3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『若い女』

パリで暮らす31歳の女性ポーラ(レティシア・ドッシュ)は10年付き合った恋人に振られて家を追い出され、お金も仕事もない。恋人の飼い猫ムチャチャを道連れに安宿や友人の家を渡り歩いていた。ようやく住込みのシッターの仕事を見つけ、ショッピングモールの下着店でも働き始めるが。監督・脚本はレオノール・セライユ。第70回カンヌ国際映画祭カメラドール受賞作品。
 ポーラのじたばたする様、自分をコントロールしきれずあとからあとからボロが出る様はかっこ悪いしみっともないのだが、何だか嫌いになれない。むしろ映画の女性主人公としては新鮮で引きつけられた。お友達にはあまりなりたくないタイプだが、どうかすると応援したくなってしまう。
 この嫌いになれなさ、ポーラの行動が「この年齢の女性ならこうするべき」「この年齢の女性ならこうあってしかるべき」という社会規範をガン無視しているところに所以するのかもしれない。ポーラは31歳で、世間的には仕事もし社会性も常識も備えているはずの立派な大人と言えるだろう。でも恋人に締め出されて泣きわめくし、猫は勝手に連れて行くし、まともに働いたことがない(学生時代に講師だった恋人と出会い、実家が裕福、かつプロカメラマンとしてブレイクした彼に養ってもらっていたらしい)。採用面接での彼女の受け答えは挙動不審かつ嘘ばかりだし、シッターのアルバイト先では「もっと若い人かと思ったわ」と雇い主に言われてしまう。シッター先の子供からも大人というよりも仲間扱い。やりたくないことはやりたくない、出来ないことは出来ない、欲望には忠実でいるという彼女の生き方は、正直と言えば正直。周囲には嘘ばかりつくが、自分には正直だ。
 恋人は彼女に成長しろ、成熟しろと言うのだが、そもそも成長や成熟って何だ?というのが彼女の言い分ではないか。彼女の行動には計画性はなく行き当たりばったりで、この手の話にありそうな「成長」や「気付き」を得る気配も希薄。唯一、疎遠だった母との関係が気持ち改善されるが、それも修羅場を経てだし(31歳はなかなか親と物理的に格闘ってしないから・・・)、結果も曖昧。そのなるようにしかならない、「大人」というカテゴリーでひとつにくくれない感じが時代の気分と合ってたように思う。

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『ポップ・アイ』

 バンコクで暮らす中年男タナー(タネート・ワラークンウクロ)はかつては有名建築家だったが、今では会社に居場所がなく、妻との関係も冷え切っていた。ある日、少年時代に飼っていた象ポパイ(ボン)を見かけたタナーは、思わず買い取って家に連れ帰る。しかし妻は激怒、仕事にも嫌気がさしたタナーは、ポパイを連れて田舎の故郷を目指す。監督・脚本はカーステン・タン。
 色合いがとても気持ちよく、なんだか懐かしい味わい。特に水色の色味が少々黄味がかっていて、レトロな印刷物的な風合いがある。象とおじさんという組み合わせも味わいがあって、ぱっと見てなんだか気になるルックの作品だった。ストーリー構成は少々ユルいが許せてしまう。
 異種間ブロマンスとでも言いたくなるロードムービー。エンドロールのキャスト名の一番最初に象の名前がくるのも頷ける、象のポパイの存在感が抜群だった。象の内面は人間にはわからないが、タナーへの優しさが行動に滲んでいるように見えるのだ。背中にタナーがよじ登ろうとするのを辛抱強く待ってくれる姿はユーモラスでもある。「家畜」としてすごく訓練されているということでもあるわけだけど。
 ポパイだけではなく、タナーもまた優しい。レストランでのゲイの娼婦に対する態度とか、ホームレス男性に対する声のかけ方とか、年齢の割に偏見が薄くフラットなのではないだろうか。ただ、彼の優しさは今一つ実を結ばない。結果として間の悪さに繋がってしまうというのがほろ苦かった。でも、周囲の人たちが何だかんだで優しいのは、彼の優しさに誘発されるからのように思える。「旅は道連れ、世は情け」という本作のキャッチコピーは、正に!という感じ。
 ちなみにタナーが30年前に設計して一世を風靡した高層ビルが、いよいよ取り壊されるという設定なのだが、高層ビルの寿命が30年て短くない?タイでは普通なのかな?

