3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『動く標的』

ロス・マクドナルド著、田口俊樹訳
 石油王の富豪サンプソンが失踪した。私立探偵のリュウ・アーチャーはイレイン・サンプソン夫人から夫捜索の依頼を受ける。アーチャーが犯罪組織の関与を疑い始めた折、サンプソン邸に10万ドルを送金しろというサンプソン氏直筆の手紙が届く。アーチャーは身代金を要求する手紙だと判断する。
 新訳版はやはり読みやすい。一度読んだ作品のはずなのにストーリーの流れや犯人を全く思い出せず、新作を読むのと同じように新鮮に読んでしまった・・・。これは損したのだろうか得したのだろうか。ただ、あるシチュエーション、情景はそういえばこんな感じだったなと思いだす。私が本作を原作にしたポール・ニューマン主演の映画『動く標的』(ジャック・スマイト監督、1966年)を見たことがあるから映像としての印象の方が強いというのもあるだろう。しかし何より、私にとってロスマク作品の魅力は、プロットではなく情景の描写や情感にあるのだろう。サンプソンの娘ミランダが車を飛ばすシーン、新興宗教施設でのドタバタ、中年弁護士がふと見せる哀愁など。なお、翻訳家の柿沼瑛子が解説を寄せているが、著者の来歴やそれが作品に与えたと思われる影響にもざっくり触れており、ロスマク入門編には良い。

動く標的【新訳版】 (創元推理文庫)
ロス・マクドナルド
東京創元社
2018-03-22


動く標的 [DVD]
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復刻シネマライブラリー
2011-12-26

『ダ・フォース(上、下)』

ドン・ウィンズロウ著、田口俊樹訳
 ニューヨーク市警内でも最もタフで優秀で悪辣なことで知られるマンハットン・ノース特捜部、通称「ダ・フォース」を率いるデニー・マローン刑事は、銃や麻薬の取り締まりにより地域の安定を図る刑事の王だった。しかしドミニカ系麻薬組織の手入れでのある行動をきっかけに、彼の転落が始まる。
 マローンは非常に優秀な刑事だが、本作における優秀さは悪辣さと一体となっている。額面通りの正義では麻薬組織や武器商人には対抗できない。しかし、彼らは闘ううちに後戻りできない領域に入ってしまう。越えてはならない一線があったのではなく、一歩一歩自主的に泥沼にはまっていったことに自分でも呆然とするのだ。特に後半はマローン転落の一途といった感じで実に陰鬱だが、マローンに同情して陰鬱になるのではない。最初まっとうな志を持っていても、力を持つと人は堕落していく、警官だろうが政治家だろうが犯罪者だろうが同じだと突きつけられるからだ。マローンは街の為、正義の為に行動しているつもりでいるが、彼の行動ははたからみたらギャングとたいして変わらない。街や正義の為だという言い訳がきかない所まで彼は来てしまったのだ。マローンが愛した街、愛した人たちが彼を逃げ場のない所に追いやってしまうというのが辛い。そこから逃げ出せるくらい彼が悪人だったら、もっと軽い話になっていたのだろう。

ダ・フォース 上 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26


ダ・フォース 下 (ハーパーBOOKS)
ドン ウィンズロウ
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2018-03-26

『たったこれだけの家族 河野裕子エッセイ・コレクイション』

河野裕子著
 歌人である著者のエッセイ集『みどりの窓の家から』を全編収録、加えて未収録だった21編と共に新編纂したエッセイ集。
 家族と共に約2年間、アメリカで生活した時期の諸々を中心に綴られている。子どもたちがみるみるうちに成長していく様が随所に感じられる。英語が流暢というわけではない著者にとってアメリカでの生活は大変なものでもあったろうが、子どもたちが現地に適応していく様を面白がり、自分とのギャップに時にたじろぐ。夫と息子の距離感、自分と子どもたちとの距離感との違い、やがて子どもたちとの関係が友人のようになっていく様等、一家の生活の変遷を見ていく感も。家族が一緒にいられる時間は有限で、だからこそ輝いて見える。べたつかず素直な言葉で綴られており好感が持てた。短歌の印象とはまたちょっと違うのだ。平静な筆遣いで湿っぽくない文章だが、最後に収録された表題作からは、苦しく葛藤した時期もあった様子が垣間見える。
 なお、土地柄(ワシントンDC郊外らしい)なのかそういう時代だったのか、現代のアメリカよりも大分おおらかで開けた気質が感じられる。それでも牛乳パックに行方不明児童の写真がプリントされていたりと、ある面での治安の悪さを身近に感じさせる部分もあった。本当に外を歩くということ自体ないんだなぁ・・・。




