3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『ネイビーシールズ ナチスの金塊を奪還せよ!』

 1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争末期のサラエボ。NATO軍として派遣されていたマット(サリバン・ステイプルトン)率いる5人のネイビーシールズチームは、かつて近くの村に逃れてきたナチスが残した、重さ27トン、総額3億ドルの金塊が湖に沈んでいると知る。チームの一員ベイカー(チャーリー・ビューリー)が恋する地元の女性ララ(シルビア・フークス)はかつてナチスの金塊の話を祖父から聞いていたのだ。町の復興の為にどうしても金塊が欲しいとララに頼まれた5人は、撤退までの8時間で金塊を運び出す計画に着手する。監督はスティーブン・クォーレ。製作・原案はリュック・ベッソン。
 舞台が1995年のサラエボという所で意表を突かれた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ってこういう風に扱われる「歴史上の出来事」になったんだなぁと。本作、敵軍の将軍を拉致した上、盗んだ戦車で逃亡するという無茶苦茶な序盤展開なので、背景が生々しすぎるんじゃない?と思わなくもないけど、20年以上前のことってその程度の感覚なんだろうか。そんなに背景説明されるわけでもないし、架空の紛争地域と言ってしまってもいいくらいの軽さなんだけど・・・。現地の軍組織をちょっとバカにした部分があるのは気になった。
 アクションに過不足なく、ほどほどのゆるさで楽しく見た。前半は火器銃器満載で景気よく、後半は水中での作業が多いのでちょっと珍しいシチュエーションが多く見られる。チームのそれぞれが専門分野を持つチームものとしても楽しい。ただ、予告編ではベイカーがセクシー担当ハニートラップ要員みたいな扱いだったけど、単にララと恋仲というだけで、全然そんなことなかった(そもそもそんなにセクシーでもない気が・・・)。彼だけ専門分野が何なのかわからなかったんだけど、サブリーダー的な立ち位置ってことかな?なお、チームの上司役でJ・K・シモンズが登場するが、今回も見事な説教芸を披露している。

ミケランジェロ・プロジェクト [DVD]
ジョージ・クルーニー
松竹
2016-04-06


ザ・バトル ネイビーシールズVSミュータント [DVD]
ポール・ローガン
アメイジングD.C.
2018-02-02





『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』

 先天性疾患により視力の95%を失ってしまったサリヤ(コスティア・ウルマン)は、ホテルで働きたいという夢を諦めきれず、目が見えないことを隠して一流ホテルの研修生になる。姉や同僚のマックス(ヤコブ・マッチェンツ)らの助けを借りて研修課題をこなしていく中、ホテルに品物を下している野菜農家のラウラ(アンナ・マリア・ミューエ)に恋をする。監督はマルク・ローテムント。
 サリヤはホテルで働きたい一心で、障害を隠す為に全力で努力する。障害を克服した!すごい!という話とはちょっと違う(予告編ではそういう話に見えるけど)所が面白いし、誠実だと思う。彼にとって一番の「奇跡」であり「素敵な人生」であるのは、自分の障害をカバーするために尽力する家族や友人に恵まれたことではないか。
 序盤、ホテルの面接に合格するためにサリヤは姉と何度もリハーサルをする。この時の姉の指導の仕方が具体的で理にかなっているもので、とてもいい。サリヤは視力には不自由しているが、出来ることはたくさんある。姉は不自由な部分「だけ」を補助しようとするのだ。これはマックスも同様で、この2人のサポートの仕方、教え方は常に実践的だ。何か障害があってもやりたいこと、得意なことがあるのなら助けを借りればいい、周囲はサポートをするという姿勢が徹底している。サリヤは記憶力と聴覚に優れ、サービス業への適性は高い。一つの特徴によってその適性がないものにされてしまうのは、やはり勿体ない。これは、ホテルで皿洗いをしている難民男性にも言えることだ。彼は祖国では医者だったが、難民としての滞在ビザでは皿洗いしか仕事がない。これもまた勿体ない話だ。その解消の為に人の力を借りて何が悪いんだ?という話でもある。
 サリヤは障害がないかのように振舞うが、これは克服したというのとはちょっと違うだろう。視力によるハンデ、不得意は依然としてあるし、それによって一歩間違うと取り返しのつかない事態にまで追い込まれてしまう。「見える」ように振舞う必要がない社会が本当に豊かな社会と言えるのだろう。いい人ばかり出てくるけれど美談すぎるようには見えないのは、サリヤの限界も描いているからだ。彼は自分のことを理解して、最終的な選択をする。そして、サリヤの父親の姿を通して、家族・身近な人が必ずしも強いとは限らないということも描いている。これは運不運みたいなものなんだろうけど、家族・パートナーが強くいられるかどうかで当人の人生もだいぶ変わってしまうのかもしれない。

