3つ数えて目をつぶれ

映画と本の感想のみを綴ります。特に映画。ご連絡はhoto5now★yahoo.co.jp(お手数ですが★を@に変えてください)まで。

『バーフバリ 王の凱旋』

 蛮族カーラケーヤとの戦争に勝利し、マヒシュマティ王国の次期国王に氏名されたアマレンドラ・バーフバリ(プラバース)。見聞を広げる為に身分を隠して国外を旅する中で、クンタラ王国王女デーヴァセーナ(アヌシュカ・シェッティ)と恋に落ちる。彼女を妃にしようと国に連れ帰るが、王の座とデーヴァセーナを奪われたことをねたむ従兄弟バラーラディーヴァ(ラーナー・ダッグバーティ)の策略に翻弄される。監督はS・S・ラージャマウリ。
 前作『バーフバリ 伝説誕生』(伝説誕生の主人公・シヴドゥの父親の話が王の凱旋なのね)は見ていないのだが、意外と大丈夫。また完全版で見たのだが、さすがに長すぎて終盤少々辛かった。ただ、音楽と踊りがあることでかなり間がもつし飽き難くなるんだなということは良く分かった。歌って踊っている場面は概ね楽しい。私は普段、本作のような超エンターテイメント大作のインド映画を殆ど見ないので、その作法には少々戸惑った。ブロマイド風ショットにそんなに尺がいるの?とか、CGの風合いがもろCGでも気にならないの?とか、このシークエンスここで切っちゃうの?そしてここと繋ぐの?とか。映画に求めるものの違いがなかなか面白い。ドラマ部分よりも歌謡ステージ的な部分の方が見ていて違和感ないのは、求めるもののギャップが少ないからなんだろうな。
 バーフバリのキャラクターが、意外と見えてこないところが興味深い。際立った個性があるわけではなく、最大公約数的な「英雄」「ヒーロー」といった感じだ。対してデーヴァセーナや王母シヴァガミ(ラムヤ・クリシュナ)らは、こういう人でこういう価値観を持っている、という造形がはっきりとわかる。特にデーヴァセーナの率直さや強さは好ましかった。そりゃあ指を切るよな!デーヴァセーナの従兄弟がバーフバリ言葉により本当の勇気を手にする姿にもぐっとくる。その分、後々の展開が辛いんだが・・・。

バーフバリ2 王の凱旋 [Blu-ray]
アヌシュカ・シェッティ,ラーナー・ダッグバーティ,サティヤラージ,ラムヤ・クリシュナ,ナーサル,タマンナー プラバース
株式会社ツイン
2018-02-21


バーフバリ 伝説誕生 [Blu-ray]
プラバース
株式会社ツイン
2017-07-05


『警官の街』

カリン・スローター著、出水純訳
 1974年のアトランタ。3か月間で警官4人が殺害される事件が起きていた。どの死体もひざまづき額を撃たれるという処刑スタイルのもので、犯人は“アトランタ・シューター”と呼ばれていたが、証拠は何もなく容疑者も上がっていなかった。5人目の被害者が出たが、今までとは殺害スタイルが違う。女性警官マギーは捜査に加わりたいと熱望するが、男性社会の中ではまともにとりあってもらえず、独自に調べ始める。
 警察小説として、70年代を描いた小説として、この時代・場所で女性として生きることがどういうことか描いた小説として、とても面白かった。警察という組織の体質に加え土地柄もあるのか、人種差別、女性差別が厳しい。女性が警官になるということ自体が(ことに警察内部から)白眼視されていた時代だ。マギーが男性同僚から受けるセクハラは耐え難いし、母親や叔父から受ける警官を辞めろというプレッシャーもきつい。特に母親と叔父とが違った形でマギーを縛ろうとする様には怒りが沸いてくる。一方、育った環境からして警官らしからぬ新人警官ケイトの下剋上的奮闘は清々しい。冒頭とラストの対比にはぐっとくる。女性達の共闘に対して、白人男性警官らによる警察という組織の異形さが浮かび上がってくる。

警官の街 (マグノリアブックス)
カリン・スローター
オークラ出版
2015-12-25


あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ローリー・リン ドラモンド
早川書房
2008-03-01






