3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『あなたを愛してから』

デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳
 実父を知らず、父親に関する質問を一切受け付けない辛辣な母親に育てられたレイチェル。母の死後、父親を探し始めるが、手がかりを追ってたどり着いたのは残酷な事実だった。ジャーナリストとして活躍するようになったレイチェルは、ある現場での体験により深く傷つき、結婚生活も仕事も失う。そんな中で真実の愛に巡り合ったと確信するが。
 レイチェルが夫を撃ち殺すという衝撃のプロローグから始まり、彼女の人生と愛の変遷が描かれる。彼女の人生にまとわりつくのは「あなたは誰なのか」という問いであり、「私は誰なのか」という問いでもある。「あなた」はまず父親であり、彼女の前に現れる人たちである。その人たちとの関係が偽りであるなら、その関係の上に成立していた「私」とは一体何者なのか。自分が確信していた愛とは本当に愛と呼べるものだったのか。疑念に突き動かされ止まることができないレイチェルのスピードに読者側も乗っていくようで、一気に読み終えた。ノンストップサスペンスなのに作中時間がかなり長い(レイチェルの人生全般に及んでいるのでそれこそ30年近い)という所も面白い。ルヘインてこういう作品も書くのか!と新鮮だった。題名はヒット曲「Since I Fell for You」からつけられた「Since We Fell」だが、なぜ「We」なのかつかめてくるとより味わい深い。


『ミッション:インポッシブル フォールアウト』

 盗まれた3つのプルトニウムを回収するミッションを命じられたイーサン・ハント(トム・クルーズ)だが、何者かに回収目前で横取りされてしまう。秘密組織シンジケートの関連組織、アポストルが関係しているらしい。手がかりとなるジョン・ラークなる人物を確保しようとするイーサンとIMFだが、CIAはイーサンの目付け役としてエージェントのオーガスト・ウォーカー(ヘンリー・カヴィル)を送り込んできた。監督はクリストファー・マッカリー。
 MIシリーズって、見ているうちに「あれ?これそもそも何が目的のミッションなんだっけ?」と思う瞬間があるのだが、本作はほぼ全編にわたってその思いが頭を離れなかった・・・。前評判の通り、アクションはまあバカみたいにすごくて、トム・クルーズは撮影中に死にたいのかなーと不安になるくらいなのだが、それ以外の部分の印象がおしなべてぼんやりしている。あれ、どういう話だったっけ・・・と思う頻度はシリーズ中一番高かった。アクションシーンとアクションシーンを繋ぐ為に無理矢理ストーリーのパーツをはめ込んでいるような印象。前作『ローグネイション』が大変面白かったので、大分がっかりしてしまった。登場人物の造形や立て方も、前作には及ばなかったように思う。また、ストーリーに行き当たりばったり感が強いので、登場人物が上手く機能していない。新規投入されたオーガストも再登場のイルサも、もっと活かし方があったんじゃないかなという中途半端さだ。イーサンのキャラクターがシリーズ重ねるごとに変化してきているのだが、その変化にストーリー構築が追い付いていない感じもした。行動が唐突過ぎるように思える。
 とは言え、アクションは確かに前評判通りの迫力。予告編でも使われていたヘリコプターのアクションは無茶すぎて笑ってしまうくらい。個人的にはパリでのカーチェイスがとても楽しかった。バイクと乗用車とを使ったカーチェイスだが、車体間隔が非常に狭かったり、音の響かせ方にひねりがあったりとわくわくする。古い町並みが背景というのも味わい深くいい。




