3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『マイティ・ソー バトルロイヤル』

 アスガルドの危機を知り、故郷に帰ったソー(クリス・ヘムズワース)の前に、死の女神であり存在を隠されていた実の姉であるヘラ(ケイト・ブランシェット)が現れる。ヘラはソーの武器であるムジョルニアをあっさりと破壊し、ロキ(トム・ヒドルストン)と共に宇宙の果てへ飛ばしてしまう。辿りついたのは様々な世界のジャンクが漂流する星。ソーは星の支配者グランドマスター(ジェフ・ゴールドプラム)に捕えられ、戦士としてバトルロイヤルショーに出場させられる。そこで対戦したのはソーと同じくアベンジャーズの一員であるハルク(マーク・ラファロ)だった。監督はタイカ・ワイティティ。
 原題はサブタイトルが「ラグナロク」で、実際神々の黄昏の物語でもありアスガルド崩壊の危機が訪れているのだが、本編にラグナロク感が皆無なので、バトルロイヤルで良かったと思う。ちょいダサ目で能天気感漂う所も内容に即した邦題だ。アスガルドの危機っぷりは洒落にならないレベルで、死人もばんばん出ているのに、同時並行で描かれるソーたちのすったもんだは正にコント。アベンジャーズ関係のマーベル映画の中では最もユルい、コメディ色の強い作品だと思う。本作のすごいところは、そのユルいコメディパートと世界崩壊のシリアスパートが違和感なく組み合わさっている所だろう。ワイティティ監督、なかなかの剛腕である。
 ソーの能天気さには拍車がかかり、語彙もちょっと増えて今回はいつになく行動的。ロキは完全にスネ夫キャラ。ソーのシリーズ新作というよりも、ソーの二次創作同人誌のようなノリだった。だって、皆の心の中のロキちゃんは割と本作みたいなロキちゃんじゃなかったですか・・・?当然2人の掛け合いは増量され大変楽しい。なんだかんだでお互い好きなんじゃん!ということが再確認できる。また、ソーとハルク=バナー博士という珍しい組み合わせも楽しかった。ハルク(こちらも語彙が増えている!)とは幼稚園児レベルのコミュニケーションが成立しているが、バナー博士とは人柄的に全く共通項が見えてこないし、バナーはバナーで筋肉バカ系イケメンであるソーに対する苦手意識は強そう。そのあたりもギャグにしつつ、珍道中感が出ていて楽しい。また、ハルクがバナーを、バナーがハルクをどう思っているのかについて垣間見えるあたりも貴重。
 本作、今まで王子としてふらふらしていたソーが、ついに本気で王になろうとする成長物語でもある。王とは、王国とは何なのかという大きな問題を突き付けられるのだ。ソーの物語としては大きな分岐点と言える。そういう大事な展開をほぼコントでやろうというあたり、大変度胸がある作品だとは思う。

マイティ・ソー [DVD]
クリス・ヘムズワース
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2011-10-21



『大鎌殺人と収穫の秋 中年警部クルティンガー』

フォルカー・クルプフル&ミハイル・コブル著、岡本朋子訳
 バイエルン地方の村で、悪質旅行業者、元医師の作家が相次いで殺された。どちらも死体の首が鎌で切られていたことから、警察は連続殺人とみなす。クルフティンガー警部は部下を率いて捜査に着手するが、奇妙な暗号に振り回され右往左往する。
 ドイツはドイツでも大分地方色が強いので、邦訳されているドイツミステリとはちょっと味わいが異なる。方言や地方独自の文化への言及も多く、ご当地ミステリ的な味わいも。クルフティンガーは偏屈な中年男だが警官としては結構真面目。とはいえ頭が切れるというタイプでもなく、勘違いも多い。ちょっと独特の鈍さ(まあ現実の人間はこんなもんかなと思うけど・・・)があって、捜査が遅々と進まず読んでいて少々いらっとした。クルフティンガーとしては不本意だが、妻の方が記憶力がいいし勘もいい。妻に捜査に協力してもらうものの、不満タラタラで険悪にもなる。とは言え、なんだかんだで円満な夫婦模様も楽しいクルフティンガーはちょっと鈍いしいわゆる切れ者ではないし頑固だけど、人間としては真っ当なのだ。ミステリとしては謎解きが唐突な感があり、また暗号が恣意的過ぎるんじゃないかと言う気もするが、登場人物の私生活のゴタゴタや地方色のディティールが楽しい作品。事件自体は陰惨なんだけど。