『きみへの距離、1万キロ』

 アメリカ、デトロイトに住むゴードン(ジョー・コール)の仕事は、1万キロ離れた北アフリカの砂漠地帯にある石油パイプラインを、小型ロボットで監視すること。ある日ゴードンは、パイプラインの近くの村の娘アユーシャ(リナ・エル・アラビ)を見かける。彼女は強制結婚から逃げる為、恋人と海外へ逃亡しようとしていた。監督はキム・グエン。
 ゴードンはアユーシャを助けるつもりではあるのだが、彼の行動は気になる女の子を監視カメラで逐一チェックし彼女の人生に勝手に介入していくというものなので、冷静に考えるとかなり危うい。しかし、ちょっとおとぎ話的な雰囲気で中和されている。何より6本脚のロボットの可愛らしさで乗り切っている気がする。そういえば本作もある意味、「二輪車二人乗り」映画だ(私は「二輪車二人乗りシーンがある映画は打率が高い」という持論を持っている)。
 正に当事者として問題の真っ只中にいるアユーシャに対して、ゴードンはその職業が象徴するように「見ている」だけの人だ。彼はアユーシャと彼女の恋人カリムのことを、『ロミオとジュリエット』のように「見て」いる。恋人に振られたばかりの彼にとって、アユーシャとカリムの真摯な関係はロマンティックであり、理想的なものに見えたのだろう。ゴードンは自分が欲する真摯な関係やロマンティックさは、モニターの向こう側にしかないように思っていたのではないか。しかし、モニターの向こうのアユーシャにとっては現実そのものなのだ。
 ある出来事から、ゴードンは当事者としてアユーシャの逃亡に手を貸すことを決意する。物語を眺めているだけだった人が、自分で物語を生き始めるのだ。彼の行為はアユーシャの物語を一方的に消費し「ただ乗り」している行為にも見えかねない。しかし自分で物語を動かそうとする、つまり彼女を助けようとするゴードンの意思と、逃げたいが助けが必要なアユーシャの意思がはっきりしているのでそれほど嫌悪感は沸かない。ラスト、それこそ物語の主人公になったようなゴードンの行動はなんだか微笑ましくもある。

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アミューズソフトエンタテインメント
2013-10-23


不思議のひと触れ (河出文庫)
シオドア・スタージョン
河出書房新社
2009-08-04


『ラブレス』

 ボリス(アレクセイ・ロズィン)とジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)は離婚協議中で、既にそれぞれ別のパートナーがいる。2人とも新しい生活を始める為、相手に12歳の息子アレクセイを押し付けようとしており、協議はもめていた。2人の口論を聞いたアレクセイは、ある日学校へ向かったまま行方不明になる。監督・脚本はアンドレイ・ズビャギンツェフ。
 日本で公開されたズビャギンツェフ監督の作品は毎度見ているのだが、どれもビジュアルは大変美しく情緒がないわけではないが人間に対する視線が冷徹で、血も涙もないな!とうめきそうになる。本作も題名からして血も涙もない。そして題名通りの内容だ。
 ボリスとジェーニャは形は異なるものの、エゴをむき出しにしていく。ジェーニャは苛立ちや怒りをボリスにぶつけ、とりつくろうとすらしない。ボリスは一見下手に出ているが、言葉の端々からは責任を回避しようとする姿勢が見て取れる(終盤、新しい家庭でのボリスの姿は、この人夫としても父親としてもやる気ないんだな・・・と予感させるもの。家庭は欲しいが家庭で果たすべき責任は面倒くさくてやりたくないという感じ)。2人とも、自分のことが最優先でアレクセイのことは二の次だ。
 2人の行動は親としてどうなんだ、と非難されるであろうものだ。とは言え、彼らのエゴイズムと同じものが映画を観ている側の中にもきっとある。また、全ての親が自分の子供を愛せるわけでもないだろう。ボリスとジェーニャは保護者としての責任をおろそかにしたという点では非難されるだろうけど、愛が薄い(ように見える)ことは正直な所あまり非難する気にならなかった。もし親になったら、私もこんな感じじゃないかなと思ってしまうのだ。本作の題名はラブレス、愛がないということだが、そもそも家族の間に愛があるという前提が不確かなものではないだろうかと。
 アレクセイに対する直接的な愛情も思い入れもない、ボランティアの捜索隊の人たちの行動が、作中最もまともで責任感あるもののように見えたのが皮肉だ。

