オリヴィエ・トリュック著、久山葉子訳
トナカイの放牧にまつわる所有者同士の揉め事、密猟や盗難を扱い、三か国にまたがって活動する「トナカイ警察」。トナカイ警察としてノルウェーに配属されているクレメットとニーナは、1人のサーミ人トナカイ所有者が殺害された事件に直面する。殺された男は酒に溺れ、他のトナカイ所有者ともトラブルを起こしていたらしい。一方、世界的にも貴重な文化遺産であるサーミ族の太鼓が博物館から盗まれるという事件が起きる。殺された男は数少ないサーミの太鼓の作家でもあった。
北欧ミステリの中でもかなり異色の作品だろう。ローカル色がかなり濃厚だ。題名の「影のない四十日」とは極北の冬のうち、太陽が昇らない期間を指す。各章の間で日付が変わると、日付と日の出・日の入り時刻、日照時間が記載されるのだが、日照時間が短い!当然冬は極寒なので、冬でもそれなりに日照時間がある土地の人たちとはメンタリティが相当違いそうだ。また、かつて白人の入植者たちがサーミに対して行った迫害や現在でも続く軋轢、廃れ行くトナカイ放牧の現状等、歴史的、文化的背景が色濃く表れてくる。これらが単に舞台背景というだけではなく、事件に繋がってるのだ。
そもそも事件を追う「トナカイ警察」は、その名の通りトナカイ放牧に関係した犯罪を調べることが主業で、殺人事件などは範疇外なのだ。クレメットは過去に警察官として大きな事件の捜査に携わった経験があるという背景はあるものの、2人の不慣れかつ地道な捜査が続く。また、クレメットはサーミ人だが家の方針でサーミの文化にはなじみが薄いまま育った。ニーナは新任として都会からやってきた身で、地元の知識はない。2人とも多かれ少なかれこの土地ではよそ者だ。サーミにも根っからのノルウェー人にもなれないクレメットのアイデンティティの苦悩も描かれるのだが、その地元からちょっと距離を置いた視点が、読者を作品に入りやすくしているように思った。2人の視線が読者の視線と重なる。
なお、トナカイ警察は実在するが、実際のトナカイ警察はノルウェーにしかないそうだ。