『母の記憶に』

ケン・リュウ著、古沢嘉通他訳
 不治の病にかかった母は、できるだけ長い間娘を見守る為ある選択をするが、それは娘と母とを隔てていくものでもあった。表題作を始め、ケン・リュウ版『羆嵐』とでもいうべき(しかし更にひねりのある)『烏蘇里羆』、疑史小説であり歴史の語り直しのような『草を結びて環を銜えん』『訴訟王と猿の王』『万味調和 軍神関羽のアメリカでの物語』、SFハードボイルド『レギュラー』(かっこいい!)、SFネタとして王道な『シミュラクラ』『パーフェクト・マッチ』など、16篇を収録した短編集。
 実に多作!短編を量産する一方で長編もばんばん書いてるもんなー。本作では表題作が短いながらもやはり印象深い。親が先に死ぬというのは自然なことではあるが、その一方でいつまでも若々しく元気な姿でいてほしい、自分より先に死んでほしくないという気持ちが(私には)ある。なのでこの作品の母親の行為は愛として受け止められるけど、これが気持ち悪い、非常に違和感を感じるという人も絶対いると思う。その気持ち悪さ、違和感を逆に前面に出したのが『シミュラクラ』だろう。愛故の行為が親と子を逆に隔てていく。親と子、世代と世代の狭間を描く作品が印象に残る短編集だった。そういった作品や時代小説的なものとは一風違うが、最後に収録された『『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」』が一番好き。大きなドラマがあるわけでもなく、飛行船とその内部、そして操縦士夫婦の生活描写に終始しているのだが、人と人との普遍的な関わりに言及されている。機械の細部の描写も魅力。





『ザ・サークル』

 派遣社員をしていたメイ・ホランド(エマ・ワトソン)は親友アニー(カレン・ギラン)の尽力を得て、世界最大手の巨大SNS企業「サークル」に就職する。新サービス「シーチェンジ」のモデルケースに抜擢されたメイは、サークル社が新たに開発した超小型カメラによって自身の生活を24時間公開する。コンテンツは大人気でフォロワーは1000万人越え、メイは世界中の人気者になる。やがてサークル社は、世界中に設置したカメラとフォロワーの力によって、会いたい人をすぐに探し出せるというサーチサービスを発表する。原作はデイヴ・エガーズの同名小説。監督はジェームズ・ポンソルト。
 見ている間は退屈というわけではないが、見終わった後の印象が薄い。サークル社やそのサービスの設定には既視感がある(実際に類似した設定が出てくる過去のSF作品は色々とあるだろう)。そのもう一歩先へ、というほどの踏込みは感じられなかった。現実の世界もこれに似た状況に近づきつつある(私に実感がないだけでかなり近いのかもしれないけど)んだろうし、新しさみたいなものはあまり感じない。少し未来の世界設定を描きたいのか、メイという人間とその周囲の人間を描きたいのか、どっちつかずでどちらも薄味に思えた。あまり人間ドラマに寄って行っても面白くない類の話ではあるのだが、少し未来の世界を見せるには実際の現状に近すぎるのかな。また、サスペンス部分が少々大味(チートキャラを出すとシステム上簡単に話終わっちゃう・・・)。
 現実的にも、諸々可視化され、記録され、その引換として利便さ・安全さが提供されるという社会への違和感は、10数年前に比べると大分薄くなっているように思う。作中、子供にチップを埋めて犯罪被害に遭わないか監視するという社員に対して、メイは最初冗談かと思う。しかし社員は大真面目だ。プライバシーと安全・利便を天秤にかけると、安全・利便の方が(特にテロが頻発するようになった世の中では)重く見られるのはしょうがないのかもしれない。とは言え、実際には現状ではまだ気持ち悪さを感じる人の方が多いのかなと思う。本作はそのもう少し先を描いているのだ。
 作中の世界では、個人、プライベートの有り方が従来とはどんどん変質してきている。ここは他人に見られたくない、明かしたくないという領域は誰しもあるだろう。しかしなぜ見られたくないのか、明かしたくないのかという部分は、合理的な説明がしにくい。サークルはそこに付け込んでいるとも言える。これは人間個々の感性・環境によって違うとしか言いようがなく、それを統一されたらすごくストレス感じる人も多いだろう。サークルに入社したばかりのメイに同僚2人が「ガイダンス」に来るのだが、この2人の胡散臭さ(そう思わない人ももちろんいるだろう)たるや。他の社員との「繋がり」、社内のアクティビティーへの参加をやんわりと強要されるのだが、もうこの部分だけで御社悪い意味でやばいです・・・という気分に。オフィシャルとパーソナルの領域の切り分けを許さない社風なのね。サークル社が目指すのがそういった「繋がる」社会だというのなら、私にとっては地獄だわ・・・。


ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14


ザ・サークル 下 (ハヤカワ文庫 NV エ 6-2)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14



『セントラル・インテリジェンス』

 高校時代は学園のスターだったカルヴィン・ジョイナー(ケビン・ハート)だが、20年後の今は会社勤めのしがない会計士。高校の同級生だった妻は同窓会を楽しみにしているが、カルヴィンは気乗りがしない。そんな時、高校時代にぽっちゃり体型のいじめられっこだったボブ・ストーン(ドウェイン・ジョンソン)から連絡が入る。20年ぶりに再会したボブは、筋骨隆々で強面のCIA捜査官になっていた。裏切り者の濡れ衣を着せられ追われているというボブと、なりゆきで一緒に逃げるハメになるカルヴィンだったが。監督はローソン・マーシャル・サーバー。
 これは「当たりの時の午後ロー」案件だなぁ。TVで吹替え版放送されている様が目に浮かぶ!107分という時間のコンパクトさも含め、気楽な娯楽作品としてのちょうどよさがある。アクションの見せ方がちょっと古臭く洗練されていないところも何となく午後ローっぽい。ボブとカルヴィンが組織に追われるというサスペンス要素はあるものの、大分ユルいし情報提示の仕方がごちゃごちゃしているせいで、そもそも何を調査していたんだっけ?と見失いそうになった。ボブが切れ者のはずなのに根本的な所で簡単に騙されていないか?という所も含め。とは言え、ジョンソンのスター性もあって愉快な作品に仕上がっている。何より、作品の大元にある精神が真っ当で安心して見ていられた。
 冒頭の高校生時代のレセブション部分で、カルヴィンの人としての真っ当さ、常識人である様が提示される。現在のカルヴィンは決してかっこよくはないが、冒頭のあのエピソードがあるので、この人は本来ちゃんとした人だという信頼感が持続するのだ。「いじめ、ダメ絶対」という指針は一貫しているし、いじめた奴が絶対悪いんだというスタンスなところもほっとした(本作のいじめっ子は心底クズである)。ボブのトラウマは大分ベタ、コミカルな形で表現されるが、彼にとっては深い傷であり克服できないということは切実に伝わる。彼の背中を押すのは、ボブにとってのヒーローであるカルヴィンだ。カルヴィンをスター扱いするボブのはしゃぎっぷりは、青春やり直し版みたいで少々イタいし、カルヴィンとしても気恥ずかしく居心地悪そう。それでも、カルヴィンがボブにしてあげたことは、彼にとってはちょっとしたことかもしれないが、ボブにとっては人生変えるくらいの大きな意味があったのだ。
 ユニコーンのキャラグッズとパンケーキが好きな中年男性がアメリカだとどういうイメージで見られるのか、いまひとつつかめないんだけど(すごくガーリー、ってことでいいのかな?)、ロック様、ユニコーンのTシャツも甘いものも結構似合っている(笑)。

なんちゃって家族 [DVD]
ジェニファー・アニストン
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-02-04


ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金 [Blu-ray]
マーク・ウォー
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-09-10


『ミステリ原稿』

オースティン・ライト著、吉野美恵子訳
 夫、子供と暮らすスーザンの元に、20年前に別れた前夫から小説の原稿が送られてくる。小説家志望だった前夫エドワードはとうとう長編『夜の獣たち』を書きあげ、彼女に読んでほしいと言うのだ。スーザンは原稿を読み始めるが、その小説は1人の男トニーが暴力の最中へ投げ出される物語だった。『ノクターナル・アニマルズ』(トム・フォード監督)として映画化され、文庫版は映画と同題名とのこと。
 原稿の読者であるスーザン視点のパートと、作中小説である『夜の獣たち』のパートが交互に配置される。スーザンは『夜の獣たち』をよみながら小説の主人公トニーの視線に自分を重ね、かつ、トニーに前夫であるエドワードを重ねていく。更にスーザンの視線はトニーだけでなく、彼の妻子や彼らに絡んでくる男たちにも重ねられていく。彼らの中の暴力性はスーザンの中にもあり、そして小説を生んだエドワードの中にも潜んでおり、それが呼応していくかのようだ。読書という行為がどのようなものか、上手く描かれた作品だと思う。必ずしも小説の主人公に共感、主人公目線で読むわけではなく、小説内の様々な部分に感情や記憶を呼び起こされていくと同時に違和感を覚えもする感じ。スーザンはエドワードの原稿を読むことによって、彼が自分を揺さぶろうとしている、自分に影響を及ぼそうとしていると感じ、それに反発もするのだが、それが読書という行為(そしておそらく小説を書くという行為)だよなと。
 『夜の獣たち』には、理性的かつ非暴力的故に妻子を奪われたトニーが、徐々に暴力側に引き込まれていく様が描かれている。非暴力的であることが「男らしくない」と非難されるのって(おそらくアメリカでは顕著なのだろうが)辛いな・・・。暴力へのストッパーは社会的に絶対必要とされているのに、ストッパーがかかっていることを非難されもするとは。暴力が否定される一方で暴力を強要されるような二律背反がある。