太陽は、ぼくの瞳 [DVD]
モフセン・ラマザーニ
アミューズ・ビデオ
2001-04-27


白バラの祈り -ゾフィー・ショル、最期の日々- [DVD]
ユリア・イェンチ
TCエンタテインメント
2006-09-22


『俳優探偵 僕と舞台と輝くあいつ』

佐藤友哉著
売れない若手俳優の「僕」麦倉は、2.5次元舞台『オメガスマッシュ』のオーディションに落ちる。舞台初日、同期の俳優・水口が主演としてスポットライトを浴びていた。しかし上演中、キャストの1人が突然舞台上から姿を消してしまうという不可解な事件が起きる。
実際に謎を解くのは麦倉のひきこもりの友人で、麦倉は探偵というよりも、謎を見出す係と言った方がいい。本作、というか麦倉のユニークさは、事件を探るというよりも事件を勝手に見出してしまう所にある。見出してしまうのにはそれが見たいという願望が混じっているからで、だから彼は探偵にはなれないのだ。その「なれなさ」は俳優としていまひとつ伸び悩んでいる原因でもあるだろう。特に2.5次元ジャンルでは。2.5次元演劇に対する麦倉の屈折と自己正当化は実に若く、甘っちょろさに苦味も混じった青春感がほとばしっている。中途半端な才能って、才能が全然ないよりもしんどいのかもなぁ。




『約束』

ロバート・クレイス著、高橋恭美子訳
 ロス市警警察犬隊のスコット・ジェイムズ巡査と、相棒であるシェパードのマギーは、逃亡中の容疑者を捜索していた。住宅地内の一軒家の中で倒れている容疑者を発見するが、同時に大量の爆発物が屋内にあることがわかる。一方、私立探偵のエルヴィス・コールは、その一軒家にある人物を訪ねに来ていた。失踪したある女性の捜索の一環として訪問したのだが、殺人容疑をかけられてしまう。
 スコット&マギーの出会い編である『容疑者』のシリーズ続編だが、本作単品でも楽しめる。更に、コールは著者の別シリーズ(こちらの方が古く作品数も多い)コール&パイクシリーズの主役だそうだ。青年と犬の再生を描く警察小説だった前作と比べると、コールの活躍のせいかハードボイルドとしての側面が強い。コールは自分の流儀・職業倫理に忠実で、警察に容疑者扱いされても一貫して依頼者と捜索対象を守ろうとする。ただその忠実さ故、ちょっと自警団ぽい行動になってくるのは気になった。情報収集のやり方といい、人脈含め万能すぎない?スコットの振る舞いや対人態度はが等身大で時にドジだったり不器用だったりするのでギャップが際立つ。
 とは言え、意外な展開を見せて面白かった。警察犬・マギーの忠実さ、可愛らしさも魅力の一つだが、擬人化されすぎず、喜びも悲しみもあくまで「犬」として存在する(当然喋ったりしない)ところがとてもいい。また、ある女性をコールの仲間である傭兵が「知っている」ということの意味は胸を打つ。

