界各地に散った仲間とのミーティングの後、雑に作られたサンドイッチをほおばろうとするナターシャにスティーブが声をかける。『ウィンター・ソルジャー』でナターシャはスティーブに、ガールフレンドを作ったら、つまり一個人としての私生活をもっと大事にすれば、と促す。今回はスティーブがナターシャにそれを促す。この任務から降りて一個人になる人生もあるのだと。その後のやりとりは思いやりがありつつちょっと切ない。ナターシャにとっての「家」はアベンジャーズであり、この他の人生の選択肢はもうない、つまり人類の危機が去ったら彼女が居場所と思える場所はなくなる(アベンジャーズは人類の危機に際して結成されるものだから、本来存在しない方がいいんだよね・・・)のだと。ナターシャは髪色を頻繁に変えるが地毛は赤毛で、今は染め直す気力もないこと、ピーナツバターサンドがサンドイッチ界で最下層らしい(本当にやる気がない時に手っ取り早く作って食べるもの)ということも垣間見えるいいシークエンスだと思う。男女の友情がちゃんと存在している所も本シリーズの良さの一つだった。
 また、スタークとスティーブがここでもまた対称的な道を選ぶ、そしてその道が彼ら其々が歩んできた道とは別の方向にシフトするものであるという所も面白かった。特にスタークは、とうとうちゃんと大人になることが出来た、父親という存在と向き合い、自身も大人としての責任を果たすことに成功したんだなと、これまた感慨深かった。彼だけでなく、あの時できなかったことをもう一度やりなおすというモチーフが随所にちりばめられた作品。


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『バースデーワンダーランド』

 誕生日の前日、小学生のアカネ(松岡茉優)は母の友人・ちぃ(杏)ちゃんの雑貨店にお使いに行く。そこに突然、錬金術師のヒポクラテスと弟子のピポが現れた。彼らの世界をアカネに救ってほしいというのだ。雑貨店の地下室の扉からもう一つの世界に向かったアカネとチィは、世界に「色」を取り戻す為の冒険に旅立つ。原作は柏葉幸子『地下室からのふしぎな旅』、監督は原恵一。
 アニメーションのテクニック、動きの見せ方は流石に安定感ありきめ細やか。かわいすぎない、流行に左右されにくく普遍性ありそう、かつセクシャルさを抑制したキャラクターデザインは秀逸だと思う。日本のアニメーションだと意外とこの方向性はなかったなという気がする。異世界の風景も美しい。最近のアニメーションの背景美術は細部までリアルに描き込む表現が主流になっている印象だったが、本作はそのあたりほどほどで、適度にデフォルメし情報量をコントロールしているように思う。童画っぽい雰囲気だ。色や植物の質感等はとても美しく、眺めているだけで楽しい。
 とはいえ、脚本はいまひとつ。ストーリーを前に進めていくエンジンみたいなものが弱いのだ。主人公であるアカネがちょっと臆病で、自分から動けるキャラクターではないというのも一因だろうが、それ以上に、ストーリーテリングの下手さ、脚本の技術的な不備であるように思う。主人公が消極的でもストーリーテリングが巧みでどんどん読ませる小説・映画はいくらでもあるもんね。むしろちぃちゃんの方がいわゆる主人公的な、自分からどんどん動いていく好奇心旺盛なキャラクターなのだが、ストーリー上いまいち上手く機能していないように思った。ただ、大人の方が自由で融通がきくという見せ方は現代っぽいのかなという気もする。子供は案外頭固いし応用きかないよなと。
 現代のファンタジーというよりも、私が子供の頃に読んでいたファンタジー児童文学の世界。実際、原作小説は子供の頃に読んだ作品だ。それはそれで懐かしく楽しいのだが、今ファンタジー作品を作る上で、これでいいのかという疑問は付きまとう。当時の「ファンタジー」の異世界は大体中世ヨーロッパ風で、その世界の住民もカタカナ名前でどうも白人ぽくて、なんていう英語圏の作品の影響の強いものが多かった(翻訳ファンタジーはほぼ英米からのものだったから)。しかし現代では様々な国、人種、文化圏があることがフィクションにおいても大前提になっている。本作の異世界はやはりヨーロッパ風味が強く、出てくる人たちも西洋風でアジアンやアフリカンはいなさそう。なぜその表現を選んだか、という部分にもっと自覚的になる必要があるのではないかなと思った。ファンタジーってこんな感じだろう、という記憶と慣れで作ってしまっているという印象を受けた。
 また、農耕や素朴な商業と魔法とで成り立つ異世界と、科学によって発展したアカネたちの世界との対比が単純すぎる。アカネが、自分達の世界では星空や花々の美しさを忘れがちと言うのだが、むしろ忘れがちと言われることに驚いた。私、結構頻繁に星空や花の美しさに驚いてますよ!逆に素朴な世界だから皆幸せというわけでもないし、魔法の力は科学の力と同じような機能になりうる。そんなに対称的か?という気がするのだ。ファンタジーは現実を相対化したものだ。だから現実が複雑なら複雑であるはずだし、その複雑さに作り手も鑑賞者も耐えなければならないのではないか。


