3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『IQ』

ジョー・イデ著、熊谷千寿訳
 ロサンゼルスに住む青年アイゼイア、通称“IQ”は、持ち込まれる様々なトラブルを解決する探偵。腕は抜群だが報酬は金銭とは限らず、羽振りがいいとは言えない。ある事情で大金が必要になった彼は、腐れ縁のドラッグディーラー・ドットソンの紹介で、大物ラッパーからの依頼を受ける。その内容は、自分の命を狙う殺し屋を突き止めろというものだった。
 語り口が非常に生き生きとしており、かつクール。黒人版シャーロック・ホームズとでも言いたくなるIQの現在の仕事と、なぜ彼がこの仕事をするようになったのかという過去のいきさつが交互に語られるが、そのいきさつがIQの人柄と直結している。彼の倫理観や責任のあり方がいじらしくも凛々しい。目茶目茶努力家で真面目なのだ。その真面目さには彼の兄の影響が大きい。IQにとっての兄がどのような存在だったのかが過去パート全編を使って描かれていると言ってもいいくらい。また、いけすかないジャイアンキャラとして登場するドットソンの意外な側面が見えてくる所も(彼の作る料理は本当においしそう!)面白い。とことん噛み合わないしお互い好感を持っていない(笑)ホームズとワトソン的なノリだ。アメリカでは既に続編が出ているそうだが、ぜひとも日本でも翻訳してほしい!なお表紙のデザインが作品の雰囲気とばっちり合っている。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー イデ
早川書房
2018-06-19


沈黙のセールスマン (ハヤカワ・ミステリ文庫)
マイクル・Z. リューイン
早川書房
1994-05





『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』

マイクル・ビショップ著、小野田和子訳
アメリカ南部の街に住むスティーヴィ・クライは数年前に夫を亡くし、2人の子供をかかえながらライターとして生計を立てている。ある日タイプライターが故障したので修理に出したところ、戻ってきたタイプライターは勝手に文章を打ち始めた。その内容はスティーヴィの不安や悪夢、そして夫の死の背景を匂わせるものだった。スティーヴィは徐々に現実と虚構の区別がつかなくなっていく。
現実と虚構の区別がつかなくなっていくのはスティーヴィだけではなく、本作の読者もだ。これはスティーヴィの実生活なのか、彼女が書いた文章なのか、はたまたタイプライターが勝手に書いた文章なのか、タイプライターが書いたとスティーヴィが思い込んでいるだけなのか。各レイヤーの区別はあえてつきにくいようになっており、語りの信憑性は揺らぎ続ける。自分の意識を信じられなくなっていく怖さがじわじわ這い上がってくるメタホラー。そしてサル。なんでサル?と思っていたけどタイプライターとサルってそういうことね!


虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)
L.P. デイヴィス
国書刊行会
2016-05-25


『パンク侍、斬られて候』

 超人的剣客の流れ者・掛十之進(綾野剛)は、新興宗教はら振り党の脅威が迫っており、自分はそれを止められると大見得を切り士官を企むが、黒和藩の筆頭家老・内藤(豊川悦司)にそのハッタリを見抜かれる。しかし内藤は掛を起用し、はら振り党の脅威を逆手に取ろうとしていた。原作は町田康の小説、監督は石井岳龍。脚本は宮藤官九郎。
 ぱっと見、派手でキッチュな変格時代劇といった雰囲気だが、何しろ原作が町田康だから一筋縄ではいかない。爽快は爽快かもしれないが何もかも投げ捨てた後の爽快さとでも言えばいいのか。しかし、所々面白いシーンはあるものの、これ原作小説は面白いんだろうなぁ・・・という感想に留まってしまう勿体なさが拭えなかった。
 勿体なさの大半は、本作のテンポの悪さからくるものだと思う。宮藤官九郎は、長編の構成はあまり得意ではないのではないか。約45分×12回前後というフォーマットの、連続ドラマのテンポでの方がポテンシャル発揮していると思う。ナレーションを駆使したメタ演出も裏目に出ているように思った。おそらく原作の文体や、メタ構造を用いた表現をなんとか再現しようとしているのだと思うが、映像作品としてこれが正解なのかというと微妙。ひとつひとつのシークエンスがとにかくダレがちなので、実際の尺よりも体感時間が長く、全編見るのがかなり辛かった。全体を2倍速くらいで見るとちょうどいい気がする。
 綾野の身体能力はやはり素晴らしいのだが、本作のような面白方向に振り切った「超」アクションだと、逆にそのすごさがわかりにくい。この点も勿体なかった。そもそもアクションが出来る俳優を起用しなくても、本作の場合問題ないんだよな・・・。役者としての面白さが発揮されていたのは豊川。えっこの人こんなに面白かったっけ?!と新鮮だった。ぬめっとした色気とどこか気持ち悪いオモシロ感がとても生き生きとしている。本作、概ねテンポが悪いのだが綾野と豊川の掛け合いのシーンだけはやたらとキレが良かった。


