3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『1000の小説とバックベアード』

佐藤友哉著 
依頼者個人の為に小説を書く「片説化」だった「僕」は、27歳の誕生日に首になった。そして「僕」の前に、自分の為に片説を書いてほしいという女性が現れる・・・。うーん、微妙に時期を越したような・・・微妙だなぁ。「小説を書く覚悟」というのも今更な感がある。それを書けてしまうのが若さというやつなのかしら。選ばれなかった人の話の方が読みたかったなぁ。とりあえず、言葉遊びみたいなのはもうやらなくていいと思う。

『見えざる報復者』

アイリーン・ドライアー著、猪俣美江子訳
 スワットの医療隊員マギーは、立てこもり事件を起こしたホームレスを逮捕する。しかし彼は謎のメッセージを残して彼女の眼の前で変死した。不審に思ったマギーは密かに調査を開始する。どうやら何者かが、救命センターに運び込まれた犯罪者に私的制裁を加えているらしい。警察も病院も信用できなくなったマギーにも危険が迫る。主人公が追い詰められていく過程はスリリングではあるが、犯罪に無理がありすぎ。なんてハイリスクローリターンなんだ!そういうことやるんだったらもっとこう~、国家レベルでないと盛り上がらないよ!犯人のお山の大将っぷりがしょっぱい。殺し損としか思えません。

『それはまた別の話』

三谷幸喜・和田誠著
 無類の映画好き2人による対談集。各章ごとに1本の映画を取り上げて語り合っているのだが、実に面白い。和田の博識ぶりもすごいのだが、三谷の脚本家としての視点には、映画ファンとして映画を見ているだけでは気づかない面も気づかされ、なるほど!と。やっぱり「どう作っているか」に意識がいくものなのね。しかし、三谷幸喜はやっぱりちょっと変わった人だと思います。『トイ・ストーリー』の章で、おもちゃはじぶんがおもちゃであることをどの程度認識しているのかという設定にやたらとこだわる所とか、細かいんですよ(笑)。取り上げられた作品の中で、私が実際に見たことがある映画は半分足らずだったが、見たことなくても面白かった。電車内で読んでいたら乗り過ごしそうになった。