『トム・ハザードの止まらない時間』

マット・ヘイグ著、太谷真弓訳
 トム・ハザードは歴史教師としてロンドンの学校に赴任する。彼がこの街に戻ってきたのは400年振りだった。彼は「遅老症(アナジェリア)」と呼ばれる非常に老化が遅い体質だった。周囲と違う時間を生きる彼は、住む土地を点々とし人目を避けていたが、遅老症の人々による組織「アルバトロス・ソサエイティ」が彼に接触し、身分とお金を提供するようになったのだ。彼のたった一つの望みは、同じ体質の自分の娘と再会すること。
 老化が遅いトムは、愛する人と一緒に老いることはできない。一定期間同じ場所に住んでいたら外見の変わらなさを疑われ、化けもの扱いされる。彼の母親は魔女狩りに殺され、それはトムの心に深い傷を残している。アルバトロス・ソサイティは、自分たちにとって愛は忌避すべきものだとトムを諭す。しかしトムはそこまで自分の心をコントロールすることはできず苦しむ。
 彼は一般の人とは人生の長さが違うし体感している時間も違うだろう。しかし時間そのものは普通の人にも遅老症の人にも同じように流れている。同じ時間を生きていれば他の人に惹かれることも情が深まることもある。しかし何らかの関係が出来てもそれは壊していかざるを得ない。全く別の世界を生きるわけにいかないという所が辛いのだ。この切なさが全編に満ちている。人が生きている上で、誰かとの深い関わり、愛情というものがいかによすがになっているか、それを禁じられているトムの視線を通しているからこそ際立つ。愛情を恐れなくなった時、トムは時間を恐れなくなるのだ。

『秘密(上、下)』

ケイト・モートン著、青木純子訳
 国民的女優のローレルは、50年前にある光景を目撃した。母が見知らぬ男性をナイフで刺殺したのだ。あれはいったい何だったのか?既に介護施設に入居し記憶もおぼつかなくなってきている母。彼女の過去には何があったのか?ローレルは過去への手がかりを探し始める。
 面白いという評判は聞いていたが、本当に面白い!続きが気になって上下巻を一気に読んでしまった。とは言え、ミステリというよりはロマンス小説的な面白さだ。2つの側面で2人の女性の対比が描かれているという構造。本作のミステリはいわゆるミステリ小説のトリック(これは結構すぐにわかっちゃう)にあるのではなく、自分の親がどのような人間なのかという謎だろう。そして、他人への憧れや思い入れ、別の人生への憧憬が生むものの計り知れなさという謎でもあるか。
 第二次大戦中をはさんだ母の過去パートと、母の謎を追うローレルの現在パートが交互に配置される。ローレルが既に壮年というところが面白い、というか親の若いころが気になってくるのは自分が年を取ってから、というところに妙な説得力があった。若いころは親は親であり、親にも青春時代、若い時代があったということがいまひとつぴんとこないんだよなと。自分もそういった通過しきってから、親が親になる前の時代を客観視できていくのかも。

