3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』

エイドリアン・マキンティ著、武藤陽生訳
 フォークランド紛争の余波で、さらなる治安の悪化が懸念される北アイルランド。スーツケース入った切断された死体が発見される。捜査を開始したショーン警部補は、スーツケースの持ち主だった軍人も何者かに殺害されたことを突き止める。当時の捜査ではテロの犠牲になったと考えられていたが、ショーンは現場の状況に不自然さを感じる。
 『コールド・コールド・グラウンド』に続くシリーズ第二弾。最初に派手な死体が登場、手掛かりも人員も時間も乏しいなか中盤すぎるまでショーンたち捜査陣が右往左往し、後半急展開するというパターンは著者の手くせなのか。面白いけど、あまり細部まで詰めて書くタイプの作家じゃない気がする(笑)。今回とうとうショーンは独断でアメリカでの捜査に踏み切るが、彼の責任感や正義感を屁とも思わない強固な背景が立ち現れる。この歯牙にもかけられない感じ、大国にとってのアイルランドの存在とダブるようで、ショーンの悔しさと諦めが苦い。またテロが常態化している地域で警官を続けることのプレッシャーと無力感も前作よりもより強くにじみ、ある悲劇が辛い。原因はそれだけではないだろうにしろ、もう耐えられなくなっちゃうんだろうな・・・。なお今回も時代背景を色濃く感じさせる音楽や映画等サブカルチャー情報の入れ方が楽しい。ショーンの音楽や読書の趣味がよくわかる。ショーン、前作でも披露されていたけど文学の素養が相当ある人だよね。カソリックだということを差し引いても警察内では異色なんだろうな。

『月の文学館 月の人の一人とならむ』

和田博文編
 『星の文学館』と対になるちくま文庫のアンソロジー。『星の~』はこんな人も?!という幅の広さが楽しいアンソロジーだったが、本著はプロ作家率が高い。そして案の定どちらのアンソロジーにも収録されている稲垣足穂。月や星といったらやはりこの人というイメージが固定されてしまっている気がする。でもやっぱり外せないよなぁ。月の方が文学のモチーフとして幅広く使われそうだしイメージがわきそうなのだが、不思議なことに文豪の作品であってもあまりぱっとしない。この人こんなにぼんやりした作品も書いていたのかと逆に意外だった。正岡子規が収録作『句合の月』で月を題材にした句を読もうとうんうん悩むように、月にまつわるイメージははっきりしているようで幅が広すぎ掴まえ所がない、それで逆に平凡な所に落ち着いてしまいがちなのかもしれない。それでも編者の素養の豊かさが感じられる良いアンソロジー。個人的には草野心平『月の出と蛙』、多和田葉子『鏡像』、千家元麿『月』が気に入った。

月の文学館 (ちくま文庫)

筑摩書房
2018-07-06






『マイ・プレシャス・リスト』

 マンハッタンで一人暮らし中のキャリー(ベル・パウリー)はIQ185、ハーバード大学を飛び級で卒業した天才だが、仕事も友人もなくほぼ引きこもり生活をしていた。セラピストのペトロフ(ネイサン・レイン)はキャリーに6つの課題を記したリストを私、それをクリアしろと言う。キャリーは不承不承リストをこなそうとするが。監督はスーザン・ジョンソン。
 予告編や宣伝ではキャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」(どちらも私は好きではない言葉だが)と称されているが、本編を見ると大分的外れに思えた。邦題も(そもそも邦題なら日本語題名にすればいいと思うのだが・・・)いまひとつ。リストはそれほど大きな要素ではない。原題は主人公のフルネームである『Carrie Pilby』。キャリーという人、彼女の人生の話なのだ。
 キャリーは「ダメ女」「拗らせ女子」とはちょっと違うように思う。彼女は飛び級で大学に進学し卒業しているので、現在19歳。周囲の大卒が23,4歳なのに対し、まだ子供と言ってもいい年齢だ。彼女は非常に頭がよく読書家で博識だが、精神的、社会的に十分大人かというとそういうわけではない。にもかかわらず「大卒」ということで人生経験20年越えの人たちと同じような扱いをされ、そういう振る舞いを要求される。彼女のぎこちなさや対人関係における壁は、実年齢と社会的に置かれたポジションとのギャップからくるものではないかと思う。単に経験がまだ十分ではないのだ。
 また同時に、彼女は大学で非常に傷つく体験をし、トラウマのようにその記憶が蘇るのだということが徐々にわかってくる。彼女の少々突飛にも見える言動のうちのいくつかは、この傷ついた体験からくるものだ。この体験の相手は、登場して開口一番、あっこいつはクソ野郎だぞ!という気配を漂わせるのだが期待を裏切らないクソぶり。知能が高く同年代と話が合わないキャリーは、一人前の大人扱いされることに満足を得る。しかしそれは、大人扱いされるべきではない、年齢相応として扱われるべき場面でも大人扱いされることにもなりうるということで、若さ、未熟さに付け込まれるということでもある。飛び級出来る位才能があるというのは素晴らしいことだが、落とし穴的側面もあるのだ。頭脳の成熟度と精神の成熟度はまた別物だろう。キャリーの父親も、そのあたりを見落として彼女との関係がぎこちなくなってしまう。
 作中、キャリーは何人架の人から「大人になれ」と言われる。その時に指す「大人」とは、物事を荒立てない、つべこべ理屈っぽく言わない、要するにその発言者にとって都合のいい「大人」だ。それは真の大人とは違うだろう。おかしいと思ったことはおかしいと言えばいいし、困っているなら困っていると言えばいい。そういう変な「大人」を押し付けられるくらいなら、大人になどならなくて結構だろう。そもそもキャリーはまだ19歳なんだから、自分のペースで大人になればいいのだ。