約束 (創元推理文庫)
ロバート・クレイス
東京創元社
2017-05-11



『隣接界』

クリストファー・プリースト著、古沢嘉通・幹遥子訳
 フリーカメラマンのティボー・タラントは、トルコのアナトリアで反政府主義者の襲撃により、看護師として派遣されていた妻・メラニーを失う。ロンドンに戻る為に海外救援局(OOR)に護送されるタラントだが、道中、政府機関の職員だという女性フローと交流する。やがて彼を不可解な事象が襲い始める。
 第一次大戦中に軍から秘密任務を依頼される手品師、第二次大戦中に女性飛行士に恋するイギリス空軍の整備兵、夢幻諸島で興業を試みる奇術師、そして同じく夢幻諸島で一人暮らす女性。様々な世界がタラントの旅路と並行して語られる。時代も場所もバラバラだが、戦争、飛行機、離れ離れになる男女等、登場するモチーフがどこかしら似通っている。そして似通ってはいるが完全には重ならずどこかずれている。それら平行世界が時に隣接し干渉するようなのだ。タラントの世界認識は海外生活をしていたギャップ、そして世界情勢の不安定さにより最初からあやふやなのだが、平行世界の気配により更にあやふやになっていく。それぞれの章に登場する人物やモチーフは、著者の過去作品でも使われたものでもある。これはプリーストユニバースとでも言えばいいのか。

隣接界 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
クリストファー プリースト
早川書房
2017-10-19


〈プラチナファンタジイ〉 奇術師 (ハヤカワ文庫 FT)
クリストファー・プリースト
早川書房
2004-02-10







『ジャコメッティ 最後の肖像』

 1964年、美術評論家のアメリカ人ジェームズ・ロード(アーミー・ハマー)は著名な彫刻家ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)にモデルを依頼された。ロードは喜んで引き受けるものの、2,3日と思われた制作期間は延々と伸び続ける。監督はスタンリー・トゥッチ。
 トゥッチは俳優としてはもちろん味が合って良いけど、監督としてもいける!コンパクトにまとめられたなかなかの佳作だった。芸術家の苦悩を描くというと重苦しいイメージを持たれがちだが、本作は予想外に軽やか。もちろんジャコメッティは真剣に悩んでいるしロードはなかなか帰国できずに疲労困憊していくが、どこかユーモアがある。評論家故か、ロードの視線が一歩引いたもので俯瞰性があるのだ。ジャコメッティはモデルをするロードに、冷酷そうな顔だ人殺しっぽい云々と結構ひどいことを言うのだが、ロードは「それはどうも」と流す。ジャコメッティとしてはけなしているつもりはない、おそらく(失礼には違いないが)彼流のユーモアであるということを汲んでいるのだろう。また延々と伸びる拘束期間に困りつつも、状況の奇妙さを面白がっているように見える。演じるハマーの戸惑い顔、困り顔に妙なおかしみがあり、適役なのも大きい。
 ジャコメッティには妻がいるが愛人がおおっぴらにアトリエに出入りしていたり、妻もジャコメッティの友人でモデルを務めた矢内原伊作と関係があったりと、周囲の人間関係は結構混沌としている。当人たちはそれほど気にしていないけどこれって面白いよな、という客観的なツッコミ目線をロードが担っているのだ。このツッコミ感のおかげで、泥沼状態もさほど陰湿に見えない。よく考えると、愛人にはぽんと車を買ってやるのに妻には何も買ってやらない(コート1着しか持っていないと言ってたし)し自宅も荒れたまま放置しているジャコメッティは夫としては大分ひどいんだけど。
 ジャコメッティの制作がいつまでも終わらないのは、対象と自分、自分と自分との対面に集中してしまい回答が見えないからだろう。愛人の存在、またそれによる家庭内の混乱は、自分にコントロールできない要素を招き入れようとする行動にも思える。自分の外からやってくるものが必要なのだ。終盤、ロードが試みる奇策があっさりと成功するのは、それがジャコメッティの「外」からの視線だからだ。そんなことでよかったの?!と呆気にとられるが、そんなもんだよなー!とも。褒めるのって大事・・・。
 なお、ジャコメッティのアトリエの再現度は相当高いと思う。以前、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが撮影したアトリエのジャコメッティの肖像と、撮影当時を記した随筆を読んだことがあるのだが、やっぱり寒くて湿っぽかったようなので、本作の印象に近いのでは。