秘密〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2019-01-30






忘れられた花園〈上〉 (創元推理文庫)
ケイト・モートン
東京創元社
2017-05-21

『黒き微睡みの囚人』

ラヴィ・ティドハー著、押野慎吾訳
かつてドイツの有力な政治家だったウルフは、“第転落”に伴い権力を失い、ロンドンに流れ着く。探偵となった彼の元にユダヤ人富豪の娘が妹を探してほしいと依頼に来た。ユダヤ人嫌いなウルフだがお金の為に調査を始める。しかし娼婦連続殺人事件に巻き込まれ、かつての同志たちの陰謀にも近づいていく。
ユダヤ人嫌いのドイツ人で巨大な権力を有した男と言えば彼だなと察しがつくし、彼のかつての仲間や愛人らの名前も出てくる。彼が生き延びてロンドンで探偵を始めたら、という歴史改変奇想ノワール。チャンドラーやハメットを踏まえた古典的ハードボイルドの語り口で歴史改変小説を語り、更にアウシュビッツに収監された作家のパートが並走していく。探偵の物語は作家が垣間見た夢のようでもある。ホロコーストをやった側からは世界はどのように見えていたのか、悪夢混じりのパルプノワールとして展開されていくのだ。そして彼は、ロンドンでは移民であり今度はホロコーストによって追い立てられて行く立場に逆転する。ホロコーストはあの時代のあの国独自のものではなく、似たような状況、世の中の空気が醸成されればどの時代、どの国でも起こりうる。経済的な不安や政治への不満のはけ口として積極的にそういう現象を起こそうとする人達もいるのだ。クライマックスの狂乱の気持ちの悪さ!

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)
ラヴィ・ティドハー
竹書房
2019-01-31






革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)
ラヴィ・ティドハー
早川書房
2013-08-23

『アガサ・クリスティ ねじれた家』

 私立探偵のチャールズ(マックス・アイアンズ)の元をかつての恋人ソフィア(ステファニー・マティーニ)が訪ねてくる。大富豪である祖父のアリスティド・レオニデスが死んだ、毒殺の可能性があるので調べて欲しいというのだ。レオニデスの屋敷には彼の前妻の姉であるイーディス(グレン・クローズ)、ソフィアの両親である長男夫婦とソフィアの弟妹、会社を継いだ二男夫婦、そして若い後妻が暮らしていた。全員に殺害の動機と機会があるのだ。原作はアガサ・クリスティの同名小説。監督はジル・パケ=レネール。
 くせ者一族が住むお屋敷での殺人、という本格ミステリの大定番な設定だが、個々の登場人物のキャラクターにクセがありすぎて、かなり作りものっぽい。それを逆手に取って、お屋敷の室内の作りや撮り方、登場人物の衣装等、ちょっと舞台演劇的な作りもの感の強い方向へ、すこしだけずらしているように思った。演劇の舞台のような場で作りものっぽい登場人物たちが、お互いに作りものっぽい外面を見せているような構造だ。外部から来た探偵であるチャールズもまた、隠された姿を持っているという所も面白い。全員が信用できないのだ。
 とは言え、ミステリとしては意外と平坦な印象を受けた。脚本のせいなのか原作がこういう感じなのかわからない(原作を昔読んだはずなのだが全く記憶にない・・・本作の犯人も最後までわからなかった)が、犯人の絞り込み要素がなかなか出てこない。いわゆるフェアな本格という感じではないのだ。むしろ、一族の「ねじれた」人間模様と感情のもつれにスポットがあてられており、かなりメロドラマ感がある。家長の支配欲が招いた悲劇だという面が浮き彫りになっていく。長男と二男が父親からの承認をめぐって憎み合う様はこっけいでもあり悲哀にも満ちている。
 なお、衣装がどれも良かった。おしゃれというよりも、その人がどういう人なのかわかりやすい衣装、かつディティールが凝っていると思う。イーディスが襟元につけていた大ぶりのシルバーのブローチが素敵。あと、車がいい!イギリスの時代もの映画・ドラマは当時の車がちゃんと出てくるのがいいなぁ。


ねじれた家 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房
2004-06-14





アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵 [DVD]
カトリーヌ・フロ
ハピネット・ピクチャーズ
2007-04-25