『ホリデイ』

 ロサンゼルスに住むアマンダ(キャメロン・ディアス)は失恋による傷心を癒そうと、旅行を思い立つ。同じく失恋したばかりのロンドン郊外に住むアイリス(ケイト・ウィンスレット)がネットにホームエクスジェンジ(一定期間お互いの家を取り替える)の広告を見つけ、2週間お互いの家を貸しあうことに。
 傷心抱えて見知らぬ土地へやってきたら素敵な男性(少なくともキャメロンサイドはそういう話だ)と偶然知り合って、という典型的ラブロマンスな展開だが、味付けに工夫があったという印象。なかなか楽しかった。監督は手堅い恋愛映画を撮るナンシー・メイヤーズ。今回もきっちり抑えてますよ感満載だ。この手の映画はウキウキ楽しめる人とイライラしっぱなしの人と見る人が2分されそうではあるが。私も前半のキャメロン・ディアスのテンションの高さには少々イライラさせられた。も、もうちょっと落ち着いてもいいと思うの・・・。
 この映画の目玉は、おそらくキャメロン・ディアスとジュード・ロウの美男美女カップルなのだろう。アマンダが一人で時間をもてあましていると、酔っ払ったアイリスの兄・グラハム(ジュード・ロウ)が押しかけてくる。夜中にイケメンがやってくるってどんなギャルゲ(いやギャルじゃないけど)ですかそれは!でも美しい景色にかわいいお部屋に美形なジュード・ロウ。大変目の保養にはなる。あー見た目がいいって素晴らしいよな。
 しかし物語としては、ケイト・ウィンスレット&ジャック・ブラック組のエピソードの方が格段にぐっときました。アマンダとグラハムが初対面でセックスしてしまうのに対し、アイリスとマイルズ(ジャック・ブラック)の間にはいわゆる男女の関係はなかなか生じない。そもそもマイルズには、惚れ込んでいる女優の彼女がいる。アマンダも元カレへの未練がある。しかしお互いを思いやる中で、徐々に接近していくのだ。アマンダが新しい恋をして立ち直っていくのに対し、アイリスは近所に住む元脚本家の老人(とその仲間)やマイルズとの交流、緩やかな関係の中で立ち直っていくというのが対照的で面白い。マイルズの優しさというのが、また染みるのよ。ハリウッド映画でアイリスのような、「待ち」体質の女性、いわゆる古風な女性が主役というのは、最近では珍しいように思う。アグレッシブになれない身としては妙に親近感を感じた。ケイト・ウィンスレットが演じているというのも勝因だと思う。彼女にはキャメロン・ディアスのようなスターっぽさは薄いかもしれないが、生身の女性としての存在感がある。
 ラブコメの定型ではあるのだが、それぞれ深入りを躊躇する大人の事情があるという、(わずかとは言え)ほろ苦さが効いていた。ハッピーエンドではあるが、超遠距離恋愛を果たして続けられるのかという不安要素が残る。それでも後味がいいのは、不安要素満載ではあるが、それでも一歩踏み出してみようと彼女・彼らが決断するからだろう。
 さて、私はジャック・ブラック好きなのですが、本作では映画のカラー上、ジャック・ブラック節は抑え目。きちんと役割を果たしますよ、という大人な態度が見られた。しかしちゃんと歌うし演奏するし(映画作曲家の役なので)、持ち味は出ていたと思う。レンタルビデオ店でのサントラ披露が楽しい(このシーンはサプライズゲストがいてびっくりしました)。一緒に歌いたい!私、ジュード・ロウよりもジャック・ブラックに訪問して頂きたいです。
 映画の舞台の半分がロサンゼルスなので、映画がらみのネタが多い。アマンダの職業は予告編制作者(あんなに儲かるものなのでしょうか)。職業病なのか、自分が陥った状況を脳内で予告編化する癖がある。ギャグとしてはちょっと寒かったけど・・・。また、アイリスが仲良くなる元・脚本家の老人が、彼女に「見るべき作品リスト」をくれたりする。古き良き時代のハリウッドに対する敬意(ちょっと押しつけがましくはあるが)もこめられた作品だった。ま、実際に「見るべき作品リスト」なんてもらったら、イラっとしそうですけど(笑)。

『デジャヴ』


 2006年2月28日、海軍水兵らを乗せたフェリーがニューオリンズ港で大爆発を起こした。ATF(アルコール・タバコ・火気局)捜査官ダグ(デンゼル・ワシントン)も捜査に当たり、爆破はテロによるものだったと判明する。更に現場付近で火傷を負った女性の遺体も発見される。ダグはその女性にデジャヴを感じ、彼女が捜査の糸口になるのではと考えるが。
 うーん、ネタバレにならないように感想書くのが難しい映画だ・・・。でもなるべくネタバレは避けます。もしバレてたらごめんなさい。
 この映画の一つのポイントは、「4日と6時間前の過去の映像を再現できる装置がある」という所にある。過去を見られるなら、テロの現場を再生すれば一発で犯人がわかるじゃない!と思うのだが、事件から4日と6時間が経過しないと事件当時の影像は再現できないということでもある。4日もあれば犯人はとっくにどこかに逃げてしまっているはず、というわけだ。そこで、過去の影像を事件発生前から順繰りに再現し、怪しそうな人物をチェックしようというわけ。しかしシステム上の問題で巻き戻しは出来ないし(録画は出来るらしい)指定エリア外の影像は見られない。スタッフの数も限られているから全てを観察することもできない。いかにピンポイントに問題が起きそうな場所を絞り込むか、という点が重要で、部外の人間であったダンをストーリーに引き入れる理由付け(熟練した捜査官が必要)にもなっている。超ハイテクを使っているものの、裏づけするには実際に現場に行って調査しなければならないという所で、荒唐無稽な設定とのバランスが取れていたと思う。SF部分とリアルなサスペンス部分との兼ね合いが上手くいっていたと思う。
 「過去の影像を見て犯人を推理する」という展開を膨らませただけでも、ミステリ映画として成立しそうな気がしたが、それだけではやはりハリウッド大作としては地味なのだろう。だからなのか、途中で大きな展開がある。これには正直驚いた。えー本当にやっちゃうの?!映画のジャンル変わっちゃいそうだけどいいの?!と(そしてこの「展開」シーンのデンゼル・ワシントンの恰好が妙に滑稽。だってあんな恰好であんな場所にさー。シリアスなシーンなのに・・・)。この展開以降は、ストーリーの進め方が少々力技なのでは?と思う所もあったが、同時に流れがより速くなってぐいぐい引き込まれた。体感速度が速い速い。犯人は割と早い段階で明かされるのだが、それがストーリー上それほど重要ではないという所も面白い。でも、この展開だったら「デジャヴ」は起こらない気がするんだけど。こういうのには詳しくないのでよくわからないのだが、どうなのかしら。
 監督はトニー・スコットなのだが、手馴れた職人が作った娯楽作品という感が。単純にあー面白かった!とすっきりさせてくれる所がいい。余韻残らないので本当は感想書く気にもあまりならないのだが、そこがいいところ。プロデューサーは派手映画大好きなジェリー・ブラッカイマー。今回は彼のプロデュース作としては大人し目だが、カーチェイスと爆破シーンには必要以上に気合が入っていて見ごたえあり。本当に火気が好きなのね。ちなみにこの映画、ニューオリンズに捧げられている。映画内に、タイフーン後であろうニューオリンズの情景が出てくるが、傷跡が生々しい。