ジャコメッティの肖像
ジェイムズ ロード
みすず書房
2003-08-23


ジャコメッティ
矢内 原伊作
みすず書房
1996-04-20




『キングスマン ゴールデン・サークル』

 イギリスの諜報機関キングスマンの拠点が、謎の組織の攻撃を受けて壊滅し、メンバーも次々消されていった。残されたのは一人前のエージェントとして活躍するようになったエグジー(タロン・エガートン)と技術担当のマーリン(マーク・ストロング)のみ。2人は同盟関係にあるアメリカの諜報機関ステイツマンに協力を求める。キングスマンを攻撃した組織は、、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる麻薬組織・ゴールデン・サークルだった。監督はマシュー・ヴォーン。
 小道具やキャラクターは相変わらず楽しいし、これはとっても萌えそう!というシチュエーションも多々あるのに、実際に見てみると今一つ気持ちは盛り上がらない、まあ退屈ではないけど・・・というのは前作と同じ(私にとって)。ある意味安定のマシュー・ヴォーン監督作だ。相変わらず悪趣味をおしゃれ感漂う見せ方にしているが、逆にイキってる感出てしまって鼻につく。ただ、音楽の使い方は相変わらず洒落がきいていて上手い。そこがまた鼻につくんだけど(笑)。最近「カントリー・ロード」が作中で流れる映画(『ローガン・ラッキー』とか)をよく見るけど、アメリカ映画界に郷愁の波が来ているのだろうか。
 前作の登場人物が本作でも連投しているが、その大半をとんでもない事態が襲う。ヴォーン監督は、キャラクターを立てた映画を撮っているようでいて、そうでもないなぁとしみじみ思った。キャラクターをあまり大事にしておらず(温存する、死なせないという意味ではなく、バックボーンや「こういう人」という部分はさほど重視していないという意味)、扱いが雑なように思う。魅力的なキャラクターが多いので正直勿体ない。また、ストーリー展開や伏線の処理も結構大雑把。あるシーン、あるシチュエーションへのこだわりはすごく感じるのだが。映画としては、あまり上手くないんじゃないかと思う。皮肉やブラックユーモアの面白さはあるものの、あくまで単品の「皮肉」「ブラックユーモア」としての面白さであって、映画全体の面白さというわけではない。
 前作はアメリカと闘う話だったが、今回はアメリカと協力、しかも前作で皆殺しにしたような層との共闘になるのが皮肉。キングスマンとステイツマンの組織としての顛末も、これが資本主義・・・って感じで皮肉だ。大英帝国賛歌みたいなシリーズだけど、それは幻だったってことか。
 なお、当然007を意識した作品ではあるが、エグジーは恋人(まさか本当に付き合っていたとは・・・)に誠実でハニートラップは仕掛けないというあたり、今の作品だなという印象。

キングスマン [SPE BEST] [DVD]
コリン・ファース
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2016-07-06




『オトコのカラダはキモチいい』

二村ヒトシ・岡田育・金田淳子著
 AV監督の二村と、腐女子文化研究家の金田、そして進行役の文筆家で同じくBLに造詣が深い岡田の3人が、男性の肉体の官能について熱く語る。イベント内容の収録に描き下ろしを加えた対談集。
 第一章タイトルがいきなり「これからのアナルの話をしよう」なので結構なパンチの効き方だが、本文も主に岡田・金田のテンションの高さと語彙の豊富さによるパワーワード連打で大変面白かった。腐女子って大概言葉使いのスキル高いですね・・・。やはり妄想力の強い人は言葉の使いこなし度も高いのか。BLというファンタジーにおける男性の官能を語ると同時に、生身の男性の身体機能の仕組みから解説、また実際にゲイ男性への聞き取りを行う。男性にとって、ファルス以外の機能で官能を得るというのはかなり抵抗がある、自分が性的対象として見られるのも受け入れがたい、と二村は指摘する。自らが性的対象であることを否定したいという構図の非対称性に男性当人は割と無自覚っぽいのが不思議でもある。一方で、ファルス中心のあり方に息苦しさを感じる男性も少なくない。官能にこうでなければ、という枠はないはず、享受するもしないももっと自由でいい(まあ法律の範囲内でですが)。「こうであろう」とされている男性の官能は、一見主体的なようでいて「こうであろう」に振り回されるものだったと言える。BLは主に女性が享受するものとは言え、そこから逸脱しているからウケてる(一方で強い拒否感を持たれる)んだろうなぁ・・・。欲望の対象に自分自身は当事者として介在しないというBLの読み方は、男性にとってはなかなか習得しにくいもののようだ。しかしそのハードルを越えると新しい世界が!(という実例が本著中にもあって笑ってしまった)