『名探偵コナン ゼロの執行人』

 サミットの会場として、東京湾に建てられた巨大施設「エッジ・オブ・オーシャン」が選ばれた。しかし数日後にサミットが迫る中、エッジ・オブ・オーシャンで大規模爆破事件が発生する。爆破当日は公安警察による安全確認調査が行われており、その中に警察庁の秘密組織・通称ゼロに所属する安室透(古谷徹)の姿もあった。コナン(高山みなみ)は爆破事件がサミット当日ではなく事前に起きたことに違和感を抱く。一方、事件現場から毛利小五郎(小山力也)の指紋が発見され、小五郎は容疑者として逮捕されてしまう。青山剛昌の大ヒット漫画のアニメ化作品だが、劇場版は22作目。監督は立川譲。
 アバンでの情報の詰め方、提示の仕方が密度が高く整理されており、その後の伏線となる要素をほぼ紹介している。作中の情報量がかなり多くて、おそらくシリーズ内でも対象年齢がかなり高めのストーリー(公安組織の解説をこんなにやる全年齢向けアニメってあります・・・?)。その傾向に合わせてなのか脚本家・監督の作家性なのかはわからないが、舞台となる場所はかなり現実の東京に近く、ちゃんとロケハンしている様子がわかる。コナンシリーズって、実在の場所が出てくることもあるけどそこまでこだわっていないというイメージだったので(まんま出てくるのはそれこそ警視庁くらいか)、日本橋の風景等新鮮だった。
 また、作画的な見せ場がキャラクターの表情・動きよりもビルやドローン、車両等、無機物の動きに集中しているように思えた。日本の実写映画ではなかなか見られない(技術的にというよりも公道での撮影があまりできないからだろう)ケレン味たっぷりのカーアクションを満喫できるのは楽しかったしお腹いっぱいになる。ケレン味どころか無茶苦茶で、安室が実はかなりヤバい人であるというキャラクター演出にもなっている。
 今回は安室をクローズアップした作品なので、彼が所属する公安が活躍するストーリーでもある。公安がかっこよく活躍する作品というのはあまりないので、そういう面でも新鮮だった。ただ、かっこよすぎるのもちょっと問題だなとも思った。終盤、ある人物に「見くびるな」と一喝されるが、その見くびりは、彼らが一般市民をどのように見ているかということに他ならない。犯人は正義の名の元に犯罪に手を染めるが、そのメンタリティは安室たちとそんなに変わらないように思える。正義、国という漠然とした大きいものに尽くすことの危うさには、もっと言及しておいてもいいんじゃないだろうか。特に本作はそもそも「名探偵」コナンシリーズ。名探偵は、大義が時に見捨てる個人の為に闘ってほしいのだ(個人的には)。


『オカルト化する日本の教育 江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム』

原田実著
 偽書・偽史の研究者として教育現場や企業研修で持ち出される「江戸しぐさ」なるものに着目、それが実際の江戸時代の文化とは殆ど接点がなく、昭和生まれの現代人の創作であることを『江戸しぐさの正体』『江戸しぐさの終焉』で論じた著者。しかし江戸しぐさの教育現場への普及は、本来の江戸しぐさ考案団体ではなく親学なるものを媒介にしていることに気付く。
 親学と言えば発達障害は予防できる、完治できると言った科学的根拠のない発言で大批判されたことが記憶に新しいが、未だ根強い支持があるそうだ。現政権の教育行政に大きな影響を与えている思想でもある。著者は親学の歴史、そして何が問題なのかを一つ一つ挙げていく。親学の言う「伝統的な子育て」は実は近代に創作されたもので、伝統的なものではない。ねつ造された歴史や非科学的なデータを前提にしたものを根拠にしていたらそもそも問題解決にならないと思うのだが、親学支持者はそのあたりに頓着しないようだ。提唱者・支持者自身の理想のストーリーが先にあり、後付で歴史や伝統を創作していく。このストーリー付けがオカルトと相性がいいのではないか(オカルトに流れる傾向は右派左派関係ないあたりが面白い)。学問じゃなくて情念の世界なんだよな・・・。自分のバックボーンをそんな根拠のないものに託して怖くはないのだろうか・・・。日本のこれまでの教育の敗北を見た感がある。


