3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『スイングしなけりゃ意味がない』

佐藤亜紀著
 ナチス政権下のドイツ、ハンブルグ。15歳の少年エディはピアノが得意な友人のマックスや上級生のデュークと共にスウィングに熱狂していた。しかしスウィングは敵性音楽。ゲシュタポの手入れを逃れつつクラブで踊り狂うが、戦況は悪化し不穏な影が濃くなっていく。
 評判通りとても面白く、若者たちの言葉遣いの崩し方の演出が上手い。エディの父親は軍需会社の経営者でアメリカやイギリスの文化にも造詣が深い洒落もの。しかし「党員」でもある。金持ちのボンボンで悪知恵の回るエディは立ち回りが上手く、もしかしたらナチスに全面的に肩入れしてさらに成り上がっていく道もあっただろう。しかしジャズとそれが象徴する自由に対する愛が、エディらをその道には進ませない。倫理観や正義感ではなく、音楽とバカ騒ぎへの欲望によって道を切り開いていく所が、ちょっとピカレスクロマンの主人公ぽくもあるし、「立派でなさ」が魅力でもある(身近にいたら絶対好きになれなさそうだけど)。ナチスの裏をかき海賊版レコードを売りさばいていく彼らの暗躍は痛快だが、戦況が悪化するにつれ文字通り死に物狂いになっていく。空襲の描写が生々しく清算だが、エディの語り口は依然として人を食った感じで諧謔混じりなところに逆に凄みがあった。

この世の外へ クラブ進駐軍 [DVD]
萩原聖人
松竹ホームビデオ
2004-06-25




『熊の皮』

ジェイムズ・A・マクラフリン著、青木千鶴訳
 アパラチア山脈、ターク山自然保護区の管理人として働き始めたライス。ある日、管理区域で胆嚢を切り取られた熊の死体を発見する。熊の内臓は闇市場で高値で取引される為、密猟者が狙っているのだ。ライスは密猟者を探すが地元民は非協力的。さらに前管理人のサラは何者かに暴行されていたという。
 犯人、ではなく被害者が熊!地元民の敵意の中で密猟者を追うと同時に、ライスは自分の過去の因縁とも戦わなくてはならない。ライスが過去にしたこと、ライスが現在していることが平行して語られ、彼がどういう経緯で今の生活にたどり着いたのか、今のライスを形作ったものは何なのかがわかってくる。状況的にも元々のパーソナリティとしても、あまり感情を外に出さず(出せず)善人でも悪人でもないが世渡り上手とは言い難い(だからどんどん苦境に追い込まれる)ライスの人となりが良い。
 とはいえ本作の読みどころはプロットやライスの過去の因縁よりも、彼を取り巻く山、森林、熊や鹿などの動物の描写にあると個人的には思う。植物の名前や鳥の名前などの具体性が楽しいし、何より山の中にいる時の静かさ(実際には動物や鳥の声などがするので全く静かというわけではないんだけど)、頭の中がしんとする感じの描き方が詩情豊か。この山自体が主人公で、ライスがその一部になってきている感じがするのだ。ライスの五感が一線を越えていく様なども超現実的なのだが説得力がある。

熊の皮 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ジェイムズ・A. マクラフリン
早川書房
2019-11-06