生きてるものはいないのか [DVD]
染谷将太
アミューズソフトエンタテインメント
2012-09-21


『女と男の観覧車』

 1950年代のコニーアイランド。遊園地内のレストランで働くジニー(ケイト・ウィンスレット)は回転木馬操縦係の夫ハンプティ(ジュム・ベルーシ)に隠れ、海水浴場の監視員ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)と浮気をしていた。そんな折、マフィアと駆け落ちし音信不通だった、ハンプティと前妻の間の娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が現れる。キャロライナは組織の情報を警察に漏らした為、マフィアに命を狙われていた。監督はウディ・アレン。
 観覧車に乗るシーンはないが、ジニーとハンプティの住家からは観覧車が良く見える。この住家、元々は遊園地内の施設だった部屋をハンプティが改装したもので、遊園地が良く見渡せるし、夕方はネオンサインが差し込み、室内の雰囲気がその都度変わっていく。この部屋の美術と室内での撮影が非常に良く、おり、室内に差し込む光の変化が登場人物の変化とリンクしていく。外の光が変わることで、一気に場がしらける、魔法が解けてしまう瞬間が残酷だった。
 こてこてのメロドラマかつ男と女のすったもんだで滑稽ではあるのだが、同時に残酷。夢を諦められずに人生の軌道修正が出来ない人ばかり出てくる。ジニーは元女優で芽が出なかったものの、未だに芝居の道を諦められない。ミッキーと一緒にどこか別の場所に行くことを熱望しているが、ミッキーにはそんな気はない。彼もまた劇作家を目指しているがどうやら言葉ばかりでフラフラと行き先定まらない。ハンプティはジニーとの夫婦関係も、キャロライナとの親子関係も上手くいくと夢見ている。キャロライナを夜学に通わせ彼女が教師になれば万事丸く収まると思い込んでいる。彼らの夢は遊園地の安い華やかさと同じで、どうにもはかなくうすっぺらい。一番ふわふわしているように見えたキャロライナが、何だかんだで地に足がついているように見えてくる。そんな大人たちの横でまともにケアされない、ジニーの連れ子の処遇がいたたまれなかった。

カフェ・ソサエティ [Blu-ray]
ジェシー・アイゼンバーグ
KADOKAWA / 角川書店
2017-11-10


『ノーラ・ウェブスター』

コルム・トビーン著、栩木 伸明
 教師をしていた夫を病気で亡くした46歳のノーラ・ウェブスター。学生である長女と次女は家を離れているが、ローティーンの息子2人はまだ目を離せない。生活の為21年ぶりに会社に復職し、かつての同僚からの嫌がらせを受けつつも仕事に慣れていく。労働組合活動に共感し、音楽への愛着を思い出し、自分なりの生活を築いていく彼女の3年間を描く。
 ノーラは自分が気難しいとか強いとかとはあまり思っていない。夫を亡くして途方に暮れており、子どもたちとも親密とは言い難いと感じている。しかし周囲からは、彼女は結構頑固で、時にとっつきにくいとも思われているようだ。三人称語りながらノーラ視点のみで描かれるので、あくまでそういう様子が見え隠れするということなのだが、実の姉妹からも時に距離を置かれる、親族の中でどうも彼女はちょっと異質らしいぞという様子が窺えることが面白い。更に、ノーラは子供を愛しているがお互いに適切に理解しているかというとそういうわけでもないし(お互い様である)、時にすごく面倒くさかったり疎ましくも思う。自分が思う自分と、(家族であっても)他人が思う自分は違うし、母、妻という役割には嵌まりきらないのだ。ノーラは他人にどう思われるかということを、だんだん気にしなくなっていく。すごく逞しい、生活力があるというわけではないが、自分に出来ることをちゃんとやろうとする様、そして出来ることをやっていくうちに、「未亡人」ではなく「ノーラ・ウェブスター」としての立ち位置を発見していく様が清々しい。普通に生きることの悲喜こもごもと面白さがある。
 個人的なことではあるが、ノーラの姿が自分の母親と重なり、ちょっと平静でいられないところがあった。ノーラと同じく専業主婦だった母も、父が亡くなった後こんな気持ちだったのだろうかと。私と弟は父が亡くなった時に丁度ノーラの長男次男と同じくらいの年齢で、彼らに輪をかけて面倒くさい子供だったので、ノーラの不安と苛立ちを目にするたび何か申し訳ない気分になった。