『30年目の同窓会』

 バーを営むサル(ブライアン・クランストン)の元を、30年ぶりに軍で同僚だった旧友ドク(スティーブ・カレル)が訪ねてきた。同じく悪友だったが今は牧師になっているミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)と合流する。戦死して母国に送り返されてきたドクの息子の遺体を、故郷ポーツマスへ連れ帰ろうというのだ。監督はリチャード・リンクレイター。
 2003年が舞台なのだが、ドクら3人はベトナム戦争で従軍した同期。ドクの息子は中東に派遣されて死んだ。時代設定の妙があるが、2010年代になったから距離感を持って見ることが出来る話でもある。2000年代一桁だったら生々しくてちょっと辛かったかもしれない。
 ドク、サル、ミューラーは海軍で共に戦い生き残った仲間だ。しかしそれだけではなく、ある秘密への後ろめたさが彼らを繋いでいることが徐々にわかってくる。この秘密の関する情報の出し方がさりげなくて上手い。そしてその秘密の性質と、ドクの息子の死とが重なっていく。広い意味での戦争映画とも言える。戦争により戦地に赴いた当事者が、その家族がどのように傷つくのかという話でもあるのだ。
 ドクは息子の死に方にも、軍や政府の対応にも納得できず、彼らへの反感から戦死者墓地への埋葬を拒否して遺体を地元に連れ帰ろうとする。また彼らは、ベトナムでの体験は最低だったと言う。にもかかわらず、軍への帰属意識や仲間とのバカ騒ぎの記憶は、おそらくかけがえのないものとして彼らの中にある。その矛盾が面白い。言うこととやることの裏腹さという点では、サルとミューラーの「嘘」を巡る言い合いとその顛末も同様だ。矛盾を否定せず、どちらも成立するものとして本作は描いているのだ(構成が良くできている)。正しいことと思いやりとは必ずしも一致しない。このあたりは、中年の主人公だからこそ出た味わいではないかと思う。
 脱線しまくりのロードムービー的だが、ラストは意外とすぱっと終わる。最近の映画だとこの後ひとくだり作って肩の力抜いた感を出しそうなところ、あっさり終わるところが逆に新鮮だった。




『コールド・コールド・グラウンド』

エイドリアン・マッキンティ著、武藤陽生訳
 12980年代の北アイルランド。片腕を切断された男性の死体が発見された。無くなった片腕の代わりに現場には別人の片腕が残され、更に体内からはオペラの楽譜が見つかる。刑事ショーンはテロ組織の粛清に見せかけた殺人事件ではないかと疑う。彼の疑いを裏付けるように、「迷宮」と記された犯人からの挑戦状と思しき手紙が届く。
 80年代北アイルランドではIRAを筆頭に武装勢力が乱立、紛争が日常茶飯事になっており、殺人と言えばテロや組織間の抗争、粛清によるものと相場が決まっていた。ショーンが遭遇したような政治的背景が見えない「普通」の殺人事件の方が優先順位が低いという、特殊な時代背景が本作の肝。テロの脅威の前には殺人犯逮捕という正義の執行は霞んでしまう。捜査に慣れていないショーンたちの捜査はかなり危なっかしいし、警察としてもそこに労力を割きたくないという本音が見え見えなのだ。また、ショーンはカソリックなのだが、周囲がプロテスタントの中カソリックとして生きる、しかも警官であるということがどういうことか、緊張感が肌感覚で伝わってくる。当時を舞台にした映画で、車を出す前に底を確認する(爆弾が取り付けられていないか確認する)という動作を見たことがあったが本当に毎回やってるんだな・・・。
 ショーンは聡明とは言い難く(最近のミステリ小説ではなかなか見なくなった推理のへっぽこさ)、どこかふらふらと定まらなくて暴走しがち、様々な面でゆらぎの大きい人物なので、読んでいる間中心もとない。本作単体でというよりも、シリーズとしての展開が期待できそう。音楽や映画などサブカルチャーへの言及も多く、当時を体験した人ならより楽しめるのでは。