裁かれるは善人のみ [DVD]
アレクセイ・セレブリャコフ
紀伊國屋書店
2016-08-27



『ワンダーストラック』

 1977年ミネソタ。母親を交通事故で亡くした少年ベン(オークス・フェグリー)は、会ったことのない父親の手がかりを見つけ、ニューヨークに向かう。1927年ニュージャージー。聴覚障害を持つ少女ローズ(ミリセント・シモンズ)は厳格な父親に反発し、女優リリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)に会う為ニューヨークへ向かう。原作はブライアン・セルズニックの同名小説、監督はトッド・ヘインズ。
 2つの時代、2人の子供の親を求める旅路が平行して進行される。お互いのパートへの呼応の仕方、その呼応に合わせたもう一方の時パートへの切り替え方は、それほど洒脱というわけではないのだが、違和感はなくわかりやすい。ローズがここを通った50年後にベンが!というような時間を越えていく盛り上がりがある。舞台になるのが博物館や美術館、古本屋など、自分のツボをついてくる場所ばかり。博物館にこっそり寝泊まりするなんて、やってみたかったなー!本作、いつになくロマンチックで可愛らしい作品だ。子供が主人公で、子供が見ることも前提に作られているからだろうが、この先の人生に対するポジティブさを感じた。今は居場所がないかもしれないが、いつかきっと居場所が見つかる、あなたを待っている人がいるんだ(それは今期待しているものとは違うかもしれないけど)と語りかけてくるような優しさがある。
 ローズが映画を見に行くシーンがあるが、当時の映画はまだサイレント映画だ。サイレント映画であればローズは他の人たちと同じように楽しめる。しかし映画館にはトーキー映画到来のポスターが貼られている。この先、ローズは映画という世界からはじき出されてしまうのだ。彼女は旅の中でしばしば、この世界からはじき出されてしまうような体験をする。彼女にとって世界とはそういうもので、そういう世界を自分のものにしていく為の格闘があったんだろうなと、「その後」の彼女の姿を見て思った。ベンもまた、彼女とは違う形かもしれないが、そういう格闘を重ねていくのだろうかと。

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『港町』

 想田和弘監督の「観察映画」第7弾。前作『牡蠣工場』の撮影地である岡山県の漁港町・牛窓。『牡蠣工場』の撮影の合間に出会った町の人たちの生活と町の風景を撮影した作品。
『牡蠣工場』の副産物とも言える、元々撮影の予定はなかった作品だそうだ。撮り始めてみたら予想外の撮れ高があったというか、監督の撮影者としての引きが強いというか。ここは撮ってみたら面白いかもな、という場に即時対応していく判断力と身体性(観察映画は、撮影者の身体性を予想外に感じる形式だと思う。実際問題として、タフじゃないと撮影し続けられないだろうし)がこの引きの強さを生んでいるんだろう。122分という想田監督としては比較的短い作品なのだが、密度は濃い。
 本作、ほぼ全編モノクロームで撮影されているのだが、モノクロの風景にはどこか異世界感がある。この町で長年繰り返されてきたであろうごくごく日常の風景が映し出されると同時に、それが他の国のような、全く知らない世界のもののように見えてくる(もっとも、都会、ないしは内陸側に住んでいる人にとって牛窓は「異界」と言えるのだろうが)。登場するのがお年寄りばかりで若者や子供があまりいない(子供は全く登場しない)ということもあって、なんだかあの世とこの世の境目のようだ。
 メイン登場人物とも言える「クミさん」はよく喋るが、息子についての話が始まると、異世界感が更に深まる。クミさんに限らず、登場する人たちの日常風景を追うことは、その人の生活と歴史を垣間見ることだろう。クミさんの息子についての話も彼女の生活と歴史を反映したものではあるのだが、それ以上彼女の内的世界がはみ出してくるような、異様な迫力があるのだ。普通、日常の中でのコミュニケーションでは、そういう「中身」を必要以上に見せないものにするものだろう。見た側も見せてしまった側も、なんとなく居心地悪くなりそうだから。
 そこをあえて踏み込む想田監督の心の強さに唸る。普通だったら腰が引けてしまいそうなところをあえて踏み込んでいく。被写体にもよるだろうが、この判断力はドキュメンタリー作家としての資質に大きく関わってくるんだろうなと思う。対象との距離感が初期とはだいぶ変わってきているのでは。