『オンリー・ザ・ブレイブ』

 アリゾナ州プレスコット市の森林消防団で隊長エリック・マーシュ(ジョシュ・ブローリン)は、長年の経験を活かし火災対策に奔走しているが、アメリカ農務省の“ホットショット(精鋭部隊)”には「市レベルの消防隊員」と小馬鹿にされてしまう。自分たちのチームを“ホットショット”として市に認めさせることがマーシュの悲願だ。一方、麻薬に溺れる青年ブレンダン・マクドナウ(マイルズ・テラー)は別れた恋人が自分の子を妊娠していることを知る。動揺して彼女に会いに行くものの、子供は自分と家族で育てると拒絶される。マクドナウは子供の為生活を立て直そうと、森林消防団への入隊を希望する。監督はジョセフ・コジンスキー。
 実在の森林消防隊、グラニット・マウンテン・ホットショットの活躍を映画化した作品。森林消防団がどういう仕事をしているのかという面で新鮮だった。マーシュたちのチームは元々、地方自治体の一団という位置づけだったので、農林省森林局の特殊チームであるホットショットには格下に見られてしまうというわけだ。このあたりの事情を事前に知っておくと、マーシュと消防署長や市長とのやりとりがどういう意味合いのものか、よりわかると思う(予習してから見るべきだった)。グラニット・マウンテン・ホットショットは2008年、アメリカで初めての地方自治体によるホットショットとして認可された。本作は彼らがホットショットとして認められるまでと、その後の活躍を描いている。
 本作のもう一つの主役は山火事、炎そのものだろう。もちろんCGを使っているが、実写部分も相当あるそうだ。撮影が大変美しく、禍々しいと同時に引き込まれる。マーシュは消防団として奔走しているが、炎に魅入られているという面も相当あるのではと思えてくる。また、壮大な森林風景も美しいのだが、美しいと同時にこれ全てが炎の燃料となるということでもある。美しさと禍々しさが表裏一体な世界だ。予告編のノリからは脳筋体育会系ノリのスペクタクル作品かと思っていたし、確かにそういう面も強いのだが、意外と詩情と陰影がある。いい意味で期待を裏切られた。
 一見大味なようで陰影が深いという要素は、登場人物の造形にも見られる。マーシュと妻アマンダ(ジェニファー・コネリー)は見るからに円満でお互いの仕事やライフスタイルに対する理解もあるように見える。しかし、ちょっとした言動から、実はそうでもなく段々ずれが生じているらしいこと、そしてそれぞれ過去にはかなり大変な時期もあったらしいことがわかってくる。このあたりのニュアンスのこれみよがしではない所は節度を感じた。大味な作品かと思っていたら、様々な部分で抑制が効いており好感を持った。実話が元なので、変に感情・感動を煽るような演出は避けたのかもしれない。やっぱり映画は実際に見てみないとわからないものね。

鎮火報 (双葉文庫)
日明 恩
双葉社
2010-11-10


【Amazon.co.jp限定】バーニング・オーシャン (オリジナルカード付き) [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2018-07-04