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『1987、ある闘いの真実』

 1987年1月。韓国は全斗煥大統領による軍事政権下にあった。パク署長(キム・ユンソク)率いる南営洞警察は、北分子を排除するべく拷問まがいの厳しい取り調べをしていた。そんな中、行き過ぎた取り調べの中でソウル大学の学生が死亡する。警察は死因隠蔽の為早急な火葬を申請するが、チェ検事(ハ・ジョンウ)は疑問を抱き、上層部の圧力を押し切り検死解剖を実行。拷問致死だったことが明らかになると、警察は担当刑事2人の処分でことを収めようとする。これに気付いた新聞記者や刑務所看守らは真実を公表するべく奔走し始める。監督はチャン・ジュナン。
 韓国民主化闘争の中の実話を映画化した群像劇。エンドロールでは当時の映像も使われている。時代の雰囲気の再現度はかなり高いのではないかと思う。女性たちのファッションや女子学生の部屋においてある小物類等の80年代感が懐かしかった。当時の韓国の政治状況を知らなくても面白く見られる。今この国がどういう状態なのか、この組織は何をやっていてこの人はどういうポジションなのかという情報の提示の仕方が整理されており、映像と登場人物のやりとりだけでちゃんと背景がわかる。非常に整理された脚本だと思う。登場人物の名前と属性を字幕で表示するのもありがたかった。
 学生の死の真相解明は、特定の誰かが戦闘に立って行われたわけではない。ストーリー上、警察V.S.検事という構図になりそうなところだしもちろんそれはストーリーの一部ではあるのだが、全てではない。チェ検事が孤軍奮闘する一方で、死んだ学生が収容されていた刑務所の看守も何とか情報を外部に伝えようとしているし、新聞記者たちはチェ検事や学生の死亡確認をした医師からのリーク元に取材を続ける。元々は関係なかった複数の人たちの行動が、偶然に助けられなんとか繋がっていくのだ。その繋がりは細く危なっかしいが、真実へと辿りつく。もしこの人が勇気を出さなかったら、あの人が脅しに屈していたら、途中で途切れてしまったものだ。その綱渡り状態がスリリングであると同時に、なんとか真実の公表を実現し現政権に切り込もうとする人たちの奮闘には胸が熱くなった。こういう経緯を経て民主化したなら、権力への不信は常にあるだろうし、それ故に監視しなければならないという意識が強くなるんだろうと理解できる。民主主義がタフなのだ。
 非常にベタな演出(終盤の逆光の使い方とか教会の鐘の音とか、これをあえてやるのか?!と突っ込みたくなるくらい)が多発する作品なのだが、この熱量にはベタを重ねるくらいでちょうどいいのかもしれない。終盤ではベタだなーとわかっていても目頭熱くなる。
 警察は「反共」をモットーに北分子を徹底的にマークするのだが、彼らがやっていることは、パク署長が話す北の状況と妙に似通っている。彼は自分がやられたことを、学生ら相手に再現しているように見えた。最早反共という趣旨からずれている。どんなイデオロギーであれ、権力者は自身の権力に拘泥し腐っていき、権力のおこぼれにあずかろうという人は後を絶たない。こういう中で、「買われない」「飼われない」でいるのは何と難しいことか。弱みに付け込んでくる強者には本当に腹が立つし悔しくてたまらなくなる。