『女の一生』

ギィ・ド モーパッサン著、永田千奈訳
 男爵家の一人娘ジャンヌは、両親から愛され何一つ不自由なく育った。17歳で預けられていた修道院から出て実家に戻ったジャンヌは、将来への希望に胸を膨らます。美青年のジュリアン子爵と結婚するが、人生はジャンヌの希望を裏切り始める。
 昨年、映画化作品(『女の一生』ステファヌ・ブリゼ監督)を見て原作も読んでみた。光文社古典新訳文庫版で読んだのだが、新訳のせいかとても読みやすくあっという間に読めた。話としては大変とっつきやすいので、古典文学だからと構えずもっと早くに読んでおけばよかったなー。しかし面白いのだがジャンヌの「人生」は転落の一途で読んでいて実に辛い。ハンサムだがケチで浮気性の夫ジュリアン、甘やかされ放題で金ばかりせびる息子ポールという家族の存在によって、どんどん不幸になっていくのだ。あーなんとなく流されるように結婚しちゃダメ!と地団太踏みたくなるが、この時代の女性には他の選択肢はさしてなかったはず。加えて、そもそも男女関係なく人生にはっきりとした選択肢はなく、多くの人間はほぼ流されるように生きるものではないかとも思えてくる。ジャンヌは自分に降りかかるものをただ受け入れていくように見えるが、それは読者の姿からそう遠いものではないだろう。不運・不幸に流されていく中でも美しくきらめく忘れられない瞬間があり、そこが人生の美しさでもあり厄介さでもあるように思う。

女の一生 (光文社古典新訳文庫)
モーパッサン
光文社
2013-12-20


脂肪のかたまり (岩波文庫)
ギー・ド・モーパッサン
岩波書店
2004-03-16


『ダンシング・ベートーヴェン』

 1964年に初演され、20世紀バレエ史上に残る傑作と謳われた、モーリス・ベジャール率いる20世紀バレエ団による演目。それはベートーヴェンの『第九交響曲』を踊ったものだったが、ベジャール亡き後は再演は不可能と言われてきた。その伝説的な演目が、2014年にモーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団の共同制作として再演された。その過酷な練習やリハーサルを追うドキュメンタリー。監督はアランチャ・アギーレ。
 総勢80人余りのダンサーとオーケストラ、ソロ歌手と合唱団という非常にスケールの大きい、加えてダンサーへの要求が過酷な演目の為、なかなか再演が難しい演目だそうなのだが、これは生で見て見たかったとつくづく思う。私はバレエもクラシックも門外漢なのだが、本作で撮影された『第九』はエネルギッシュで美しく、素晴らしい。スペクタクル感が強烈だ。
 ベジャールの振り付けって、やっぱりすごかったんだなと実感した。当然『第九交響曲』をダンスで表現しているわけだが、ダンスを介することで、この曲はこういう構造だったのか、こういう音楽だったのかと再発見したような気持ちになる。こんなに力強く、生命力に満ちた楽曲だったんだなー。『第九』というと年末に必ず聴くよなというイメージしかなく、そんなに好きな楽曲というわけでもなかった(そもそも私はさほどベートーヴェン好きではない)のだが、ダンスを見ていると何だか『第九』を好きになってくる。この「改めて見せる・聞かせる」力を持つダンスであると言う部分が、この演目の非凡さなのだと思う。
 人類の多様性を意識して演出された演目だそうだ。本作中の公演でも、バレエはアジアの東京バレエ団とヨーロッパのモーリス・ベジャール・バレエ団(ベジャール・バレエ団の中だけでも国籍・人種は様々)との合同だし、オーケストラはイスラエル・フィル。実際に総勢350名ほどのアーティストが参加しており、このあたりは「多種多様」を意識したものだろう。とは言え、一般から公募したと思しきダンサー要因(ダンサーとしての技能は素人)たちが皆黒人で、これは多様性を意識して逆に肌の色で括るような感じになっていないか?と疑問に思った。本作だとつかわれている映像が断片的なので、どういう文脈で彼らが選ばれたのかわからないのだ。そのあたり、何か説明して!もやもやしちゃう。