マイ・プレシャス・リスト (ハーパーBOOKS)
カレン リスナー
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-10-17


gifted/ギフテッド 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]
クリス・エヴァンス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-06-02


『ファイティン!』

 子供の頃に韓国からアメリカへ養子に出されたマーク(マ・ドンソク)はアームレスリングチャンピオンを目指したものの八百長疑惑を掛けられ、今はクラブの用心棒に。自称スポーツエージェントのジンギ(クォン・ユル)の口車に乗せられ、祖国に戻ってアーレスリングに再び挑むことになった。実母の家を訪ねると、初めて存在を知った妹スジン(ハン・イェリ)と子供たちが住んでいた。一方、ジンギはスポーツ賭博を仕切るチャンス社長にマークのスポンサーになってほしいと頼むが、八百長への加担を迫られる。監督・脚本はキム・ヨンワン。
 どストレートでひねりのない話なのだが、王道だからこその面白さがあった。感動は大いにあるが湿っぽくならず、基本的にカラリとしているのもいい。マ・ドンソクの魅力が存分に発揮されており、彼が演じるマークの、見た目はいかついが生真面目で心優しい所、口下手で不器用な所がとてもチャーミング。老若男女、家族連れでも楽しめる作品だと思う。
 ストーリーはさくさくと進みコンパクトな構成。序盤、あっという間に韓国へ舞台が移るし、マークとジンギがどういう経緯で兄弟分になったのか、マークはどういう人生を送ってきたのか(養父母について殆ど言及されない)等は具体的には殆ど説明されない。割愛してかまわないところはざっくり割愛しており、テンポの良さが重視されているように思った。割愛されたことで物足りなさを感じることもない。ちょっとしたやりとりや表情で、彼らの関係や過去は何となく想像できる。過不足のない見せ方になっていると思う。
 マークは自分は母親に見放された、不要な存在だったのではないかという気持ちを拭えずにいる。彼がなかなか実家を訪ねられないのには、そういった躊躇があるのだ。またジンギは実父に対して複雑な思いがあるし、シングルマザーであるスジンは子供たちを愛しているものの時々逃げ出したくなると漏らす。皆、家族という形について何かしら不安を持っていたり、わだかまりを抱えていたりする。そんな人達が助け合うようになり、徐々に家族のような絆を築いていく。マークがアームレスリング選手として再起を賭けるスポ根物語であると同時に、家族を失った彼(ら)が再び家族を得る、ファミリードラマとしての側面もある。2本の軸が相互に機能して物語を進行していく、手堅いストーリーテリングだった。血縁を超えた家族的共同体というモチーフは、近年色々な国の映画で見かけられるようになったが、世界的な流れなのだろうか。
 アームレスリングというぱっと見てわかりやすい、見た目がシンプルな競技を選んだのは正解だったと思う。前述した余計な説明はしないという本作の見せ方の方針に合っている。盛り上がりも強さの度合いも、見ていればとりあえずわかるところがいい。競技説明にかける時間を省略できるのだ。

犯罪都市 [Blu-ray]
マ・ドンソク
Happinet
2018-10-02


リアル・スティール [DVD]
ヒュー・ジャックマン
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2013-04-17