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『アントマン&ワスプ』

 元泥棒でバツイチのスコット・ラング(ポール・ラッド)は、2年前にアントマンとしてアベンジャーズの闘いに参加したことがソコヴィア条約に抵触し、FBIの監視下で自宅軟禁の生活を送っていた。軟禁解除まであと3日となり、娘や元妻と喜んでいたところ、アントマンのスーツの発明者であるハンク・ピム博士(マイケル・ダグラス)と博士の娘ホープ・ヴァン・ダイン(エバンジェリン・リリー)が現れる。量子世界に行ったままの博士の妻、ジャネット・ヴァン・ダイン博士(ミシェル・ファイファー)を取り戻す為スコットの協力が必要だと言うのだ。実験に挑む彼らの前に、物体をすり抜ける謎の存在ゴーストが現れる。監督はペイドン・リード。
 『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』にアントマンが出ていなかったけどその間どうしていたの?という疑問にちゃんと答えてくれるし、今後のアベンジャーズ関連作にもアントマン絡んできそうだな!ということも察せられる。前作はマーヴェル映画の中では独立度が高くて単品でも楽しめたけど、本作はもうちょっと一連の流れにくみこまれている部分が大きい印象。そのせいか、タイトにまとまっていた前作と比べるとちょっと間延びしてテンポも悪い気がした(クライマックス近くでちょっと寝てしまった・・・)。この展開に必然性はあるのかな?この件必要なのかな?と気になりどうも座りがわるい。マーベルユニバースの弊害をちょっと感じる。自在に動き回るアントマンとワスプのアクションや、ビルを「運搬」する方法やミニカーでの移動など、一つ一つのシークエンスは楽しいのだが、全体の印象が散漫としている。
 本シリーズの最大の魅力、持ち味は、主人公であるスコット・ラング=アントマンの人としての「普通」なまともさ、優しさにあるだろう。冒頭、娘とラングが自作のアトラクションで遊ぶ姿には多幸感あふれている。こんな父親だったら楽しいだろうな(夫としてはちょっと頼りない所はあるし、子供が育ってきたらまた違うんだろうけど・・・)。元妻とそのパートナーとの関係もまずまず円満な様子もいい。スコットも元妻も、別れても娘にとってパパはパパだしママはママだという姿勢が一貫しているところが、いい両親なんだなと思える。マーベル映画に登場する父親、ないしは父親になろうとしている人の中ではもっとも成功している人なのでは。人が良くてほだされやすい故にトラブルに巻き込まれたりドジが多かったりもするが、愛すべき大人という感じ。
 対して、ピム博士の人徳のなさよ。前作でも今作でも元同僚とこじれまくり!もうちょっと対人態度考えていれば、前作と本作で起きる問題の半分くらいは生じていないのでは・・・。他人への共感とか思いやりがあんまりない人なのだということが、スコットの振る舞いと比べると際立つ。彼と相思相愛でいられ続けるジャネットの人間力の高さに脱帽しそう(ジャネットが更に強烈な性格という可能性もあるが)。
 今回もアリたちが活躍するが、リアルだけどグロテスクではなくキュートに見える、ギリギリのラインの演技で、芸が細かい!なお、例によってエンドロールは最後までどうぞ。


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『累ーかさねー』

 伝説の女優・淵透世(檀れい)を母に持つ淵累(芳根京子)は、天才的な演技の才能があるものの、顔に大きな傷があり醜いと言われ続けてきたことに強いコンプレックスを持って生きてきた。舞台女優の丹沢ニナ(土屋太鳳)は容姿に恵まれているものの、才能は伸び悩んでおり、女優としての大成に強い執着を見せる。ある日ニナのマネージャー羽生田(浅野忠信)により累とニナは引き会される。累は母から譲り受けた不思議な口紅を持っていた。その口紅を塗ってほしいものにキスすればそれが手に入るのだ。累とニナはお互いに足りないものを補い、口紅を使って累をニナの顔にし、女優としてのし上がることを決意する。原作は松浦だるまの漫画、監督は佐藤祐市。
 そこそこ分量のある原作を2時間の映画にしているからか、特に前半がかなり詰め込んだ超展開になっているきらいは否めないし、顔の入れ替わりルール等があやふや(体は入れ替わらないなら身長や体つきですぐバレるのでは?とか、長期間寝たままだと体も顔も崩れない?とか)な所は気になった。基本設定の詰め方がかなり緩い。とは言え、さほど期待していなかった分かなり面白く見られた。主演2人の力によるところが大きいだろう。特に土屋の演じ分けは非常に頑張っていると思う(これはスベっているという演技なのか、それとも本当にスベっているのか?ともやもやするところはあったが)。
 難点があるとしたら、芳根が普通にかわいいので、顔に傷があるくらいでは「醜い」と言われるほどの容姿には見えないのだ。また土屋もかわいいが元々飛び抜けてオーラのある美女という感じではないので、わざわざ成り代わらなくても、とちらっと思ってしまう。本作の「演技」の場が舞台演劇であるというのも大きい。舞台の場合、映画やTVドラマほど俳優の顔の美醜が占めるウェイトは大きくないように思う。舞台上では「美形の振る舞い」をすれば「美形」に見えるのだ(そもそも大き目の劇場では、後方座席からは俳優の顔はよく見えない)。極端な話、累くらいの才能があればそのままの容姿で「美形」を演じられるんじゃないかと思える。
 だとすると、作中度々口にされる「偽物が本物に成り代わる」というテーマは成立しないのでは。演技者という点では、演技の才能にあふれる累こそが本物で、そこそこの演技しかできないニナはいくら容姿が女優らしくても偽物ということになるだろう。