『ある少年の告白』

 牧師の父(ラッセル・クロウ)と献身的な母(ニコール・キッドマン)の元で育ったジャレッド(ルーカス・ヘッジス)は高校を卒業し、大学進学と共に寮生活を始める。しかし「自分は男性に惹かれる」と気付き、両親に告白。動揺した両親は同性愛を「治す」という矯正セラピーへの参加を勧める。原作はNYタイムズ紙によりベストセラーに選ばれたガラルド・コンリーのルポ。監督はジョエル・エドガートン。
 映画の作りは大分固く、時系列が行き来する構成もあまりスムーズではない。冗長になっている部分と説明が不十分と思われる部分があって、ちょっとちぐはぐさを感じた。とは言え、真面目に誠実に作ろうとしていることはわかる。特に矯正セラピーの内容や、それがなぜ参加者を苦しめるようになるのかという部分をちゃんと伝えなければという強い意識を感じる。性的志向は矯正できるものではないし、矯正すべきものでもないのだ。むしろ矯正することは精神に深い傷を残すことになる。さほど昔の話でもないのに、ジャレッドの両親(だけではなく周囲の大人たち)のセクシャリティに対する意識があまりにズレていて愕然とする。唯一まともなことを言うのはかかりつけの医者だが、彼女は両親の間違いを指摘することはできない。これは、他人の宗教上の主義主張に口出しはできないということなのかな。
本作に出てくる矯正セラピーは、ブラック企業の新人研修にちょっと似ている。参加者に自分の恥・罪を告白させ、自尊心を奪ってコントロールしやすくする。その状態に、「変わらないと両親からも神からも愛されない」と教え込んでいくのだ。子供の世界はあまり広くないから、自分の世界の根底にある親の愛と信仰、神の愛を失うと居場所がなくなってしまう。セラピストは参加者に家族の罪を指摘させ、親を憎めと煽る。とは言え、全ての参加者が親を憎みたいわけではないし、親に否があるわけでもないだろう。バックグラウンドを奪うことでコントロールしやすくするというやり方は作中でジャレッドが指摘するように「フェアではない」。
ジャレッドは自分のセクシャリティに悩むが、それが親のせいだと思っているわけではない(むしろ自分のセクシャリティと親との関係は別物だと理解している)。彼は自分自身に非常に正直だ。これは、神父の息子として育ち、基本的に神の前では正直であれという姿勢が身についているからでもあるだろう。セラピストが要求するような罪の告白も、親への糾弾も、でっちあげることはできるがそれは嘘だ。ジャレッドは嘘を全身で否定する。それが出来るジャレッドは強いし、その強さは自己肯定感をちゃんと持っているということなのかなと思った。
 最後、ジャレッドが父親にある言葉を投げる。その内容はシャリティの問題にかぎったことではないだろう。子供と親とは別の人間で思い通りにはならない、でも自分はあなたの子供なのだ、自分と向き合って対話をしてくれと。これを踏まえていれば親子関係は多少拗れにくくなるのではないか。

マンチェスター・バイ・ザ・シー [DVD]
ケイシー・アフレック
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2018-06-06





僕らの色彩(1) (アクションコミックス)
田亀 源五郎
双葉社
2019-01-12

『ハンターキラー 潜航せよ』

 ロシア近海でアメリカ海軍原子力潜水艦が消息を絶った。近くでロシアの潜水艦も狙撃されたらしい。捜索に向かったジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)率いる攻撃型原潜ハンターキラーは、現場付近に沈んでいたロシアの原潜から生存者を救出。一方、米軍特殊部隊はロシア内部の動きを探るために潜入作戦を開始するが、世界を揺るがすクーデターが起こっていると判明。ハンターキラーには絶対不可侵のロシア海域へ潜入するミッションが課せられる。原作はドン・キース&ジョージ・ウォーレスによる小説。監督はドノバン・マーシュ。
 アメリカ軍にしろロシア軍にしろ、艦長の慕われ方がすごい!人生の明暗をわけるのは人徳だ!ぶっきらぼうだが有能でリーダーシップのあるグラスに部下達、特に副艦長がデレる様が圧巻である。そりゃあジェラルド・バトラーについていけば絶対死ななさそうだし頼りがいありすぎるくらいありそうだんもんな・・・。グラスがどのように経験豊富で有能であるかということは様々なシチュエーションで示唆されるのだが、何よりもまずバトラーが演じているという点で説得力が出ている。対してロシア艦長の方は、この人は本当に部下のことを大事にし、部下から信頼されていたんだなと納得させられる良いシーンがある。ベタはベタなんだがやはりぐっとくる。上司はかくありたいものよ・・・。良き上司として徳を積んでおくといざという時命が救われるのか。アメリカとロシア、立場は違うが潜水艦乗りであるという共通項で共感・理解し合うという「ライバルと書いて友と読む」な少年漫画的要素にも燃えた。
 私は元々、飛行機内とか船・潜水艦内などの降りたら死ぬ密閉空間で展開するサスペンスが苦手なのだが、本作は楽しく見ることができた。ストーリーが潜水艦内だけでなく、特殊部隊が作戦を遂行中の地上でも展開されるので、閉そく感が薄いのだ。そして特殊部隊サイドでもひねくれ上司とちょっと頼りない新人隊員の絆が発揮される。こちらは上司のデレになかなかぐっときた。更にロシアサイドでもまさかの上司と部下の深い絆が。プロ意識のたまものではあるのだが、双方大分個人的な思い入れがありません?!と注視してしまった。