血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)
コーマック・マッカーシー
扶桑社
2007-08-28

『ポリーナ 私を踊る』

 ロシア人少女ポリーナ(アナスティア・シェフツォワ)は厳格な恩師ボジンスキー(アレクセイ・グシュコフ)の元でバレエを学び、ボリショイバレエ団への入団を果たす。しかしコンテンポラリーダンスと出会い、ボリショイでのキャリアを捨てフランスのダンスカンパニーへ入団するが、自分の踊りに行き詰まりを感じ始める。原作はバスティアン・ビベスのグラフィックノベル。監督はバレリー・ミュラー&アンジェラン・プレルジョカージュ。
 ポリーナは何かと行動が速い(悩む部分を省略した演出でもあるわけだが)。踊りの方向性を変えるのも、パリやアントワープへ拠点を移すのも、特に貯金があるわけでもなさそうだし、誰かに相談したわけでもなさそう。それでも自分にとってきっとこれが必要だからやる、という感じで、決して人嫌いではなさそうだが、自分の中で完結する思考方法の人に見える。特にダンスの場合、(素人考えだが)自分自身と向き合わざるを得ない内容だろうから、他人に相談してどうこうなるものでもないのかなと思った。パリへ向かう際、娘がボリショイでプリマになることを夢見ていた母は泣く。また、アントワープで彼女と会った父親は、バーでバイトをする為に来たのかと彼女をなじる。ポリーナは反論はするが、強くぶつかり合うことはない。自分がやろうと思ってやったことだから、今更ぶつかり合う必要もないのだろう。両親と仲が悪いわけではない(むしろ良さそうだ)が、両親とは言え自分の領域に立ち入るべきではないという態度がはっきりしていた。これはその時々の恋人に対しても同様で、休みだしもうちょっとベットにいようと引き留められてもレッスンしたいからとさっさと出かける姿が印象に残った。こういう時に揺れない人なんだなと。
 彼女は基本的に自分本位で行動するが、そうであっても自分のダンスがどのようなものなのか、何が向いているのかは掴みきれずにいる。古典を踊っても何かが足りず、かといって古典からはみ出すほど個性が強いという感じでもない。一方、コンテンポラリーの師であるリリア(ジュリエット・ビノシュ)から見ると「古典向き」。そもそも、ポリーナがダンサーとしてどの程度傑出しているのか、才能があるのか、いまひとつはっきりとしない描き方なのだ。いわゆる天才の話ではない。天才ではないから、もがくしかない。自分のスタイルが掴みきれないからこそ、次のスタイル、次のスタイルへと模索していくのだ。じっと考えるのではなく、移動しつつ動きつつ考えている感じが、ダンサーっぽいなと思った。まず身体ありきなのだ。
 ポリーナは最後にあるスタイルを掴むが、その元となるイメージが子供の頃見た幻影のようなものである所が面白い。そこから更に、最初の師であるボジンスキーと向き合う。彼女にとってのボジンスキーはそういう存在なんだなと腑に落ちた。原風景に立ち返ることが、自分の核を掴むことに繋がるのだ。