『ピンポン』

パク・ミンギュ著、斎藤真理子訳
 中学校でいじめられ続けている「釘」と友人の「モアイ」。2人は原っぽで卓球台を見つけ、卓球に興じるようになる。卓球用品店主セクラテンに卓球史を伝授され、ハレー彗星の到来を待つが、ハレー彗星ではなく巨大なピンポン玉が下降してくる・・・
 本の背表紙にあらすじが紹介されているが、なんとこのあらすじ終盤までの展開をほぼ全て説明しちゃっている!ただ、それでも全く問題ないと思う。というよりもあらすじから想像するのとは大分違う感触の作品なのでは。確かに終盤は超SF的な展開になるが、それまでは語り手である釘とモアイの辛い学校生活が延々と続くのだ。いじめっ子チスとその取り巻きの悪質さ、それに対する釘とモアイの対抗できなさはひょうひょうと書かれているものの生々しく辛い。対抗する意思が奪われちゃうんだよなと。チスがちょっといい奴っぽい面を見せてもその後、やっぱりこいつクズだな!という振る舞いになるあたりはリアルだと思う。
 釘らの生活も、彼らと比較的親しくなると言えるセクラテンの生活も、どこか悲哀と諦念を帯びている。彼らは皆、この世からのはぐれもののようなのだ。モアイの従兄弟が好きだった作家の小説が作中作として紹介されるが、その内容もまた世界からずれた人たちの話だ。釘によると自分らは世界に「あちゃー」された存在。この言い回しのニュアンスが本当に上手いし翻訳も素晴らしい。そんな彼らが世界の命運を握る。継続するのかアンインストールするのか、釘の決断を見てほしい。

ピンポン (エクス・リブリス)
パク・ミンギュ
白水社
2017-05-27


カステラ
パク ミンギュ
クレイン
2014-04-19



『ブリグズビー・ベア』

 外の世界は大気が毒されていると教えられ、シェルターの中のみで育った25歳のジェームズ(カイル・ムーニー)。彼の最大の楽しみは毎週届く教育番組『ブリグズビー・ベア』を見ること。ある日、シェルターに警察がやってきて両親は逮捕される。彼らは赤ん坊のジェームズを誘拐し今まで育ててきた犯人だったのだ。実の両親の元に返され「外の世界」で暮らすことになったジェームズだが。監督はデイブ・マッカリー。
 ジェームズが愛する『ブリグズビー・ベア』は、実は誘拐犯であり偽の父親であるテッド(マーク・ハミル)が彼の為だけに作った番組。その番組がジェームズの行動指針であり心の支えであるというのは、かなり危うい所がある。ジェームズとの心情的な関係がどのようなものであれ、テッドがやったことは犯罪でジェームズの本来の人生、彼の実の家族の人生を破壊することだった。ジェームズがブリグズビー・ベアに拘る様は、彼の実の両親には非常に残酷だし傷つくことだろう。
 とは言え、本作はこの倫理的なラインをぎりぎりでクリアしているように思う。実の両親はジェームズに対して一見無理解に見えるが、これは仕方ないこと(何しろ20数年会ってない)だし、彼らがジェームズとの間の溝を埋めようと一生懸命だと描写されている。またテッドはユニークな人物ではあるが、彼を過剰に擁護するような視点はない。何より、ブリグズビー・ベアに対するジェームズの情熱は彼のクリエイティビティの爆発を促し、彼と周囲の人たちとをつなげるものになっていくのだ。テッドが生み出したブリグズビー・ベアが、ジェームズを外の世界に導き実の家族との絆を育てるものになるというのは皮肉でもあるのだが、創作物の不思議ってこういう所にあるんだろうなとも思わせるのだ。
 ジェームズの初めての友達になる少年(妹の同級生)はスター・トレックのファンで映像制作をかじっているのだが、彼のブリグズビー・ベアへの食いつきが良すぎて笑ってしまった。スター・トレックファンはやっぱり宇宙探索ものが好きなのかなとかシリーズ数、話数に拘るのかー等、ジェームズとのやりとりはオタク同士の幸せな会話という感じ。この2人がエンジンとなったチープな映画作りが本当に楽しそうで、『僕らのミライへ逆回転』(ミシェル・ゴンドリー監督)を思い出した。映画を一緒に作ることで何かを取り戻す、新しい何かが生まれていくという所が共通しており、そこにぐっとくる。ジェームズは最終的に、映画を作る、それを人前で披露する(これがすごく大事なのではないかと思う)ことで自分と自分のこれまでの歴史にふんぎりをつけるのだ。ラスト、ブリグズビーベアがどうなったかという所はとても象徴的。