『ターミネーター ニューフェイト』

 メキシコシティで父と弟と暮らすダニー(ナタリア・レイエス)。彼女の前にグレース(マッケンジー・デイビス)と名乗る女性が現れる。彼女は未来からダニーを抹殺するために送り込まれたターミネーター「REV-9」’ガブリエル・ルナ)から彼女を守るため、同じく未来から来たというのだ。REV-9の猛攻に追い詰められていくが、2人の前にかつてターミネーターと戦い人類を滅亡から守ったサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が現れる。監督はティム・ミラー。ジェームズ・キャメロンはプロデューサーを務めた。
 ターミネーターといえばアーノルド・シュワルツェネッガー演じるT800だが、今回は意外と出番が少ない。むしろこれシュワルツェネッガー出てなくても全然成立するんじゃないかな?という感じ(とはいえ出てくると画面が華やかになるのでやはりスターなんだなとは思った)。対してサラ・コナーはもちろん、女性3人が非常にかっこいい。ハミルトンの「きれいなおばあちゃん」「かわいいおばあちゃん」とは一線を画した年齢の重ね方にはぐっとくる。この路線の女優、役柄がもっと増えるといいのに…。またグレースを演じるデイビスのアクションが予想外に素晴らしい。ストーリー上もグレースの献身が熱い。まさかこのシリーズから良い百合が爆誕するとは…。
 本作、女性が活躍するが「女性」という要素に特別な意味づけはなく、ニュートラル。また女性たちの強さが今までのような「母強し」的なもの、聖母的なものとは切り離されている。これまでのシリーズとはもう違うんだよということだろうか。
 女性陣のかっこよさで楽しく見たが、ストーリーはわりと中だるみしているし、歴史改変SF要素は粗が多い。そもそも、それ根本的な問題解決になってないですよね?と突っ込みたくなる。次回作を作りたいということなのかなー。この点は本シリーズの限界を見てしまった気がする。

ターミネーター [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16


ターミネーター2 [DVD]
アーノルド・シュワルツェネッガー(玄田哲章)
KADOKAWA / 角川書店
2019-08-29


 

『シティハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』

 凄腕のスイーパー、「シティハンター」ことリョウ(フィリップ・ラショー)は相棒のカオリ(エロディ・フォンタン)と共に様々な依頼を請け負っていた。ある日、香りをかいだ者を虜にする惚れ薬「キューピッドの香水」の奪還を依頼される。48時間というタイムリミットのなかで2人は奔走する。原作は1980年代にアニメ化され人気を博した北条司の漫画『シティーハンター』。監督は主演も兼ねているフィリップ・ラショー。
 タイトルロゴはもちろん、サントラもアニメ版を踏襲。さらに掲示板(フランスにあの掲示板はないだろ!そもそも縦書きという概念がない!)、100tハンマーもカラスも登場するという徹底ぶり。キャラクターのビジュアル再現度もやたらと高い。ファッションも今が2019年だとは思えないもの。漫画の実写化としては異常な完成度でパリが新宿に見えてくるよ…。
 ただ、いくら原作に忠実とはいえそこまで忠実にする必要があるのか?という部分も。リョウの覗きや下着ネタは現代では(実際は当時でもだけど)完全にセクハラで笑えるものではないし、「もっこり」というワード(フランス語では何と言っているのだろうか…)も同様だ。今年日本で公開された劇場版アニメですら、このあたりのネタに対するエクスキューズは入れていたのだが、このフランス版ではそれが一切ない。また、セクシャリティや身体的特徴へのいじりは正直いただけない。今時これをやる?という感じだし欧米ではこういったいじりへの批判は日本よりも強いのではないかと思うのだが…。正直、フランス人がどういうスタンスで本作を見ているのか(ギャグはコンプラ上完全にアウトなので)よくわからないのだ。2019年に映画化するのならそれなりの、その時代に即した表現があると思うのだが(こういうギャグを排してもシティーハンターの面白さに変わりはないと思う)。ただランジェリーショーのシーンで、リョウがある事情により下着姿のモデルたちに全く反応しないというシチュエーションにしたのはひとつの配慮かなと思った。性的に見る視線がなければただの人体なんだなと妙に納得。
 とは言え本作、監督のシティーハンターが強烈だということはよくわかるし、理解の深さもうかがえる。カオリの兄である槇村とのエピソードを組み込み、その上でリョウとカオリの関係性を描いているところは原作ファンも納得だろう。そしてエンドロールではあの曲がばっちり流れる。あれがないとシティーハンター見た気にならないもんね。