精神 [DVD]
ドキュメンタリー映画
紀伊國屋書店
2010-07-24



『少年が来る』

ハン・ガン著、井出俊作訳
 1980年、韓国全羅南道の光州を中心に起きた民主化抗争、光州事件。戒厳軍の武力鎮圧によって、未成年を含む多数の市民が犠牲になった。抗争の中で生き残った者、死んでしまった者、そして残された者たちが自らの人生を語り始める。
 先日読んだ千雲寧『生姜(センガン)』と裏表のような作品だった。『生姜』は軍の側から、本作は鎮圧された市民たちの側から暴力が描かれる。光州事件については何となく知っていると言う程度だったのだが、こんなに死者が出ていたのかと茫然とした。殺された者の言葉として、ありありと状況が立ち上がってくるのだ。生き残った者も、死者の遺族も、暴力の記憶。喪失の記憶に苦しみ続ける。多くの人の人生が一つの出来事で決定的に蝕まれてしまうということが、ひしひしと伝わってくるのだ。事件の調査に当たり生存者の証言を収集する研究者に対しする証言者の言葉の節々には、(その場にいなかった)あなたに何がわかるのかという怒りとも諦念ともつかない感情が滲み、言語化しつくせない苦しみを言葉として残すというのはどういう試みなのか、また茫然とするのだ。




『リビング ザ ゲーム』

 ラスベガスで開催される、大規模な格闘ゲーム大会「EVO」で二連覇を果たし、ゲーム界のカリスマ選手的な立ち位置にある梅原大吾。その梅原に挑む若手プレーヤー、ももち。そしてアメリカ、フランス、台湾等、世界中のトッププレイヤーたち。人前でゲームをする姿を見せることを生業とするプロ ゲーマーたちを追うドキュメンタリー。監督は合津貴雄。
ちょっと時間があるから見てみるか、くらいの気分で見たのだが、とても面白かった。私は今では一切ゲームをやらないのだが、まさかストリートファイターの動画を見てこんなにも拳を握りしめる日が再び来るとは・・・。ゲームと縁がない人でも面白く見られるように配慮されている作品。構成がしっかりとしていて、この大会はどのくらいの規模で、この大会とこの大会の間にどんな経緯があって、といった部分の提示がゲームを知らない人にもわかりやすいと思う。対象となっているゲームが、画面内で起こっていることが分かりやすい格闘ゲームだというのも勝因だろう。単純に絵になるし気分が盛り上がりやすい。
 TVゲームプレーヤーに限らずどのジャンルにおいてもだろうが、スタープレイヤーであることと、その分野の技術が高いこととは、必ずしも一致しない。正確には、スターになるには技術プラスαが必要なのだろう。そしてそのプラスαは、個人のキャラクター性であったりメンタルの特異さであったり、往々にして努力ではどうにもならない。梅原とももちを見ているとそのあたりを痛感してなかなかに辛い。ゲームやらない私が見ていてもそう思うから、ドキュメンタリーとしては大成功と言えるんだろうけど・・・。梅原は(ゲーム外様の私が知っているくらいだから)やはり天才肌だしメンタリティがちょっと特異なんだろうな。勝敗ぎりぎりのところで「面白そうな方」を選べるというのは相当心が強くないと出来ないだろうし、「面白そうな方」に踏み切れることこそが、彼をスターにしている。彼のプレーは見ていて盛り上がるのだ。
 対してももちはおそらく非常にテクニックはあるが、堅実でいまひとつ華がないと思われる。本作、ももちとパートナーのチョコブランカに密着できたというのが勝因になっていると思う。梅原は、スターすぎて共感の要素がないので、ゲーム知らない人にはあまり訴求してこない。人としての弱さが垣間見えるももちの方がドラマ性があるのだ(当人にとってはいい迷惑かもしれないけど・・・)。