『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』

 キューバの老ミュージシャン達のセッションを記録したヴィム・ベンダース監督のドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』から19年。現メンバーによる最後のツアーを追った新作ドキュメンタリー。ヴェンダースは製作総指揮に回り、監督はルーシー・ウェーカーが務めた。
 映画の制作・公開は1999年、日本での公開は2000年だから、前作見たのは18年前か・・・。時間が経つのが速すぎて茫然とする。映画は見たし、サウンドトラックも買ったし、この映画がきっかけでライ・クーダーの音楽を知った。彼らの音楽を聴くと懐かしい気分になるが、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ自体はずっと現役で活動を続けているわけで、懐かしいとかそういうものじゃないよな。
 前作に比べると幾分センチメンタルな雰囲気だ。監督が変わったからというのも一因なのかもしれないが、19年間のうちに主要メンバーの多くが亡くなっているというのが大きい。前作の時点で皆さんそこそこ高齢だったので、しょうがないといえばしょうがないのだが、やはり切ない。しかしその一方で、現メンバーの孫が新規加入していたりと、新しい動きもある。世代交代しつつ音楽は受け継がれていくのだ。
 前作ではあまり触れられなかった、個々のメンバーの人生やその時代背景にもスポットが当たる。これまでの彼らの歴史を振り返ると共に、キューバという国の変遷を垣間見た感もある。なにしろ、前作から本作までの間にアメリカとの国交回復してるんだもんなー(オバマ前大統領も登場する)!前作のツアーではアメリカでの公演もあったけど、あれは本当に大変だったんだな・・・。
 ボーカリストであるイブライム・ウェレールの人生が実に心に残った。バックコーラスとしてキャリアを積んだが運に恵まれず無名のままで、ブエナ~から声がかかった当時は靴磨きをして生活費を稼いでいたそうだ。それが70代でまさかの大ブレイク。彼がステージ上にいると場のまとまりがよくなるような、人柄の良さがにじみ出ていた。また同じくボーカリストであるオマーラ・ポルトゥオンドが前作のワールドツアーの際、盛り上がる観客に対し、この曲で踊れるなんて、私の母の苦労等知らないのに・・・と漏らす言葉が印象に残った。聞く側にとって外国語の曲って、歌詞の内容とちぐはぐな盛り上がり方をしてしまいがちかもなぁと。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
オマーラ・ポルトゥオンド
ライス・レコード
2008-06-01


『ハンティング(上、下)』

カリン・スローター著、鈴木美朋訳
 郊外の車道で車にはねられたという、意識不明の女性がERに運び込まれた。彼女は裸で体には拘束・拷問された跡があり、肋骨が一本抜き取られていた。ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレントは現場に急行し、森の中で地下に掘られた拷問部屋を発見する。部屋の形跡からは、女性はもう1人いたのではないかと思われた。
 ウィル・トレントシリーズ3作目(日本での出版は2作目。実際の順番とちぐはぐでわかりにくいな・・・)。シリーズ前作『砕かれた少女』で初登場した人物が再登場し、えっあの後そんなことになっていなのか!とびっくりしたり心配になったりするところも。事件は相変わらず血なまぐさいのだが、地元警察に足を引っ張られることで話が長くなっている(捜査が進まない)ように思える。特別捜査官てそんなに嫌われるの?アメリカの捜査機関の縄張り意識のニュアンス、いまいちわからないんだよなー。犯人の特定が少々唐突で都合良すぎる気もするが、その唐突な登場は犯人の周到さ、粘着さを表すものでもある。
 なお、ウィルと周囲の女性たちとの関係が相変わらずもたついている。ウィルは自分の生い立ちや識字障害を頑なに隠そうとし、その気持ちはわかるのだが、その部分を整理しないとアンジーとの関係はこう着状態だし他の女性(に限らず他人)との関係が深まることもないんだろうな。