『蟲師』


漆原由紀のマンガを、これが実写映画初監督となる大友克洋が監督した作品。「蟲(むし)」と呼ばれる目に見えない存在が奇妙な現象を起こしていた、100年くらい前の日本。そこにはまた、蟲を見、封じることができる「蟲師」と呼ばれる人々がいた。蟲師のギンコ(オダギリジョー)もまた、諸国を旅していた。
 私は映画のストーリーや設定の細部のつじつまは、そんなに気にしない方だ。トータルでいい雰囲気があって、ストーリーを追っていてつまずかない程度に整合性があれば、まあいいかなぁという気になる。が、本作の場合、蟲がどういう存在であるか、最初にがっちり説明してしまった方がよかったように思う。原作を読んでいる人には説明の必要はないだろうが、映画で初めてこの世界に触れる人には、蟲が妖怪なのかある種の生物なのか、いまひとつわからないのでは。終盤のギンコとトコヤミのエピソードも、少々消化不足(蟲がそのように処理できるものなのかよくわからない)という印象を受けた。私自身は、原作を読んだ限りでは、蟲はある種の動植物のような存在と解釈していたのだが、映画だと、もうちょっと精霊とか妖怪とかに近い雰囲気になっているように思う。
 原作のいくつかのエピソードを組み合わせてあるのだが、1本の映画として見るとちょっとちぐはぐで、あっちに行ったりこっちに行ったり、ごつごつした感じだ。連続ドラマをシャッフルして2時間強にしたような印象を受けた。過去現在を織り交ぜたのも、あまり効果的だったとは思えない。もうちょっとエピソードが整理されているとよかったのに・・・。体感時間が妙に長くて思わず眠くなる。
 ただ、映像そのものはかなりいい。原作の蟲の、形態がなんともはっきりしないイメージを再現しているVFXはもちろんだが、ロケ地の良さに相当助けられていると思う。日本の森林や里山の美しさを堪能できる。大友監督は、やはり映像に特化した監督なのかしら。前作『ロケットボーイ』でも、絵は魅力的だったのにトータルでは何だかな、という印象だった。今回はキャストもまずまずだっただけに、脚本さえもうちょっとしっかりしていたらと思うと惜しい。長編映画には不向きな原作だったか。TVシリーズ(アニメーション)が秀作だっただけに、色々勿体無かった。