『三連の殺意』

カリン・スローター著、多田桃子訳
 団地の階段で売春婦の他殺死体が発見された。被害者の体は残忍に痛めつけられ、舌を噛み切られていた。アトランタ警察の刑事マイケルは事件の担当になるが、ジョージア州捜査局から特別捜査官のトレントが派遣されてくる。トレントは警官としては風変りだが、捜査官としては切れ者らしい。トレントは過去にも3件、同じように舌を切り取られる暴行事件があったことを突き止めていた。
 ウィル・トレントシリーズ1作目とのことで、主人公はマイケルではなくトレント。マイケル、トレントそして他にも複数名の視点でストーリーが進行するが、途中であっと驚いた。そうくるのか!この仕掛け以降、一気に緊迫感が増し、本作の主軸がどこにあるのかはっきりしてくる。真犯人のクソさ、そいつがどのような類のクソであるのかも際立ってくるのだ。スリリングで面白いのだが、ちょっと盛りがよすぎて逆に途中で飽きてきてしまう。事件そのものもボリューム感があるのだが、個々のキャラクターの設定を盛りすぎ。シリーズものとは言え、この段階でそんなに盛らなくてもいいのよ・・・もうちょっとストイックにいこうか・・・。

三連の殺意 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2016-02-25


血のペナルティ (ハーパーBOOKS)
カリン スローター
ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017-12-16



『修道士は沈黙する』

 空港に降り立ったイタリア人修道士ロベルト・サルス(トニ・セルヴィロ)は、迎えの車に乗る。到着したのは海辺の高級ホテル。このホテルで開かれるG8の財務相会議に、ロックスター、絵本作家と共にゲストとして招かれたのだ。しかしロベルトを招待した張本人であるIMF・国際通貨基金のダニエル・ロジェ専務理事(ダニエル・オートゥイユ)がビニール袋を被った死体となって発見される。ロジェに告解を依頼され、死の直前まで彼と対話していたロベルトは取り調べを受けるが、戒律に従い沈黙し続ける。監督はロベルト・アンドー。
 ロジェの死はまず自殺だろうと警察は判断するが、彼は翌日の会議で重大な発表をする予定で、その発表により発展途上国は大きな打撃を受けると予想されていた。そんな彼がロベルトに何を告解するというのか、ロジェの秘密が世界の経済状況に大きな影響を及ぼすのではとG8の面々は騒然とする。世界経済の揶揄する社会批判的な意図も込められた作品だと思うのだが、これがあまり上手く機能していないように思った。財務相会議で何が話し合われるのか、何が発表されるのかという部分が漠然としていて、彼らが何を懸念しなぜ騒いでいるのかがぴんとこないのだ。なので、なぜロジェから聞いた内容を話せとロベルトに対して執拗に強制するのか、不自然に感じてしまう。
 会議の前日の集まりなども妙に牧歌的だし、ロックスターと絵本作家が招かれた理由もわからない(絵本作家とカナダ代表は女性だが、セクシャルな存在としてだけ登場するようで、これだったらいなくてもいいんじゃないかなと)。具体的なディティールがふわっとしていて、抽象的になりすぎている気がした。ロベルトの存在自体が抽象的で、彼に伴う鳥や犬の使い方もファンタジー寄り。作品のリアリティラインがどう設定されているのか曖昧だ。
 ロベルトは当然宗教家として振舞うのだが、G8のアナリストたちの振る舞いも、別の宗教に属するもののように見えてくる。自分たちにとってはこちらが正しく、お互いすり合わせる余地がない。ロベルトが発言しないのはそういう戒律だからそこに交渉の余地はないのだが、アナリストたちにはそれが通じない。事態を収めるには黙って立ち去る他ないのだろう。ラストシーンが妙に可愛いのだが、やはりロベルトはアナリストたちとは別の世界の人のように見える。

ローマに消えた男 [DVD]
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中央映画貿易
2016-12-02



人間の値打ち [DVD]
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
ポニーキャニオン
2017-06-21