『読まれなかった小説』

 大学を卒業し教員試験を控えたシナン(アイドゥン・ドウ・デミルコル)は作家志望。故郷へ戻り処女小説を出版しようとするが資金の援助は得られなかった。シナンの父イドリス(ムラト・ジェムジル)は引退間際の教師だが競馬にのめりこみ、借金まみれ。シナンはイドリスを非難する。監督はヌリ・ビルゲ・ジェイラン。
 シナンが故郷の町(トロイ遺跡の近くで、広場に大きな木馬がある)ターミナルに降り立った時の侘しさが身に染みる。地方の町ということもあるが、知り合いに「お前の父親に金貨を貸したから返せと伝えておいて」って行く先々で言われるのってやっぱりきついよな…。イドリスは人柄は悪くないし仕事はちゃんとやっているらしい。またユーモアがある理想化肌なのだが、ギャンブル依存症という一点がそれらを帳消しにしている。借金で家を手放し狭いアパート暮らしになり、車も売りに出し(車に「売ります」という張り紙をしたままにしているのがまた辛い…)、支払いが滞り自宅の電気まで止められる。大学の学費を出してもらった身とは言え、シナンがキレ気味なのもわかる。
 とは言え、母も妹も父親にあきれ果ててはいるが本気で愛想をつかしているようには見えないし、家を出ていこうともしない(出ていく先がないというのも大きいだろうが)。シナンも何だかんだ言って、決定的な糾弾はためらう。どう考えてもイドリスが犯人だというある状況で、シナンは真相に踏み込めない。イドリス本人がそれを示唆し焚きつけるにもかかわらず。父は父として一つの権威であり続けてほしいということなのだろうか。トルコはまだまだ父権主義が強い、父親という存在に重きを置いている文化圏なのかなと思った。腐っても父親ということか。母親が「父さんは他所の父親みたいに殴ったりしない」というが、それは比較対象がおかしいよな…。
 シナンが疑似父親とも言える有名作家に絡みまくる(舞台となる書店がすごくいい!)エピソードがあるのだが、本当に青いというか、後になってみたら黒歴史決定だなという空回り感。なかなかのイタイタしさだ。冷静な議論ではなく自分を擁護するための妄想交じりになっている感じがして、ちょっと怖かった。シナンとイドリスは理想家肌という部分では似ている(故にシナンの文学上の理解者はイドリスになってしまう)のだ。

雪の轍 [DVD]
ハルク・ビルギネル
KADOKAWA / 角川書店
2016-01-29


百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)
ガブリエル ガルシア=マルケス
新潮社
2006-12-01



『わたしは光をにぎっている』

 長野県の湖畔の町に住む20歳の宮川澪(松本穂香)は、両親を亡くして祖母と2人、民宿を切り盛りしていた。しかし祖母が入院することになり、民宿を畳むことに。父の親友だった涼介(光石研)を頼って上京するがアルバイト先をすぐにクビになってしまう。涼介が営む銭湯を手伝ううちに、澪は東京での生活に慣れていく。監督は中川龍太郎。
 澪のもったりとした動き、言わなくてはならないことを言い出せずぐずぐずしてしまう様には、ちょっとイラッとさせられる。しかし、銭湯が自分の居場所になりやらなくてはならない仕事がはっきりしてくると、おどおど感は消えてくる。ここならばいていい、という場所がある、役にたっているという手応えで人は安定していくものなんだろうな。一度そういう体験をすると、次につまづいても転ばなくてすむ、また転んでも起き上がるのに時間がかからなくなるのだと思う。銭湯を畳まなくてはならないと知らされた彼女が出す結論は清々しい。澪は実家の商売を無くして上京し、そこで新しい仕事と居場所を得るが、それもまた失っていく。それでも暗い気持ちにならないのは、彼女がまた歩き出せるしこういうことを繰り返してもたぶん大丈夫になったろうと思えるからだ。
 東京の下町(立石だったか?)のごちゃごちゃした街並みが、そういう場所に住んだことはないのに何でか懐かしい。しかしそれは再開発により失われていく風景だ。とは言え、そこに住んでいる人たちの暮らしは風景が変わっても続いていく。「続いてしまった」涼介のマンションでの暮らしがわずかに垣間見えるのだが、これが何とも切なかった。迷子のようなのだ。冒頭、文字通り迷子になっていた澪のその後とは対照的だった。
 ほのかに寂しくほろ苦いながらも、さわやかな佳作。ただ脚本はちょっと安易な所が気になった。すっぽん鍋の位置づけや、その場で処女云々持ち出すところは大分古い感覚だと思う(同性同士でもあれはセクハラだよな)。また、帰省の際に湖に入っていくシーンも月並みというか、今時このテンプレをやる人がいるのかという感じ(その後の夢の中で遊覧船に乗るシーンはすごくいいだけに残念)。また、覗き犯のおじいちゃんの処遇について澪が疑問をなげかけた時に、涼介が「お客さんのことを想像して」と言うが、じゃあ覗かれた女性客はその「お客さん」に含まれていないの?と。あれ、年齢性別関係なくやられたら怖いと思うんだよね。