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『ファントム・スレッド』

 1950年代ロンドン。著名なオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、若いウェイトレス・アルマ(ビッキー・クリープス)を見初めて自身のハウスにモデルとして招き入れる。ハウスはレイノルズの美学、生活様式に合わせて、姉シリル(レスリー・マンビル)が厳密に取り仕切っていた。しかしアルマがハウスで暮らすようになり、レイノルズの整然とした生活は変化していく。監督・脚本はポール・トーマス・アンダーソン。
 映像もジョニー・グリーンウッドの音楽もとてもエレガントで、往年の名画のようなルックス(タイトルクレジットなどもろにそうだ)。車中のショットも昔の映画の、車窓の外の風景だけが流れていくスタイルを彷彿とさせる。しかし、男女の関係が少々ありきたりで、特に「衝撃」というほどの展開とは思えない。あえてオールドスタイルを狙ったというのならわかるが、そういうわけでもなさそうだしな・・・。ポール・トーマス・アンダーソン監督作としてはいまひとつパンチが弱い。
 アルマのような女性が、これまで何人もいたことは冒頭で示唆される。そしてレイノルズがどの女性のことも愛さなかった、少なくとも彼女たちが望むような形では愛さなかったことも。彼女らとアルマの違いは何だったのか。アルマが結構我が強い、自分がやりたいことをやろうとする人だということは、序盤から何となくわかる。私はこう思う、という意思表示がそれとなくされている(レイノルズはそれにイラつくわけだが)のだ。レイノルズのゲームをアルマが乗っ取っていく、自分のゲームにレイノルズを乗せていくようにも見えた。レイノルズの幼児退行的な傾向は、時代に取り残されていると彼が無意識に感じていく様と平行している。もう外の世界を捨ててしまえばいいという、支配される楽さに気付いてしまったようにも。
 中盤、レイノルズとアルマが初めて共犯関係を結ぶと言ってもいいエピソードがあるのだが、私にはとても醜悪なものに見えた。レイノルズは自分のドレスの処遇に怒るわけだが、そこをなんとかするのがドレスメイカーの矜持なのでは・・・。冒頭に登場する顧客に対しては、それができていた(彼のドレスを着ると自分に自信が出ると言う)のに。彼はむしろ自分の作品が敗北したと考えるべきなのでは。

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『犬ヶ島』

 ドッグ病が大流行するメガ崎市では、人間への感染を防ぐ為という名目で、全ての犬を犬ヶ島に追放することを小林市長(野村訓市)が決定。愛犬スポッツ(リーブ・シュレイバー)を奪われた市長の養子アタリ(コーユー・ランキン)は、単身犬ヶ島へ渡り、スポッツを連れ戻そうとする。島で出会った5匹の犬たちとスポッツを探すが、大人たちの陰謀が彼らを巻き込んでいく。監督はウェス・アンダーソン。
 アンダーソン監督の作品は、まずスタイルありきというか、強固なスタイルが中身を規定してしまっているような部分があって、そこが好みの別れるところではないかと思う。ドラマの組み立てがふわふわしていても、外枠があまりに強くて作品が成立しちゃう感じ。本作はストップモーションアニメの極北(犬の毛が風にたなびく様を表現しようとするのって、よっぽどだよな・・・)とでも言いたくなる緻密さとユニークさ。アニメーションの動きの部分だけではなく、動かない部分、動きと動きの間の部分の活かし方に注力しているように思う。動きがぎくしゃくする、制限されていることによる面白みを作り手がよく理解しているんだろうな。なめらかなだけだと、すごい!で終わってしまいそう。ミニチュアール的な面白み、魅力を引き出すには、ちょっとぎくしゃくしているくらいの方がいいのかもしれない。
 「少年と犬」というジャンルがあるなら、本作もその一つだろう。犬は犬の言葉、人間は人間の言葉で話し、お互いに言っていることが理解できているわけではない。でもなんとなく気持ちは通じ合っておりコミュニケーションが成立しているというニュアンスの出し方、また人の声に対する犬の反応やしぐさ等、犬と暮らしている人ならもっとぐっとくるところがあるのかなと思いながら見た(私は動物飼ったことがないので)。犬を追放する側は例によって猫を飼っているのだが、犬猫対立させなくてもいいのになぁ。犬も猫も両方そこそこ好き、という人の方が絶対にどちらかの派閥だという人よりも多いのではないだろうか。メガ崎市、猫が増えたら猫ヶ島作って猫を追放しそうだし・・・。
 市長の陰謀やデマによる世論のコントロールなど、昔からありがちな戯画的なもので特にとんがっているわけでも世相に切りこむ意図を持ったものでもないと思う(時代に関わらず普遍的なものだろう)のだが、期せずして今の日本にフィットするような雰囲気になってしまったような気がした。作中では、若者たちが真相究明しようとするけど・・・。市長が自ら自宅の犬(アタリの愛犬なわけだけど)を追放するあたりは、太平洋戦争の家畜徴用みたいでぞわっとする。