『ニューヨーク1954』

デイヴィッド・C・テイラー著、鈴木恵訳
 赤狩りの嵐が吹き荒れる1954年のアメリカ。ニューヨーク市警の刑事キャシディは、ブロードウェイの無名ダンサー、イングラムが自宅で拷問された上殺されている事件に遭遇する。自宅の安アパートにあった高級家具や上質な衣服は、彼が本職とは別の金づるを握っていた可能性を示唆していた。捜査担当になったキャシディだが、FBIから横やりが入る。反発したキャシディは強引に捜査を続けるが。
 キャシディの父親が演劇プロデューサーという設定なので、当時の演劇界の雰囲気も垣間見える。マッカーシズムの真っ只中で、思想の自由は奪われ、政府に協力しないとどうなるかわからないという不安感がじわじわと広がっている。しかしその一方で、メキシコ共産党に加入していた経緯があるディエゴ・リベラが、セレブの間でもてはやされていたりするのが面白い。リベラ以外にもマッカーシーの右腕ロイ・コーン(先日ナショナルシアターライブで見た『エンジェルス・イン・アメリカ』には晩年のコーンが登場するが死ぬまでくそったれ野郎)やこの時代の本丸とでも言うべき人物も登場し、時代感が楽しめる作品。逆にこの時代の有名人を多少知っていると、イングラムの金づるがどういうものか見当つきやすいだろう。
 中盤以降、話の盛りがやたらといいというか、登場人物やエピソード等、要素を増やしすぎたきらいがある。キャシディの父親は演劇人であると同時にロシア移民でもあるので、彼にしろキャシディにしろ立場はかなり危ういのだが、ちょっと軽率に行動しすぎな気がする。またキャシディの相棒がストーリー上あまり機能していないのももったいない。てっきりバディものかと思ったのにー。

ニューヨーク1954 (ハヤカワ文庫NV)
デイヴィッド・C・テイラー
早川書房
2017-12-19


J・エドガー [DVD]
レオナルド・ディカプリオ
ワーナー・ホーム・ビデオ
2013-02-06

『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』

 第2次世界大戦下、ドイツは進撃を続けフランスは陥落寸前、連合軍は北フランスの港町ダンケルクの浜辺まで追い詰められた。就任したばかりの英国首相ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)は、ヒトラーとの和平交渉か徹底抗戦か、選択を迫られる。外相ハリファックスはイタリアを仲介役とした和平路線を推すが、チャーチルは徹底抗戦に傾いていた。監督はジョー・ライト。オールドマンは本作で第90回アカデミー賞主演男優賞を受賞した。
 オールドマンが全編特殊メイクで熱演、その特殊メイクを手掛けた辻一弘がアカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したことでも話題になった(特殊メイクは言われないとわからない、言われてもわからないレベル)本作だが、オーソドックスな歴史劇として面白かった。チャーチルが首相就任してからイギリスが全面的に開戦を選ぶまでの短い期間を描いているのだが、日付が毎日、あるいは数日刻みで表示され、緊迫感を強める。イギリスにとっては本当に「時間の問題」な状況なんだと感じられるのだ。ガレー陥落への顛末等、当時のイギリスはここまで追い詰められていたのかと改めて実感する。その中でダンケルクからの救出を成功させたのは、奇跡みたいなものだったんだなと。
 サブタイトルに「ヒトラーから世界を救った男」とあるが、これは結果論にすぎない。事態の最中にいるチャーチルには当然、自分の選択がどういう結果になるかはわからない。他の政治家たちも同様で、更に戦況が苛烈になるチャーチルの強硬路線には諸手を挙げて賛成しにくいし、和平路線を選んでも英国側の要望が通るとは考えにくく実質降伏みたいなものだろうからこれも賛成しにくい。全員が右の地獄か左の地獄かという究極の選択を強いられているわけで、こういう状況で政治家たちがどのように考え動くのかという面でも面白かった。本作に登場する政治家は主に保守党の(まあ家柄のいい)人たちだが、結構ことなかれ主義に見える。(実際はどうだったのか知らないしドラマとしてちょっと作りすぎかなという気はするが)庶民の方が戦争もやむなしみたいな姿勢に描かれていた。庶民、労働者の方が「自分たちの国だから好き勝手させない」という意識が強烈な所が英国のお国柄なのかな。ハリファクスたちはヒトラーの真意について見込みが甘かったという面もあるだろうけど・・・。もしドイツのトップがヒトラーでなければ、チャーチルも和平交渉に傾いたのではないかなという気もする。