四月の永い夢 [DVD]
朝倉あき
ギャガ
2018-10-02


おのぼり物語 [DVD]
井上芳雄
竹書房
2010-12-17






『スパイたちの遺産』

ジョン・ル・カレ著、加賀山卓朗訳
 かつては「サーカス」の一員として諜報活動に奔走したピーター・ギラムは、今ではブルターニュの農場で隠居生活を送っている。しかし英国情報部からの呼び出しがかかる。冷戦期に起きた射殺事件の遺族が、諜報部とギラム、そしてギラムの上司であったスマイリーを相手取って訴訟を起こすというのだ。情報部の追求を受け、ギラムは語り始める。
 『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラ、ソルジャー、スパイ』で起こった事件の真相に言及しているので、この2作を読んでいることが前提(といっても、知らなくてもまあ大丈夫だとは思う)の作品。スパイたちの後始末、「その後」を生きてしまった元スパイがつけの取り立てを迫られる話と言える。フットワークの軽い色男というイメージだったギラムが、実はあの事件の背後でこのようなことをしていた、こういう思いを秘めていたのかという感慨深さがある。国や組織ではなく、ギラム個人の物語という側面がかなり強く、そういう意味ではスパイ小説という感じではない。スパイといっても個人の感情から逃れられない、だから苦しいのだ。スパイという職業の矛盾がむきだしになっていく(ル・カレの作品はいつもそうだと思うが)。しかしなんにせよ、ギラムはもちろんあの人とかあの人が元気でよかったよ…。そして、あの人のここぞというところでのブレのなさ、責任を引き受ける様には、著者の「こうであれ」という気持ちが強く込められていると思う。

スパイたちの遺産 (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレ
早川書房
2019-11-06




『アイリッシュマン』

 トラックドライバーだったフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)は一帯を仕切るマフィア、ラッセル・バッファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合ったことがきっかけで、殺し屋として頭角を現していく。全米トラック運転組合委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の付き人となり信頼を得るが、やがてホッファは暴走を始める。監督はマーティン・スコセッシ。
 Netflix配信作品が期間限定で劇場公開されていたので見に行ったのだが、さすがに209分は長い…。長さの面では自由に中断できる配信向きといえる。とは言え、劇場で見る醍醐味はありすぎるくらいある。映像は明らかにスクリーン向きなので配信だともったいなくなっちゃう。さすがスコセッシというところか。
 老年のフランクが過去を語り始め、過去と現在が入り乱れる、途中の時間経過も不規則かつ大幅に飛んだりする。また、実話が元なので実際の第二次世界大戦後のアメリカ史と強く結びついている。全米トラック運転組合とマフィア、政界との繋がりや、ホッファが何者なのか、またキューバ危機あたりは押さえておかないとちょっとついていくのが厳しいかも…。キューバ危機はともかくホッファのことを今のアメリカの若者たちは知っているのだろうか。背景説明はほとんどないので、結構見る側の理解力を要求してくる。
 フランクはわりと軽い気持ちでマフィアの世界に足を踏み入れていくように見える。ラッセルとジミーとも「友人」という関係が前面に出ている。が、マフィアはしょせんマフィアというか、いざ利害の不一致が生じると友情もくそもなくなっていく。ある一線を踏まえたうえでの仁義なのだ。この一線を超えてしまったのがジミーの破滅の始まりだったのでは。フランクとラッセルはずっと上下関係というかパートナーシップ的なものを維持していく(ワインとぶどうパンを、中年当時と同じようにおじいちゃんになっても一緒に食べる様にはきゅんとする)。が、フランクにとってはラッセルをとるかジミーを取るかどんどん迫られていく過程でもある。後半、フランクは頻繁に困ったような涙目顔になっているのだが、強烈な「ボス」2人からの板挟み状態は確かに泣きたくもなりそう。
 フランクらの妻や娘は登場するが、物事にかかわってくるのは男のみ。フランクの娘の1人は彼の真の仕事に勘付き、距離を取る。が、あくまで見ているだけで自らは何もすることはない(絶縁はするのだが)。女不在の世界の成れの果てを見せていくとも言える。