『アンダー・ザ・シルバーレイク』

 ロサンゼルスのシルバーレイクに住むサム(アンドリュー・ガーフィールド)は、目下仕事はしておらず家賃は5か月滞納中で、退去を迫られている。近所に住むサラ(ライリー・キーオ)に恋するが、彼女は愛犬と共に突然失踪。サラの行方を探すうち、サムは街の闇に潜む陰謀と秘密に巻き込まれていく。監督はデビッド・ロバート・ミッチェル。
 ロサンゼルスと言えばハリウッド、というわけでシルバーレイクにもハリウッドを目指す俳優やモデルの卵、アーティストたちが暮らしている。しかしサムの生活にその華やかさはない。サムも映画やゲーム好きだが、現在はうだつが上がらず時間を持て余している。華やかなものの周辺でうろうろとし、たまに恩恵を被っているという感じ。彼が何をやりたいのか、ずっとよくわからないままだった。彼のたゆたうようなぬるま湯的生活はそれはそれで楽しそうなのだが(どうやって経済的に生活が成り立っているのか謎なんだけど・・・)、本人は決して満たされていないのだろう。その満たされなさが、彼を「謎」の解明へとのめり込ませていく。人間、暇を持て余しているとろくなことを考えないな。個人的に彼の満たされなさに全然ぴんとこないので、非常に冷めた目で見てしまった。同じところをぐるぐる回っている人をずっと見ていても、あまり面白くはないかな・・・。
 お気に入りのジン(同人誌)の作家が唱えるシルバーレイクの秘密と、サラの失踪とは彼の中で結びついていくのだが、傍から見ているとどうにも怪しい。彼は何もない所に無理矢理何かを見出しているように見えるのだ。何を見ても記号・暗号に思える、誰かが常に自分を監視しているのではないかという疑惑と、サラの失踪事件、ある富豪の焼死事件がだんだん渾然一体となっていく。それはサムの頭の中だけで起こっているのではないか?とするとどこからがサムの頭の中でどこからが外なのか?とは言っても、彼の妄想には世界を呑みこむほどの力はなく、ここから先は君は無関係だから、とばかりにばっさりと切られるあたりが残酷だ。
 サムのアパートのベランダから、向かいの部屋や中庭が見える構図はヒッチコックの『裏窓』を思い起こさせる。実際、彼の部屋にはこの作品のポスターが貼ってあった。彼の中では自分を取り巻く世界は映画、自分はその主人公という演出がされているのかもしれない。劇伴が往年のハリウッドのサスペンス映画を彷彿とさせる仰々しさなのも彼の脳内演出の一環か。自分の人生を無理矢理サスペンス映画風に解釈するとこういうふうになるのかな。等身大そのままの人生は、彼にとってつまらなすぎて耐えられないのだろう。
 それにしても、「最近仕事どう?」という会話、無職で何も持たない身には実にいやなものだろうなと思う。全く答えたくないし答えようがないよな。

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ジェームズ・スチュワート
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2013-05-10


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KADOKAWA / 角川書店
2017-09-29


『劇場版はいからさんが通る 後編 花の東京大ロマン』

 戦地で消息不明になった言い名づけの伊集院忍少尉(宮野真守)を探し、満州へと渡った花村紅緒(早見沙織)。現地で忍の部下だった鬼島森吾(中井和哉)と会うことが出来たが、忍の消息はわからないままだった。記憶した紅緒は、ロシアからの亡命貴族、サーシャ・ミハイロフとラリカ夫妻のことを知る。サーシャは忍にうり二つだった。ショックを受ける紅緒を、上司である編集長・青江冬星(櫻井孝宏)は支え続ける。原作は大和和紀の同名漫画。監督は城所聖明。
 前編と比べると作画に割けるリソースが大分少なくなっている印象で、現場のスケジュール感が垣間見えてしまいなかなか辛いものがある。正直、今、本作よりも作画が流暢だったり端正だったりする作品は、TVアニメであってもそこそこあるだろう。しかし、そこを差し引いてもちゃんと面白いところは流石。結構な長さの原作を濃縮しているので、駆け足もいい所で大分ダイジェスト版ぽくはなっているのだが、それでもなお基本的なドラマの面白さが失われていない。ドラマ映画である以上、お話が面白ければ作画がいまひとつでも一定の面白さは担保されるということか(脚本・コンテが基本的にちゃんとしているという面もあるだろうが)。原作漫画は本当に面白かったんだなーと改めて感心した。今見てもキャラクターの振る舞いが古びていない所がすごい。漫画記号的表現やギャグが更新されておらず当時のままなのは、仕方がないのだがちょっとスベっているなとは思ったが。
 原作を読んだ当時は特に意識しなかったが、改めて見ると紅緒は心身共に強いし迷いがない。ドジで色々やらかすという設定だが、行動力抜群だし場面によってはむしろ有能だろう。忍と出会ったことでポテンシャルが花開いたと言えるのだが、もし出会ってなくてもそれなりの活躍をしてしまいそうな気がする。そこを「出会ったからこそ」にするのが、女性にとって人生の選択肢がまだ少なかった(しかしもっと選択肢があるはずだと考える人たちが表面化してきた)大正という時代設定だったとわかる。前編を見た時も思ったが、紅緒と関わる男性たちは彼女の意思を個人として尊重しており、そこが見ていて安心できる。また、環との友情が長年にわたっている様はもうちょっとじっくり見たかった。本来はTVシリーズ4クールくらいで見てみたいんだけど・・・。
 なお、声優陣は非常に豪華、かつそれぞれがそれぞれの十八番的役柄で出演していてとても楽しい。忍のザ・宮野!感がすごかったし鬼島は定番の中井和哉すぎる。