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『MEG ザ・モンスター』

 深海の調査の為、沖合の海中に建設された海洋研究所。潜水艇で調査に出た探査チームは、人類未踏の深海を発見し興奮が隠せない。しかし巨大な何かが潜水艇を襲ってきた。動けなくなった潜水艇の救出の為にやってきたレスキューダイバーのジョナス・テイラー(ジェイソン・ステイサム)は、200万年前に絶滅したと思われてきた、巨大ザメ・メガロドンに遭遇する。監督はジョン・タートルトーブ。
 巨大ザメとステイサムという組み合わせがそもそもキャッチーすぎる。しかしステイサム、元飛込競技選手なだけあって飛び込みのフォームがきれいだった。私はサメ映画に詳しいわけではないが、予想よりも大分ちゃんとした、予想ほど荒唐無稽ではない良いサメ映画だったのではないかと思う。メガロドンはめっぽう強いわけだが、サブタイトルにあるモンスター、異物の強さというよりも、この世の生き物として目茶目茶強い、という見せ方だったと思う。だから、サメにとってはいい迷惑だよな!という話にも見えちゃうんだけど・・・。
 ジョナスがどんどん無茶ぶりをされていくのにはちょっと笑ってしまうのだが、最初は比較的文明の利器(笑)を使ってメガロドンに対抗する。戦う方法がどんどん原始的になっていくあたりが妙におかしかった。最終的にメガロドンとステイサムのタイマンみたいになってるのだ。
 チームものとしての側面もある。シングルマザーの海洋学者スーイン(リー・ビンビン)といい感じになったり(男女カップリングが強いられすぎでちょっと鼻についたが、どのへんに需要があるのだろうか・・・少なくとも本作見に来る人たちはそこを見たいのではないと思うが)、元妻がチーム内にいたり、過去の確執のある同僚がいたりと色々設定の盛りが良いのだが、それほどごちゃごちゃした感じはしない。いい意味でいい加減、ほどほどな作りで、娯楽映画としては正しい。『コンスタンティン2』で大変素敵だったルビー・ローズが出演しているのもうれしかった(本作では普通の人役)。
 思わぬ収穫だったのが、ステイサムと子供のやりとりが絵になっている所。スーインの8歳の娘とのシーンが結構多いのだが、子供と接する時のステイサムの演技が良い。個人として尊重しつつも子供であるという点はふまえている感じが出ていた。子供との共演作をもっと見てみたい。意外と似合うんじゃないかな。

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『判決、ふたつの希望』

 レバノンの首都ベイルート。工事現場監督でパレスチナ人のヤーセル(カメル・エル=バシャ)と、車の修理工でキリスト教徒のレバノン人トニー(アデル・カラム)はバルコニーの水漏れを巡っていさかいを起こす。ヤーセルの悪態はトニーを激怒させ、トニーのある一言にヤーセルは我慢できず殴りかかってしまう。争いは法廷に持ち込まれ、やがて世間を巻き込んだ騒動になっていく。監督はジアド・ドゥニイリ。脚本はドゥニイリとジョエル・トゥーマとの共作。
 脚本が非常に良くできていて、ベイルートの現状やパレスチナ問題に疎くても(全く知らないと流石に厳しいかもしれないが)、見ているうちに自然と情報が入ってくる。情報の配置の仕方が上手い。ヤーセルが罵倒したことにはやはり非があるのだが、彼は非は認めるものの頑として謝らない。またトニーにしても、パレスチナ人をやたらと敵視しちょっとレイシスト寄りに見えるし、頑固さでいったらヤーセルとどっこいどっこい。当初の状況も彼に全く非がないというわけではない。2人の振る舞いは客観的にみると少々理屈に合わない、お互いちょっと頭を冷やして謝れば丸く収まりそうに思える。しかし、彼らを頑なにしている背景がわかってくるのだ。
 本作のちょっと怖いところは、2者間の問題がどんどん大きくなり、裁判が当事者の手から離れて行ってしまう所だ。少なくともトニーは自分の問題、自分の尊厳にかかわることとして怒っているのだが、話の主語が大きくなり、ある集団、ある文化としての問題にすり替わってしまう。とは言え、2人の背景には主語の大きい話が実際にあり、2人の振る舞いにも影響している。個人的な部分と社会的な部分との切り分けが非常に困難なのだ。個人としては謝罪できるかもしれないが、ある文化に所属するものとしては非を認められない、という矛盾が生まれる。ヤーセルの弁護士はパレスチナ難民の人権を守る為に彼の弁護を引き受けるが、ヤーセルの本意に沿うものなのか。トニーの弁護士はパレスチナ人への嫌悪を隠そうとせず、トニーの謝罪の言葉が欲しいという要求とは裁判の趣旨がどんどんずれていく。被告と原告が振り回され、両陣営の弁護士ばかりがエキサイトしていく様は滑稽でもあるが、空しくもある。トニーとヤーセルが何かを得たとしたら、裁判以外の所でだろう。そこに、他人と他人が関わり合う上での希望を感じるられるかもしれない。