ゴッドファーザー コッポラ・リストレーション DVD BOX
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パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2008-10-03


ウルフ・オブ・ウォールストリート [Blu-ray]
レオナルド・ディカプリオ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2014-11-26


 
 

『アナと雪の女王2』

 雪と氷を操る力を持つエルサ(イディナ・メンゼル)と明朗快活なアナ(クリステン・ベル)姉妹は、アレンデール王国の女王と王女として、仲間に囲まれ平和に暮らしていた。ある日エルサは不思議な歌声に呼ばれていると感じる。声に導かれ、エルサとアナはエルサの力の正体、そして王国の秘められた真実を知ることになる。監督はクリス・バック&ジェニファー・リー。
 幼いエルサとアナに父親が語るアレンデール王国と不思議な森の関係は、あっこれはいわゆるアレですか…と予感させるものなので、その後の展開にそう意外性はない。ストーリーの運び方は結構雑というか乱暴なところがあり(これは1作目でも感じたのだが)精緻に伏線を敷くというよりは、登場人物のキャラクター性、情動にぐっと寄せて話を転がしていくタイプの作品なのだと思う。冒険要素を盛り込む、かつ視覚的な派手さ・盛り上がりの為にアトラクション的、ジェットコースター的な演出に頼りすぎな気はした。
 とは言え、個人的には前作よりも好きだ。私は前作の結末、エルサの処遇にあまり納得いかなかったのだが、今回はその部分が(私にとっては)是正されて、中盤の展開がどんなに雑でもあのラストシーンがあるから許そうという気になった。前作でエルサは「ありのまま」の自分(「ありのままの」がエルサの中で黒歴史扱いらしいという演出がちょっと面白かった)を受け入れ、周囲からも受容されたわけだが、本当にそうなのか?別の氷の城に入っただけではないのか?というのが今回のスタート地点だろう。エルサの自分探しはむしろ本作が本番だ。一方、アナはエルサを愛しずっと一緒にいようと決意しているが、それはお互いに縛り付けることになっていないか?という面も出てくる。前作での体験をふまえてなのだろうが、アナがやたらと姉妹が一緒にいなければと強調するので、これはこれでエルサは辛いのでは…と思ってしまう。愛では救えない、自由になれないものもあるのでは?とも。
 今回のエルサはレオタード風衣装といい、人生の選択といい、歴代のディズニープリンセスの中ではかなり異色、新しいと言えるだろう。その一方でアナが旧来のプリンセス的価値観を引き継ぎ、異性のパートナーを得ることに幸せを見出しているというコントラストが面白い。どちらがいいというわけではなく、両方OKとするのが今のディズニーの感覚なのか。
 なお今回、エルサの衣装・髪型といい、クリストフとのソロステージといい、80年代MV風味が妙に強い。特にクリストフのパートはコンテといいライティングといい曲調・音質(ここだけ明らかに曲の作りが安い!)といいパロディとして笑わそうとしているんだと思うが、誰に向けて発信しているんだ…。子供にはわからないし大人も結構いい歳の大人でないとわからないと思うんだけど…(『ボヘミアン・ラプソディ』がヒットしたからとりあえずあのネタだけはわかるだろ!みたいな読みがあったんだろうか)。

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2019-08-05



アナと雪の女王 MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー+MovieNEXワールド] [Blu-ray]
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2019-07-24