ベジャール、そしてバレエはつづく [DVD]
ジル・ロマン
アルバトロス
2010-06-02


ベジャール、バレエ、リュミエール [DVD]
ドキュメンタリー映画
日活
2004-12-10

『スプリット・イメージ』

エルモア・レナード著、高見浩訳
 富豪のロビン・ダニエルズは人間を撃ちたいという欲求に駆られ、あるギャングの射殺をもくろむ。ボディーガードとして雇われた元警官のウォルター・クーザは彼のアイディアに巻き込まれていく。刑事のブライアン・ハードとダニエルズに取材していたライターのアンジェラ・ノーランは、彼の異常性に気付き周囲を探り始める。
 レナードの作品は読んでいる間は軽妙で楽しいのだが、読後に強い印象が残らないというか、すっと消化されてしまう印象がある。しかし本作は深い余韻を残す。ダニエルズは自分の欲望について、何を欲するのかということは自覚していても、それが何によるものなのか、なぜ自分はそれを欲するのかを理解していない、というよりもそういう発想がない。やりたいことをやるだけなので、発言も行動もふらふら変わってしまう、そのことに疑問を持たないというパーソナリティのように思える。はたからみると不可解だし不気味。悪徳警官ではあるが常識人のウォルターは、徐々に彼についていけなくなる。ダニエルズの計画は穴だらけなのだが本人自信満々な所が、逆に怖い。
 一方、ブライアンとアンジェラは2人ともまともな常識人だが、あっという間に恋に落ちる「落ち方」が何やら可愛らしい。2人のやりとりには、軽快だがお互いへの対等な尊重が感じられる。それだけに、ブライアンが一線を越えて進む終盤が染みる。

スプリット・イメージ (創元推理文庫)
エルモア レナード
東京創元社
1993-04




追われる男 (文春文庫)
エルモア レナード
文藝春秋
1995-06

『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』

ジェームズ・R・チャイルズ著、高橋健次訳
 原子力発電所、スペースシャトル、ジャンボ機、爆薬工場、化学プラント等、科学技術の進歩と共により複雑・高エネルギーになったシステム。人員はより少なくて済むように設計されているものの、ひとたび事故が起これば被害は甚大なものになる。50あまりの事例を事故原因の性質別に章建てし、なぜ巨大な事故が起きたのか、その時制御に関わった人々に何が出来て何ができなかったのかに迫っていく。
 「信じがたいほどの不具合の連鎖」「「早くしろ」という圧力に屈する」「テストなしで本番にのぞむ」等、各章タイトルがパワーワードの連打。歴史的にかなり長いスパンで多数の事故をピックアップしているので、話題があっちにいったりこっちにいったりとせわしなく、どの事故をどの章に収録するかという分類もかなり曖昧に思える。また、文章が饒舌かつちょっと気取っていて胃もたれしそうな部分も。それでも大変面白かった。事故の形は様々だが、どのようにして生じるのかという点は、似通ったものがある。人間は学ぶ生き物だけど、何度やっても学ばない部分もあるのね・・・失敗体験こそ次世代に残すべき。本著、もうすこし書かれるのが遅かったら、福島第一原発の事故も間違いなく収録されたろうなぁ・・・。大事故の要因として、システムの巨大化に伴い全体を把握できるスタッフがいなくなったこと、人員削減に伴う尽力不足、短納期プレッシャーに伴うチェック不足の3点が一番印象に残った。特に、コストカットは往々にしてリスク増大に直結してくるという点、万事に通ずるものがあると思う。