僕らのミライへ逆回転 プレミアム・エディション [DVD]
ジャック・ブラック
ジェネオン エンタテインメント
2009-03-06


ギャラクシー★クエスト [DVD]
ティム・アレン
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-09-10


『祝福 オラとニコデムの家』

 ワルシャワ郊外の街セロック。14歳の少女オラは、自閉症の弟ニコデムと、飲酒問題を抱える父親と暮らしている。母親は別居しており、他の男性との間に赤ん坊がいる。大人を当てに出来ず、1人で弟の世話をし家事をこなすオラの生活は苦しい。彼女は、弟の初聖体式を成功させようと苦心していた。監督はアンナ・ザメツカ。
 ある少女とその家族を追ったドキュメンタリー。カメラと被写体との距離(物理的な距離でもあり雰囲気的な距離でもある)がごく近く、よくここまで撮影させてくれたなと唸った。多分、普通だったら10代の子供が他人に見せたくないであろう部分も撮られている。被写体であるオラたちと監督との間に相当な信頼関係があるとわかるが、撮影の1年半前くらいからゆっくり時間をかけて準備していたそうだ。撮影後も交流は続いていると言う。ドキュメンタリー映画を作る際、被写体の人生のどこまで立ち入っていいのか、被写体との関係性に撮影後も責任を持てるのか、悩む所なのではないかと思う。特に本作のように、相手が生活に困難を抱えている子供である場合は。その困難を見世物のようにしてもいいのか(自分たちが助けられるわけでもないのに)ということを、映画を見ている側も意識せずにはいられない。とは言え、オラは自分の意思で自分と家族をカメラにさらしている。誰からも守られていると実感できない、自分たちのような者がここにいると主張し続けているように思えた。
 一家の日常生活の中でオラが負担するものが大きすぎ、見ていてなかなか辛い。毎日の家事に加え、ニコデムの学校での時間割を確認したり、着替えや勉強を促したりと、自分の勉強や遊びはいつやっているんだろうというくらい(公営住宅の転居希望までオラに書かせているのには驚いた)。彼女の生活には、両親のフォローが殆ど見受けられないのだ。父親は失業中でアルコール依存の問題を抱えているようだし、母親は電話をしてきても自分の話ばかりだ。ニコデムが自閉症であることも加え、本来なら施設で生活した方がよさそうな雰囲気なのだが(実際、福祉職員にそういうことを言われているシーンがある)。カウンセリングで「困ったことはない?」と聞かれたオラは「別にないです」と答えるが、そんなはずないだろう。困っている所を見られて家族がばらばらになるのが嫌なのだ。それでも家族であることへの望みを捨てられないんだなと切なくなる。