『ブライトバーン 恐怖の拡散者』

 子供ができずに悩んでいるトーリ(エリザベス・バンクス)とカイル(デビッド・デンマン)夫婦の元に、赤ん坊がやってきた。その男の子ブランドン(ジャクソン・A・ダン)は聡明で成績優秀に育った。しかし12歳になったブランドンは異常な力を発揮し始め、人が変わったようになる・監督はデビッド・ヤロベスキー。
 自分たちの子供が何を考えているのか、どういう人物なのかわからないという子供の他者性を極端に拡大したような話であり、スーパーマンが悪い子だったらという話である。良い子か悪い子かは親の人柄や努力によって決まるとは限らないからな…。とは言え、子供の他者性についても、異能のダークサイドについても掘り下げ方はさほど深くなく、意外とあっさりしている。自分の子供が邪悪な存在だとは信じたくない、しかし邪悪である証拠が次々と出てくるというシチュエーションは、親としては相当辛く葛藤するところだと思うのだが、父親も母親も結構決断が早いな(笑)。重苦しくなりそうなところ、あまり重苦しくないのはあえてなのかそういう作風(全般的にあまり心理の彫り込みがうまいとは思えない)なのか。良くも悪くも軽め。さらっと見られて(時間的にもコンパクトで)いいといえばいいのだが、心理的な緊張感、サスペンス要素がもっと強いのかと思っていたので拍子抜けした。
 登場人物の心情や行動の演出、ブランドンの邪悪さの演出はわりとあっさり目なのだが、所々でスプラッタ、グロテスク要素をチラ見させていくところに監督の性癖を感じた。ストーリー展開上そんなに必要ないし、一連の流れの中で見せるというよりもわざわざそのシーンをねじこんできている印象だった。

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1999-12-22







『あたらしい無職』

丹野未雪著
 今日から無職。ハローワークに行き雇用保険の説明を受ける。友人の誘いで花見に行きまくる。就職活動をし自炊をする。非正規雇用の編集者として働いてきた著者の、無職と正社員、そしてまた無職としての生活。
 日記の形式で書かれているので時間の経過がわかりやすい。時間の経過がわかりやすいということは、無職期間が具体的にイメージできるので収入がない心細さもじわじわしみてくるということなのだ…。予算が限られている中でお花見に行ったりピクニックに行ったりと愉快そうではあるが、生活は逃がしてくれない。お金の算段をするくだりではちょっとおなかが痛くなりそうだった。友人からお金を借りる時の、借りる側だけでなく貸す側の覚悟が垣間見える、それに気づいた著者がそれに気づき涙する件は心に刺さる。正社員としての仕事の中でも、仕事の面白さがある一方で、人間関係の理不尽さや取引先の無茶苦茶さに翻弄される辛さが身に染みてくる。出来の悪い若手への指導の中で高圧的だったかつての「出来る」上司のことを思い出す等、なんかもう色々とぐさぐさきます。
 働くこと、無職であること両方の辛さ面白さ(というと語弊があるが)がシンプルな文体で率直に、抑制のきいたトーンで綴られていく。それにしても著者の周囲が非正規雇用とフリーランスばかりなのが辛かった…。時代背景によって仕事のあり方はもちろん「無職」のあり方もだいぶ変わってくると思う。下り坂の時代の無職ってきつい…。それでもちゃんと自分の生活、仕事をとらえていく著者の文章にぐっときた。


『女の子は本当にピンクが好きなのか』

堀越英美著
 女の子が好きな色、女の子らしい色といえばピンクが定番と思われてきたが、そもそもなぜ女の子=ピンクというイメージが定着したのか?いわゆる「ダサピンク」現象(ピンク=ダサいではなく、女性はピンクが好きな物、可愛いものがすきなものだという認識で商品が作られ残念な結果になる現象)も起きた昨今、ピンクが女らしさ・男らしさにもたらした功罪を国内外の事例を取り上げ掘り下げていく。
 女の子=ピンクというのはフランスが発祥だそうで、それほど歴史が長いわけではない(男の子=ピンクの国もあったし、そもそも昔は持ちのいい染料は高価だったので洗う頻度の高い子供服は白一択だったそうだ)。それが今やというかいまだにというか、女の子といえばピンク、女児玩具売り場はピンク水色ラベンダー色。親がキラキラファンシーを好まなくてもいつの間にか好むようになることが往々にしてあるというから不思議だ。幼い子供はピンクを好みやすいという統計もあるそうだが、社会的に「そういうもの」とされていることの根深さ、ピンクを好む女性が世の中では好まれるとされている影響がやはり強いのだろう。ピンクという色は単に色でしかないのだが、そこに加味される意味合いが女性に複雑な気持ちを抱かせ、男性をピンクから遠ざける。本来単なる色なんだから、男女とももっとフラットにピンクと付き合える世の中になるといいのに…。
 その一方で女児向け玩具の変化(バービーの職業や体形が多様化したり、理系実験キットが人気だったり)が著しかったり、男の子もピンクを着ていいじゃないかというムーブメントが海外では起きていたいるする。特に玩具業界における変化についての記述が面白かった。男らしさ女らしさという枠組みは昔よりはゆるやかになり、少しずつだが世界は変わっていくのだ。とは言え、日本は他国に比べて数周遅れているのが辛いが…。