バーニング・オーシャン [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-09-06

『2017年ベスト本』

 映画の観賞本数が徐々に減るのと同時に、読書のスピードも下がってきた。これが加齢ということか。しかし、古典文学の面白さがちょっとづつわかってきたような気がする。そりゃあ生き残っているだけのことはあるよな!ベストには殆ど入れなかったけど(笑)、すこしずつ読み続けたい。なお以下の順位は限りなく順不同。

1.『夜の果て、東へ』ビル・ビバリー著、熊谷千寿訳
ノワール的、ビルドゥクスロマン的でありロードノベルでもある。デビュー作でこのクオリティか!という衝撃。とても好きなタイプの小説。

2.『フロスト始末(上、下)』R・D・ウイングフィールド著、芹澤惠訳
著者の死亡によりシリーズ最後の作品になってしまった。寂しい。

3.『その犬の歩むところ』ボストン・テラン著、田口俊樹訳
犬を通して描くアメリカの神話とでも言えばいいのか。一歩間違うと地獄めぐりになりそうなところ、ちゃんと希望を描くのが良い。

4.『シャム双子の秘密』エラリー・クイーン著、越前敏弥・北田恵理子訳
私、本作でクイーンが何を意図していたのかがやっとわかりましたよ!そしてなぜ名作本格ミステリなのか理解した!新訳ってやっぱり必要ねー。

5.『その雪と血を』ジョー・ネスボ著、鈴木恵訳
センチメンタルなノワール。夢なんて見るものじゃないのかもしれない。

6.『リラとわたし ナポリの物語Ⅰ』エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
同性に対する憧れ、友情、そして羨望ともしかすると憎しみ。続編が楽しみ。

7.『コードネーム・ヴェリティ』エリザベス・ウェイン著、吉澤康子訳
これもまた女性同士の絆を描く作品だが、時代に翻弄される人たちのきらめきと必死さが胸を打つ。最後の「キスしてくれ、ハーディ」に泣く。

8.『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』ジェイムズ・リー・バンクス著、濱野大道訳
ある職業の仕事のやり方や暮らし方を記したノンフィクションであると同時に、著者個人の物語になっている点がとても面白かった。

9.『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ著、御輿哲也訳
なるほどウルフは面白い!時間の圧縮・膨張のふり幅と、意外とこんな人現代でもいそうだという人物造形の細やかさ、女性たちへのまなざしに引き込まれた。

10.『おばあさん』ボジェナ・ニェムツォヴォー著、栗栖継訳
本作、私の母が子供頃に読んで好きだった作品をもう一度読みたいというので、題名も著者名もわからないままおぼろげな情報をたどり、ようやく入手に至ったという1冊。なので、作品の内容というよりも謎の作品の正体がやっとわかったぞー!という達成感のインパクト(笑)。こういう事情でもないと存在にすら気付かないままだった作品だけど、自然描写が美しく、意外と現代的な所もあり面白かった。



フロスト始末〈上〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールド
東京創元社
2017-06-30


フロスト始末〈下〉 (創元推理文庫)
R・D・ウィングフィールド
東京創元社
2017-06-30


その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン テラン
文藝春秋
2017-06-08


シャム双子の秘密 (角川文庫)
エラリー・クイーン
KADOKAWA/角川書店
2014-10-25






コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2017-03-18


羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季
ジェイムズ リーバンクス
早川書房
2017-01-24


灯台へ (岩波文庫)
ヴァージニア ウルフ
岩波書店
2004-12-16


おばあさん (岩波文庫 赤 772-1)
ニェムツォヴァー
岩波書店
1971-09-16





『2017年ベスト映画』

 今年は世の中の出来事にしろプライベートにしろ、色々と辛くげんなりすることが多かったのだが、そんな中でもやっぱり映画は面白いし、なんだかんだでいい映画がまだまだあるなと思った1年だった。映画は時代を写す鏡だと実感した作品も多かった。