ハンティング 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-01-25


ハンティング 下 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-01-25


『悲しみに、こんにちは』

 母ネウスを病気で亡くしたフリダは、バルセロナからカタルーニャの田舎の家に引っ越し、叔父一家と暮らし始める。叔父夫婦も幼い従妹アナも彼女をやさしく迎えるが、お互いすぐにはなじめずにいた。監督・脚本はカルラ・シモン。
 子供の視点、子供の世界を実によく再現しており、さらに子供の姿を通して彼女の家族に何があったのか、彼女に何が起きたのかをさりげなく提示していく周到さに唸った。フリダがごっこ遊びで「母親」の役をやる時の振る舞いは胸を刺す。これは、フリダも辛いけどネウスも相当辛いよなと。公園で遊んでいた子供の母親の態度はショッキングだが、そういう時代だったのだ(今もとっさに同じような行動をしてしまうかもしれない)。
 子供は大人の世界で何が起きているのか具体的にわかるわけではないが、異変は察知する。大人たちがフリダの処遇を話し合う場に彼女もいるのだが、自分のことが話し合われているのに当の自分には話の内容が説明されない。フリダの所在なさと、大人に対する何をやっているんだこの人たちはみたいなまなざしが際立っていた。また、フリダは母親の死について大人に尋ねないし、自分の気持ちを話すわけでもない。自分の中に疑問や不安が渦巻いていても、それを表現する言葉を彼女はまだ持っていないように見える。彼女は時に大人から見たら不可解な行動をとるが、なぜそういう行動をとったのか説明することはできない。だから大人との関係はもどかしく、時に双方イラついてしまう。
 アナにいじわるをしてしまうのも、祖母のプレゼントに対して駄々をこねるのも、自分の中にあるもやもやを吐き出すためなのかもしれないが、大人にはそれはわからないし、わかったとしても具体的になにか出来るわけではないだろう。フリダが自分でそのもやもやを外に出す回路と方法を見つけていくしかない。彼女は終盤、その回路と方法に辿りつくが、このシーンは特にドラマティックに演出されているわけでもないがはっとさせられる素晴らしいものだった。彼女の中での時間が、ようやく追いついたと実感できるのだ。
 そんなフリダの側に居続ける叔父夫婦も素晴らしい。まだ若く、自分の子供はフリダよりも幼いから育児の経験値豊富というわけでもない。大人は大人で手さぐりをし続けているし必死なのだ。2人の子供に対する(そしておそらく死んだネウスに対する)誠実さと責任感がわかる。べったりとではなく、側に居続けることがフリダにとっての安心感につながり、彼女から感情表現を引き出すのだ。

ポネット [DVD]
ヴィクトワール・ティヴィソル
ワーナー・ホーム・ビデオ
2012-11-07


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アナ・トレント、イザベル・テリェリア、フェルナンド・フェルナン・ゴメス
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2015-06-19


『ウインド・リバー』

 ワイオミング州のネイティブ・アメリカンの保留地ウィンド・リバーで、ネイティブアメリカンの少女の死体が見つかった。第一発見者になった野生生物局のハンター、コリー・ランバート(ジェレミー・レナー)は、雪原の中、喀血して死んでいる少女が娘の友人ナタリー(ケルシー・アスビル)だと気付く。現場から5キロ圏内には民家は一つもなく、夜間の気温は約マイナス30度にもなるのにナタリーは薄着でしかも裸足だった。コリーは部族警察長ベン(グラハム・グリーン)と共にFBIを待つが、やってきたのは新米捜査官のジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)一人だけだった。コリーは土地に関する知識とハンターとしての能力を活かしてジェーンの捜査に協力する。監督はテイラー・シェリダン。
 荒涼とした土地とどこまでも広がる雪原そして雪山、殺伐かつ閉塞した人間関係、不可解な死体、そしてジェレミー・レナーという私の好きなものがぱんぱんに詰まっている、この夏一番楽しみにしていた作品。期待を裏切らない自分好みさと面白さだった。地味な作品ではあるが、お勧めしたい。早川書房あたりから原作小説が出版されていそうな雰囲気だが、映画オリジナル作品。ハンターとしてのスキルを活かすコリーと、まだ不慣れながら職責を全うしようとすジェーンのバディ感もよかった。
 コリーが「(自分の)感情と闘う」という言葉を口にするが、全編がこの言葉に貫かれているように感じた。コリーにしろその元妻にしろ、一見ごく落ち着いた振る舞い、ごく普通のやりとりをしている。しかし彼らの背景には取り返しのつかない出来事があり、怒りと悲しみ、また自責の念といった感情が彼らをずっと苛み続けていると徐々にわかってくる。その感情が人生を侵食し尽くさないよう、コリーは静かに戦ってきたし、これからも戦い続けるのだろう。殺人事件の捜査はその一環でもあるのだ。終盤、ある写真を見た瞬間のコリーの表情、またナタリーの父親とのやりとりが胸を刺す。ナタリーの父親もまた、自分の感情と戦い続けることになるのだろう。戦う人同士の共感のようなものが、コリーとジェーン、そしてナタリーの間にもあるように思った。
 物語のもう一つの主人公は舞台となる土地そのものとも言える。風土の力のようなものが強烈だった。自然環境が厳しいという意味でも強烈なのだが、人が住むには荒涼としすぎており、そこに対する国からのケアというものが感じられない。土地は広大なのに警察官はわずかで手が行き届かないし、FBIも(吹雪に邪魔されたとはいえ)なかなか来ない。外から来た白人たちは、この土地がそもそもどういう土地だったかなど気にもしない。忘れられた土地、忘れられた人々の世界とも言える。そういう土地だから起きた事件であるという事件の真相は、あまりにやりきれない。