劇場版はいからさんが通る 前編~紅緒、花の17歳~ 特装版 [Blu-ray]
早見沙織
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2018-04-25


『バーバラと心の巨人』

 海辺の町に住むバーバラ(マディソン・ウルフ)には、襲来する様々な巨人と闘う使命があるが、姉カレン(イモージェン・プーツ)もカウンセラーのモル先生(ゾーイ・サルダナ)も巨人の存在を信じない。イギリスからの転校生ソフィア(シドニー・ウェイド)と友達になるが、ソフィアは半信半疑ながらもバーバラの巨人の話を聞き、一緒に魔よけのまじないをする。そしてバーバラの前に、ついに巨人が現れる。原作はケン・ニイムラ&ジョー・ケリーのグラフィックノベル。ケリーは映画の脚本も担当している。監督はアナス・バルター。
 原作のダークさ、イタさは薄れ、児童文学的な雰囲気に寄っているように思った。ファンタジックな映像は美しいが、原作のような、バーバーラの現実とインナーワールドとのシームレスさはあまり感じない。実写だと現実とファンタジーがはっきり分けられてしまう傾向にある(観客側がぱっと見て判断してしまう)のはしょうがないかなとは思うが、『パンズ・ラビリンス』(ギレルモ・デル・トロ監督)等上手な作品もある。本作は地続き感の出し方がちょっと不器用な印象だった。
 バーバラが巨人と闘うのは、ある恐怖を避ける、恐怖を直視しなくてすむようにする行為でもある。巨人はある意味、彼女の世界を守っているとも言えるだろう。しかし巨人というファンタジーは、彼女の世界全てを守れるほどには強くはない。バーバラの周囲を侵食するほどの力にはなりえないのだ。このあたりがすごく現実的というか、地に足の着いた部分だと思う。残酷でもあるだろう。バーバラのファンタジーが救えるのは、彼女の心だけだ。
 カウンセラーのモル先生がバーバラとの距離を詰めようとすると、その都度何らかの邪魔が入って(不可抗力だったりバーバラの抵抗だったりするが)上手くいかない。またカレンも自分の仕事と家族の世話で手一杯で、妹の心配をしつつも、バーバラと深く関わる余裕がない。大人たちがバーバラの力になれないので、彼女の闘いはより孤独なように思えるが、そもそも彼女自身でしか折り合いを付けられない戦いでもあるということだろう。ただ、「その後」にはきっとカウンセラーや家族が支えになるであろう、大人たちの支援が必要なのはこの先だということが示唆される。