誰も知らない [DVD]
柳楽優弥
バンダイビジュアル
2005-03-11


少年 / ユンボギの日記 [DVD]
渡辺文雄
紀伊國屋書店
2011-07-30


『母という名の女』

 メキシコのリゾート地バジャルタに住む姉妹。17歳の妹バレリア(アナ・バレリア・デセリル)は、同い年のボーイフレンド・マテオ(エンリケ・アリソン)との子供を身ごもっている。そこに長年別居していた母アブリル(エマ・スアレス)が現れる。バレリアと新たに生まれた彼女の娘カレンの世話に奔走しているかに見えたが。監督はミシェル・フランコ。
 アブリルは母親として登場し、いかにも母親らしい振る舞いを強調していく。最初はバレリアも彼女を頼るし、3世代の女性達の共同体が作られているかに見える。しかし徐々に、アブリルの母親然とした言動には、支配的な側面もあることがどことなく感じられる。特に長女クララ(ホアナ・ラレキ)の体型と食生活に対する発言は、さりげないのだがこれってモラルハラスメントに当たるのでは?と見ていて気持ちがざわつく。アブリルは長女の健康とルックスを心配している体で言うのだが、自分の価値観に一方的に当てはめているということでもある。あの状況で病院に連れて行かれたらショックだし傷つく(そもそも病院に行くほどの問題には見えない)と思うんだけど・・・。クララが家庭内で、妹のバレリアからも蔑ろにされている様子が冒頭10数分でわかってしまう(バレリアの無頓着さは、そういう人だからというよりも相手がクララだから、侮っているからだろう)ので、その上でアブリルの言動を見ると更にいたたまれない。
 アブリルの支配力はクララを侵食し、バレリアとマテオにも及んでいく。彼女の行動はやたらと思い切りが良い。そして一見、「母親として当然」であるかのように装われている。バレリアとカレンに対する行動は、未成年だし止む無し、という側面もあるにはある。しかし問題なのは、バレリアへの意思確認や彼女との話し合いが全く行われない、ひたすら一方通行だということだ。アブリルの行動は結局アブリルの欲望に基づくもので、一方通行なのも当然だ。彼女の行動=欲望が加速していく様に唖然としつつ、これって「母」要素はあまり関係ないなと思った。アブリルがアブリルだから、というのが正しい所で、母という要素の方が後付だろう。仮に母親じゃなかったとしても、アブリルはこのような行動をする人なのだと思う。そういう意味では邦題はミスリードなのだが、ラストで「母」はアブリルだけではなかったとはっとする。母と言う名の女は、彼女の方だったのかと。

父の秘密 [DVD]
テッサ・イア
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2014-06-13


ヴィオレッタ [DVD]
イザベル・ユペール
インターフィルム
2014-11-05


『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』

フリオ・コルタサル著、寺尾隆吉訳
 兄妹が住む大きな古い家を、何者かが遅い少しづつ侵略していく『奪われた家』。死んだ妻のイメージをそこかしこに追い続ける『天国の扉』。コルタサル自ら真の処女作と称した『動物寓話集』。全8編を収録した短編集。
 コルタサルは昔長編を読もうとして挫折した記憶があるのだが、改めて短編にトライしてみたら面白いし読みやすかった!新訳ありがとう・・・。兄妹が侵略に対して対抗の意思を持たない『奪われた家』は不条理ホラーのようで怖い。理不尽な悪意にさらされるという点で『バス』もちょっと似ているが、こちらはその悪意から逃げのびる話。ホラー風味で言えば『遥かな女 アリーナ・レエスの日記』には着地点がそこか!というショッキングさと、運命のようなものから逃れえない恐ろしさがあった。着地点というか集約点がわりとかっちり設定してある、構成の上手さを感じる作品が多い。私の一推しは表題作でもある『動物寓話集』。子供の世界の瑞々しさと不安さの表現が巧み。


八面体 (フィクションのエル・ドラード)
フリオ コルタサル
水声社
2014-08-01



『告白小説、その結末』

 自殺した母との生活を綴った私小説がベストセラーになった作家デルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)。スランプ中の彼女の前に、熱狂的な読者だというエル(エヴァ・グリーン)が現れる。聞き上手なエルにデルフィーヌは信頼を寄せるようになり、やがて同居を始める。しかしエルは徐々にデルフィーヌの生活を支配するようになり、不可解な行動を見せ始める。原作はデルフィーヌ・ドゥ・ヒガンの小説『デルフィーヌの友情』。監督はロマン・ポランスキー。脚本にオリヴィエ・アサイヤスが参加している。
 エルの仕事はゴーストライターなのだが、ポランスキー監督にはそのものずばり『ゴーストライター』(2011)という作品があった。誰かに成り代わる、誰かを作り上げるというシチュエーションに惹かれるのだろうか。本作ではエルがデルフィーヌを助けるが、その援助がだんだん支配的になる。デルフィーヌもエルへの依存が強まり、「一心同体ね」という台詞が笑えない。しかしそこからのまたひとひねりがあるのだ。私は原作小説は未読なのだが、原作小説ではこういう形式、こういう演出で書かれているのではないかなという匂いみたいなものが感じられる映画だった。ただ、その演出は小説ならではのもので、映像化にはあまり向いていなかったのではないかなとも。映画としては、どこかつっけんどんというか、唐突な印象を受けた。
 近年のポランスキー監督作は妙に額面通りというか、切ってそのまま出す、みたいな組みたて方に見える時があり、そこが逆に面白い。不思議な大雑把さがある。本作でも、こことここの間にストーリー上結構展開があったのでは?とか、そこあっさり台詞で説明しちゃうの?とか気になった。エルが聞き上手であること、デルフィーヌと彼女の作品を深く理解していることはデルフィーヌがそう言っているという所からしかわからないし、デルフィーヌがあまりに不用心(PCのパスワードあっさり教えないで!)。そういうディティールは不要と判断するというところが、何だか面白い。とは言えエヴァ・グリーンがエルを演じているので、これはふらっとパスワード教えちゃうし同居しちゃうわ・・・という気分にはなるかも。