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ジェニファー・ローレンス
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2014-04-02


『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

 大島志乃(南沙良)は吃音があり、高校入学早々、周囲と馴染めず苦しんでいた。ある日、同級生の岡崎加代(蒔田彩珠)と校舎裏で出会ったことをきっかけに、親しくなっていく。音楽好きの加代は志乃にバンドを組もうと持ちかける。夏休み中、「特訓」に明け暮れる2人だったが。原作は押見修造の同名漫画。監督は湯浅弘章。
 脚本が『百円の恋』の足立紳だというし、なんだか評判がとてもいいので、自分の守備範囲外の作品かなーと思ったが見てみた。結果、見て本当に良かったが痛々しくひりひりする。私は自分が学校嫌いだったこともあって、学校が舞台の映画を見るといつも苦しくなる。本作の冒頭、志乃が鏡に向かって自己紹介をするくだり、そして新しい学級での自己紹介で吃音が出てしまうくだりはしみじみ辛かった。ああ今回もまたダメだった・・・という無力感にやられそう。自分の居場所がここにはないということを思い知らされるのだ。特に悪意もなく彼女の吃音をネタにする同級生の菊地(萩原利久)には殺意が沸きそうになる。
 志乃は喋るのは苦手だが歌だとすんなりと声が出る。対して加代は音楽好きでギターの練習をしているが、実は音痴。2人が補い合うように音楽を楽しみ、歌う姿はキラキラとして眩しい。本作、舞台はおそらく90年代で(にもかかわらず作中、書店にオンラインゲームを題材にした本が展示してあってちょっとがっかり・・・)、加代がウォークマンを愛用しているのも、部屋にあるCDやポスターも、2人が歌う歌も、懐かしかった。自分が高校時代に聞いていた、カラオケで歌った曲を2人が歌っているというのが何とも言えずぐっとくる。まさかFlamingLipsの名前がこの映画に出てくる(音楽は使われていないが)とは思わなかったが。
 しかしこのキラキラは儚く脆い。加代との世界を大事にする志乃には、菊地が関わってくることが耐えられないのだ。菊地もまた志乃たちとはちょっと違う浮き方をしていて、居場所を見つけようと必死ではあるのだが。3人ともそれぞれ苦しさを抱えているものの、志乃の苦しみは友人である加代にも深くは共有できないものだろうし、母親ですらよくわかっていない。自分から逃げられない、どうあっても自分でしかない、それは友人が出来たり歌ったりしても本質的には変わらないのだというどうしようもなさが、学園祭での志乃の「なんで!」という叫びに込められているように思った。この先一生、このどうしようもなさと付き合っていかなくてはならないというしんどさ。この部分、ちょっとモノローグで処理しすぎなきらいはあったが、「なんで自分なんだ」というやりきれなさはひしひしと伝わる。