I KILL GIANTS (IKKI COMIX)
ケンニイムラ
小学館
2018-09-14


怪物はささやく [Blu-ray]
シガニー・ウィーバー
ギャガ
2018-01-13


『紳士と猟犬』

M・J・カーター著、高山真由美訳
 1837年、東インド会社はインドの大半を支配していた。読書好きの若き英国軍人ウィリアム・エイヴリーは、ジェレマイア・ブレイクという英国人に親書を届ける任務を命じられる。ブレイクはインドに精通し何か国語も操る有能な男だというが、東インド会社には反抗的で、隠遁生活を送る変人だと言う。ブレイクへの指令は、失踪した著名な詩人ゼイヴィア・マウントスチュアートの捜索。それにエイヴリーも同行することになった。大ファンであるマウントスチュアートの後を追う任務とは言え、現地に馴染んだブレイクの振舞いはエイブリーには理解できず、不満はつのるばかりだった。
 英国植民地下のインドが舞台だが、エイヴリーは現地の言葉は理解できないし文化にも無知で、インドに嫌気がさしこの国を見下している。野蛮な生活様式を英国文化で近代化できるのだから、英国が統治するのは妥当、むしろ良いことだというわけだ。これは当時の一般的な英国人の価値観で、エイヴリーが特に無知で愚かというわけではない(エイヴリーは決して頭のいい人ではないけど・・・)だろう。時代小説として、当時の植民地を巡る考え方、価値観が描かれている部分が(その嫌さを含め)面白い。自分たちの正しさを疑わないということは、どんな形であれちょっと恐ろしいのだ。その疑わなさをり
 エイヴリーとブレイクのバディシリーズ(日本では未翻訳だが続編がある)だが、本作ではまだバディとは言い難い。少々浅はかな若者であるエイヴリーの行動はブレイクをイラつかせ、インド文化を尊重するブレイクの言動はエイヴリーに不信感を持たせる。そんな状態が長いので、双方が少しずつ相手を認めていく様にはちょっとホロリとさせられた。またバディという面では、ブレイクとマウントスチュアートの「かつてのバディ」感を匂わせるやりとりにはニマニマしてしまう。続編が出たら読みたい。

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・J・カーター
早川書房
2017-03-09


ジャングル・ブック (新潮文庫)
ラドヤード キプリング
新潮社
2016-06-26


『エンジェル、見えない恋人』

 姿の見えない少年エンジェルは、ある日、森の中の大きな屋敷に住む盲目の少女マドレーヌと出会う。盲目故に、マドレーヌはエンジェルが透明であることに気付かず、普通の人間として接する。やがて心を通わせ合う2人だが、マドレーヌは姿を消す。やがて月日がたち、大人になったマドレーヌ(フルール・ジフリエ)が屋敷に戻ってきた。しかしマドレーヌは手術によって視力を取り戻しており、透明なエンジェルには気付かない。監督・脚本はハリー・クレフェン。
 エンジェルの母親(エリナ・レーヴェンソン)がある出来事で傷心しているらしく、更に子供を身ごもっているという所から物語が始まるのだが、映し出される出来事の背景の説明は殆どない。とは言え、エンジェルの母親は手品師のアシスタントをしていたが手品師が失踪、おそらくその手品師がエンジェルの父親だろうとなんとなくわかる。母親はどうやら病院に収容されており全く外出は出来ないらしいこと、他の人にはエンジェルの存在は秘密にされていることもわかってくる。しかしそういう状況なので、母親が精神を病んでおり、子供がいるという妄想を抱いているようにも思えてしまう。彼女の妄想が、全くの他人であるマドレーヌに伝染(マドレーヌの場合は子供ではなく友人/恋人なわけだが)しているようにも見える。多分作っている側としてはロマンティックなおとぎ話のつもりなのだろうが、どこか不穏に感じられた。
 不穏さのもう一つの原因は、フライヤーやポスターのイメージよりも格段にエロティックなことだろう。ほとんどシーンがエンジェルの主観によるものだが、母に対してもマドレーヌのクロースショットが多い。母やマドレーヌにとって、目に見えないエンジェルの姿を感じるには触れられる、体温が感じられる距離に近付くほかないので間近になるのだろうが、肌のきめの映し方や吐息の捉え方がどこか官能的。最近見た映画の中で、突出して乳首ショットが頻出するのには笑ってしまった。透明な赤ん坊であるエンジェルが母乳を吸うと乳首だけが動いているように見えるという、それ結構手間かかるんじゃないかと思うけどわざわざやる必要あります?!というフェティッシュを感じさせるショットも。裸のマドレーヌとエンジェルが抱き合うシーンでも同じようなショットがあった。何なんだろうこの拘りは・・・。
 エンジェル視点のショットが殆どなので、彼の欲望がそのまま可視化されているとも言える。特にマドレーヌが上半身裸で眠っているシーンや入浴しているシーンは、無防備な姿を覗き見しているようで(というかエンジェルはその存在を彼女に明かしていないので実質覗きなんだけど)危うい。真実を知ったマドレーヌがショックを受けるのは、エンジェルが透明だからというよりもこういった行為をされていた(可能性がある)ということに対してでは。

神様メール [DVD]
ピリ・グロワーヌ
KADOKAWA / 角川書店
2016-10-19


シェイプ・オブ・ウォーター オリジナル無修正版 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]
サリー・ホーキンス
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-06-02