『ひとよ』

 小さなタクシー会社を営む稲村家で、こはる(田中裕子)が夫を殺した。夫の暴力から子供たちを守る為と信じての犯行だった。15年後に必ず会いに来ると子供たちに告げ、こはるは逮捕される。そして15年後、長男・大樹(鈴木亮平)、次男・雄二(佐藤健)、長女・園子(松岡茉優)は事件によって人生を狂わされ、ひっそりと人生を送っていた。そんな彼らの前にこはるが帰ってくる。原作は桑原裕子。監督は白石和彌。 
 白石監督、どんどん座りがいいというか、きちんと折り目正しい映画を撮るようになってきているな。長くなりがちだった映画の尺自体もだんだんコンパクトになっているように思う(が、本作ももうちょっと短くできると思う…)。職人的な腕の良さ、手堅さを感じる。本作は殺人を犯した母と子供たちというシリアスな要素が中心にあるし、語りのトーンもシリアス。しかし、つい笑ってしまうような部分、なんだかユーモラスな部分がちょこちょことある。こっちをもっと膨らませてもよかったのになという気もした。こはるの「万引き」など元々笑いの要素として入れられているシーンだろうがその割には笑いが盛り上がらない。また、千鳥の大悟の登場の仕方など出オチに近いパーフェクトさだった。そこ、素直に笑わせてよという気分がなくもない。笑いを投げ込みつつ深刻な話をしてもいいと思うのだが。
 こはるの行為は子供たちを守りたい一心からのものだろう。これで子供たちは自由になれる、好きなことをできると彼女は信じた。しかし、子供たちにとって父親の死は決して自由をもたらすものではなく、むしろ世間の誹謗中傷や嫌がらせにさらされ、不自由なばかりだ。親の心子知らず、子の心親知らずとでも言うのか、お互いのすれ違いが苦い。とは言え、それでもお互いに大切に思う心を捨てることはできず、だからこそよい一層切ない。そもそも、本当に嫌ならこの土地を捨てていけばよかったのだ。家族を捨て食い物にするつもりだった雄二も、結局戻ってきてしまう。切り捨てることができれば
いっそ楽なのにそうできないという家族の情の厄介さ。
 出演者が皆とてもよかった。佐藤は「ちょっと賢い」かつ荒んだ雰囲気がよく出ている。ドロップキックの決まり方も抜群だった。鈴木が醸し出す不器用な生真面目さと危うさ、松浦の可愛いのか可愛くないのかよくわからない微妙なふるまいなど、兄妹3人がはまっている。そして何より田中の怪物性とでもいいたくなる存在感。普通のことをやっているはずなのにあの違和感は何なんだろうか。くどくなる直前でトーンを抑えるところがうまい。脇役も、訳ありドライバーの佐々木蔵之介の豹変ぶりと父親としての無力さにはぐっとくる。また、タクシー会社社長の丸井役の音尾琢真が本作の良心的なたたずまいで素晴らしかった。「良い人」として出来すぎなんだけど、それでもこういう「良い人」はいるに違いないと思わせるものがある。