ハンターキラー 潜航せよ〔上〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06






ハンターキラー 潜航せよ〔下〕 (ハヤカワ文庫NV)
ジョージ・ウォーレス
早川書房
2019-03-06

『希望の灯り』

 ライプツィヒ近郊の巨大スーパーマーケット。在庫管理係として働き始めた青年クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、同僚のマリオン(サンドラ・フラー)に思いを寄せるようになる。クリスティアンに仕事を教える先輩社員のブルーノ(ペーター・クルト)は彼を見守り時に元気づけていた。彼らにはそれぞれ抱える事情があるが、つつましい生活は続いていく。原作・脚本はクレメンス・マイヤー。監督はトーマス・ステューバー。
 メイヤーの短編小説集『夜と灯りと』はしんみりとわびしくなる良作だった。ドイツはドイツでも旧東ドイツ側に暮らす人々の生活を描くが、統合後はどこか取り残された、おいていかれた感じがあるのだ。それは映画化された本作でも同様で、統合前を知る人達は当時を懐かしむ。とは言え、それほど悲壮感を持って描いているわけではない。クリスティアンはスーパーの中で、徐々に居場所を見つけていく。昔の仲間とひと悶着あったりはするが、今やれることをやろうとするし、やれることは少しずつ増えていくのだ。また、クリスティアンがフォークリフト運転の資格試験を受ける時、ブルーノだけでなく他の店員たちも固唾をのんで見守る。彼には仲間が出来、出勤することが「家に帰る」ことのようになっていく。スーパーがなんだか、ある種のユートピアみたいにも見えてくるのだ。本当は彼らの給料は決して高くはないだろうし、仕事はきつくて不安定だろう。将来の不安ももちろんあるだろう。それでも、今この時の良い面を探そう、今いる場所を良い場所だと思おう、良い場所にしようという心持が感じられる。ささやかなクリスマスパーティーが思いの外楽しそうだし、毎日の退勤の様子も、お互いに仲間であるという共通認識が感じられる。
 とは言え、その裏側で摩耗していく人、部分も確かにある。小さい摩耗が積み重なって起こったであろうある顛末が痛ましい。摩耗している部分を周囲に見せないことが彼の優しさだったのかもしれない。
 音楽、音の使い方がとてもいい作品だった。ささやかな毎日の中に時折、ファンタジックな瞬間が立ち現れるが、それは音楽の効果によるところが大きいと思う。クリスティアンがフォークリフトを初めて運転するシーンが素晴らしかった。また、クリスティアンがマリオンを見る時、しばしば海の音がする。彼にとって海の音は憧れの音なのだろう。

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス)
クレメンス マイヤー
新潮社
2010-03





グッバイ、レーニン! [DVD]
ダニエル・ブリュール
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2014-01-10