cult grass stars
ミッシェル・ガン・エレファント
日本コロムビア
2009-03-18



『ファニーとアレクサンデル』

 11歳の少年アレクサンデル(バッティル・ギューヴェ)と妹ファニー(ペルニラ・アルヴィーン)は、父である劇場主で俳優のオスカル・エクダール(アラン・エドクール)、母で女優のエミリー(エヴァ・フレーリング)、元有名女優の祖母ヘレナ(グン・ヴォールグレーン)と暮らしていた。1907年のクリスマスイブ、エクダール家には叔父叔母に従兄弟ら一族が集まり、毎年恒例の賑やかさだった。しかし年明けにオスカルが急死。エミリーは色々と相談に乗ってくれたヴェルゲルス主教(ヤン・マルムシェー)と再婚することになる。監督・脚本はイングマール・ベルイマン。1982年の作品をベルイマン生誕100年映画祭にて鑑賞。
 何と5時間11分という長さで、体力的にはさすがにきつい。しかし映画的喜びに満ち溢れている。序盤、一人遊びから幻想の世界へと足を踏み入れるアレサンデルの世界といい、クリスマスパーティーで皆が並んで屋敷中を踊りまわるシーンのめくるめくような映像といい、映画の醍醐味ってこういうことだな!という豊かさに満ちている。撮影も美術も大変豪華。全5章の構成だが、各章タイトルの背景は水の流れの映像。これはアレクサンデルが主教館から見下ろす川なのだろうとわかってくるが、流れの止まらない時の流れの象徴のようにも見える。喜びも悲しみもその時その時のもので、全て過ぎ去っていく。華やかだがどこか寂しい。
 ドラマ部分は予想外にベタ。子供の視点を中心に、父の死、母の再婚、義父との不仲と虐待、そして大団円を大河ドラマのようなスケール感で見せていく。夫の死により気弱になったエミリーにつけこむヴェルゲルスと、彼のいいなりになってしまうエミリーのドラマはある意味非常に下衆いのだが、そこに信仰の問題が絡んでくる。ヴェルゲルスは非常に厳格なキリスト教者として振舞い、エミリーや子どもたちにもそれを強いる。しかし彼の信仰は信仰の形式のみを厳格化した、形骸化したもので、精神は伴っていないように見えるのだ。頼るものがなくなり不安なエミリーにとってはその形こそが頼もしく見えたのかもしれないが、アレクサンデルやエクダール家の叔父たちはヴェルゲルスの欺瞞を察知する。アレクサンデルがヴェルゲルスに嘘をつき続けるのは、ヴェルゲルスの内実のなさ(と本人は思っていないだろうが)、嘘に対抗しているようにも見えてくる。アレクサンデルの「嘘」は彼を守る物語のようなもので、彼の前に現れる死者たちもその一部。力を持たない子供である彼は、自分の物語でヴェルゲスに反発するのだ。
 エグダール家とその周囲の人々の描き方がとても面白い。クリスマスパーティでは和気藹々としているが、帰路につくと、実はお互いに諸々思う所もある。必ずしも愛情深いわけではない。一族の要であるヘレナは、いつも強気で女王然として見えるが、息子たちには少々失望している。好色な叔父はメイドを愛人にして子供まで作る。そのメイドと子供も一族として迎え入れるという、おおらかさというか底なし感というか。もう1人の叔父はドイツ人の妻をなじってばかりでてんでいくじがない。しかしエミリーと子どもたちが危機に陥ると一致団結して教会と闘う。彼らが劇場主と役者という、世俗の祭りと娯楽の世界の人たちだから、厳格なヴェルゲルスには余計に反感を持つのかもしれない。

ファニーとアレクサンデル HDマスターDVD
ペルニッラ・アルヴィーン
IVC,Ltd.(VC)(D)
2015-05-22


野いちご <HDリマスター版> 【DVD】
マックス・フォン・シドーほか
キングレコード
2014-12-24





『曇天記』

堀江敏幸著
 曇りの日には散歩をする。ぼんやりとした空の下、歩く速度で見る世界を綴る。
 随筆とも小説ともつかない短文集。晴天というわけでも悪天候というわけでもなく、曇り空を題名にしているだけあって、明でも暗でもなく、何かを断定するわけでもない、曖昧さに徹する姿勢が一貫している。どこが入り口でどこが出口なのかわからなくなってくるが、散歩とはそもそもそういうものだったか。明言しなさは作中で言及される土地や人物、文学作品などにも及んでいる。素養のある人にはこれがどこなのか、誰なのかわかるのだろう書き方だが残念ながら私にはわからないものが殆ど・・・。しかし曖昧さに貫かれた作風の中に時折、言葉が強くなる部分がある。本作は雑誌『東京人』の連載をまとめたものだが、連載期間中に東日本大震災があった。震災後、怒りを覚えること、それを表明しなければならない状況が増えたのだろう。その部分に著者の倫理観が見える。