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『ビューティフル・デイ』

 元軍人のジョー(ホアキン・フェニックス)は行方不明の少女たちを探し出す仕事を請け負って生計を立てながら、老いた母親(ジュディス・ロバーツ)と暮らしている。彼の元に、議員の娘ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)の捜索依頼が入る。ある売春宿でニーナを保護したジョーだが、何者かに襲われ、ニーナをさらわれてしまう。原作はジョナサン・エイムズ(製作総指揮にも参加)の小説。監督・脚本はリン・ラムジー。
 原作は非常に私好みだったが、映画版も良かった。監督の前作『少年は残酷な弓を射る』よりも本作の方が好きだ。ジョニー・グリーンウッドの音楽が作品のトーンとよくあっており、音楽あってこその作品だと思う。ジョーはトラウマを抱えており、幾度となく過去がフラッシュバックし彼を苦しみの中に引き戻す。この引き戻しと音楽とが強く結びついている。とても美しい部分と神経をゴリゴリ削っていく部分とが入り混じっているのだ。
 ホアキン・フェニックスがカンヌでまさかの主演男優賞を受賞した本作だが、本作のホアキンは確かに良い。お腹がだるーっとしているのに筋肉質で何となく怖いし強そう。そして動きが不審者ぽく、目は胡乱。非常に訓練されたプロフェッショナルであると同時に、強いトラウマを持ち精神を削がれ続けているジョーという人のパーソナリティを的確に演じていたと思う。ジョーは自殺願望があり何度も未遂行為をしているのだが、ぎりぎりでこの世に踏みとどまっているような不安定さがよく表れていた。ジョーの過去がどのようなもので、トラウマの原因は具体的に何なのかという部分はさほど説明されない。彼の過去のフラッシュバックで断片的に提示されるのみだ。しかしその映像と、ジョーの表情、佇まいから何となく関連がわかってくる。このあたりは編集の手腕と合わせ、ホアキンの演技の的確さで成立している部分も大きいと思う。
 原作とは後半の展開等が大きく異なるのだが、印象に残ったのは母親とのやりとり。原作では非常に静かで殆ど会話はないのだが、映画では認知症が始まっているらしき母親をこまめにケアし、一緒に食事をしたり歌ったりという、細やかな情感が描かれる。ロバーツ演じる母親の、若い頃はさぞ美しかったろうという風貌も良い。情愛あふれる描写があるので、その後の展開との対比が強烈。ニーナの存在が少々取って付けたようなものに見えてしまうくらいだった。
 本作、原作小説と同様に原題は『You Were Never Really Here』。この原題の意味合いは、映画での方がよりしっくりと感じられた。ジョーの宙に浮いたような佇まいも一因だが、ジョーもニーナもかつて本当にはそこにいないように扱われた、また自分をそのように扱わざるを得なかった存在だということ、その体験が2人を結びつけるものだということがよりはっきりと見て取れるように思う。