1.『パターソン』
どうということない毎日の連続に見えても、1日1日はそれぞれ違い、違った美しさをその都度見せる。ジム・ジャームッシュ監督による人生賛歌、そして表現者としての意思表明と言ってもいいのでは

2.『わたしは、ダニエル・ブレイク』
ケン・ローチが怒ってる!わたし(たち)も、ダニエル・ブレイクなのだ。正に今見るべき作品。フードバンクのシーンが本当に辛くてなぁ・・・

3.『ムーンライト』
1人の少年の人生の変遷。ある人物の振る舞いが、他人への思いやり、優しさとはこういうものかと胸に迫ってきた。なかなかこういうふうには出来ないよ。

4.『ラビング 愛という名のふたり』
本作もまた思いやり、そして愛のあり方と人間の尊厳を守る為の闘いの物語。やはり、なかなかこういうふうには出来ない境地。染みる。

5.『立ち去った女』
とにかくモノクロのビジュアルがかっこいい。228分という長尺が苦に感じられない強度。フィリピン映画界すごいことになってるんだな。

6.『沈黙 サイレンス』
信仰とは何か問う大変な力作。マーティン・スコセッシ監督作品の中では一番心揺さぶられた(私はスコセッシ監督作基本的に苦手なんで・・・)。俳優が皆熱演でキャスティングの妙もあり。浅野忠信が良かった。

7.『スパイダーマン ホームカミング』
今年No.1の青春映画、そして「今」学園ものをやるとこうなるという良い一例だったと思う。「皆の隣人」としての新たなスパイダーマンの今後の活躍に期待。

8.『20センチュリー・ウーマン』
世代の違う3人の女性、それぞれの生きる姿がいとおしい。時代の間を感じさせる。

9.『夜は短し歩けよ乙女』
アニメーションという表現方法のチャーミングさを目いっぱい詰め込んだ快作。

10.『ありがとう、トニ・エルドマン』
まさか爆笑するようなシーンがある作品だと思わなかったので、ほんとびっくりしましたよ・・・

パターソン [Blu-ray]
アダム・ドライバー
バップ
2018-03-07


わたしは、ダニエル・ブレイク [DVD]
デイヴ・ジョーンズ
バップ
2017-09-06


ムーンライト スタンダード・エディション [Blu-ray]
トレヴァンテ・ローズ
TCエンタテインメント
2017-09-15


ラビング 愛という名前のふたり [DVD]
ジョエル・エドガートン
ギャガ
2017-09-15


沈黙-サイレンス- [Blu-ray]
アンドリュー・ガーフィールド
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-08-02




20 センチュリー・ウーマン [DVD]
アネット・ベニング
バップ
2017-12-06




ありがとう、トニ・エルドマン [DVD]
ペーター・ジモニシェック
Happinet
2018-01-06


『機龍警察 狼眼殺手』

月村了衛著
 新たな通信事業として、経産省と中国のフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト「クイアコン」に大きな疑惑が生じていた。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが、クイアコン関係者が次々と殺されていく。予想をはるかに上回る事態に、沖津特捜部長は大きな決断を下す。
 異色の部署である特捜部は一課、二課からは白眼視され、警察内部の縄張り争いだけでなく検察や国税局との折衝も迫られる。向かうところ敵だらけという状況なのだが、本作では真の「敵」の巨大さ、チートさが徐々に姿を見せ始める。もう大変だよ!警察組織だけでなく各省庁「組織」というものの嫌な部分を見続けるようなシリーズになってきたなぁ。厚顔無恥な奴ばかりが出世し、いい思いをする世界なんておかしいだろう!という末端の叫びが響く。今回、特捜部以外の人たちも結構動くし機龍は活躍しないので、今までになく「警官」としての矜持が見られる。
 世界が変わってしまった感じ、「上の人」がこんなに厚顔無恥だとは思わなかったよ!という感じ、現実社会と呼応していて実にげんなりとします。しかし特捜部のこの先の闘い(小説としての落としどころも)が非常に厳しそう・・・。





ギャラリー
最新コメント
アーカイブ
記事検索
  • ライブドアブログ