『秒速5センチメートル』


 引越しの為、小学校卒業と同時に離れ離れになった遠野貴樹と篠原明里。中学生になった2人が再会しようとする『桜花抄』、高校生になった貴樹を、彼に片思いする女の子の視点で追う『コスモナウト』、大人になった彼らが登場する『秒速5センチメートル』の3編から成る連作アニメーション作品。自主制作アニメ『ほしのこえ』で一躍有名になった新海誠監督の新作。今回は個人製作ではないにしろ、ごく少人数の個人スタジオ的な体制の制作だったそうだ。
 新海誠といえば風景と細部のディティールの美しさである。町並み、電車、デスク周りの文具や本、そして逆光である。お前どんだけ逆光好きなんですか!というくらい全編逆光まみれである。まぶしいぜ。しかしそれ以外に何か記憶に残るものがない。美しい風景の映像にモノローグを載せただけで映画になるのかというと、ちょっと違うと思う。しかもモノローグがえらく恥ずかしい。おいおいどうしちゃったんだよ・・・と思わず白目をむきたくなりました。若人がちょっと上手いこと言ってやろうとしてスベっちゃったような恥ずかしさです。立派な大人になってから堂々とこれをやれるというのは、ある意味度胸があると思う。
 描かれる風景やマテリアルは緻密かつリアリティのある(風景はちょっと美しすぎるが)ものなのだが、キャラクターが口にする言葉に全くリアリティがないという、不思議なちぐはぐさがあった。これは監督の1作目からずっとそうなのだが、雰囲気先行で、設定のつじつまとかシナリオの出来不出来とかはあまり考慮されていないように思う。ともかく、何を思ってこれを作っちゃったのかよくわからない作品だった。
 さらに、アニメーションのキャラクターを動かすことにはあまり興味がないのではという印象を受けた。キャラクターの演技が正直下手なのはともかく、プロポーションがコロコロ変わるの(デフォルメとかではなく、単にデッサンが狂っているものと思われる)は問題では。キャラクターのデザインも、よく言えば癖がない、悪く言えば個性がない。風景やディティールを描くのが本当に好きなんだなーというのはよくわかるが、映画としては少々厳しい。これで「映画ですよ」と言ったら真っ当に映画監督や脚本家を目指している人が怒りそうだなぁ(苦笑)。映画というよりはPVのような趣が。

『フランシスコの2人の息子』


 実在の音楽デュオであり、ブラジルの国民的スターであるゼゼ・カマルゴ&ルシアーノと、その家族をモデルにした映画。ブラジルでの観客動員数は『セントラルステーション』『シティ・オブ・ゴッド』を抜き、国内の映画興行成績No1に輝いたそうだ。映画終盤に実際に開催されたたゼゼ・カマルゴ&ルシアーノのコンサートの様子が挿入されるのだが、観客の盛り上がり方がすごすぎる。何故このおっさん2人にそんなに!と思うような熱狂振り。そりゃあ映画にもなるわ。
 小作農家のフランシスコは、妻と7人の子供と暮らしている。彼は大の音楽好きで、息子をミュージシャンにするのが夢。さっそく長男ミロスマルにハーモニカとアコーディオン、次男エミヴァウにギターを買い与え、2人の腕前はめきめきと上達する。しかし地代が払えなくなり一家は都会へ出ることを決意。ミロスマルは何とか家計を助けようと、弟と一緒にバスステーションで歌い始める。
 ミロスマルとエミヴァウが成長していく過程、そして突然訪れる悲劇、ゼゼ・カマルゴ&ルシアーノ誕生までを追った、大河ドラマ的な作品。物語としてはちょっとストレートすぎて起伏に欠けるのだが、実話だって言うししょうがないかな...。ただ、子供時代のエピソードの方がよく練れているので、成長してからの話はもうちょっと割愛してもよかったのでは。父親が息子を売る為にする行動等はなかなか笑えるのだが、それ以外の所はちょっと月並みだった。退屈ではないのだが、もっと短く出来たように思う。
 息子たちの物語であると同時に、父親の物語でもある。むしろ、父親が真の主役だと言ってもいい。この父親は息子の才能を疑わず、お金のない中で何とか彼らの才能を伸ばそうと尽力する。周囲からはバカにされるのだが(大事な家畜を売ってアコーディオンを買ったりするので)、意に介さない。本当に才能があったからいいけど、モノにならなかったら目も当てられない...しかしそれでも応援するのが親の愛なのでしょうか。結果オーライとは言え何か複雑な気分になる。子供の方も、プレッシャーにならなかったのかな...。
 ちなみに最後のコンサート映像(実際のコンサートのもの)に父親も登場する。父親役の俳優がちょっとハンサムだなと思っていたのだが、実際のお父さんも結構かっこよかった。誇張じゃなかったのね(笑)。
 音楽を大事にしている映画なのだが、エンドロール後にも曲が延々と続くのにはちょっと閉口した。ブラジルでは、これが許されるくらい愛されているということなのだろうが。

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