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2018-05-19


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2012-12-21


『デッドプール2』

 最愛のパートナー・ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)を取り戻し順風満帆だったデッドプールことウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)。彼の前に、1人の少年を殺す為に未来から来たサイボーグ、ケーブル(ジョシュ・ブローリン)が現れる。ヴァネッサと「良い人間になる」と約束していたデッドプールは特殊能力を持った仲間を集めて「Xフォース」を結成、少年を守ろうとするが。監督はデビッド・リーチ。
 Xメンやアベンジャーズのアメコミ映画のみならず、往年の名作から最近の珍作に至るまで、映画全般に関するネタが増量されている。OP部分はビジュアルも音楽の傾向も007オマージュなんだろうなぁ。本作を見ている人ならこのネタがわかる率が高いだろう!という観客に対する信頼(つまりサメがあれこれする映画とかお前ら好きなんだろ?って思われているということですが・・・)に基づき作られているように思う。もっとも、普段映画見ていない人でも十分楽しめるであろう作りで、そのあたりは堂々たる娯楽映画。
 過激なギャグが多いと言われる本シリーズだが、私はむしろ見ていて安心感があった。デッドプールは人殺しだしやっていることは非道ではあるのだが、どの分野の人に対しても基本的にフェアで属性による差別をしない。ここを押さえているので、下品なことをやっていても作品としてはあまり下品には感じられず、むしろすごく真面目に思える。特に女性の扱いがフラット(ヴァネッサとあれだけファックしている前作ですらも)なので、不愉快な要素が少ない。ここまでPCに配慮するヒーローはなかなかいないのでは・・・。もはやPCをギャグとして使う域だからなぁ。
 今回、タイムマシンが登場するので、これは歴史改変になってしまわない?そのあたりすごくざっくりそうだったけど大丈夫?と気になっていたのだが、やはり結構ざっくりとしている。とは言えデッドプールのキャラクターで何となく乗り切っている。デップーのキャラをここまで作り上げたレイノルズは本当にえらいよ・・・。とは言えどんなにタイムマシン使ってもあの黒歴史のことは忘れないよ!なかったことにしないで!

デッドプール [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2018-03-16




『レディ・バード』

 カリフォルニア州サクラメントに暮らすクリスティン・マクファーソン、自称レディ・バード(シアーシャ・ローナン)は、カソリック系高校に通う17歳。母マリオン(ローリー・メトカーフ)は地元の公立大学に進学しろと言うが、都会に出たくてたまらず、内緒でニューヨークの大学の奨学生に応募している。高校生活最後の1年、友人やボーイフレンドとひと悶着あったり、家族とぶつかったり、将来について悩んでいく。監督はグレタ・ガーウィグ。
 女優として活躍しているガーウィグの初の単独長編監督作だそうだが、監督としてもいい!自意識過剰で「イタい」高校生の姿には自身の体験も投影されているというが、そのイタさを卑下するような所、自虐感がないところがよかった。レディ・バートに対しても、彼女の友人や家族、ボーイフレンドらに対しても、ほどよく距離感があり誰かを悪者にしようとはしない。
 レディ・バードと親友のやりとりがどれも心に残る。プロムが出てくるアメリカの映画はいくつも見たけど、本作のプロムが一番じーんときた。こういう友人て得難いよなとしみじみ思う。もしかしたら、彼女らはこの後疎遠になるのかもしれないけれど、そうだとしてもいいのだ。この時、この人がいてくれたということがすごく大事なのだ。一方、レディ・バードがイケてる自分を演出したいが為に接近するクラスのイケている女子についても、彼女がいじわるだとか浅はかだという描き方はしていない。ただ、今の現実生活が経済的にも精神的にも充実していていて自己評価の高い人は、地元を出たいとはあんまり思わないんだろうなぁという妙な説得力があった。彼女にとってレディ・バードは「その他」であり個人としては認識されてなかったという所もリアル。
 レディ・バードの高校最後の1年をハイスピードで描く青春物語であると同時に、彼女と家族の物語としても際立っている。特に母娘の関係が、こういう描き方はありそうでいてあまりなかった(あり方がユニークというより、こういう部分をわざわざクローズアップしようという人がいなかったと言う意味で)気がする。仲が悪いとかお互いに全く理解不能というわけではない。マリオンはすごく強い人で、レディ・バードに対しては少々過干渉なようにも見える。レディ・バードの方も大分我が強いのでいちいちカチンとくるのだ。マリオンは正しい人だが、正論でこられると(特に家の台所事情が絡むと)子供としては辛いものがある。レディ・バードくらい我の強い子じゃないと、マリオンのような母親と個人として張り合えないだろうから、悪い組み合わせではないのだろうが。レディ・バードが落ち込んでいる時にマリオンが慰めるやり方等、器用ではないが娘のことを本当に愛しているというのはわかるのだ。
 レディ・バードはミッションスクールの校風や決まり事(プロムのダンスホールをシスターたちが見張っているのにはちょっと驚いた)は決して好きではない様子だし、敬虔なクリスチャンというわけではもちろんないだろう。しかしこの学校の先生たちは実はすごくちゃんとしている。演劇の先生にしろ、校長であるシスターにしろ、生徒のことを良く見ていて、いい部分を引き出そうとしていることがわかる。シスターがレディ・バードの文章に対して「それは(地元を)愛しているってことじゃないかしら」と指摘するが、確かに自覚はなくても、愛憎混じったものであっても、そうなんだろうなと思える。都会に出て早々に大失敗した彼女は、ある場所に立ち寄る。うざったく感じていても、もう自分の一部なのだ。