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2017-12-20






『レッド・スパロー』

 ボリショイバレエのダンサーだったが事故でダンサーとしての道を絶たれたドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)は、ロシア政府の諜報機関に加わり、セクシャルな誘惑や心理操作を駆使するスパイ「スパロー」になる訓練を受ける。彼女はやがて才覚を認められ、CIA捜査官ネイト・ナッシュ(ジョエル・エドガートン)に近づき彼がロシア内に持っている情報源を特定するという任務を命じられる。監督はフランシス・ローレンス。
 ドミニカもナッシュも、意外と手の内をお互いに見せていくのだが、どこが工作でどこが本気なのか、二転三転していく。スパイ映画というよりも、政治的な、また個人同士のパワーバランスの転がり様を見ていくような作品だった。本作、面白いことは面白いのだが今一つ気分が乗り切らなかったのは、パワーバランス、力を巡る話だったからかもしれない。ドミニカは母親を人質に取られるような形で、スパイになる以外の選択肢を奪われる。叔父は彼女に対して支配力があると言える。スパイ養成所で叩き込まれるのは、相手をコントロールする方法で、それも相手に対する力の行使のやり方だ。ドミニカが「実演」するように、相手の欲望を見抜くことが弱点を掴むことにもなる。そしてもちろん、ドミニカにしろナッシュにしろ、組織、国家という力に支配されており、そこから逃げのびることは難しい。ナッシュは(ロシアと違い)アメリカは人を使い捨てにしないというが、それは嘘だよなぁ・・・。相手を支配することによる力の奪い合いって、見ているうちにだんだん辛くなってきてしまい楽しめない。コンゲームにおける裏のかきあいとは、私の中ではちょっとニュアンスが違うんだろうな。
 しかしその一方で、ドミニカがいかに自分を保っていくかというドラマでもある。この部分は序盤から徹底しており、少々意外なくらいだった。彼女は様々な名前、姿、身分を使い分けるが、常に自分であり続け行動の意図がブレない。彼女のありかは国でも組織でも特定の個人でもなく、自分だけなのだ。ある意味スパイ映画の対極にある映画な気もしてきた。ジェニファー・ローレンスのキャラクター性が強すぎて、そっちに役柄が引っ張られているような気もしたが。

レッド・スパロー (上) (ハヤカワ文庫 NV)
ジェイソン・マシューズ
早川書房
2013-09-20



アトミック・ブロンド [Blu-ray]
デヴィッド・リーチ
Happinet
2018-04-03


『リメンバー・ミー』

 靴職人の一族に生まれたミゲル(アンソニー・ゴンザレス)は音楽が大好きで、伝説的ミュージシャン、デラクルスに憧れている。「死者の日」の祭りで開催される音楽コンテストに出場したいミゲルは、デラクスルの霊廟に収められていたギターを手にする。ギターを奏でると同時に、彼は死者の国に迷い込んでしまう。死者の国で亡き親族に会ったミゲルは、夜明けまでに生者の世界に戻らないと本当に死者になってしまうと告げられる。監督はリー・アンクリッチ。
 ピクサー・アニメーションの新作長編作品だが、アニメーションのクオリティは相変わらず凄まじい。特に質感へのこだわりには唸る。人や衣服の肌合いがどんどん進化しているのがわかる。また、水の透明感と光の反射・透過感の再現度の高さがまた上がっているように思う。キャラクターの動きの面では、ミゲルがギターを弾くシーンが度々あるのだが、指の動きの演技がすばらしい。ちゃんとこの音ならこういう動きだろうな、と想像できるのだ。ギターを弾く人ならよりニュアンスがわかるのでは。
 ビジュアルはとても充実していてカラフルで楽しいが、今一つ気持ちが乗りきれなかった。ミゲルの祖母エレナの振る舞いにどうしても抵抗があって、家族は大事にしなくちゃ!という気持ちになれない。ミゲルの一族ではある事情から「音楽は一族を不幸にする」と考えられていて、代々音楽を聴くことも演奏することも禁じている。しかしその掟は曾曾祖母個人の体験に基づくものだ。他の家族にも当てはまるとは限らない。そういう個人的なことを家族と言えど他人に強制する姿勢が嫌なのだ。何が大切なのかは人それぞれ、家族より大切なものがある人もいるだろう。なので、家族は愛し合い支え合える、何よりも大切な存在であるという前提で話を進めないでほしいのだ。そりゃあ、上手くいっている間は家族は良いものだろうが、毒にしかならない家族というのも多々いると思うんだよね・・・。少なくともストーリー前半でのミゲルの家族は、彼を個人として尊重していないように見える。
 また、生者に忘れ去られると死者の国の死者は存在できなくなる=二度死ぬというルール、感覚としてはわかるが、生きている親戚縁者のいない死者たちがスラム街に住んでいるというのは、ちょっとひどいと思う。親戚縁者の多さ・ないしは著名人であったことと個人の生の価値とは一致するものではないだろう。そもそも生の価値は他人が決めるものではないと思うんだけど・・・。





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