『方丈記』

鴨長明著、蜂飼耳訳
 歌人として活躍したが50歳で和歌所から出奔した著者による随筆。本著が成立したのは58歳位のころと考えられている。
 日本語が日本語に翻訳されるというのは不思議な気がするが、古典新訳と言われるとそれもそうか。蜂飼による訳は意外とあっさりとしていて読みやすい。原典がそもそもあっさりとした描写なのだろう。訳文と原典、両方収録されている(『方丈記』って短かったんだな・・・)ので、読み比べることが出来て便利。訳者による解説、エッセイも面白い
 火災や飢饉、地震の記述が度々あり、天災が頻発する時代を生きた人だったことがわかる。災害時の建物の潰れ方とか人の死に方とか、意外と生々しい。賀茂川の川辺に死体があふれている様など、さらっと書かれているけど災害の深刻度がわかる。著者はこういった災害に関心があるというよりも、何であれ目の前で起こることを観察してしまう人だったように思った。波乱万丈な人生にも見えるが、文面からはどんな出来事も受けて流す、という感じの諦念が感じられる。加えて仕事の上でも運に恵まれず、不遇の人生だったと言う。天災と不運が合わさってそういった人生を受け入れる諦念の境地に、と読者としては受け取りがちだが、本当は色々執着や諦めきれなさがあったのではないかという訳者の見解が面白い。確かに、本当に諦念の境地にあったらわざわざ文章を残したりはしなさそうな気がする。


方丈記 (岩波文庫)
鴨 長明
岩波書店
1989-05-16


『きみの鳥はうたえる』

佐藤泰志著
 郊外の書店で働く「僕」は友人・澄夫と同居している。同僚の佐知子と「僕」が付き合うようになり、澄夫を交えて3人で夜通し遊び、飲み歩く日々はいつまでも続くように思えた。
 書き出しがすごくいい。ある時期の夏の感覚にぴったりとはまる。映画化作品(三宅唱監督)を見てから読んだが、映画はラストを大きく改変していたことがわかった。私は映画のラストの方が好きなのだが、原作小説(本作)の方が若者たちの切羽詰った感じや真摯さ故にぎりぎりのところまで行ってしまう余裕のなさは強く、より不器用な人たちの姿として描かれているように思う。時代背景の不自由さみたいなものを感じた。現代の方が自由というよりも、現代の方が
 「僕」と佐和子、澄夫の関係はいわゆる三角関係ということになるのだろうが、あまりそういう感じはしない。一つの「仲間」(というほど熱気はないしベタベタしていないが)としての配慮でお互いバランスを取っており、そこはかとない愛はあるが恋情はあまり感じないのだ。彼らはふらふらしているように見えるが、すごく真面目。真面目故にこのラストに辿りついてしまったようにも思う。

きみの鳥はうたえる (河出文庫)
佐藤 泰志
河出書房新社
2011-05-07


移動動物園 (小学館文庫)
佐藤 泰志
小学館
2011-04-06




『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

ケン・リュウ編、中原尚哉他訳
 巨大都市・北京は貧富の差により三層に分割されている。24時間ごとに世界が回転・交替し、建物は空間に折りたたまれるのだ。各層間の行き来は厳しく規制されているが、第三スペースに暮らす労働者・老刀(ラオ・ダオ)は第二スペースから第一スペースへ密かに届け物をするという仕事を請け負う。郝景芳による表題作を含む、7人の作家による13作品を収録したアンソロジー。ケン・リュウが選出・英訳した。
 中国SF、幅広いし奥深いな!俄然興味がわいてきました。収録されている作家のうち6人が1980年代生まれという若さなのだが、巻末に収録されたエッセイを読むと、「中国の」という独自性に囚われない若いSF読者・作家層が育ってきたことで一気にSFの土壌が豊かになった様子。収録作はハードSFから幻想譚寄りのものまで、バラエティに富んでいる。収録作は社会階層が固定化されたディストピアものとしての息苦しさを感じさせつつ、「折りたたみ都市」という奇想が鮮やか。同じディストピアものでも、オーウェル『1984』へのオマージュである馬伯庸『沈黙都市』はもっと救いがない。異界ファンタジー風で美しいが寂寥感漂う夏笳『百鬼夜行街』、一見王道SFかと見せかけ途中からバカミスならぬバカSFか?と思い始めた所、ある人物の血みどろの戦いでもあり、そういう面では中国戦国ドラマ感ある劉慈欣『円』も面白かった。