フランシス・ハ [DVD]
グレタ・ガーウィグ
ポニーキャニオン
2015-05-02


スウィート17モンスター [Blu-ray]
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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2017-09-06


『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』

ロバート・ロプレスティ著、高山真由美訳
 ミステリ作家のシャンクスは、度々不可思議な事件に巻き込まれる。その度に推理を披露し、時には見事解決に導くが、「事件を解決するのは警察、僕は話を作るだけ」と宣言している。起こったかもしれない犯罪の予知や防犯、盗難事件から殺人事件まで、バラエティに富んだ連作短編集。
 題名には「お茶を」とあるが、お茶よりもお酒の方を好み荘(そして妻に怒られそう)な主人公シャンクス。シャンクスの本名はレオポルド・ロングシャンクスなのだが、妻もいまだに名字の短縮形であるシャンクスの名前で呼んでいる所がちょっと面白い。結婚前の呼び方をそのまま使っているのかな等と、シャンクス夫婦の若かりし頃への想像も膨らむ。短編ミステリ集だが、シャンクスが想像の中だけで事件を想定・解決する安楽椅子探偵的なものから、パズルミステリ、クライムノベル風、オーソドックスな本格ミステリ等、ミステリのあり方のバリエーションが豊富で、連作のお手本のよう。主人公が作家ということで、作家視点の読者や出版エージェントに対するうっすらとした毒も混じっている。とは言え概ねほがらかに気楽に読める好作。各章の後に著者によるコメントが付けられているのも楽しい。

日曜の午後はミステリ作家とお茶を (創元推理文庫)
ロバート・ロプレスティ
東京創元社
2018-05-11


ミステリ作家の嵐の一夜 (創元推理文庫)
G・M・マリエット
東京創元社
2012-10-30


『ゲティ家の身代金』

 石油王として富豪となった実業家ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)の17歳の孫ポールが誘拐された。母親ゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)の元に1700万ドルの身代金を要求する電話がかかってくるが、ゲティの息子と既に離婚しているゲイルにはそこまでの財力はない。しかしゲティは支払を拒否する。監督はリドリー・スコット。
 リドリー・スコットは自分の趣味に走らずに、職人に徹した方が(私にとっては)見やすい作品撮るんじゃないかなー。もうエイリアンシリーズはいいから本作みたいな邪念の表面化してないやつをお願いします・・・。スピーディな展開で、段取の良い映画という印象を受けた。作中で起きている事件は決して段取のいいものではないという対比が(ストーリー上の対比ってわけじゃないけど)妙に面白かった。事件の段取の悪さが犯人グループによるものではなく、ほぼイタリア警察(憲兵隊)の初動捜査のまずさ、見込みの甘さから生じるものだというのが、脱力感を煽るし逆に生々しい。焼死体の確認など、いくらなんでもそれはないだろう!と思ったけど、実話が元になっている話だそうだから、本当なのかな・・・。だとしたら、そりゃあゲイルも、交渉人のチェイス(マーク・ウォールバーグ)も怒るだろう。
 本作、画面の色合いをかなり調整している。舞台と、どの人が中心のパートかで色合いが違うので、話の展開が速くてあっちに行ったりこっちに行ったり(実際、物理的な移動の多い話だ)してもわかりやすい。誘拐犯たちのパートが一番温かみのある明るい色調だというのが(屋外シーンが多いからなのだろうが)皮肉だ。対してゲティの屋敷内は、ぎりぎりまで彩度を抑えたモノクロに近いような色調で、冷ややか。ゲティの不可思議な人となりを感じさせる。それぞれの行動の指針に関しても、犯人側の方が単純明快でビジネス的。ゲティのものは、おそらく彼の中では明確な基準があるのだろうが、他人には不可解なのだ。