曇天記
堀江敏幸
都市出版
2018-03-24


坂を見あげて (単行本)
堀江 敏幸
中央公論新社
2018-02-07



『星の文学館 銀河も彗星も』

和田博文編
星モチーフの小説と言えば外せないであろう稲垣足穂『星を造る人』、宮澤賢治『よだかの星』。天体観測にちなんだ森繁久彌や中村紘子のエッセイ。宇宙を想う谷川俊太郎の詩や埴生雄高の評論など、星にまつわる作品36篇をあつめた文学アンソロジー。
アンソロジーの面白さは、普段なら手に取らない作家の作品や全く知らなかった作家の作品、また、この人こんな作品書いていたのか!という意外性と出会えるところにあるだろう。本作はそんなアンソロジーの楽しみを十二分に味わうことができる。三浦しをんや川上未映子など現代の作家のものから、川端康成や内田百閒など古典作品まで、また小説家だけでなく歌人や歴史学者、批評家などの幅広い作品がそろっている。個々の作品だけでなく編集者の力量を実感できお勧め。個人的には、森繁久彌のエッセイ『ハレー彗星』がユーモラスで楽しかった。文才もある人だったんだなー。また宮本百合子『ようか月の晩』は正に夜と星のイメージに溢れた美しい童話。これも、この人こういうの書いてたんだ!という意外さがあった。


天体嗜好症: 一千一秒物語 (河出文庫)
稲垣 足穂
河出書房新社
2017-04-06






『2重螺旋の恋人』

 原因不明の腹痛に悩むクロエ(マリーヌ・バクト)は精神分析医ポール(ジェレミー・レニエ)のカウンセリングを受けることにした。症状が好転したクロエはポールと恋に落ち、一緒に暮らし始める。ある日クロエはポールとうり二つな男性を見かけた。その男性はポールの双子の兄レイ(ジェレミー・レニエ 二役)で、彼と同じく精神分析医だった。兄の存在を隠すポールを不審に思い、クロエはレイの診察を受け双子の秘密を探ろうとする。原作はジョイス・キャロル・オーツの短編小説。監督はフランソワ・オゾン。
 オゾン監督はあたりとはずれを交互にリリースしている印象があるのだが、本作は残念ながらはずれなのでは・・・。前作『婚約者の友人』が秀作だったからなー。なかなか連続して秀作とはいかないか。本作、エロティックな幻想をちりばめたサスペンスという趣なのだが、美形双子と色々やりたい!なんだったら双子同士でも色々やってほしい!というフェティッシュが前面に出てしまい、クロエの内面の要素と噛み合っていない。実は(多分原作とは異なると思うのだが)最後にタネあかしのようなオチがあるのだが、このオチから逆算すると性的な要素が介入してくるとは考えにくいのだ。それよりは最初に不仲であると提示されている母親の存在がクローズアップしてしかるべきだろう。にもかかわらず母親が登場するのは最終幕のみで、それまでは殆ど言及されない。なので、性的ファンタジーばかりが悪目立ちしている印象になる。下世話なことがやりたいなら妙な小理屈つけずに堂々とやればいいのに・・・
 また、ポールとレイを臨床心理士という設定にしたわりには、臨床心理的なものにオゾンはあんまり関心なさそうなところもひっかかった。そもそも(元)患者と恋人関係になるって臨床心理士としてはダメだろ・・・。支配/被支配関係を強調したかったのかもしれないけど、もうちょっとやりようがあったんじゃないかなと思う。

17歳 [DVD]
マリーヌ・ヴァクト
KADOKAWA / 角川書店
2014-09-05


とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 (河出文庫)
ジョイス・キャロル オーツ
河出書房新社
2018-01-05


『港の底』

ジョゼフ・ミッチェル著、上野元美訳
 港や河畔、桟橋等、ニューヨークの水辺で生きる人たち、また摩天楼を臨む町中、あるいは郊外に住む労働者たちのスケッチ。ニューヨーカーのスタッフライターで、同誌の最も優れたライターの一人と言われた著者の作品集。
 収録されている作品の初出を見ると、1940年代から50年代。しかし、全く古さを感じさせず、生き生きとしたタッチで描かれており未だ新鮮。恥ずかしながら著者のことは全く知らなかったのだが、こんな素敵な書き手がいたのか!とこれまた新鮮な気持ちになった。面白い出来事があったから書いた、というよりも、面白い人、興味深い人がいたからその人のことを書いた、という趣。登場する人たちの語り口がとても魅力的だ。特別にドラマティックなエピソードで盛り上げるわけではなく、また著者自身の見解や、書いている対象に対する強い思い入れ等も文面には殆ど出さない。しかし大変面白い。こういう面白さは、一見地味なんだけどなかなかやろうとすると難しいのでは。魚市場や牡蠣が養殖されていた海底(牡蠣が養殖されていたと初めて知った!海がきれいだったんだな・・・。ご多分に漏れず排水による汚染で牡蠣は取れなくなったんだとか)、またネズミがはびこるビルなど、大都市ニューヨークの華やかとは言い難い部分を好んで取り上げているが、どこ・誰に対しても著者の視点がフラットで、そこにあるもの、生きる人に等しく価値があるという姿勢が感じられる。