『イコライザー2』

 日中はタクシー運転手として働いているロバート・マッコール(デンゼル・ワシントン)は元CIAのエージェント。悪人を19秒で抹殺していく「イコライザー」としての裏の顔を持つ。ある日、CIA時代の元上官で親友のスーザン・プラマー(メリッサ・レオ)が何者かに殺される。マッコールは独自に捜査を始め、スーザンが追っていた任務の真相に迫るが、自身も何者かに襲われる。監督はアントワン・フークア。
 前作との直接的なつながりはないので、いきなり本作を見ても問題ないと思う。コンパクトにまとまっていた前作よりもマッコールが関わる事件のエリアは広がり、彼の行動範囲も広がる。前作でのクライマックスはクローズドな空間だったが、今回はオープンな空間で「外気」の存在感も強烈。彼の過去に関わる人物が複数登場し、マッコールと他者の関わりが増えることで、マッコール個人の世界も外に向かって開かれているように思う。その為、前作のような匿名性の高いヒーローとしての側面は薄れる。
 マッコールは自分に悪人を罰すること、正しいことをすることを課しているのだが、その正しさは彼の主観によるものだ。そういう意味では自分たちの都合で他人を殺す敵と同じ、というと言い過ぎだが何が違うのかという気もしてくる。マッコールは常に弱い者、不運なものの味方であり、無敵の仕置き人で、他の登場人物よりも上位で世界を俯瞰できる神のような存在(何しろ万能すぎる)なので、匿名性が高いキャラクターである方が納得がいく(彼の行動の倫理的根拠にもやもやしない)と思う。本作では一人の人間としてのマッコールという方向にキャラクターの見せ方の舵を切っているので、そこに違和感を感じる人もいるかもしれないが、これはこれで悪くはない。マッコールの正義は自分の中で完結しすぎている為に少々クレイジーに見えるのだが、彼の頑なさや正しいことをしなければならないという強迫観念めいて見えるものの根っこにあるものが垣間見える。
 マッコールの妻に関する記憶が語られるが、彼女についてだけではなく、死者を思い返すシーンがどれも良い(洋服にまつわるエピソードが2回あるがどちらもぐっときた)。マッコールの人生において彼女らがどのような存在だったのかよくわかる。また、マッコールが運転するタクシーの乗客たちの描写がどれも印象に残った。彼/彼女らのその後の人生はどんなだろうと気になる。特に「乗車した場所に戻って」と告げる男性のその後が知りたくなった。

イコライザー [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
デンゼル・ワシントン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-12-25


必殺仕事人2018 DVD
東山紀之
PONY CANNYON Inc(JDS) = DVD =
2018-06-20


『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』

 ニューヨークの富豪、グッゲンハイム家に生まれたペギー・グッゲンハイムは、伝統を重んじる社交界から逃れるため、20代でパリに単身渡、シュルレアリスムや抽象絵画と出会う。自由な芸術の世界で羽を伸ばしたペギーは、芸術家たちを支援し、画商としてギャラリーを開設。世界的な現代美術のコレクターとして、著名なパトロネスとして成長していく。彼女の肉声を含む、様々なインタビューから構成されたドキュメンタリー。
 新たに発見された本人へのインタビューと関係各所へのインタビュー、当時の映像等からペギーの人生を辿っていくという、オーソドックスな作りのドキュメンタリー。ペギーが支援していた芸術家たちがビッグネーム揃いで圧巻だ。ピカソ、ダリ、ブランクーシ、ポロック、ジャコメッティ、そして彼女と結婚もしたエルンスト。芸術家たちの映像も多数使われており、この人もこの人もこの人もか!と唸る。なぜかロバート・デ・ニーロも出演しているので注目だ。
 ペギーはグッゲンハイム一族としてはさほど裕福ではなかったそうだが、それでも世間一般からしたら富豪だ。そして、その富の使い方を間違わなかった。ペギーがパリに渡った当時、シュルレアリスムはまだ価値を認められていなかった。そこにいち早く着目し、その後も美術史の最先端で芸術界をリードし続けた。彼女の眼力と作品を扱う商才はずば抜けていたのだろう。そこに経済力がプラスされて、歴史に残るコレクターとなり、その集大成がベネチアのグッゲンハイム美術館なわけだ。芸術、特に新しい芸術には良きパトロンが必須だと痛感させてくれる作品だった。
 ちょっと驚いたのは、ペギーは元々美術に興味があったわけではないということだ。パリの芸術家たちの自由な世界と肌が合い、その中に親しむうちに素養が蓄積されていったということらしい。ペギーは10代の頃から当時の女性としては大分風変りだったそうだ。当時の上流階級の女性にとって身を立てる道と言ったら、社交界の花になり他の名家の子息と結婚するくらいしかなかっただろう。そんな習わしに対する反発から書店で働いていたというから、当時としては相当型破りだ(グッゲンハイム家レベルの名家の娘が町で働いていたら恥さらし呼ばわりされるだろう)。
 いわゆる美人ではないが非常に魅力のある人だったそうで、芸術家たちとのスキャンダルが絶えなかったし、本人も特にそれを隠そうとはしていなかった。後に自伝で寝た相手をほぼ全員実名公開してしまったそうで、大変バッシングを受けたが、本人あまり気にしていなかったというのも面白かった。他人がどう見るかより自分がどうしたいのかだ、と行動する一方、コレクターとしての自分に対する評価には敏感だった。承認欲求が強く、パトロネス、コレクターとしての活動はそれを埋める為のものだったのではと話す関係者もいた。もし彼女が現代に生きていたら、美術分野にはいかなかったのではないかとも思う。商才のある人だったそうなので、ビジネスの世界でぶいぶい言わせていたかもしれない。当時は女性、特に上流階級の女性がビジネスの場で活躍する機会はあまりなかっただろう。そう思うと、彼女のコレクションは後世にとっては大きな遺産だが、ちょっと複雑な気分にもなる。
 諸々について気にする所と気にしない所のちぐはぐさが面白い人だったのではないか。自宅で振舞われるランチがとにかく不味いというのには笑ってしまった。ケチだと言う人もいたが、食に対する興味が極端に低かったらしい(あれだけのコレクションを作ってケチということは有り得ないだろう)。