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『500ページの夢の束』

 スタートレックが大好きなウェンディ(ダコタ・ファニング)はスタートレックの脚本コンテストが開催されることを知り、大作を書き上げる。しかし郵送では間に合わないと気付き、パラマウント・ピクチャーズまで自分で届けることを決意。しかし自閉症を抱えている彼女は、生活の範囲はごく限られており一人で遠出をしたことなどなかった。はたして数百キロ離れたハリウッドに辿りつけるのか。監督はベン・リューイン。
 邦題はダサいが(原題は『Please Stand By』)良作。リューイン監督は『セッションズ』(2013)が「人と違う(故に大多数の中では不自由である)」ということに対して誠実な向き合い方をしていると感じさせる作品だったのだが、本作も同様。冒頭、ウェンディの毎日の生活を通し、彼女が何に対して困難を抱えており、それをクリアするためにどういう工夫が(本人からもケアする人からも)なされているのかをさらっと見せている。説明的になりすぎないがわかりやすく、見せ方が上手い。ウェンディのケアをしている施設の職員スコッティ(トニ・コレット)の振る舞いがとてもいい。適度な愛情がありつつプロとして一線を守っている感じ。
 ウェンディは何も出来ないというわけではなく、ルーティンがはっきりと決まっていれば仕事だって出来る。ただ、1人で遠出をしたことはないから長距離バスの乗り方や切符の買い方はわからないし、額面通りに受け取るコミュニケーションの癖は危なっかしくてハラハラする。リアルに考えるとかなり怖いシーンがあると思う。
 ウェンディは他人の感情に疎いし感情表現に乏しいが、感情がないわけではない。スター・トレックの登場人物の1人スポックと同様に、感情を理解しようとしている。彼女も他人と、ことに家族とコミュニケーションを取りたいし、側にいたいのだ。そういう感情や愛、そしてなぜ自分はそれを上手く表せないのか、本当はどのように伝えたいのかということも含め、彼女は脚本という形で表現する。彼女にとってスター・トレックは自分を代弁し補完するもの、自分の一部なのだ。人間がなぜ物語を愛するのか、物語が人をどのように支え、変え得るのかとてもよく伝わる作品。

セッションズ [Blu-ray]
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2014-11-12


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『冬の炎』

グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳
 軍を除隊し、故郷で求職中のバン・ショウに、祖父の友人だったウィラードが頼みごとをしてくる。恋人と共に山荘に出かけたきり戻らない姪のエラナを探してほしいというのだ。雪山へ出向いたバンは、若い男女の死体を発見する。死体の損傷は激しく、男性がエラナを射殺し自殺したように見えたが。
 『眠る狼』に続くシリーズ第2作。バンが事件を追っていく経緯と、過去の出来事とが交互に語られるのは前作通り。ただ、現在の事件の追い方がちょっとでこぼこというか、強引なように思った。ちょっと後出しジャンケンぽいかな・・・。とはいえ、戦地で傷を負ったバンのトラウマは、本作の方がよりはっきりと描かれているように思う。バンの部下だった元レンジャーのレオが登場するが、彼もまた精神的なダメージを負っている。バンの前に現れた時の、当たりはやわらかだがどこか落ち着きがなく、不安定さが垣間見える所作が印象に残った。隣家の犬と触れあうくだりはちょっと可愛いのだが痛ましくもある。人間相手だと安心できないということだから。傷を理解し合う者としてのバンとレオのバディ感も良い。ただ、バンと恋人ルースとの関係は反比例で危うくなる。バンが過去の自分を追い物騒なものに惹かれ続ける(本作でもわざわざ自分で事態を面倒くさくしたり相手を無駄に挑発する傾向あり)限り、ルースは彼と生きていくことはできない。3作目(日本では未訳)ではどうなっているのか気になる。