『バイス』

 1960年代半ば、酒癖が悪く大学を中退した青年ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、恋人リン(エイミー・アダムス)に態度を改めないと縁を切ると迫られ、一念発起し大学を卒業、政界へ進む。下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の下で働くうち、政界の裏と表を知り権力に取りつかれていく。ジョージ・W・ブッシュ大統領の副大統領として9・11後のアメリカをイラク戦争に導いたディック・チェイニーを描く。監督はアダム・マッケイ。
 非常にキレがよく人を食った作風で、マッケイ監督の腕の良さを実感した。登場する人たちは全員実在の人物、そして全員をdisりブラックユーモアで笑い飛ばす度胸の良さ。チェイニーとリンのカップルは正にマクベス夫妻(実際、シェイクスピア風セリフでやってみよう!というくだりがある)といった感じで、二人三脚で権力の階段を駆け上がる。何しろトップがボンクラ(全米公認でボンクラキャラの大統領ってすごいよな・・・これが民主主義の凄み・・・)なのでやりたい放題。マクベスみたいに人を殺さずに済むしな。イラク戦争へのかじ取りの動機がそんなことなのか!とぞっとさせられる。人間、簡単にモンスター化してしまうのだ。
 当初、頭が切れてスピーチが上手く、政治のセンスがあるのはリンの方だった。当時は女性の政治家の活躍など望めない時代だったので、リンは自分の望みをかなえる為にディックを一人前に仕立てあげるのだ。もしもうひと世代でも後に生まれていたら、リンはディックと結婚することなく自分が政治家として出馬したのではないだろうか。ディックは色々な点で運のいい人物だが、あの時代に生まれてリンと結婚できたことが最大の幸運だったのでは。夫婦2人で欲望を膨らませていく様は、おしどり夫婦と言えばおしどり夫婦。
 ディックにしろリンにしろ個人としては野心強すぎて全く好きになれないし自分の野望の為に手段は問わない卑怯さ、冷酷さを持ち合わせているが、よき夫、よき妻、よく親であると言う所が面白い。政治活動に後に娘も加わり、ファミリービジネス的になっていく。基本的に家族仲がいいのだ。同性愛者である娘を、自分の支持基盤から反感をかうとわかっていても受け入れ守っていく。妻の父親に対して家族を守るとはっきり表明するのも、親としてちゃんとしている。政治家としての顔との違いが人間の複雑さを感じさせる。とは言え、娘との関係は最後の最後で損なわれてしまうのだが・・・。ある一線を越えると政治家としての側面を選んでしまうのか。
 ナレーションが誰によるものか判明すると、「他人を食い物にする」ことをディックとリンが一貫してやってきたことがより明瞭に浮き上がる。本作に登場するのはそういう人間ばかりだ。まさにクズなのだが、彼らはクズであることを全然気にしない。ラムズフェルドじゃないけれど、理念なんて笑っちゃうぜというわけだ。

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『魂のゆくえ』

 ニューヨーク郊外の小さな教会の牧師トラー(イーサン・ホーク)は、ミサにやってきた女性メアリー(アマンダ・セイフライド)から、夫マイケルが悩んでいるので話を聞いてやってほしいと頼まれる。環境活動家のマイケルは環境汚染を心配するあまり、メアリーが妊娠中の子供を生むことが正しいのかどうか葛藤していた。更に。トラーは自分が所属する教会が、環境汚染の原因を作っている企業から多額の献金を受けていると気づく。監督はポール・シュレイダー。
 トラーは神父なので、仕事でも私的な課題としても、信徒と、自分自身との対話を続ける。神父という立場からは対話をはぐらかすことはできない。自分自身に対しては可能だろうが、彼は自分への枷としてそれをよしとしない。この対話が彼を追い詰めていく。トラーの自分内ロジック、ともすると思いこみが暴走していくところ、更にそれが何の役にも断っていないというところは、シュレイダー監督が脚本を手掛けた『タクシードライバー』とちょっと似ている。自分の行動の動機を勝手に他人に託してしまっているきらいがあるところも。メアリーに対する思い入れは、ともすると彼の一方通行っぽく見えてしまい少々危うい。
 信仰の話なのかと思っていたら、どんどんそれていき予想外の方向へ。信仰そのものというより、現状の、大企業的教会の一支部として、人道的とは言えない事業もしている大企業の献金を受けないと維持できないという、現状に対する葛藤と言った方がいいのか。とは言え、トラーは元々環境問題に強い関心を持っていたわけではなさそうだ。急にのめりこんでいくのでどうしちゃったの?と不安になる。彼が本来向き合わなくてはならない問題は別にあり、そこから逃れる為に手っ取り早く目の前の問題に飛びついているようにも見えるのだ。
 トラーの信仰は彼の息子が死んだときに既に死に向かい始めていたのではないかと思える。とはいえ、彼が救われるのは全く信仰によってではない!結局それか!という意外性というか、脱力感というか・・・。何とも奇妙な終盤。こうであればいいのにというトラーの幻想であるようにも思えた。でもそこに救いを見出されてもなぁ・・・。やはり他人に諸々託しすぎでは。