デルフィーヌの友情 (フィクションの楽しみ)
デルフィーヌ ド・ヴィガン
水声社
2017-12-15


ゴーストライター [DVD]
ユアン・マクレガー
Happinet(SB)(D)
2012-02-02


『ALONE アローン』

 砂漠地帯でのテロリスト暗殺に失敗したアメリカ兵マイク(アーミー・ハマー)は、相棒のトミー(トム・カレン)と共に多数の地雷が埋まるエリアに足を踏み入れてしまう。トミーはマイクの目の前で死亡、マイクも地雷を踏んで一歩も動けなくなってしまう。援軍が到着するまでの52時間、彼は何とか持ちこたえようとする。監督はファビオ・レジナー&ファビオ・ガリオーネ。
 ワンシチュエーションサスペンスという括りになるのだろうが、1ネタ勝負作と思って見たら意外な味わいがあった。地雷を踏んで動けないという状況そのものよりも、その状況から沸き起こるマイクの内省、マイクの過去とトラウマの方が前面に出てくる。「踏んで一歩も動けない」という状況自体が、彼のこれまでと、今の内面を象徴しているのだ。優秀な狙撃手らしいマイクが、なぜ最初にあんなに狙撃をためらったのかというのも、ジェニーに連絡しろと言われると歯切れが悪くなるのも、彼がやってしまったこの延長線上にあるのだ。過去の断片はちらちらと提示され、徐々に全体像が見えてくる。彼にとっての「踏む」「ひざまづく」という姿勢の意味合いがクライマックスに向け重なっていくのだ。
 マイクの内省という側面が強く、ファンタジーや寓話の方向に物語の見せ方がひっぱられがちではある。作中のリアリティラインの設定があやふやになりがちで、そこで賛否が割れそうな気がした。ただ、マイク個人の物語として見ると、悪くなかったなと個人的に思う。自分ひとりでどうにかせざるを得ない問題だとマイクは思い込んでおり、確かにそうなのだが、彼を待っている人が確かにいるのだ。ハマーのほぼ一人芝居といってもいい作品だが、ちゃんと間が持つ。ルックスのパーフェクトさにばかり注目されがちだけど、スキルがあるんだよな。

127時間 [Blu-ray]
ジェームズ・フランコ
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2012-06-22


ジャコメッティ 最後の肖像 Blu-ray
ジェフリー・ラッシュ
ポニーキャニオン
2018-06-20


『いつだってやめられる 怒れる10人の教授たち』

 大学での職を失い、各分野の研究者である仲間たちと合法ドラッグ製造で一儲け企んだものの、逮捕されてしまった神経生物学者ピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ)。パオラ・コレッティ警部(グレタ・スカラーノ)は彼に、犯罪歴の抹消と引き換えに捜査に協力しないかと持ちかける。新たなメンバーも加わり、世間に出回る新型合法ドラッグの製造元特定に挑むが。監督はシドニー・シビリア。
 序盤がやたらと展開早く情報を詰め過ぎているように見えるが、本作はシリーズ2作目。1作目での出来事を踏まえた上で、若干振り返りつつ2作目のストーリーも展開していくので、かなりごちゃごちゃした感じになっている。わざわざ現在から遡る見せ方にしなくてもよかった気がするんだけど・・・。
 ピエトロ一味の個性豊かな面々が次々と登場するのは楽しいのだが、シリーズ2作目だからか1人1人の紹介の仕方は意外と大味。また、それぞれの研究者としての専門分野とスキルが一致しているのかしていないのかよくわからない・・・。このあたりの設定、わりと雑なのではないだろうか。ピエトロは神経生物学者だけど(少なくとも本作中では)そこまで神経生物学の分野の話って出てこなかった気がする。ドラッグを製造する前作での方が、それぞれの専門の話が出てきたのか。
 楽しいことは楽しいが、キャラクター設定にしろストーリー展開にしろ、良く言えばおおらか、悪く言えば雑。ドラッグ製造組織を次々特定し乗り込んでいくくだりなどは、そんなに手順を丁寧に見せる気ないんだなというのがすごくよくわかって逆におかしい。また、コレッティのキャラクターが、いわゆる「花を添える」という女性キャラでは全然なくて、野心満々でピエトロたちを平気で使い捨てようとするし、全然思いやりがないところが面白い。ピエトロらとロマンスの生まれようがない感じがよかったし、男性キャラでも置き換え可能な所は現代の映画だなと思った。