ポリーナ (ShoPro Books)
バスティアン・ヴィヴェス
小学館集英社プロダクション
2014-02-05




『立ち去った女』

 教師だったホラシア(チャロ・サントス・コンシオ)は、冤罪で投獄され30年になる。しかしある日、受刑者仲間のペトラがホラシアが犯人とされた殺人事件の真犯人だと告白。ホラシアに罪を着せたのは、ホラシアのかつての恋人・ロドリゴだと言う。ペトラは真相を告白した後、自殺してしまった。ホラシアは釈放され娘と再会するものの、夫は既に亡くなり、息子は失踪。ホラシアは復讐の為ロドリゴを追う。監督はラヴ・ディアス。原作はレフ・トルストイの短編小説『God Sees the Truth, But Waits(神は真実を見給ふ、されで待ち給ふ)』。
 228分という長尺だが、ディアス監督の作品の中では比較的短い方だそうだ。いくらなんでも長すぎるのではと思ったが、見ている間は不思議とさほど長さを感じない(肉体的にはじわじわ堪えてくるけど・・・)。むしろホラシアの旅路が2時間で収まるはずがない、じわじわと迂回しつつ進むのが妥当ではないかと思えてくる。時間の経過を体感することが、この作品においては非常に重要なのだと思う。
 本作の物語は王道メロドラマ、復讐譚だが、ホラシアは復讐の手前で躊躇し続けているように見える。物理的な旅はロドリゴを発見した時点で終わっているわけだが、彼女の心の変遷、精神的な旅路はまだ終わらない。実際にはロドリゴをロックオンして住家を手に入れ現地での商売も始め、更に情報源を確保してと着々と準備を進めていく。釈放された後の自宅の処分や管理人へのケアでもわかるのだが、ホラシアは行動力はあるし実務能力が高い人(しかも体術の心得もある)なのだ。彼女の立ち居振る舞いには、身一つで生きてきた人のかっこよさがある。
 しかしロドリゴへの一撃は遅々として始まらない。むしろ、彼女がその過程で接する人たちとのやりとりの方が豊かなドラマを見せてくる。卵売り、ホームレスの女性、食堂を任されている女性ら、どの人たちもそれぞれ訳有りっぽく、個々のドラマを背負っているであろう存在感がある。特にトランスジェンダーのオランドとの交流は、女友達同士のようでもあり親子のようでもあり、強い印象を残す。
 彼・彼女ら脇役が、ホラシアのドラマを復讐譚から徐々にずらして別の線路に乗せていくように見えた。それこそが、ホラシアの旅路だったのだろう。ある種の「行きて帰りし」物語であるようにも思える。特定の場所に帰るというよりも、自分の心の置き場が決まったという意味での帰郷。さまよい続けているのはむしろロドリゴの方だろう。神父とのやり取りからも垣間見られるが、彼の魂は休まる時がないのだ。

イギリスから来た男 デラックス版 [DVD]
テレンス・スタンプ
パイオニアLDC
2002-03-22


親切なクムジャさん プレミアム・エディション [DVD]
イ・ヨンエ
ジェネオン エンタテインメント
2006-03-24



『ナラタージュ』

 大学2年生の工藤泉(有村架純)の元に、高校時代の演劇部顧問教師・葉山貴司(松本潤)から電話がかかってきた。後輩たちの卒業公演を手伝ってほしいというのだ。高校時代、葉山に恋していた泉は、再会したことで思いが再燃してしまう。原作は島本理生の同名小説。監督は行停勲。
 原作は未読なのだが、多分原作小説だとこのへんはもっと情念がどろどろしているんじゃないかなぁと思わせる部分がちらほらとあった。のっぴきならない感情を描いた作品ではあるものの、映画のトーンはかなり淡く、輪郭がぼんやりとしている。本作、大学を卒業し社会人となった工藤が過去を回想する(現在のシーンは冒頭とラストだけなんだけど)構成だ。葉山との恋は既に思い出の中のことであり、だからこそ生々しさにはフィルターがかかり、美しくノスタルジー漂うものに見える。淡々としたストーリー運びが時に平坦すぎる気もしたが、それも思い出として工藤の中に既に距離感が生じているからとも思える。
 工藤は高校時代、周囲から浮いていじめにあっており、学校の中に居場所がなかった。そんな時、声をかけて居場所を作ってくれたのが葉山。そりゃあ(何しろ見た目はまつじゅんだし)好きになっちゃうよなぁという説得力はある。実際、卒業式後のある出来事までは、葉山は普通に「良い先生」だと言えるし、工藤との距離感も教師と生徒のそれを踏み越えるものではない。なんで最後の最後で踏みとどまれないの・・・恋愛物語だから話の流れ上踏みとどまられちゃ困るわけだが、先生にはがっかりだよ!大人は大人であれ!という気分にもなってしまう。
 とは言え、葉山には葉山で色々大変な事情があり、救いを求めて工藤に手を伸ばしたということが徐々にわかってくる。葉山の弱い面がぼろぼろと露呈していくのだが、自分より一回りほど年下の相手に対して甘えすぎではと、気になってしょうがなかった。工藤のセリフではないが、なぜそのタイミングで電話してくるの!本作、工藤と恋愛関係になる男性として葉山の他に同年代の小野(坂口健太郎)も登場する。小野は工藤が葉山に思いを寄せていることを知っており、その上で彼女を大切にしようとするのだが、やはり葉山の存在を意識せずにはいられない。その結果、大分器の小さい言動をとってしまう。工藤を連れて実家に行くエピソードで小野いい奴だな!と思っていたのでこれにはがっかり。まあ焦るでしょうねとは思いつつも、こういうことされたらちょっと許せないかもなー。小野自身も自分が嫌な奴になっているというのはわかっているんだろうけど。