港の底 (ジョゼフ・ミッチェル作品集)
ジョゼフ ミッチェル
柏書房
2017-11-01


『未来のミライ』

 4歳のくんちゃん(上白石萌歌)は、生まれたばかりの妹に両親の関心を奪われ、ご機嫌斜め。ふてくされて小さな木の植わった中庭に出るたび、不思議な世界に迷い込む。そんな彼の前に、10代の少女が現れる。彼女は成長した妹・ミライ(黒木華)だった。原作・脚本・監督は細田守。
 『バケモノの子』があれもこれもやろうとして収集つかなくなっていたのをふまえたのか、今回は一つの家族とその家の子供に焦点を当て、おそらくあえて家庭の外の世界は描かない。くんちゃんは幼稚園に通っているのでおそらく幼稚園での友達はいるはずだし(○○君のおうちで遊ばないの?みたいなセリフは出てくるので)、ご近所さんもいるだろうし、親にとっても保護者同士の繋がりや仕事上の繋がりもあるだろう。そういうものはほぼ排除された、かなりクローズドな世界観だ。児童文学的な(中川李枝子『いやいやえん』を思い出した)雰囲気で、実際、くんちゃんが中庭に出るとすっとファンタジーの世界に移行していく流れには、これが子供視点の世界かもしれないなと思わせるものがあった。唐突と見る人もいるかもしれないが、子供の世界ってこのくらい躊躇なくあちら側とこちら側を行き来するものじゃないかなと。
 とは言え、作品としては今回もいびつさが否めない。くんちゃんと両親、ミライちゃんの関係を横糸に、縦糸として母親の子供時代、そして曾祖父の青年時代という、家族の歴史が織り込まれるのだが、この縦糸があまり機能していないように思う。未来のミライちゃんが登場する意義もあまり感じない。そもそも4歳児に一族の歴史を意識させようというのはなかなか無理があると思う。子供であればあるほど、「今ここ」に意識は集中するだろう。
 また、くんちゃんがある危機に陥った際、自分が「ミライちゃんのお兄ちゃん」であることが「正解」とされる。確かに「正解」は「正解」なのだが、これをもってアイデンティティとされるのはちょっと違うんじゃないかなと違和感を感じた。肉親との関係性だけによって個人が成立するわけではないだろう。4歳児であるくんちゃんの世界は両親と妹で構成される小さなものかもしれないが、電車が好きなくんちゃんや自転車に乗れるようになったくんちゃんという側面も大きいわけだし。
 毎回異なる一定層の地雷をぶちぬいていくことに定評がある細田監督だが、今回も間違いなく一定層の地雷に触れていると思う。相変わらずコンテ、作画のクオリティは素晴らしい(幼児の動きの表現にはフェティッシュさすら感じる)のでアンバランスさが悩ましい。ストーリー、脚本は自分でやらない方がいいんじゃないかな・・・。監督として職人的なスタンスに徹した方がバランスのいい作品に仕上がりそう。当人は作家性を出していきたいんだと思うけど、そんなに作家性の高い作風じゃないと思うんだよな・・・。
 なお、これも相変わらずだが女性の造形はいまひとつだけど男性の趣味はいいよな(笑)。モブ美少年にしろひいおじいちゃんにしろ無駄にクオリティ高い!ひいおじいちゃんなんてキャラクターデザインがイケメンかつ中の人もイケメンでずるすぎだろうが!