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『逃れる者と留まる者 ナポリの物語3』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
作家として処女作が大ヒットし、名門一家出身の将来有望な研究者と結婚したエレナ。子供も生まれ生活は順調なように思えたが、徐々に夫との間には溝が生まれ始める。そんな折、かつて片思いをしていた相手に再会する。一方、ナポリに留まったリラは、工場で働きながらパートナーと共にコンピューターを学び、才能を発揮させつつあった。
大人になりそれぞれ家庭を持つようになったリラとエレナに大きな転機が訪れるシリーズ3作目。エレナは作家として成功するが、「書かれた(セクシャルな)出来事は実体験なのか」としつこく読者に聞かれる、は頬やからははふしだらなことを書いたと非難されるというエピソードがなかなか辛い。今までも多分にそうなのだが、特に今回エレナが悩んだり傷ついたりする原因は、女性に対して向けられる目とそれに沿えない、また過剰に沿おうとしてしまうことにある。1970年代の物語だが今でもあまり変わっていないことにげんなりした。特に夫の育児に対する無知・無理解が厳しい。エレナが何者かになりたかったけど「何」に当てはまるものがない、からっぽだと感じる姿がちょっと痛々しかった。だから何か理想的と思えるモデルに過剰に沿おうとしてしまうんだろうけど・・・。かつては(そして今も)リラがその理想だったが、恋人や読者が求める姿に沿ってしまう所がもどかしくもある。一方リラはエンジンが過剰にかかっているというか、疾走しすぎていて怖い。いつか大転倒するのではとひやひやする。そこが彼女の魅力でもあるのだが。

逃れる者と留まる者 (ナポリの物語3)
エレナ フェッランテ
早川書房
2019-03-20


新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17



『Xと云う患者 龍之介幻想』

デイヴィッド・ピース著、黒原敏行訳
 小説家・芥川龍之介。彼が魅せられた東洋と西洋の伝承と信仰、震災による遺体と瓦礫が連なる光景、ポオ、河童、ドッペルゲンガー、夏目漱石が体験したロンドン等、芥川の作品のモチーフの幻想と不安とが入り混じっていく連作短編集。
 ジェイ・ルーピン訳の芥川作品を通してイギリス人である著者が幻視する芥川のコラージュでありマッシュアップ。大変な力技で二次創作的な愛着を感じる。芥川の不安を主観的に、客観的に追っていき、史実と芥川の創作、著者による幻想の境目がだんだん曖昧になっていく。芥川の周囲の人たちも登場するし、なんといっても夏目漱石が遭遇したロンドンの怪異の話がいい。
 日本語で読んでも違和感は感じない(芥川のコアなファンには異論があるかもしれないが)のはルーピンによる英訳が多分とても出来がいいこと、著者の読者としての鋭さ故なのでは。良い書き手は良い読者でもある。そして翻訳が素晴らしいことが英語を読めない私でもわかる!芥川の文体や文字表記をカバーした上で日本語へ変換する、正にはなれわざ。私は著者の装飾が多くねっとりとした文章(翻訳文ということになるけど)にずっと苦手意識をもっていたのだが、本作は日本語文章にしたときの良さがあった。