冬の炎 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2018-05-17





眠る狼 (ハヤカワ文庫NV)
グレン・エリック・ハミルトン
早川書房
2017-04-06

『新しい名字 ナポリの物語2』

エレナ・フェッランテ著、飯田亮介訳
 1960年代ナポリ。若く美しいリラは裕福な商人と結婚したが、結婚生活は決して愉快なものではなかった。一方“私”エレナは高校に通い続け進学も考えるが、家計は厳しく将来は見えず、やはり苦しい毎日を過ごしていた。療養をかねて海辺に滞在することになったリラは、強引にエレナを同行させる。2人の女性の人生を描く世界的ベストセラーの2作目。
 前作『リラと私』では2人の子供時代が描かれたが、本作ではリラの結婚以降、2人の10代後半から20代を描く。リラの早すぎた結婚のその後の展開には、全読者があーやっぱりね!と思うだろう。リラの誇り高さや苛烈さを夫が理解していたとは全く思えないのだ。おそらくリラ自身もわかっていなかったのだろう。この時代、この地域で結婚するということが女性にとってどういうものなのか、痛感させられる部分が多々出てくる。夫の、家の所有物でしかないのだ。
 リラは何でも器用にこなし、店の経営もお手の物なのだが、このくらいじゃ収まらないんじゃないかという予感を感じさせる。エレナはそんなリナを時にもどかしく思い、時に自分の方が今は物を知っている、賢いのだと密かに優越感を抱く。しかし勉学や世の中の動きに興味を失っていたはずのリナは、時に非常に鋭い洞察を見せエレナを打ちのめす。また、大学進学後の地域的なカルチャーギャップや元々文化的資産のある家庭に育った学生たちとの格差など、彼女のコンプレックスが刺激されっぱなしで辛い。しかし彼女にもある転機が訪れる。エレナとリナの人生は、エレナが思っていたほどには隣接していないのかもしれない。リナはエレナにとってどんどん未知の人になっていくようだ。

新しい名字 (ナポリの物語2)
エレナ フェッランテ
早川書房
2018-05-17


『リンドグレーンと少女サラ 秘密の往復書簡』

アストリッド・リンドグレーン、サラ・シュワルト著、石井登志子訳
 『長くつ下のピッピ』や『やかまし村のこどもたち』等、世界中で愛される作品を生み、20世紀を代表する児童文学作家であるリンドグレーン。彼女の元には多くのファンレターが寄せられるが、その内の1人、サラ・シュワルトとは文通が続いていた。サラが13歳の頃から成人するまで、80通を超える手紙をまとめた往復書簡集。
 リンドグレーンは基本的にファンとの手紙のやりとりはしない(きりがないものね)方針だったそうだが、サラとは他の読者には秘密という条件で文通が続いていた。当時のサラは家庭や学校で問題を多々抱えていた。支配的な父親とそれに全く反抗できない母親への怒りと苛立ちが痛々しい。リンドグレーンは彼女の文章力や聡明さに興味を持ったというだけではなく、放っておけなかったのかもしれない。最初は感情だだ漏れという感じだったサラの手紙がどんどん知的な(最初からかなり知的ではあるのだが)ものになり、深い思考を表現するようになる。彼女の成長のスピードが手に取るようにわかってとても面白い。そして、サラに対しあくまで対等に、危なっかしさを懸念しつつも絶対に否定はしないリンドグレーンの一貫した態度にも唸った。お説教めいたこと(流石に時代を感じる内容もある)を書く時には、サラの自尊心を傷つけないよう非常に気を付けた表現をしているし、自分は同意しかねるということにも、はっきりとダメ出しはしない。大人としての分別と対等な友達としての誠実さのバランスがとれている。2人は実際に会うことはなかったそうだが、こういう形の友情もあるのだ。

リンドグレーンと少女サラ――秘密の往復書簡
アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
2015-03-19


リンドグレーンの戦争日記 1939-1945
アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
2017-11-18




『ローズ・アンダーファイア』

エリザベス・ウェイン著、吉澤康子訳
 1944年9月、イギリス補助航空部隊の飛行士ローズは、輸送の途中でドイツ軍に捕えられ、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られる。そこでの生活は、飢えや寒さの中労働を強いられ、いつ処刑されるかもわからないというものだった。彼女を支えたのは同じ収容者仲間の女性達だった。彼女らの多くは「ウサギ」と呼ばれる非人道的な人体実験の被験者だった。
 『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編で、前作に登場した人たちもちらほら姿を見せる。最初は色々な人からの手紙や手記、そしてローズの手による本編という構成。ローズが手記を書こうとしていることから、彼女が生き延びたということは最初からわかっている。しかし緊張が途切れなかった。ホローコーストからの生存者にインタビューしたドキュメンタリー『ショア』(クロード・ランズマン監督)を思い出した。収容所の中で行われていることがあまりに残酷で、人間は歯止めがなければいくらでもひどいことを出来るのだと慄然とする(人体実験がとにかくひどい)。人間の尊厳(と生命)を剥奪する実験のようだ。その一方で、心身ともにぎりぎりの状態の中で他人を助け「人間らしさ」を維持しようとする人たちがいる。人間のおぞましい部分と崇高な部分とか同じ場所で展開されているのだ。ローズが詩によって自分を、そして仲間の心を支え続ける様には目頭熱くなった。書くこと、語る事が前作に引き続き大きなファクターになっている。それは死んでいった仲間の記憶を留め伝えることなのだ。
 収容所内での描写もきついのだが、一番はっとしたのは、ローズが助かったにも関わらず母には会えない、会いたくないと思うという所だ。収容所の生活で変わり果てた姿になってしまったからというのもあるが、内面が変わってしまった、もう母の知っている自分ではなくなってしまったからだ。説明しえない、言葉に出来ない体験というものがあるのだ。しかし彼女は「私たちのことを知らせて」という仲間の願いを忘れない。終盤、もう一人「バラ」の名前を持つ収容所仲間のローザの振る舞いの理由にローズがはたと気づく所も痛切。