ゲティ家の身代金 (ハーパーBOOKS)
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2018-05-17


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『蝶の眠り』

 人気作家の松村淳子(中山美穂)は、母親同様に50代で遺伝性のアルツハイマー病に侵されていた。自分の思考がはっきりしているうちに小説以外のこともしようと、大学講師として教壇に立つことにする。ある日、学生らと行った居酒屋で、韓国人留学生チャネ(キム・ジェウク)と知り合い、犬の散歩や原稿の文字起こしを手伝ってもらうことに。監督・原案・脚本はチョン・ジェウン。
 監督自ら原案・脚本も手掛けており、結構力を入れたやりたかった作品なのだと思うが、日本公開された『子猫をお願い』の印象が強い身からすると、えっこういうのやりたかったの・・・?と、戸惑いを隠せない。キュートでありつつも苦味の強かった『子猫~』に対して、本作は多分に少女漫画的なメロドラマで、とてもロマンチック。主演の中山がまた妙に可愛らしくて、言動からもあまり貫禄、落ち着きがある女性という役柄に見えないのも一因か(衣装を含め、本当に可愛いのよ・・・)。全体的にふわふわしている。作中小説がこれまた典型的メロドラマのようで(そういう作品主体に書いている人気作家という設定みたいだからしょうがないんだけど)、あまり面白そうじゃないのがちょっと痛い。朗読される小説の文には、特に魅力がないんだよね。
 ただ、美しくオブラートでくるんだ中にも、文章を書く、自分の思考を整理していくことが生業の人がそれをできなくなっていく、無秩序な世界に突入していくことに対する怖さは滲んでいる。当人には徐々に何が起きているかすらわからなくなっていくという所が残酷だ。また、トイレから出てきた淳子のボトムのファースナーをチャネがそっと上げるシーンが堪えた。いつも身ぎれいにしている人がそういう風になるというのが辛い。淳子がやがてチャネを遠ざけようとするのも無理ない。一方的な行為に見えるかもしれないけど、やっぱりそういう姿を若い恋人には見られたくないし、介護させたくないよな・・・。愛があればなんとかなるってものじゃないから・・・。


子猫をお願い [DVD]
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ポニーキャニオン
2005-01-19




『ビューティフル・デイ』

ジョナサン・エイムズ著、唐木田みゆき訳
 元海兵隊員のジョーは、人身売買された女性の救出を専門とするフリーランサー。ある日、仲介役のマクリアリーから、誘拐された上院議員の娘の救出という案件が入る。娘が働かされている娼館を見つけ、首尾よく侵入したものの、思わぬ邪魔が入る。娘の誘拐の背後には更に大きな陰謀があった。
 私がすごく好きなタイプの小説だった!1行目から香り高く味わい深い。ストーリーは殺伐としており文章はクールだが、訳者解説でも言及されているように所々に乾いたユーモアがある。文章のちょっとしたところにぐっとくる。これは翻訳もいいんだろうなぁ。
 ジョーの振る舞いは徹頭徹尾真面目なのだが、バカ真面目感がある。徹底したプロとしての、時に融通が利かないようにさえ見える振る舞いがそう感じさせるのだ。もちろん、身を守ることを考えてそういう行動になっているのだが。ジョー当人は自分はちょっと狂っている、まともではないが何とかまともに見せているという自覚を持っている。彼の行動は暴力的だが、ある部分では自分をまともさに留め置くためのもの、彼にとっての良識の発露でもあるように思える。というよりも、彼以外があまりに下衆で悪辣だ。多分ジョーは、当面自殺衝動からは遠のいていられるのではないか。怒りが自身の苦しみを忘れさせるのだ。ごく短い(ハヤカワ文庫にあるまじきぺらぺらさ)作品なのだが中身は濃密だ。あと、やっぱり金槌は強い。手斧も推したいが、入手しやすさ・携帯しやすさでは金槌に負けるな。

ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)
ジョナサン エイムズ
早川書房
2018-05-19


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