Xと云う患者 龍之介幻想
デイヴィッド ピース
文藝春秋
2019-03-22




『ビューティフル・ボーイ』

 ニック(ティモシー・シャラメ)は成績優秀でスポーツも得意、大学への進学も決まり、父デヴィッド(スティーヴ・カレル)はじめ、家族は彼の将来に期待していた。しかしニックはドラッグに手を出し、どんどんのめり込んでいく。更生施設に入っても繰り返し抜け出し、再発を繰り返す。スティーヴとニックの8年間の格闘を描く。監督はフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン。
 時系列をシャッフルすることで依存症の一進一退なこと、ドラッグを断って再発してというループを何度も何度も繰り返す、その中で本人も家族も摩耗していくが、それを乗り越えていかないとならないということがわかってくる。とはいえ、ちょっと長すぎるし、長さに対して起伏が乏しいように思った。エンドロールも、気持ちはわかるけど5分越えはちょっとなぁ・・・。全体的に間延びしている感は否めない。
 スティーヴはニックのことを心から愛しているし、ニックも父親を慕っている。仲のいい父息子ではあるのだ。しかし、スティーヴは長らく、ニックについて自分は理解していると過信しているのではないかという思いがぬぐえなかった。宣伝でうたわれるほど美しい親子愛の物語とは思えないのだ。スティーヴはニックが厭世的な文学ばかり読んでいる、それよりも外に出よう、そういう趣味は一時的なものだと言う。これにとても違和感があった。ニックはスポーツも好きだが、一方でグラムロックやグランジロック、ブコウスキー等アウトサイダー寄りの文学を愛好している。人の好みに対して一時的なものだとか、ダメ出しするとか、親子であってもずいぶん失礼なことだろう。ニックにとってそれらが一時的なものだというのはスティーヴが勝手に思っているだけであって、実際のニックのことをちゃんと見ていないのではないか。ずっとまっすぐな道を歩んできた人には、陰の中にいる人のことはわからないんだよな・・・。
 スティーヴは息子の心の「穴」について多分本当には理解できない。愛していることと理解することとは違うのだ。また、愛しているから救えるというわけでもないだろ。スティーヴはドラッグを断てないニックとのやりとりに疲労困憊し、自分には救えないと一度は投げ出してしまう。それに対して彼の妻(ニックにとっては義母)が「救えないわよ!」とばっさりと切る。家族にできるのは救うことではなくそっと支え続けることだけ。それが延々と続くから本当にしんどいんだろうけど・・・。
 ニックがどういう経緯でドラッグに手を出したのか、具体的な原因があったのかどうかは明言されない。ニックは自分の中の「穴」を埋めたくて、と言うがそれがどういうことなのか自分でもはっきりとはわからない。当然、家族にもわからない。いい家庭環境でも、家族に愛されていても、依存症になってしまうことはあるのだ。なぜやめられないのか、という部分が父親にとってずっと謎なままで、それを受け入れていくことでしか親子の関係は前進しないのだ。

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『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

 2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「大量破壊兵器の保持」を理由にイラク侵攻に踏み切ると宣言。地方新聞社を傘下に持つナイト・リッダー社ワシントン支局の記者、ジョナサン・ランデー(ウッディ・ハレルソン)とウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)は大統領の言葉に疑問を持ち、真実を探り始める。監督はロブ・ライナー。
 91分というコンパクトさが素晴らしい!ストーリーがぎゅっと凝縮されており濃密。ロブ・ライナー監督自身、編集長ジョン・ウォルコット役で出演しているのだが、頼りがいのある雰囲気を出しており良かった。ランデーとストロベルがウォルコットのことをすごく尊敬していて、男の子っぽいワクワク、キラキラ感を見せるのがちょっとかわいかった。うちのボスやっぱりすごいぜー!ボスおれたちがんばったよ褒めて褒めてー!みたいなまなざしでちょっと子犬っぽさがある。実際にウォルコットはすごく出来る人なわけだけど。
 彼らの戦いは負け戦になると、映画を見ている側はわかっている。フォックスを始め大手新聞社はのきなみ政府の発表を鵜呑みにした報道に偏重し、その偏重した情報が国民に浸透していく。正しいことをしているはずなのに不審の目で見られてしまうランデーとストロベルの辛さと納得いかなさがじわじわ伝わる。それでも彼らは自分が正しいと思うことをやり続けるのだ。それがマスコミとしての使命であり責任だから。ナイト・リッダー社の記事を掲載しなくなった新聞社が、「読者が喜ぶ記事を載せないと」というが、それはもう報道ではないだろう。
 ランデーの妻が、愛国者と愛国主義は違う、愛国主義は嫌いだと言う(彼女はスラブ地方出身、愛国主義の蔓延でボロボロになってしまった国から来たというわけだ)が、これって本当にその通りだよなと深く共感した。今の日本も愛国主義ばかりで愛国ではないのでは。ランデーの妻によるとアメリカ人は(国というものの捉え方が)「ナイーブ」だそうで、苦笑いしてしまった。

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