ローズ・アンダーファイア (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2018-08-30


コードネーム・ヴェリティ (創元推理文庫)
エリザベス・ウェイン
東京創元社
2017-03-18


『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』

 端正な風貌と冷静沈着なプレイスタイルから、「氷の男」と呼ばれたテニスプレイヤーのビヨン・ボルグ(スベリグ・グドナソン)。20歳でウィンブルドン選手権で初優勝し、以来4連覇という偉業を成し遂げた。前人未到の5連覇に挑む彼の前に立ちはだかるのは、アメリカのジョン・マッケンロー(シャイア・ラブーフ)。苛立ちや怒りを隠さず審判に噛みつき悪態をつく彼は「悪童」と揶揄されていた。1980年のウィンブルドン選手権でついに2人は対戦する。監督はヤヌス・メッツ。
 テニス全般に非常に疎い私でも、クライマックスである決勝戦には手に汗握った。実際にあった話でどういう試合結果になるのかはわかっているのに、息をつかせぬ緊張感が続く。ボルグとマッケンローの集中と高揚がビシビシ伝わるのだ。試合シーンの見せ方はとても上手いのではないかと思う。主演2人のプレー演技の良さもあるけど、撮影・編集が冴えていた(当時のスポーツ中継ぽいレトロ感もありつつ現代的なシャープさがある)ように思う。
 少年時代のボルグの振る舞いと、マッケンローの今現在の振る舞いが似通っているところが面白い。氷と炎という対称的な存在と見なされている2人だが、資質としては近いものがあるのではと思わせるのだ。選手としてのボルグは佇まいもプレースタイルも非常に冷静でコントロールされている。しかしテニスを始めた少年時代は癇癪持ちでラフプレーも目立ち、怒りや悔しさのコントロールが出来ていなかった。その怒りや苛立ちを発散する様は、マッケンローとよく似ているのだ。少年時代のマッケンローはむしろ大人しそうな少年で得意科目は数学というあたりが意外。少年時代のボルグとはこれまた対称的で、2人が入れ替わったような不思議さがあった。ボルグは極端にルール決めした生活で、マッケンローは罵倒や毒舌で極度のプレッシャーと闘っていることがわかってくる。
 ボルグのファインプレーに感化されるようにマッケンローもファインプレーを見せていくが、作中、2人が決勝戦前に交流するシーンは一切ない。決勝戦の途中でボルグがマッケンローに言葉をかけるが、これが引き金になったというよりも、良いプレーが良いプレーを誘発していく、スポ根漫画のお約束である対戦によって語り合う感に満ちていてぐっときた。ある域に達した人にしかわからないプレッシャーや喜びが2人の間で共感を生んでいると思える。エンドロール前の「その後」のエピソードで更にぐっとくる。強敵(ライバル)と書いて友と呼ぶ、を地で行くような話。