ペギー―現代美術に恋した“気まぐれ令嬢”
ジャクリーン・ボグラド ウェルド
文藝春秋
1991-01




『パーフェクトワールド 君といる奇跡』

 インテリアデザイン会社に就職した川奈つぐみ(杉咲花)は、取引先との飲み会で高校時代の先輩で初恋相手の鮎川樹(岩田剛典)と再会する。建築士として働く樹は、交通事故で脊髄損傷し、車椅子で生活するようになっていた。つぐみは樹と仕事をするうちに再び彼への想いが強まり、側で支えたいと思う様になる。樹もまっすぐなつぐみに惹かれていくが、自分は彼女の重荷にしかならないのではと悩む。監督は芝山健次。
 杉咲も岩田も悪くはないのだが、杉咲のルックスがかなり幼い(正直、オフィスカジュアルよりも高校の制服の方が様になっていた)ので、2ショットがどうかすると犯罪っぽく見えてしまう・・・。誰のせいでもないが、見ていてちょっときまり悪くて困った。子供っぽかった女の子が段々とタフさを見せていくという意外性みたいなものがでていればいいのだが、つぐみの成長は描いているものの、そこまでには至らなかったように思う。
 基本的にいい人、まともな人しか出てこないので、不快感はない。2人の障害となる人物としてつぐみの両親(特に父親)が挙げられるだろうが、父親は自分が理不尽なことを言っているという自覚はあるし、その上で娘には少しでもハードルの低い人生を送ってほしいという切実さは伝わるので、不快ということはなかったし、悪者にもしていない。樹の母親が「誰かに迷惑をかけても子供には幸せになってほしい」と吐露する言葉と対になって、親の視点として提示されているのは良かった。
 状況、心情の殆どをつぐみのセリフとモノローグで説明してくれる親切設計で、それ言わないとだめ?と思う所は多々ある。決して流暢な作りの映画というわけではないのだが、真面目に作っており、車椅子で生活することについてきちんとリサーチをしているのはよくわかる。
 車椅子で生活する人の動作、具体的にどういう困難さがあるのかという部分、また周囲からどんなことを言われがちなのか、それについて当人はどう感じるのか、ちゃんと見せようとしていると思う。また、当人の親や恋人等親しい人たちの心情や、障害によって関係がどのように変わりうるのかという所も言及しており、見せ方が一方通行にならないような配慮が見られた。母親に「実家に帰ってきた方がいいんじゃない?」「仕事は地元でもできるでしょ」と言われるのは、親心故とわかっていても結構きついんじゃないかなと思わされた。
 つぐみが最後に口にする「夢の中の先輩は~」というセリフ、樹が前に口にした自分の夢の話と対になっているが、2人が「そういうもの」として自分たちのあり方を受け入れたことがわかり、ちょっといいと思う。


AIKI [DVD]
加藤晴彦
バップ
2003-06-25


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