 
ブレイキング・バッド DVD-BOX 全巻セット(SEASON 1-6)
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2015-08-28


笑う故郷 [DVD]
オスカル・マルティネス
オンリー・ハーツ
2018-05-02


『ザ・ビッグハウス』

 収容人数10万人以上、全米最大のアメリカンフットボール・スタジアム、通称「ザ・ビッグハウス」。ミシガン大学のアメフトチーム、ウルヴァリンズの本拠地だ。そのビッグハウスで繰り広げられるゲーム、押し寄せる観衆、怒涛のバックヤードまで、17人の映像作家たちが次々と追っていく。想田和弘監督による「観察映画」第8弾。
 観察映画8作目にして、ついに海外(と言っても監督の本拠地はアメリカなわけだが)での撮影、そして複数カメラマンによる撮影の作品が登場。複数名で撮影することで観察映画としての方向性にはどのような影響が出るのだろうと思っていたのだが、観察映画は観察映画だった。最終的な編集は想田監督なのだろうから、監督の作家性は編集に色濃く表れているということだろうか。撮影のスタンスさえ意思統一されていれば、想田監督作品としての特質、キャラクター性は維持されるんだなとわかる。
ファーストショットで、あっ予算と人力が増えている!と思った。なかなか意表を突いた始まり方なのだが、これまでの観察映画と比べて、いきなり観察対象が大きくなっていることは一目瞭然。複数名でのプロジェクトにしたからこそできた作品と言えるだろう。
 ザ・ビッグハウスでのゲームは日本の大学スポーツとは想像できない規模で、とにかく圧倒される。物量が違うし動くお金の額も全く違う。日本のプロスポーツより全然盛り上がっているのではないだろうか(チケット収入、グッズのライセンス収入などの総額売上は年間170億円以上だそうだ)。スアジアムになだれ込み客席を埋め尽くす人の数、そしてバックヤードで供給され続けるフード類の量と延々と続く流れ作業を見ているだけで気が遠くなりそう。「びっくりするような値段」だというVIP席で観戦する人がいる一方で、スタジアム内で(多分勝手に)水を売っている人がいたり、スタジアムの外でチョコレートを売っている子供がいたりもする。カメラに映る人たちも様々で、富裕層、ホワイトカラー、ブルーカラー、失業者と、社会のあらゆる層の縮図といった感じ。
 更に圧倒されると同時に強い違和感を感じるのは、客席の熱気と一体感。私が普段スポーツ観戦をしないからかもしれないが、大勢の人間の意識のベクトルが一方向を向いて大変な熱量を孕んでいる様。非常に様々な人が来ているはずなのに、なぜか一様なのっぺりとした風景にも見える。有無を言わせない迫力があるが、同時に怖くもある。また、オープニングショーが軍によるものだったり、試合の合間に軍人への追悼式があったりと、国・軍隊・スポーツががっしりとタッグを組んでいる様も不思議だった。あの中で胸に手を当てて全員で国歌斉唱する(マスコミ、ジャーナリストもする)ことに、違和感を感じない国(土地柄なのかそういう層が集まるのか)なんだなと妙に感心した。混ざりたくはないが・・・。なお本作、2016年の大統領選挙の時期に撮影されており、スタジアムの背後にトランプの宣伝車が映りこんでいたりする。こういう瞬間を撮影できるのが映画作家として「持ってる」ってことなんだろうな。


選挙2 [DVD]
紀伊國屋書店
2015-01-31


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