ウィンブルドン (創元推理文庫)
ラッセル・ブラッドン
東京創元社
2014-10-31


『寝ても覚めても』

 大阪で暮らす朝子(唐田えりか)は麦(東出昌大)と出会い恋に落ちる。しかしある日、麦は姿を消した。2年後、東京へ引っ越した朝子は麦とそっくりな亮平(東出昌大2役)と出会う。麦のことを忘れられない朝子は激しく動揺するが、亮平は朝子に好意を抱いていく。原作は柴崎友香の同名小説。監督は濱口竜介。
 朝子と麦が初めて出会い向き合うシーン、ザ・運命の出会い!もう恋に落ちる以外ありえない!的演出で、あっこれを堂々とやるのか!と逆に新鮮だった。一方、亮平との出会いでは、二人が向き合うまでの時間、助走の部分がある。最初から麦と亮平は違ったわけだ。劇的な出会いだったから想いが持続するというわけでもないだろうが、朝子は同じ容姿という部分に引っ張られてしまう(と自分で思い込んでいる)。
 朝子のある種のバカ正直さとでもいうか、自分に対する誠実さ、嘘のなさが面白い。彼女は周囲にもそうした誠実さで接しようとするが、それは相手を傷つけたり周囲をかき回したりすることにもなる。「それ言って幸せになる人いないよ」と言われても、自分にとって事実であるなら、嘘はつけない。世間の人は多少自分を押さえて場をとりなすようなことをできるものだろうが、彼女にはそういう面が希薄だ。逆に亮平はそういった場のとりなし、雰囲気の作り方が大変上手く、気遣いの人であることがよくわかる。朝子の友人である春代(伊藤沙莉)やマヤ(山下リオ)も同様で、押しなべて良識的。社会性が高いとも言える。朝子は自身でも言うように「自分のことばかり」なのだ。それが悪いというのではなく、自分に忠実であろうとするところが彼女のいい所だと思うのだが、時に自分と「彼」に集中しすぎて世界から断絶されているように見える。
 幽霊譚のような、ちょっとホラーめいた怖さも感じた。過去の一点がずっと追ってきて離れない。終盤の亮平にとっての朝子もまた、そういう存在になっているのかもしれない。麦の人間ではない何かであるような立ち居振る舞いもまた不気味だった。東出が二役を演じているが、同じ顔だが違う人に見えるし、何だったら同じ顔に見えないようにも思った。
 登場人物それぞれの「その人」としての佇まいや動作の手応えが素晴らしい。台詞や分かりやすい顔の表情がなくても、振舞い方でエモーショナルな部分、この人はどういう人かという部分が伝わってくる。とにかく行動設計が上手いなという印象。どの俳優もとても良かったのだが、亮平の同僚である串橋役の瀬戸泰史があるシーン以降とても良くて、こんなに出来る人でしたか!とびっくりした。これは監督の演技指導の腕でもあるのだろうか。


寝ても覚めても: 増補新版 (河出文庫)
柴崎友香
河出書房新社
2018-06-05


『タリーと私の秘密の時間』

 2人の子供に加え、3人目が生まれたマーロ(シャリーズ・セロン)は家事と育児で疲れ果てていた。見かねた兄が夜だけベビーシッターを雇い、マーロの元に若い女性タリー(マッケンジー・デイビス)がやってきた。若いながらも彼女の仕事は完璧。久しぶりにぐっすりと眠り、また自由奔放なタリーとの交流で、マーロは生き生きとした表情を取り戻していく。監督はジェイソン・ライトマン。
 赤ん坊が生まれてからの、授乳、オムツ替え、寝かしつけ、泣く、授乳、オムツ替え・・・というエンドレス早回しにめまいがした。子供が生まれるってつまりこういうことなんだなと。脚本は『JUNOジュノ』『ヤング≒アダルト』でもライトマンとタッグを組んだのディアブロ・コーディなので、素直に「いい話」ってわけではないんだろうと思っていたけど、予想ほどには捻っていない。しかしこの話の場合、捻っていないからこそしんどいんじゃないだろうか。マーロと似た状況のが見たらどう思うのか(確かに強く共感するであろう、あるある!的要素は満載なんだろうけど)ちょっと分かりかねる。傷をえぐらないか心配よ・・・。マーロの、若くて自由なタリーに対する羨望と自分に対する後悔、それに対してタリーが平凡な1日を続けていくことがすごいんだ、と説得する様は、マーロの自分内での葛藤をそのまま再現しているよう。なんてことない1日のありがたさなんて、彼女は当然わかっているだろう。わかっていても、持っていたものを捨てていかなければならなかったことはやはり苦しいのだ。
 マーロの夫は好人物で子供たちは手はかかるが可愛い。元々共働き(マーロが休職中だという台詞がある)すごく金持ちというわけではないが経済的に逼迫しているわけでもない。客観的にはそこそこ幸せに見えるだろう。子育ては大変だが、「とは言え子供はかわいいでしょ」みたいに、大変さが見る側にとって無効化されやすい、当事者が大変さの中に取り残されがちなのかもしれないなとふと思った。いい母親、いい妻、素敵な家庭を成立させるために、どれくらいしんどい思いをしているのかなと。マーロの兄の家はゴージャスで、妻はおしゃれで小奇麗、子供たちもごきげんだが、それはお金の力で家事育児をアウトソーシングできているからだよな・・・。一人でやれることには限界がある。
 マーロがぎりぎりであることが、夫には今一つ伝わっていない。いい人だし世間一般的にはいい夫なのだろうが、当事者としての意識が今一つ希薄。彼は寝る前にTVゲームをするのが習慣なのだが、ヘッドフォンをして音声を外に漏らさないという気づかいはしても、コントローラーの音やTV画面の光が寝る時に邪魔なんじゃないかという所までは気が回らない。まあ話し合いの上での処置なのかもしれないけど・・・。とりあえず、食洗機とルンバを買ったらどうかな(食洗機はあったかも)。

ヤング≒アダルト [DVD]
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2013-02-08


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