ナラタージュ (角川文庫)
島本 理生
角川書店
2008-02-01


真夜中の五分前 [DVD]
三浦春馬
アミューズソフト
2015-07-08




『セブン・シスターズ』

 2073年、人口過多と食糧不足に悩まされるヨーロッパ連邦は、厳格な一人っ子政策を発令、1人目以降の子供は親元から引きはがされて冷凍保存されるようになった。七つ子として生まれたが祖父(ウィレム・デフォー)に匿われ全員成人したセットマン姉妹は、週に一日ずつ外出し、1人の人物「カレン・セットマン」(ノオミ・ラパス)を演じて生活していた。しかしある日、「月曜日」が帰宅せず姿を消す。残された6人は月曜日を探すが。監督はトミー・ウィルコラ。
 ある事実が明らかになった時点で、失踪事件の真相は大体見当がついてしまう。ミステリとしてもサスペンスとしても割と大味だ。ただ、人口管理社会の世界設定が結構えぐく、思っていたよりもシリアスなトーンだった。政府による人口統制は非人道的だが、そうでもしないと現状の人口を社会は支えることができず、子孫の為の「豊かな世界」を残すことも難しい。どちらを選んでも出口なし!という惨酷さだ。ある人物の動機が明らかになると更にやりきれない。色々なものを両天秤にかけていく話なのだ。
 姉妹の祖父は、家族のあり方を一律に規定する全体主義的な政府のやり方に反旗を翻し、姉妹を密かに育てる。しかし7人が1人の人物を演じるというやり方は、姉妹にそれこそ家庭内での全体主義的な共同責任、一律であり「個人」ではないことを強いることになってしまう。個々が存在するために個を否定しなくてはならないのが皮肉だ。そこから「個」に立ち返る為の闘いを本作は描いているとも言える。
 7人姉妹を1人で演じるラパスが見事だ。1人で演じているから当然同じ顔、同じ姿なのに、全く別人に見える。衣装やメイクだけではなく、ちょっとした動きの違いで別人に見えるという部分が大きい。ラパスは日本でウケるような美人、可愛いルックスというわけではないが、顔つきに存在感があっていい。個でいられなくなった姉妹を個性の強い女優が演じるというあたりも面白かった。

トゥモロー・ワールド [Blu-ray]
クライヴ・オーウェン
ポニーキャニオン
2016-11-16


すばらしい新世界〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
オルダス・ハクスリー
早川書房
2017-01-07



『先生!、、、好きになってもいいですか?』

 高校生の島田響(広瀬すず)は、クールで生真面目な世界史教師・伊藤貢作(生田斗真)に恋をする。不器用ながらも伊藤に思いをぶつける響。伊藤は響に惹かれるが、教師という立場から彼女と距離を置こうとする。原作は河原和音の大ヒット漫画『先生!』。監督は三木孝浩。脚本を『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の岡田磨里が手がけた。
 映画(だけじゃないけど)は万人に開かれたものではあるが、やはり大抵の場合メインターゲットは設定してあり、またある年齢の時に見たからこそ響く作品というのもあるだろう。本作、響たちと同年代で見たら初恋の高揚感にきゅんきゅんしたかもしれないけど、いい大人、というかむしろ響たちの保護者に近い年齢になった身で見ると、なかなかしんどい。もう初恋できゅんきゅんとかしないからさ・・・。ストーリーと登場人物の行動原理がシンプルすぎるのもきつかった。長編漫画を2時間の映画にまとめているからという面もあるだろうが。
 また、若者の無鉄砲さと視野の狭さにはイライラするし、保護者目線になっちゃうと伊藤それはいかん!いかんぞ!と諌めたくなってしまう。教師と生徒の恋愛って、生徒側の年代だったころはちょっと憧れるし大人が素敵に見えたりもしたが、いざ大人になってみると、そこちょっと我慢しろよ!と思っちゃう。その時代を過ぎてみないとわからないわけだけど、「今」だけじゃなくてこの先長いぞ・・・という目で見てしまうのだ。映画のせいではなく、映画を見る自分の立場が変わったからこそのイライラなのだが。映画としては、ごくごく手堅く仕上げており、中高生が友達同士で見るにはちょうどいいのではないかと思う。
 ただ本作、教師と生徒の恋愛を描きつつ、やはり大人には責任があるのだという部分は一応ふまえており、そこには好感持った。「大人」としての振る舞いを美術教師の中島(比嘉愛未)が担っていたように思う。真剣なら許されるというわけではない、という浩介たちを諌める言葉は、高校生の時はわからないかもしれないけど、後々考えてみるとあの先生真っ当だったんだなと思えるものでは。同僚とのデート現場を目撃された時の態度も、大人はこのくらい堂々としらばっくれないとなというもの(笑)。あそこでうろたえる関矢先生は小物すぎる。