ひとよ (集英社文庫)
長尾 徳子
集英社
2019-09-20


麻雀放浪記2020 [Blu-ray]
斎藤 工
バップ
2019-08-01




『エリザベス・ビショップ 悲しみと理性』

コルム・トビーン著、伊藤範子訳
 20世紀アメリカにおける最も優れた詩人の一人、エリザベス・ビショップ。喪失体験の悲しみや痛みをストイックかつ精緻な詩として昇華し、高い評価を受けた。アイルランドの作家である著者は、ビショップの作品と人生を紐解いていく。
 私はビショップという詩人のことは実は知らなかったし、本著に登場する彼女と交流のあった詩人、作家のこともほとんど知らない。トビーンの著作ということで手に取ってみた。ビショップの作品が多数引用されているというわけではないのだが、その作品を読んでみたくなる。トビーンはビショップの作品を彼女の人生と重ねて分析していくが、ビショップが自分の人生を作品に反映した部分よりも、むしろしなかった、取捨選択が厳しくされているという部分に着目していく。豊かな表現だが決して饒舌にはならない。作品はあくまで作品で、人生やその時々の感情とはいったん切り離されたものとして成立しなくてはならないという厳しさがある。感情を直接盛り込むのではなく、具体的な物、風景のディティールの積み重ねの上に強い情感のイメージが構成されていく。非常に注意深く組み立てられているのだ。
 その厳しさは自分自身に対してだけではなく、ビショップが仲間の詩人たちに向ける態度でもあり、コビーン当人の態度でもあるのだろう。ビショップと彼女の「親友」であった詩人ロバート・ロウエルとの書簡は時にユーモラスだが、時にお互い刺し違えそうな言葉の応酬がある。創作者として認め合っているからこそのやりとりだろう。ビショップとロウエルは直接顔を合わせることはほとんどなかったそうだ。

エリザベス・ビショップ 悲しみと理性
コルム・トビーン
港の人
2019-09-10


エリザベス・ビショップ詩集 (世界現代詩文庫)
エリザベス ビショップ
土曜美術社出版販売
2001-02


『残された者 北の極地』

 飛行機事故で1人、北極地帯に取り残されたパイロットのオボァガード(マッツ・ミケルセン)は、壊れた飛行機をシェルターにし、生き延びていた。しかしようやくやってきたヘリコプターが墜落。女性乗務員(マリア・テルマ・サルマドッティ)が大けがをしてしまう。オボァガードは瀕死の彼女を、地図上に確認した北方の基地に連れていくことを決意する。監督はジョー・ペナ。
 冒頭、遭難中のオボァガードの日々の「任務」が淡々と描かれる。これが妙に面白かった。定位置で地形を観測し地図を作り、地面にSOSの文字を刻む。魚を取って冷凍(アイスボックスに入れると自動的に冷凍されちゃうわけだけど…)。し貯蔵する。これを腕時計に設定したタイマーにそって、几帳面に行っていく。この几帳面さが彼を生き延びさせてきたのだともわかってくる。自分がどこへ向かったのか、行動を書き残していくというのも、救助隊が来たときの為の対策だとわかる。記録って大事!
 彼の几帳面さ、きっちり守られるルーティン行動は、サバイブするための手段だ。しかし女性を助けたことで、そのルーティンから外れていかざるを得ない。自分が生存するための可能性を減らしても他人を助けるかどうか、倫理観を問われるシチュエーションが続いていく。寒さはもちろんなのだが、究極の二択で追い詰められていくのだ。まずはフィジカルを守らなくてはならないわけだが、かなり内省的でもある。マッツ・ミケルセンて色々と追い詰めたくなるタイプの顔をしているのだろうか。誰かを虐げているか自分が虐げられている役ばかり演じている気がする。監督のフェティッシュを掻き立てる何かがあるのだろうか。
 非常にシンプルなサバイバルムービーなのだが、自然環境の厳しさが強烈。寒さは人類の敵だと痛感できる。この寒さの中、この距離を歩いて(しかも自力では動けない成人女性を運搬しつつ)移動するのかと気が遠くなりそう。風景からして氷と岩しかない感じ(でも掘れば土が出てくるんだなというのはちょっと新鮮)で強烈だった。見ている分には引き込まれるけど、この環境で生活したくないよな…。

ウインド・リバー [Blu-ray]
ジェレミー・レナー
Happinet
2018-12-04




ザ・グレイ [Blu-ray]
リーアム・ニーソン
ジェネオン・ユニバーサル
2013-09-04



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