『砕かれた少女』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 高級住宅地にある邸宅で、少女の遺体が帰宅した母親によって発見された。母親はその場にいた血まみれの少年と鉢合わせし、乱闘の末、彼を刺殺してしまう。捜査担当になったジョージア州捜査局特別捜査官のウィル・トレントは少女の父親・ポールと面識があった。遺体を見たポールはこれは娘のエマではないと断言する。遺体は誰なのか、そしてエマはどこにいるのか。ウィルは地元の警官フェイスと組んで捜査を開始する。
 凄惨、かつタイムリミットが刻一刻と迫るタイプの事件で緊張感は強い。その割には話があっちに行ったりこっちに行ったりする印象があり(犯行を複雑にしすぎな気が・・・)、いよいよ終盤というところでちょっと集中力が途切れてしまった。各登場人物の造形に膨らみ・背景があり、行動原理に不自然さがないのだが、その造形の膨らませ方が仇になっている気もする。ディスクレイシア(読字障害)を抱えているウィルには虐待を受けていた過去もあり、本作の事件の背景にあるような事象は、単なる事件の背景以上の意味合いを持ってくる。彼には婚約者や仕事のパートナーもいるが、彼の背景・過去について分かち合えるわけではなく(当人もそれを望まず)孤独であるように見える。その孤独さが事件の解明につながってくるというのが皮肉だ。

砕かれた少女 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2017-04-25


罪人のカルマ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-06-16


『カメラを止めるな!』

 映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影をしている。そこに本物のゾンビが襲来。監督の日暮隆之(濱津隆之)は大喜びで撮影を強行するが、スタッフは次々にゾンビ化していく。監督・脚本は上田慎一郎。映画専門学校ENBUゼミナールのワークショップ、「シネマプロジェクト」第7弾として製作された作品。
 いかにも低予算、自主制作風の画質の悪い映像で始まり、これこの先どうなるんだろうなー大丈夫かなーと思っていたら、後半戦がすごかった。ゾンビ映画であってゾンビ映画ではない!ネタバレを避けようと思うと非常に表現しにくいのだが、前半戦/後半戦構成で、前半戦の解説が後半戦で行われると言えばいいのか。あの時のタイミングの不自然さ、意図がわからない演出などには、そういう理由があったのか!と唸り、爆笑した。解説として納得できるということは、脚本が良くできていて伏線に齟齬が少ないということだろう。前半のみだとさほど面白くない(30分以上の長回しという驚異的なことをやっているのだが、映画ファン以外にはあまりフックにならないよな・・・)というのが難点なのだが、これが後半への振りになっているので、ちょっと退屈だなと思っても、なんとか持ちこたえてほしい。パズル的な面白さがあり、内田けんじ監督の『運命じゃない人』あたりが好きな人ならはまるんじゃないだろうか。逆に、こういう「答え合わせ」的演出は野暮だという人には今一つ届かない気がする。
 後半の面白さは「答え合わせ」だけでなく、映画に限らず何かを製作する時の苦しみと喜び、そして父親の悲哀がよく描かれている所にもある。勝手なクライアント、無責任なプロデューサー、無駄にプライドの高い俳優やちゃっかりとしたアイドルなど、少々カリカチュアしすぎなきらいはあるが、「仕事」として監督業をこなす日暮が振り回されていく様はおかしくも哀しい。そんな「速い、安い、ほどほど」で作家性など皆無な日暮だが、いつもの雇われ仕事だったはずだが、ある瞬間からスイッチが入って、その範疇を越えていく様にカタルシスがある。また、彼が仕事を受けた動機は姑息といえば姑息なのだが、父親が成人した娘にいい恰好出来るのってこれくらいかもなぁと苦笑いをしてしまう。だからこそ、彼と娘が同じ方向を見て走り出すことに泣けるのだ。
 自主制作や不出来なアート系作品にありがちな内輪ノリや自己満足的な演出があまりなく、普段映画をあまり見ない人が見ても面白いように作っているのも良い。基本自主制作なので、予算故のビジュアルのチープさは否めないが、チープでも作品としてチープに見えないように工夫されていると思う。自主制作ということを言い訳にしない志の高さ(公開されてからの監督を始めスタッフ一同の営業努力も凄まじいし、ちゃんと黒字にしようという意思が感じられる)。

運命じゃない人 [DVD]
中村靖日
エイベックス・ピクチャーズ
2006-01-27


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