俺物語!!(通常版) [DVD]
鈴木亮平
バップ
2016-04-27


『死者と踊るリプリー』

パトリシア・ハイスミス著、佐宗鈴夫訳
様々な後ろ暗い秘密を抱えつつ、パリ郊外で妻と優雅な暮らしを続けているトム・リプリー。ある日、近所の借家にプリッチャード夫妻なるアメリカ人夫婦が引っ越してきた。プリッチャード氏はこっそりとリプリー家の写真を撮り、なぜかトムに近づこうとする。どうやらトムがかつて犯した犯罪のことを知っている様子なのだ。旅行先にまで追ってくるプリッチャードに不気味さを感じるトム。
『贋作』の展開の後日談的な作品であり、リプリーシリーズ最後の作品。これまで金や保身の為に犯罪に手を染め、その都度まんまと逃げおおせてきたトムだが、今回は過去の犯罪が彼を追いかけてくる。プリッチャードは贋作絡みの件だけでなく、ディッキーの件の真犯人もトムだと確信しているようなのだ。とは言え、プリッチャードの目的は金銭目的の強請などではない。単純にトムを追い詰め、怖がらせたいらしいのだ。サイコパスVSサイコパス的な様相も見せ、シリーズ中最も気持ちが悪い。恨みや金銭目的ならわかるが、たまたまそこにいたから(プリッチャード夫人の話によると、だが)悪意のターゲットにされるというのは、はっきりとした関係性がないからこそより得体が知れず怖い。トムが一方的にプリッチャードの中に過去の亡霊を見ているとも言えるのだが。後ろ暗さを捨てきれないところが、トムの人間らしい部分でもある。とは言え、いざとなると平気で犯罪行為に踏み切れるストッパーのゆるさもまたトムという人の面白さなのだが。

死者と踊るリプリー (河出文庫)
パトリシア・ハイスミス
河出書房新社
2003-12-07


贋作 (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2016-05-07

『穢れた風』

ネレ・ノイハウス著、酒寄進一訳
 風力発電施設建設会社で、夜勤についていた警備員の死体が発見された。ビルには何者かが侵入した形跡があり、更に社長のデスクにはハムスターの死骸が置かれていた。風力発電施設建設の反対運動に関係しているのかと思われた事件だが、次々に怪しい人物が浮かび上がっていく。
 刑事オリヴァー&ピアシリーズの5作目。ピアが新たなパートナーとの中国旅行から帰ってくるところから始まる。これまで登場した人物や人間関係を踏まえた内容なので、できれば時系列上の前作(『白雪姫には死んでもらう』。日本での翻訳出版の順番は本国での発行順とはずれている)を読んでからの方がいいかもしれない。特にオリヴァーの絶不調振りには目を覆うものがあり、本作から本シリーズを読む読者には、普段はもうちょっと出来る子なんです!と庇ってあげたくなるレベル。これまでもちらちら見え隠れしていたが、女性を見る目があんまりない人なのかな・・・。見た目がか弱い女性に弱く、自己が強い女性にはそそられないらしい。今回、コロっと落ちるんでびっくりするのを通り越して退いたわ!
 環境保護問題に絡んだ巨大な陰謀が並走していくが、人間、とっさの行動の動機はそんな高尚なものではなく、ストレートに欲望に絡むことが殆どだというのが、本シリーズの一貫した所だと思う。色と欲が泥臭い。それは犯人や関係者だけでなく、警察側も同じだ。オリヴァーもピアも、他の同僚たちも完璧ではなく色々難がある普通の人たちだ。そこが親しみやすさでもあり、魅力でもある。不完全な人たちの集団の方が、人間ドラマに広がりがあるんだなと改めて思った。オリヴァーの今後が大分心配ではありますが・・・

穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2017-10-21





白雪姫には死んでもらう (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス
東京創元社
2013-05-31

『リプリーをまねた少年』

パトリシア・ハイスミス著、柿沼瑛子訳
いくつかの殺人をおかしながらも、パリ郊外の屋敷で妻と悠々自適に暮らしているトム・リプリー。彼の前に家出少年のフランクが現れる。フランクは実はアメリカの億万長者の二男だったが、父親を殺したと告白するのだ。トムは戸惑いつつも、少年とベルリンに旅立つ。しかし旅先でフランクが誘拐されてしまう。
シリーズ1作目から比べると、いやーお金の余裕は心の余裕なんだなーとしみじみ感じる。『太陽がいっぱい』の頃のトムだったら、むしろ自分が誘拐犯になって身代金の要求してたよね!トム、お前丸くなったな!トムとフランクの間には疑似父子とも恋人ともつかないような情愛が通ってくるが、それをトムが悪用しないあたり、やはり大人と子供という一線は弁えている。ともするとフランクに振り回されているようにも見えるあたり、新鮮だ。父親殺しの罪悪感で押しつぶされそうなフランクを、トムは立ち直らせようと尽力する。過去は忘れろ、新しい人生を生きろと説得するのだ。しかし、彼の言葉はフランクに本当の意味では届かない。フランクは自分の魂、自分の過去への忠実さ、責任を捨てることは出来ないのだ。自分自身に対する誠実さがあるとも言える。また、フランクがそういう人柄でなければ、トムが強く惹かれることもなかっただろう。この関係、『贋作』のバーナードとの関係も彷彿とさせる。トムは自分にないものを持つ人に惹かれるが、それゆえに関係は長くは続けられない。哀切、かつどこか尻切れトンボ的なラストは、トムがフランクに対して手を繋ぎきれなかった後悔、そして所詮自分にはわからない存在だという諦めをにじませるものだった。

リプリーをまねた少年 (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2017-05-08


テリー ホワイト
文藝春秋
1991-09

『ゲット・アウト』

 アフリカ系アメリカ人の写真家クリス・ワシントン(ダニエル・カルーヤ)は白人の恋人ローズ・アーミテージ(アリソン・ウィリアムズ)の実家に招待される。過剰なくらいの歓迎ぶりに一安心するクリスだが、アーミテージ家が黒人の使用人を雇っていることに違和感を感じた。翌日、パーティが開かれるが来客は白人ばかり。その中に黒人青年を見かけたクリスは彼にカメラを向けるが、青年の態度が急変する。監督はジョーダン・ピール。
 田舎が怖い物件であり恋人の実家が怖い物件であるが、そこに人種差別を絡めて更に怖い物件に仕上げている。基本ワンアイディアではあるのだが、とてもよくできている快作。コンパクトな尺(104分)も素晴らしい。私はホラー映画は苦手なので本作も耐えられるかどうかとちょっと心配だったのだが、音やタイミングでびっくりさせる系の怖さではないので、大丈夫だった。恐いというよりも、気持ち悪い系の作品だろう。
 前述のあらすじでわざわざ主人公と恋人の人種を記載したことでも明確だが、人種差別、偏見が本作の怖さ、気持ち悪さの根底にある。小さいところから大きな(というか大き過ぎでとんでもない)ところまで、おそらく「黒人あるある」状態なんだろうなぁという、ある意味鉄板ネタの連打。クリスが過剰なほど接待されるのも彼が黒人だから無意識に気を使ってという面があるだろう(いちいちオバマ支持者だよ!というのとか)。パーティの参加者の発言、振る舞いは結構な差別でこれアウトだろう!というものばかりなのだが、当人たちはその自覚がなさそうだ。
 そんなクリスならずとも居心地の悪い状況から、どんどん不穏な雰囲気になっていく。あーやっぱりね、うんうん、と思っていると、えっそっち!というとんでもない方向にハンドルを切られてびっくりした。この題名、そういう意味か!人種差別・偏見に根差すものなのは確かなんだけど、これまたずいぶん拗らせているというか複雑化しているというか・・・。多民族国家の屈折した部分をかいま見て(というか前面に出してきてるんだけど)しまった感がある。

ヴィジット [Blu-ray]
オリビア・デヨング
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2016-10-05


招かれざる客 [Blu-ray]
スペンサー・トレイシー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2013-06-26


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